第29話

 オレンジ色のフレアが独特の模様を作っている。遠近感では分からないが、直径100メートルは越えているだろう、この巨大な球に気が付かなかったのは、球自体が遥か上空にあり、発光していなかったからだ。


「我らは嘘はつきません。これまでのようにねちっこいやり方ではなく、今回、即死とさせてあげますワ。ちなみに今から我々を攻撃したとしても、そのまま制御を失った玉が落下するだけ。こちらは防御力も半端なく上げて参りました。つまりは無意味だという事をお告げします」


「戦闘面に特化した我らの力は最凶ですー。防御も攻撃も超絶チート無双してるですよー」


「逃げたければ逃げるのでアリマス。しかし、どこまで逃げても、おまえらにロックオンした玉はずーーーーと執拗に追いかけるのでアリマス」


「その間、我らは足元の氷を限定的に溶かしていき、奥底にドロンするですよー。生身のおまえらには、そうするのは無理ですねー。ぷっぷっぷー」


「モ、モモくん……空に浮かんでる……あれ、なんとかできない?」


 その問いに、眉間を寄せながら返答する。


「む、無理だ。僕の力じゃ、どうしようもなく防げねえー。やべーよ、あれ」


「ぷっぷっぷ。超必殺技で藻屑となるんですー」


「あっああああっ! ワーニングっ! ワーニングですワっ」


「きゅ、急に、どうしたんですー! きゃろっとっ!」


「う、うさぴょんお姉さま、機体の動きが鈍くなってきましたワ」


「やはり、サラダ油では駄目だったでアリマスか? ど、どうするでアリマスか?」


「もう、ここにきてやめられないですー。動き難くなったくらい、今はどーでもいいですー」


 そして、球体から3人の声が一斉に放たれた。


「くらえ超必殺、Ω・ど根性ぷろストーカー・ミセス・フォーリングゥゥさぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーん」


 そう叫びを放ちつつも、球体は後方に、ずてーんと倒れた。


「な、何事ですーっ!」


「サラダ油でアリマス! サラダ油のせいで、一部の移動系備品に不具合が生じたのでアリマス。そして、再び行動不能になったのでアリマス」


「あわ、あわわわあわわあわわ。まずいですワ。めっちゃんこまずいですワ。追加ワーニングっ!」


「ど、どうしたですー、きゃろっと!」


「今の倒れた衝撃で、攻撃のターゲットが、我らに、切り替えられたのです……ワ」


「な、なんだってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 巨大な球はずずずずずとゆっくりと、しかし確実に落下してきた。一方、球体ロボは動けなくなったようだ。


「ぼ、防御フィールドを展開ですー」


「え、エネルギー残量がギリギリでアリマス」


「なむさんですワ」


 僕がポカーンと球体を見つめていたところ、リンスが僕の手を引っ張ってきた。


「よく分からないけど、モモくん! チャンスよ。逃げるわっ! 逃げましょう! バイクに乗って」


「分かったっ!」


 氷上バイクに乗ると、ガチャガチャと操作させる事で起動させ、一気にその場から離れた。


 しばらくして、超必殺技とやらが、氷面に落下したようだ。球体からだろうかチュドーンと大爆発が起こった。そして、氷面に亀裂が走り、足場が崩れていった。すさまじいエネルギーが氷面に拡散している。到るところの氷面は割れて、氷上バイクは転倒。僕とリンスは宙に投げ出された。しかし、僕は空中でリンスを抱えるや、そのまま全力で駆け出した。


 その後、まるで流氷のようにバラバラに浮いている氷を足場に、跳びながらの移動をした。とんでもないことに、氷面一帯は溶けて海へと変わり、さらにはボコボコと沸騰しているのだ。


「ひええええ。なむあみだぶーーーー」


「こらああ、まだ死ぬつもりじゃねーぞ。お経なんて、唱えるなー」


「私だって南極の海に落ちて、茹で上がるのだけは勘弁よー。そんな死に方、絶対にいやあああああああ」


「僕も嫌だあああああああああああああああああああ」


 僕は、まだ溶け切っていない大き目な氷の塊を選んで飛び跳ねながらも、死に物狂いで駆け続けた。周囲は水蒸気だらけで、真っ白だ。しばらくして、ようやく、超必殺技とやらの影響で破壊されていない場所にまで辿り着いた。


「た、助かった……わ」


「ああ……ここまでくれば……大丈夫だ。しかし、すげー威力だな、あれ……」


 その後、僕はリンスを背負って、南極都市まで走った。そして、レストランで食事をした。なぜか、リンスの食は細い様子だ。いつもと比べて、ではあるが……。


「おい、オメー、いつもはもっと食ってるだろ? 食欲ねえなあ」


「当たり前よ。あのバカげた力……モモくんも見たでしょ。それが怪盗ウサギ団のロボに直接落ちたのよ。グロウジュエリーも巻き添えを食らって粉々になっているかもしれないわ。いいえ、融点を越えてたら、ドロドロよっ! グロウジュエリーが、マグマのようにドロドロよっ」


「仕方ねえだろ。僕はこれでボインを諦めるいい切っ掛けになったと思うけどなー」


「いやよ! 絶対にいやいや! 私はボインになるのっ!」


「でも、グロウジュエリーが無事だったとしても今頃、南極の氷面の底だぞ。ここ、マイナスの世界だから、もう氷の地面が復活してると思うし、回収は無理じゃねーのか。もし仮に、あの3人が生きていたとしても、グロウジュエリー、アジトに持ち帰ってるだろーしさ」


「そうよね。アイツらかなーりしぶといから、これまでの事からも考えて、さっきみたいな絶望的な状況からでも、生き残ってる……そんな可能性もあるわ」


「どっちにしろ、5個目にして、ついに獲得に失敗したわけだ。あははは。まぁ。僕は、美味しいものを食べられりゃあ、どーでもいいけどさ。獲得に成功しようが失敗しよーが」


「こらっ! あんたはもっと強調性というものを持ちなさいっ!」


「なんでだよー。僕は単なるボディーガードであって……って。おっ!」


 僕の手がポケットに触れたところ、石を入れていた事を思い出し、テーブルに置いた。怪盗ウサギ団にいっぱいくわされた、あの偽物の石である。


「モモくん、まだそんなの持っていたの。そんな石ころ、捨てなさいよ。あー、見てるだけで腹が立つわ。今回は、私たちの完敗ねっ。ファックファックファアアアアアク」


 リンスは涙目でドンドンとテーブルを叩いた。本気で苛立っているようだ。僕は石を再びポケットに入れた。


「わかったよ。とりあえず、5個目のグロウジュエリーがどーなってるのか、レーダー探知機で調べてみたらどーだ? その間、僕、ちょっとトイレに行ってくるぞ。大、してくっから」


「はーい。どうぞー」


 僕はトイレで用を足した。そして、ポケットから再び取り出した石を見つめ、ポチャンと便器に投げ入れた。そして、ジャーーっと流した。トイレから出ると、リンスがレーダー探知機を持ちながら、満面の笑みで立っていた。


「モモくん、さっきの石よっ!」


「は?」


「さっきの石よ! あれがグロウジュエリーなのよっ」


「なに言ってるんだ、オメー。あれは、偽物……」


「いいえ。きっと、あいつら、『間違えた』のよ。本物と偽物、よく似た形って言ってたでしょ。だからこそ、間違えたのよっ! きっとそうよっ」


「おいおい、いくらなんでも、そりゃあないって……」


「いいえ。だってあいつら『アホ』なんだもん。頭がすごくキレてるのは認めるけど、『アホ』だから」


「あ、あああ……確かに」


 勝負に勝って試合に負ける的な、そんなタイプの3人組である。間違えて本物を僕達に渡した、という可能性も無きにしもあらず。


 しかし、その石は今頃……。


「やったわ! 私たち、チョーベリー、ラッキーよ」


「ああ。リンス……実はその事なんだけど……」


「出して出して。一応、5メートル範囲でのチェックもしちゃいたいから……ん?」


 リンスはレーダー探知機を見ながら、首をかしげた。


「あれ? 移動……してるっぽい? なんで?」


「実は、トイレの中に捨てて流しちゃった」


「は、はああああああああああああああ? ……まじ?」


「うん、まじ。じゃーって流しちゃった」


「駄目よー。石をトイレに流したりしちゃあ! トイレが詰まる原因になるわっ! 水を流そうとしたら、自分のうんちが溢れ返ってきちゃうのよっ」


「そうなんか?」


「そうなのー! いやああああああああ。詰まらず流れちゃったとしても、モモくんのうんちまみれになってるって事じゃない! 汚いわっ! すぐに、水道局に連絡しなくっちゃ! 下水道に取りに行かなくっちゃ」


「おいおい。僕をうんちまみれにした奴が、何を言って……うがあああっ」


 リンスの拳が僕の腹に炸裂した。


「それは忘れろ、と言ったでしょ」


「いてててて。あ……そ、そっか、口外しちゃダメなんだっけ」


「さあ、行くわよ! モモくん! 5個目のグロウジュエリーを追うわよ」


「えー。まだテーブルに食事が……」


「だーめ! 一刻を争うのっ!」


「ちぇっ。わかったよ」


 僕とリンスはレストランを飛び出した。その後、色々と面倒な手続き等があったが、5個目のグロウジュエリーをゲット。こうして、最後の1個を残すところとなった。ただしこの時、僕達は、まだ想像もしていなかった。その最後の1つを巡って、生き延びていた怪盗ウサギ団と、全面対決を行うという事を。

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