第27話

「オメーら、こんなところで、責任の擦り付けなんてするなよ。みっともねーぞ」


「うぐぐぐぐ。小僧に正論を言われたでアリマス。悔しいでアリマス」


「確かに、こんなところで揉めていても、意味がないですー」


「不毛な言い争いでしたワ。せめて、もう一か所で安売りをしていた、サラダ油にするべきでしたワ。選択ミスでしたワ」


「……サラダ油も、どうかと思うけど……」


「とにかく、ここは一体どこなんだよ」


「そうよ。どこ? ここは一旦、休戦といきましょうよ? そして、情報交換しましょうよ?」


「休戦? 情報交換? そんなのしてもしなくても一緒でアリマス」


「我々はもはや諦めるしかないのですワ。悔しいのですワ。本当に本当に悔しいのですワ」


「どうせ死ぬのなら、もっときな粉餅を食べておきたかったですー。食いおさめをしておきたかったですー。餡子はどうでもいいですけどー」


「なにをおっしゃってるのですか、うさぴょんお姉さま、餡子こそが至高でアリマス。食いおさめに最も相応しいものでアリマス」


「いえいえ、醤油に海苔ですワ。死ぬ前に食べるとしたら、醤油に海苔がもっともベストなチョイスなのですワ」


 ………………。


 とても餅好きであることだけは分かった。


「どーでもいいけどさ、なんで諦めてるのよ? ここの情報を教えてよ。私たちも、あの老婆の正体を教えるわ」


「情報ごとき教えてやってもいいですが、あの変態人間に、正体もなにもあるのかですー」


「あのね。あいつは、グロウジュエリーでかつて願いを叶えて、永遠の命を手に入れたって言ってたわ。でも老化は続いて、普通に寿命によっての老死を迎える為の研究をここでしているそうよ。そして……」


 リンスは3人に、老婆との会話で得た情報を話した。3人は時折頷いたりしながら、それを聞いた。話が終わる頃には、3人は泣いていた。


「なるほど、そういう経緯があったですねー。うぅぅぅ。悲しい人生ですー。うぅぅぅ」


「死にたくても死ねない。そして、ただただ生き続ける。その辛さは、とても共感できるのでアリマス。というか、共感し過ぎるのでアリマス。うぅぅぅ」


「オメーら、大丈夫か? というか、なに同情して泣いてるんだよ。これからそいつに、なにされるのか分からねーのに」


「なにをされるのかは、分かりますワ。食べられるのですワ。うぅぅぅぅ。変態変態と思っていたけど、実は可哀想な人だったのですワ。うぅぅぅぅ」


「ちょっとちょっと! どういうことなの? 食べられるって」


 リンスは目を剥きながら聞いた。


「小娘の話に出ていた『これまで食べたどんな料理も凌駕する動物の肉』。あれは多分……人間なんですー。人間の肉なんですー」


「いいいいいぃ。本当か、オメーら。僕、人間が人間を食うだなんて、信じられねえぞ」


「あの変態は人間を食うのですワ。それこそが我々が変態と呼んでいるゆえんの1つ」


「近くにドーム型の都市があるのですが、元々、この牢屋の中にはそこから連れてこられた人間たちがいたでアリマス」


「私たち怪盗ウサギ団が捕まった11日前には、この牢屋はワイワイはしてなくとも、結構な人数がいて、暑苦しいくらいだったんですー」


「それが一人、また一人とこの牢屋の隣にある精肉場なる部屋で解体されて、台車で運ばれるのですワ。私たちは何度も見たのですワ。あの気持ち悪さは格別でしたワ」


「ビフォアーアフターでアリマス。ものすごい違いに驚かされてばかりでアリマス」


「……そりゃあ、全く違うんだから、驚くでしょうね。人間が肉の塊になってるんだから。ってか、モモくん。私たち、昨日、肉……食べたっけ? たしか……」


 思い出した。そういえば……。


「まさか! まさかだぞ! げげげげげげっ!」


「忘れましょう! モモくん……忘れましょう! 忘れるのよっ!」


「つまりは、『口外するな』ってことか?」


「ちがーーう。でも、まあ、それでもいいわ!」


「連れてこられた人間らの話を聞くと、ドーム型の都市の浮浪者ばかりだったらしいですー。あの変態人間、裏の世界では結構名の知れた科学者らしくて、お金も持っているし、市長とズブズブな関係らしいですー。それで、数年毎に警察が浮浪者を捕まえ、それをあの変態に渡しているんですー」


「んなばかなー。僕、警察はそんなワリー事しねーと思うぞ」


「それは国にもよるのですワ。あなた達は知らないでしょうけれど、何世紀も前にあった国のとある市では、今回と似たような事件が起きたのですワ。マフィアとズブズブな市長がいて、その妻に対するデモを行おうとした青年たちを、市長の命令を受けた警察が逮捕したのですワ」


「そして、逮捕された青年たちは、なんとマフィアに受け渡されたのでアリマス。後に、青年たちの焼死体が発見され、市長夫婦と事件に関わった警察関係者らが、お縄になったのでアリマス」


「よく知ってるなー、オメーら」


 なぜ知っているのだろう?


「我々は歴史の生き証人でもアリマスからね」


「まあ、あの人間を変態と呼んでいるゆえんは、もう一つあるんですー。おまえたち、あの人間、ダイヤモンドを身に着けてなかったかですかー?」


「つけていたわね。リビングにも、たくさん飾られていたわ」


「あれは……人間の骨から作られたダイヤモンドでアリマス」


「えええええええええー」


「人間の遺骨の炭素を使ってダイヤモンドを作り、それを身に着けて、牢屋の中の我々に見せびらかして、よく自慢してましたワ。どうしようもなく役に立たないあなたたちも、輝くのよ、なーんて言って」


「あの廊下をもっと進んだところに、奴の研究部屋があるんですー。毎日8時間はこもっているんですー」


「これが本当のリアル変態でアリマスっ!」


「なるほど、自分が老いて醜くなっていると考えている分、美しい宝石を装飾をする事で、心の平静を保っている……てなところかしら。あひゃああああ。モ、モモくん、どうしよう。私、食べられたくないっ。ダイヤモンドにもされたくないわ」


 深く同意する。


「そりゃあ、僕だって同じだーー。食われるなんてごめんだぞー。宝石には、ちょっとなってみたい気もするけど」


「そっちには、興味があるのかーーーーい」


「えへへへ」


「照れるなっ! あわわわわ。じゃあ、尚更、逃げ出さなくっちゃ」


「あーあ、せっかくグロウジュエリーを手に入れたというのにですー」


「え?」


 うさぴょんは着物の内側の袖を振り、片手で握れるくらいの大きさの石を床に落とした。それを手に取って、見つめ、壁に投げつけた。石はカコーンとはね返って、床を転がった。


「こんなのいらねーですー」


「う、うさぴょんお姉さま! 何て事を!」


「そうですワ。石を、そのように扱っては……」


「どうせ食べられるんですーっ! 今日あたりには、私たちは解体されるんですー。こんな石ころを持っていても仕方がないですー」


「こ、怖いでアリマス。食べられるの、ちょおおおおおおこええええええでアリマス」


「こうなっては、あの作戦しかありませんワ。何度もピンチを乗り切った我ら怪盗ウサギ団に不可能はなし!」


「あの作戦でアリマスね」


 おや?


「なになに? 何か策があるっていうの?」


「あるのですワ。我らウサギ族は、腕力こそは同じくらいの体格の全動物界の動物において最低の部類」


「マシーン中にいれば無敵な我々も一旦外に出れば、まさに陸に打ち上げられた魚のごとくでアリマス。しょせんウサギは弱小でアリマス。脳のないウサギはただのウサギ」


「戦いとは戦いを行う前に、その勝敗の9割は決まってるんですー。だからこそ、戦略こそが肝! 脱出大作戦。その作戦名こそ『必死の命乞い』作戦ですー」


「かっこえええーでアリマス」


「我々は天才ですワ。何手先をも読んでいる」


 ばにーときゃろっとは、ぱちぱちと幼女に向かって拍手喝采。


「って、命乞いかーい。そんなの作戦でもなんでもないわよ」


「ふん。お黙りなさいですワ、小娘」


「ところで好奇心で聞くけど、お前らは、グロウジュエリーを集めて、何を願うつもりだったのでアリマス?」


「ボインだってさ」


「は? なんですー。そのボインって?」


「だから、おっぱいだよ。巨乳になりたいんだって」


「こら、モモくん、何を勝手に言ってる……のよ?」


 その時、鋭い視線を感じた。3人が憎悪にも似た感情を込めた目でこちらを睨んでいたのだ。


「……こいつら、そんなくだらない願いの為に、今回も我々の邪魔をしていたのでアリマスか」


「私、堪忍袋の緒が切れそうですワ」


「落ち着けですー。人間というものは、くだらない事に、こだわりをもつ生き物なんですー」


「な、なによ……そんなに睨んじゃって……私は胸を大きくしたいの」


「ほーら、リンス。くだらない願いって言われたじゃんか。僕はずっと、くだらないと思っていたけどなー」


「みんなして、なによー。そーよ、そういえば、あんたらだって、長年生きているって言い方をしてるけど、グロウジュエリーに『不老不死』を叶えてもらったんじゃないのー?」


「ふん。私たちウサギ族は、人間じゃないですー。元々が不死なんですー。私たちの外見年齢が、ちょっと不自然と思わなかったですかー?」


「個体差こそ、ありますが、5歳から35歳程の年齢を、いったりきたりと往復するのですワ」


「信じる信じないは勝手でアリマス。地球上の生物とは、生態系が違うのでアリマス」


「オメーら、宇宙人だったんか? すげー。確かに、お姉ちゃんが一番、ちっちぇーもんなー。僕、納得した」


「私は納得できないわね」


 リンスはうさぴょんのところまでズルズルと、イモムシのような動きで向かった。


「な、なんですー?」


 リンスは、手錠のかけられた両手で、うさぴょんの耳を掴んで、引っ張った。


「いてててて。私の耳に触るなですー。痛いですー。いじめるなですー。うぇえええん」


「どーせ、偽物なのでしょう? って……あれ? ほ、ほほほほほ本物だあああああ」


「こらっ。やめるのでアリマス。暴力反対でアリマス」


「うさぴょんお姉さまへの乱暴は直ちに止めるのですワ。謝罪をするのですワ」


「ご、ごめんなさい」


 リンスは謝った。


 その時だった。ギギギギギ、ガタンとドアが開く音がした。途端に、3姉妹が怯えはじめた。


「ひぃぃぃぃ。来ましたワ。変態人間が来ましたワ」


「『必死の命乞い』作戦、ですよーっ!」


 コツンコツンと足音がして、そして、牢屋の前にジャラジャラと、いたるところに宝石が付いている豪華そうな服を着た、あの老婆が現われた。

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