第31話

 僕とリンスは下から塔を見上げた。圧倒的な高さだ。塔の壁は円柱型になっているそうだが、あまりにも塔内部の敷地面積が膨大なため、『どこまでも続いている真っ直ぐな壁』にしか見えなかった。本当に、微妙ながらも曲がっているのだろうか……?


「モモくん。担いでいるリュックから、5個のグロウジュエリーを全部取り出しちゃって頂戴。小型サイズのリュックに入れ替えて私が担いでいくわ」


「おうっ! 分ったぞ」


 僕は言われた通りに、グロウジュエリーを取り出した。今回は、365日のという制限時間ギリギリの為、タイムオーバーを危惧して現地で願いを叶えようと、全てのグロウジュエリーを持参してきている。


「お、重たいわね。大小あるけど、さすがに5つも石があるとね。特にモモくんの枕が一番重いわ」


「オメーが願いを叶え終えた後も、その石は僕が使い続けるんだからなー。大事に扱えよー」


「分かった分かった。さあ、モモくん、行きましょうか」


 リンスはそう言って、僕の背中に飛び乗ってきた。重たい。


「よし、壁をよじ登って」


「へ? 入り口から塔の中に入らないの?」


「モモくん。あんた、馬鹿なの? 中には怖い古代生物がわんさかいるって言ったじゃないの」


「もしかして、オメーの考えていたという作戦って……これか?」


「そうよ。聡明じゃない! 透明な壁があって、ヘリコプターでもいけない場所。かといって、唯一の成功例のように、宇宙空間から屋上に飛び降りる、ってのも現実的ではないわ。だったら、よじのぼればいいのよ。塔の外側の、この壁をっ!」


「……僕が? この、雲の更に上まで、続いている、塔の壁を……石の入ったリュックを担いだオメーや、その他の荷物ごと、登れってーの?」


「イエスっ」


「うわあああ。それは、チョー楽しそうだなー。僕、燃えてきたぞっ! 桃源郷では木登りして、桃とか果物をとってたけど、158キロの塔を登るなんて僕、初めてだっ!」


「モモくんなら、そう言うと思ってたわ。モモくんは『目の前の困難』に関しては、妙にノリノリになるのよねー。困った事に、それが目の前になかったら、全然乗り気にならないのにさ」


「だから出発前、教えてくれなかったんだな。確かに僕、『オメーはアホかっ!』って面倒臭がってたなー。僕よりも僕の事をよく知っている、オメーは、ただもんじゃねえ」


「うふふ。褒めて褒めて! いや、褒められる時間も勿体ないわ、もう登っちゃってよ。出発おしんこー」


「おうっ!」


 こうして僕たちは塔の外壁を登り始めた。外壁はレンガの様なものが積み重なって作られていて、突起があり、それほど登る事は困難ではなかった。なお、キビダンゴは効力が切れる前に食べ繋いでいくことにした。


 50メートル程進んだところだ。ガシャンガシャンと下の方から音がした。僕とリンスは、同時に見下ろした。


「うん?」


「なにかしら……あっ!」


 そこには、球体ロボットがいた。怪盗ウサギ団だ。


「おおおっ! グロウジュエリーの反応が5つも揃っているから、まさかとは思ったが、お前らだったのかですー。くっそー。こないだは痛恨の間違いをしてしまったですー」


「まさか偽物と本物を間違えて渡すだなんて、本来ならおてんとうさまがズッコケても、ありえないことでアリマス」


「そもそも、その宝石は本来我々の所有物ですワ。全て渡すのですワ」


「なに寝ぼけてるのよ! グロウジュエリーが、あんたらの所有物だという証拠がどこにあるのよっ!」


「ぷっぷっぷ。そんな証拠なんて、ないですー」


「そして我々は、それを証明する必要もないのでアリマス。うっしっし」


「ただただ、奪い返すのみ。おほほほほ。我ら怪盗ウサギ団の最後で最後のお仕事ですワ」


「それをいうなら、『最初で最後』だ、ですー!」


「さあ、小娘と小僧。グロウジュエリーをすぐに投げ落とすでアリマス。さもなくば、超必殺技でぶっころした上で、奪うでアリマス」


 前回を思い出した。吐き気がしてくる。


「うげええええええ。あの、めちゃくちゃな技で攻撃してくるってことー」


「リンス、最初に言っておくけど、無理だからな。僕には到底無理だから! しかも今、両手両足が塞がってるしっ。……飛び降りるか?」


「と、飛び降りないでっ! モモくんは大丈夫だとしても、降りた衝撃で、私の体は無事で済まないだろうからっ! なによりも怖いっ!」


「ぷっぷっぷ! 八方ふさがりですー」


「では大人しくグロウジュエリーを投げ落とすのですワ」


「ちょっとあんたたち、話し合いましょう! 今度は、こちら側から話し合いを要求するわ。これまで、ずっとそっちからの話し合いの要求に乗ってきたんだから。いいわよね?」


「………………ムっ。確かに、そうだったでアリマスね」


「いいですー。では、少し、お喋りに付き合ってやるですー。……っで、どんな話ですー?」


「6個目は、どこにあると思う? 私たちは知ってるのよ」


「さあ……この建築物の内側から反応を検知しているので、内側ではないのでしょうか。お忘れですか? 私たちもレーダー探知機を持っているのですワ」


「教えてあげるから、見逃せ、という事でアリマスか? 位置情報など別に教えてもらわなくても……」


 しかし、リンスは強気に言った。


「違うわ。無条件で具体的な場所を教えてあげる。この塔の一番上よ。屋上にあるのよっ」


「なんでそのようなところにあるでアリマスかね?」


「ばにー。グロウジュエリーとは、おかしなところに出現するものなんですー。そういうモノなんですー。ぷっぷっぷ。そういえば、この建築物についても思い出したですー。確か、オニ族が建設していた塔ですねー」


「あぁ。マヌケなオニ族どもが我らの星に喧嘩を売ろうと、無駄な努力をして作っていた塔でアリマスね。私も思い出したでアリマス。笑われている事も知らずに、御苦労様なことでアリマシた」


「塔伝いに直接、我らの星へ生物兵器を送り込む、という構想でしたワ。たしか……」


 リンスは不思議そうな顔をしながら訊いた。


「というか、あんたたち……一体、何者なの? これまで一体、何があったの? ずっと私たちの命を狙ってきて……謎だったのよ。もう全部、洗いざらい教えてくれない?」


「最初から言っているでアリマスよ。ウサギ族だと。卑劣な地球人の罠に嵌められて、『呪い』にかかり、故郷である惑星「オツキサマ」にただただ帰りたいと願っている、純血の誇りあるウサギ族」


「小娘、お前の先祖こそが、我々を罠に嵌めたその地球人なんですワ。しかも、世代を挟んで、二度も我らを騙したのです!」


「この怨み、小娘には直接的な関係がないとはいえ、その血が許せない! 運命が許せない! その存在自体が許せないのでアリマス」


「本来、我らの味わった苦しみの一旦でも同じように味あわせて、反省させる事で、復讐を遂げたいと思っていたですー。そしてそれは、我らの呪いを打ち砕く事にも繋がる可能性があったですー」


「即死によって殺す事では生ぬるいですワ。不老不死である我らが、助けを待ち望んでも叶わなかった悲壮感……孤独を知ってもらいたい。家に還るためのグロウジュエリーという唯一の希望ですら毎回、人間たちの欲。くっだらない願いによって無駄に使われ続けられた、この怒りをぶつけていたのですワ」


「全ては小娘の先祖に、レーダー探知機を奪われたのが悪夢の始まりですー。そしてあの願いをされた事が! グロウジュエリーの伝承については、ずっと耳に入れていたですー。年々、生成されるスパンが延びて、当初は3日間で作られていた宝石も、今では数百年のスパンが必要となってるですー」


 スパンが延びている?


「つまり、これはグロウジュエリーの寿命が近づいているという事でアリマス。おそらく、今回がオツキサマに還れる最期のチャンス」


「私たちが、グロウジュエリーを怪盗生活で探していた最中、好機が訪れたですー。かつて奪われたレーダー探知機を、骨董品屋で壊れた状態で発見したのが、数年前。運命に抗い続ける我らの努力がようやく実り出したと思ったですー。おまえたちの持っているレーダー探知機は、グロウジュエリーに願って作られたパチモンですー」


「きっと、6個集めた宝石に願いをする直前、本物のレーダー探知機を壊したのですワ。だからこう願ったのですワ。この先も何度も何度も願いを叶えたいから、『壊れたレーダー探知機と同じ機能を持った、新品のレーダー探知機をください』って」


「何度も願いを叶えるつもりだったのでしょう。しかしその頃には、宝石の生成までに、数百年のスパンが必要になっていたのです。思惑が外れたのですワ。そして、その人間こそ、二回目に私らを騙した、小娘の先祖」


「何千年も故郷に還る機会を待っていたのでアリマス。今回の宝石の反応を検知し、最期の最後にようやく還れるだろうと喜んでいたのに、それを邪魔してきやがって、このクソガキども」


 3姉妹の話をじっと聞いていたリンスは、首を傾げながら言った。


「……確かに、同情的ではあるわね。でも、あなた達は嘘をついているわ」


「嘘?」


「月にウサギ族なんて住んでないわ! そもそも月には生命自体がないもの」


「ふん。何をいうのかと思えば、そのような事でアリマスか」


「現在、地球の周りを回っている月は、本来の姿ではなく、防衛システムが働いている仮の姿なのですワ。本当はもっと賑わっているのですワ」


「それを……証明できるのかしら?」


「ふん。証明する必要がないですー」


「さーて、お喋りもこれで終わりでアリマス。ついつい感傷的になり、我々は無駄口が過ぎたでありますね。身の上を喋り過ぎたであります。そして、色々と過去を思い出したら、腹が立ってきたでアリマスよ」


「ばにーお姉さま。うさぴょんお姉さま。私、もう、ここは超必殺技ではなく、究極必殺技の使用を提案しますワ」


「私もきゃろっとに同じくでアリマス」


「いいですーいいですー。どうせ、この塔の屋上に宝石があるのなら、あいつらを殺すのと同時に、ポキーンと塔をぶち折ってやるんですー。これぞ一宝石二鳥」


「無理よ! この塔はどんな攻撃でもびくともしないわっ!」


「うっしっし。お前ら人間のテクノロジーと同レベルにするんじゃないでアリマス。オニ族が作った建設物など、我らウサギ族にかかれば一網打尽にするのは、容易いのでアリマス」


「究極必殺技、ですー」


「準備、開始しますワ」


 まもなく球体は、光に覆われ始めた。今回はいつもと違い、真っ赤に輝く光だ。僕の全身の毛孔が開いた。本能が危険を察知する。

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