第28話

「ひょっひょっひょ。薬の効き目もそろそろ切れる頃だと思っておったわ」


「薬? やっぱり、あの変なお茶に睡眠薬が入っていたのね」


「そうじゃよ。にしても、不思議な娘よのお。少しでも太らせようと、たくさん食事を与えたのじゃが全く、変わってないねえ」


「あいつは頭でカロリーをすぐに消化するらしいからなー。なあ。おばちゃん。なんで僕たちは手錠をされてるんだ?」


「ひょっひょっひょ。それはよい質問じゃ。それは、おまえたちを喰うためじゃ」


「昨日話してくれた、すっげー美味しい肉って、あれは人間の肉だったんだな?」


「ご名答様じゃ。ひょっひょっひょ。さーて、きょうは誰を食べよーかな。か・み・さ・ま・の・い・う……」


 その途中、ゴーンと頭を床に打ちつける音がした。3人の方からだ。


「お、お助けですー。食っても美味しくないですー。このハード変態クソ人間め」


「そうでアリマス。頭のおかしなぱっぱらぱーな変態人間様、どうか御慈悲を下さいでアリマス」


「おねがいでございますワ。もしも私たちを食べたら、幽霊になって1000年怨みますワ。ど鬼畜な変態人間さん」


 3人は正座をして深く頭を下げていた。これが、『必死の命乞い』作戦なのだろうか?


「ひょっひょっひょ。あいかわらず面白い3姉妹じゃ。笑わせてくれるわ。余興でもうしばし、生かしておこうかい。では、今日は娘か弟さんで、ローストヒューマンにでもしようかの」


「だから、僕は弟じゃねーてっ。おばちゃん……オメーは、悪い奴だったんか?」


「悪い奴? 生き物は誰もが、他の命を奪って、食う事で生きておる。それについては当たり前という共通の認識があるはずじゃ。しかし、人間を食べたら悪い奴と? それはおかしい考えじゃないのかのお」


「おかしいわよっ! 人間が人間を食べるだなんて、タブーよっ!」


「ひょっひょっひょ。元気な娘じゃ。では今日は、おまえさんを食べるとしよう。そして、いい宝石にもなっておくれよ。わしは骨までをも有効活用するんじゃ。今から、鉄格子を開けるからちょっと待っ……へっ?」


 老婆は僕を見て目を丸くした。なぜなら、僕は腕の手錠を外していたからだ。携帯していたキビダンゴが奪われていなくて助かった。手の自由を奪われていた僕は、ぎこちなくも巾着袋からキビダンゴ一粒を取り出し、口の中に放り入れたのだ。


「悪い奴か悪くない奴かの判断は僕には分からねえけど、リンスを食べるっていうのなら、オメーのことをやっつけねえーといけねえな。僕はリンスのボディーガードだからよ」


「ど、どうやって手錠を外したんじゃ?」


「こうやってだ」


 今度は足の手錠をはずした。プチンと力づくで。


「ナイスっ! ナイスよ。モモくんっ! っていうか、手錠を外せるのなら、もっと早く外しておきなさいよー」


「ひょ……ひょっひょ。古くさびていた手錠じゃったんじゃろう。しかし、この鉄格子からは出られ……ひゃあああああ」


 僕は鉄格子の鉄の棒を握ると、ぐにゃりと左右に引っ張った。人が通れる位の穴が開いた。


「あひゃああああああああああ。そんな馬鹿なあああああ」


 老婆は廊下を、老婆らしからぬ機敏な動きで走っていった。


「なにしてるですー、小僧! 追いかけてボコボコにしてやるんですー」


「あの殺人鬼な変態人間、研究室に逃げ込む気でアリマス。やっつけるのでアリマスっ!」


「その前に、私たちの手錠も外してほしいのですワ。小僧、外す事を許可しますワ。というか、外してください、お願いしますっ」


「うーん。とりあえず……」


 僕はリンスの手足の手錠をポキンポキンと、引き千切った。


「さすがはモモくん。頼れるわー」


「さすがは宿敵でアリマス。さあ、今度は我らの手錠を外してほしいのでアリマス」


「そうですー。早く、外すですー」


「………………やだ」


「ええええええ。なぜですか? そんな事、言わないで欲しいのですワ。人類みな兄弟ですワ」


「なに馬鹿なことを言ってるのよ。これまで散々私たちを殺そうとしてきた、あんたらが! さあ、モモくん。あの殺人キラーを、ボコボコにしちゃってきてっ!」


「………………それも、やだ」


「えええええ、なんでなんで? 私たち、食べられるところだったのよ?」


「だって僕たち、一度あいつに命を助けられてるからな。それに人が人を食べるって、そんなに悪い事か? 確かに人間の物差しとしては道徳的に悪い事だろうけど、生物的に考えると、一理はある」


「うああ。モモくんが、おかしくなったー。頭がおかしくなったわ。駄目なものは駄目なのっ」


「うーん、そうなんかな。まあ、いっか。どっちにしても、一度助けられてるから今回、見逃す事でチャラって事にして」


「……まあ、モモくんがそういうのなら、私はそれでもいいけどさ」


「どうでもいいけど、私たちの手錠を早く外してほしいですー」


「だから嫌なんだって。だって、オメーら、僕達をいつも殺そうとしてきたじゃんか。それも、『どこかに閉じ込めたりして、孤立させる』って、ひでーやり方で」


「そうよ! 全て未遂に終わっているけど、モモくんが普通な存在だったら、私たちは、もうこの世にはいないわけ。あんたたち、反省しなさいっ!」


 その直後、ゴーンと3つの音が聴こえた。3姉妹が再び、床に頭をぶつけたのだ。


「もう、そのような『ネチッタ復讐はしない』のでアリマス。なにとぞ、お許しくださいでアリマス」


「『次に』出会った時には、我々が受けた苦しみを、てめーらにも味合わせてやろーとか、そんな馬鹿げた考えは、二度と起こさないですー。お願いでございますですー」


「なにとぞですワ。ウサギ族は嘘をつかない純真な種族。我々種族の最大の弱点は『嘘』なのですワ。この弱点を教えるのは、最大限の懇願の証。助けてくださいませですワ」


 うさぴょんが先程壁に投げつけた石に、両腕を向けた。


「我々が見つけた、あの石も、小僧と小娘に譲るですー。だから頼むですー。お願いしますですー。私たちの命を救ってほしいですー」


「死にたくないのでアリマス。まだ、死にたくないのでアリマス」


「つまりは、グロウジュエリーをくれて、もう、命も狙ってこねーってことか? どーする、リンス?」


「私は、モモくんに任せるわ」


「うーん。……分かった。助けてやっか」


「わーいだ、ですー」


 僕は怪盗ウサギ団の手錠もポキンポキンと、引き千切った。3人は「ありがとう」と言って、トテトテと老婆が向った方向とは逆の方向に駆けていった。


「さーて、では、モモくん、私たちもここを出ましょうか。でも、いいの? あの老婆をほっておいたら、また人を殺し続けるわよ」


「それは嫌だな。でも、僕たちにとっては命の恩人だし……」


 僕は頭を悩ませた。


「まあ、いいわ。一応、南極都市の警察に連絡しておきましょう。市長の事も合わせてね。わざわざ私たちが裁かなくても、法に裁いてもらえばいいわ」


「おおっ! すげー。その手があったか、やっぱりリンス、オメーはすげーやつだよ」


「うふふ。さあ、この家を出るわよ。ただ、あの殺人鬼、いつ襲ってくるか分からないから、注意してね」


「おうっ」


 そして、僕たちは家を出る事にした。リビングには、地図があり、僕たちの荷物も置かれたままだった。リンスは氷上バイクの鍵を机の引き出しから見つけたようだ。鍵に『氷上バイク』と書かれていたという。


「さーて、南極都市まで戻るわね。忘れ物はないかしら?」


「おう。グロウジュエリーもゲットできたしなー。ちゃんとポケットに仕舞ったぞ」


「OK。じゃあ、行きましょう」


 僕たちは家の外に出た。吹雪はもう止んでいるようだ。車庫で見つけた氷上バイクに乗って、出発した。しかし、その直後、地鳴りがし、更にはガコンガコンという音が聴こえ出した。前方の氷がめくれあがって氷上バイクは横にスライドし、僕たちは放り出された。


「いてててて。な、なんだ一体」


「地震? 南極に地震なんてものがあるの? いや、違うわ。あわわわわ。なにあれっーーーーー」


 ガコンガコンと音を立てながら、氷面から、巨大なロボットの顔が出現した。




 徐々に体も現われていく。どうやら、リフトのようなもので持ち上ってきている様子だ。そして、体全体が遠方に出現した。その巨大ロボットの全長は推定50メートル程だ。


「まさか、怪盗ウサギ団か?」


「いや、違うわ。これはあらかじめ、ここに収納されていた、という感じよ。つまりは……」


 巨大ロボットは膝を曲げて、ジャンプし、僕たちのすぐ傍に着地した。ズドーンガシャーンと、氷の欠片が飛び散る。巨大ロボットの装甲のあちこちにダイヤモンドが飾られていた。そして、その巨大ロボットから声がした。


「ひょっひょっひょ。逃がさんぞ。おまえらは、わしが喰ってやるのじゃ。そして遺骨からはダイヤモンドを作るのじゃ。ひょっひょっひょ」


「ぞぞぞぞぞ。あの老婆よ。うわああ。やっぱり、あそこで退治しておけばよかったじゃない」


「か、かっけーーーこの巨大ロボット」


「馬鹿! 男の子はどーして、巨大ロボに憧れるのかしら!」


「女だってキラキラするものに憧れるじゃん!」


「それと一緒にするなああーーーーー。どうでもいいけど、逃げるわ。もう一度、氷上バイクに乗ってっ」


「ひょっひょっひょ。鬼ごっこかい。楽しいのおぉ。付き合ってやるわい。さあ、乗るといい」


 老婆は追いつける自信があるからだろうか、余裕な様子だった。


「エ、エンジンが上手くかからないわ。それ以前に、どうやって操作するのかもわからない」


「おおおおおーい。さっき動かしてたじゃーん」


「仕方ないじゃない。運転した経験ないんだもん。さっきは適当に触ってたら、勝手に動いたのよ。えーと、ここをこうして、おっ、エンジンがかかったわっ! と思ったら、消えたっ」


 僕達が水上バイクの操作に右往左往していた時、どこからか別の声が聴こえてきた。


「その必要はないですー」


 今度は、球体ロボットが巨大ロボの後方に出現した。大きな一つ目で巨大ロボをギョロリと睨みつけながら、球体は上空へとジャンプ。そして……。


「うっしっし。よくも我々をこれまでコケにしてくれたでアリマスね。この変態人間様」


「お仕置きですワ。おほほほほ」


「な、なんじゃあああああああ」


 球体は弧を描きながら、巨大ロボの頭上付近にやってきたところ、3人の声が一斉に響いた。


「くらえ普通の、ジャンピングぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーんち」


 どこん、と腕の一本が巨大ロボの頭にヒット。頭はもがれて、ゴロンと氷上に落下した。球体が着地すると同時に、首を失った巨大ロボは前のめりに倒れた。首の付け根から、バチバチと漏電が見られた。


「ぷっぷっぷ。ざまーですー」


「人間ごときの科学技術で作ったマシーンは、底が浅過ぎですワ」


「球体こそが一番バランスのとれた形なのでアリマス。さーて、どこらへんでアリマスかねー」


 球体は巨大ロボの背中に飛び乗り、8本の腕でうねうねと移動し、ある一点で停止した。


「ばにーお姉さま。うさぴょんお姉さま。こちらから生体反応を確認しましたワ」


「オッケーですー。やるですー」


「レッツ復讐の始まりでアリマス。目には目薬を、歯には歯磨き粉!」


「だから、そのことわざ、ちょっと違うってー」


 リンスは、叫んだ。


 続いて球体は、背中の装甲を剥ぎ取り、コックピッドのようなものを掴み出して、放り投げた。それは、僕達のすぐ近くに落下する。そして、ドアが開くや中から老婆が出てきた。


「ひゃ、ひゃああああ。あわわわ。た、助けてくれええ。たの、頼むぅうううううう」


「あんた、よくそんな言葉が口から出てくるわね。私たちを食べるとかダイヤモンドにするとか、鬼ごっこをするとか言っておきながらさ」


 老婆は必死の形相で僕にしがみついてきた。その時、球体の方から矢のようなものが飛んできて老婆に当たった。老婆はゆっくりと瞼を閉じて、ばたりと倒れた。首筋に注射器のようなものが刺さっている。僕は球体を睨んだ。


「お、オメーら、何をしたんだ」


「殺したの? あなたたち、もしかして殺しちゃったの?」


「殺しでアリマスか? うっしっし。本来、我々は殺生を好まないのでアリマスよ」


「ぷっぷっぷ。殺しというより、願いを叶えてやった、という事ですー」


「つまりは、グロウジュエリーによってなされた『永遠の命』の効力を無効にしてやったのですワ。おほほほ。寿命を既に迎えているため、そのまま老死したのですワ。老死するためにこれまで研究を続けていた変態人間を老死させて、何か問題でもあるのでしょうか?」


「我々はむしろ優しいですー。ここまでコケにしてきた変態人間の『願い』を叶えてやったのだから」


 どういうことだろう。


「あ、あんたたち、なんでそんな芸当ができるのよ! 嘘つきなさい! グロウジュエリーで叶えられた願いなのよっ! そんなの、あんたらなんかが無効にできるわけないじゃないの」


「うっしっし。きゃろっと。うさぴょんお姉さま、聞いたでアリマスか? ちゃんちゃらオカシイでアリマスよ」


「グロウジュエリーとは元々は我らウサギ族が開発したものですー。本来は、小娘の思っているような奇跡などを起こす類のモノではないのですー。いうなれば、ただ便利な機能が色々と付いているだけの移動の為の道具なんですよー」


「今、変態人間に注入したのは、まさに『不死』を解除する為の『薬品』。我らウサギ族に打てば、高度な知恵も体も失い、ですーですー飛び跳ねまわるだけのウサギになるが、不死なる人間に打つと、単に不死属性が消えるだけなのですワ」


「ところで、小僧。先程、やった石について、ですーが……」


 無意識に石を隠した。


「返さねーぞっ! オメーら、嘘はつかねえんだろ? 僕たちにくれたんだろ?」


「ぷっぷっぷ。返してほしいだなんて言ってないですよー。なぜなら5個目のグロウジュエリーは、後にも先にも我らが保持しているからですー」


「はあ?」


「まさか先程の宝石を本物のグロウジュエリーだと思ったでアリマスか? うっしっし。そう思わせるよう、演技をしていただけでアリマス。我々はそれを『石』とは言ったが、『グロウジュエリー』だなんて、一度も言ってないのでアリマスよーだ」


「たまたま、我々が見つけていた『本物のグロウジュエリー』と『同じような形の石』が牢屋に連れてこられた浮浪者のポケットに入ってて、そのまま捨てられていたのを拾って、利用しただけですー」


「どういうことだ? 僕、意味がわからねー」


 頭にクエスチョンが浮んだ。


「つまりは、『必死の命乞い』作戦とは、お前らが寝ている間から、すでに開始されていたのでアリマスよ」


「おほほほ。我々は怪盗。様々な逃走劇を考えていたのですワ。そんな折、おまえらが牢屋にやってきた時点で、特に成功率の高い作戦が決定されたのですワ」


「その名も『必死の命乞い』作戦ですー」


「小僧の馬鹿力であれば手錠ごとき、簡単に引き千切れるだろうと我々は考えたのでアリマス。必死の命乞いとは、変態人間に対してではなく、これまで幾度も命を奪おうとしてきた、お前達に対してする内容でアリマス。助けてください、と。石をお譲りしますから、と」


「『必死の命乞い』作戦の全貌、お分かりに、なりまして? おほほほ」


「そして、ウサギ族は嘘はつかないですー。だからこそ、今この場でお前らを殺すですー」


 リンスは顔を真っ赤にしながら言った。


「どういうこと? 私たちにもう危害は加えないって言ったじゃない! 危害を加えるのなら、嘘つきって事になるわ」


「思い出すでアリマス。我々は『次に』に会った時に、『ねちった復讐はもうしない』とは言ったのでアリマス」


「『次に』ではなく『今この場この時』はカウントはされないのですワ。おほほほ」


「なので、嘘はついていないですー。ぷっぷっぷ」


「そして『次に』はもう永遠に来ないのであります。うっしっし。なぜならば、ここがお前らの墓場になるからでアリマス。おまえらが薬の効果で寝ていた時から、我々は大小の違いはあれ、現在のこの状況に至るまでの絵を描いていたのでアリマス」


「くっそー。よくも引っかけてくれたわね。スキンクリームのくだりも冗談だったのね! おかしいと思ったわっ!」


「いいや。それは本当の話でアリマス。潤滑油にスキンクリームを使ったがゆえに、動かなくなったのアリマス」


「あれは本当のことなのかーーーーい」


 リンスはドテーンとズッコケた。


「しかし、やはり私の考えは大成功でしたワ。あの家のキッチンで見つけたサラダ油! こんなにもマシーンの動きがよくなりましたワ」


「今度はサラダ油を使ってるか。オメーら、馬鹿なのか頭がいいのか、分からねーやつらだな」


「ふん。結果が良ければ全てよしですー。さあ、お喋りタイムももう終わりですー。我らがマシーンの名前を冠した技だ、ですー」


「またまた準備を整える時間を、お喋りで稼がさせてくださいましたね。ありがとうございました、おマヌケさん達。そして、これより我らの『超必殺技』をお披露目しますワ」


「超、必殺技?」


「上をごらんなさい」


 僕とリンスは上を向いた。すると、そこには輝く青白い光の塊があった。

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