第25話

 老婆の話によると、老婆はかつて、愛する男がいたそうである。その人はとても偉い人で、莫大な財産を持っていた人だった。二人は永遠に共に暮らしたいが為、グロウジュエリーに『永遠の命』を願ったそうである。


 その後、二人は、とわの幸せを得られた、と喜んだそうだ。しかし『永遠の命』を願った二人の老いは続いた。あの時、『若い姿のままで永遠の命がほしい』もしくは『不老不死』とでも願うべきであった、と老婆は悲しそうに語った。


 ただし、男は30代後半で老いが止まった。一方の女は、それ以降も老いが続いた。この事象に対して二人は、おそらくだが、本来の寿命、もしくは『天命』によって定められていた『死期』で、老いが止まる事になっていたのだろうと、結論づけた。確かに死期が訪れたとしても死ななければ、それは『永遠の命』に他ならないのだ。


 外見的にもまだまだ魅力のある男とは裏腹に、女だけが歳をとっていく。徐々に、外見年齢の差が離れるにつれ、女は不安に駆られるようになった。いつか男の自分への気持ちが、離れていくのではないだろうか、と。老いる事で、自分の女としての魅力が、どんどんと薄れていくのに対して、男の方は魅力的なままなのだ。更に年の功として、男の内面はどんどんと成熟していく。数多の若い女にモテても不思議なことではなく、実際にモテていた。逆に、女は顔に皺も増え、どんどん醜くなっていき、鏡を見るのも辛くなっていった。そして、女は逐一、男を監視するようになった。魅力のある若い女と出会い、自分を捨てたりしないか、と。


 この時、女と男は結婚をしていなかった。もちろん、結婚式は挙げていた。戸籍上、夫婦となってはいなかった、という意味だ。『永遠の命』を願ったがゆえ、公式のデーターベースに年齢などの個人情報を載せる事で将来、不都合な事態が起きる可能性を危惧したからだ。


 女は50代の終わり頃、男に籍を入れたいと頼んだ。しかし、男はそれを拒否。理由に関しては、今更入れる必要はない、というものだった。女は癇癪を起した。


 そして遂に、男を殺してしまった。女はいつまでも魅力的なままの男が、日々老いていく自分をいつかは捨てるだろう、という妄想を抱き、不安に耐えられなくなったのだ。別れるも地獄。一緒に居続けるのも地獄、という心境だった。


 女は殺しの罪により、指名手配となった。しかし、女は逃げきった。なぜならば、女は特殊な体になっていたからだ。人の目につかないところで、ただじっと隠れていればよいだけで、食事などの必要もない。歳はとるも自然死はしない。食べるという行為をしなくても、死なない体になっていたという。ただし、飢えはずっと続いていた。


 こうして、女は隠れ続け、自身が寿命で死んだとされる頃合いだけではなく、自身の姿を知り、捜査していたとされる者たちも老死したとする時期になってようやく、潜伏していた場所から姿を現わした。その時、目の前に、とある動物が倒れていたという。普段は決して食べたりはしないという動物。女は、あまりの空腹により、生のまま食べた。その時の肉の血したたる味が今でも忘れられないという。それまで、世界中の様々な美食を味わってきたが、それすらも凌駕する味だったそうだ。


 その後、年齢をとらないという特質を周囲に知られないよう、そして同じく、過去に人を殺したという経歴も悟られないよう老人は慎重に、そして定期的に居住を点々と移動させながら、秘境中の秘境である、ここ南極に辿り着いたというわけだ。現在は、歳を普通にとって老死できる技術についての研究をしている。資金は、その研究過程によって生み出された副産物的な技術を巨大企業などに裏で売却する事で得ているという。元々は研究者ではなく普通の女であったが、知識を得るための時間は膨大で、一介の科学者の何人分もの生を過ごしているのだ。

「ふーん。不老不死って、辛いんだなー」


「ひょっひょっひょ。辛いさ。とてもね。死にたくても、死ねないんだからね。だったら自殺すればいい、という考えもあるが、とてもとても私にはそのような怖い事はできなかった」


「グロウジュエリーって、やっぱり、本当に願い事を叶えてくれるのですねっ!」


「そうだねえ。まあ、私たちの時代は、グロウジュエリーの話はよく耳にしてたよ。私の知らない間に、どうやったのかは知らないが、恋人が財をつぎ込むだけで集められたくらいじゃったし。今じゃ、宝石の話は滅多に聞かなくなったがね」


「そりゃあ、おばちゃんが、世間から離れているからじゃねーのか? 僕、永遠の命を願った人がいたら、今頃、有名人になっていると思ってたけど、隠れてたんだなー」


「ひょっひょっひょ。世間から離れていても、耳には情報が入ってくるものさ。ちなみに、わしの犯罪はもう時効じゃよ」


「でも、私たちにそういうお話をされてもよかったのですか? その……恋人を殺したとか」


「罪を、償え、ということかい?」


「いえ……そういうわけでは……」


「いいじゃんか、リンス! 死ねなくて、苦しい苦しいっておばちゃん言ってるんだしさ。それよりさ、ずっと隠れ潜んでいた後に食べた動物の肉って、それ、なんの動物なんだ? 僕、食に関しては、美食を極めたいと思ってっから、すっげー興味が惹かれる」


「ひょっひょっひょ。そんなに知りたいかい? そう言われたら、ちょっと意地悪してみたくなるもんじゃなあ。どれどれ、クイズじゃ。当ててみなされ。ヒントは腕が2本、足が2本。胴があって、顔がついておる」


「えーと、そういった動物って、かなり、たくさんいますね……」


「おばちゃん、教えてくれよー。僕、食べてみてええ。ここから帰ったら、おばちゃんがそれまでずっと食べ続けていたどんな料理の味をも凌駕したっていう、その肉を食べてみてーんだよ!」


「ひょっひょっひょ。では、答えは、また明日にでも、教えてあげようかね」


「えー、意外に、おばちゃんはいじわるだなあ」


「あの……すみません」


「どうしたんだい?」


「なんだか私、徐々に眠気がしてきまして……」


「おお、実は僕もそうなんだよな。今日はずっと駆けまわってたからかなぁ」


「そうかい。じゃあ、寝室に案内しようかい。いつもは、客室として使っているんじゃが」


 僕とリンスは8畳ほどの和室に案内された。老婆は押し入れから布団を2つ取り出した。僕も手伝って布団を並べ、就寝の準備をした。リンスは布団に入ると、すぐに眠った。


「ありゃああ。もう眠ったのかー」


「ひょっひょっひょ。寝る子は育つ。さあ弟さんも、もう寝るといい」


「だから僕弟じゃねっーけど。まっ、いっか。色々とありがとうな、おばちゃん」


「今日はゆっくりと休んでいきなされ」


「ありがとうなー」


「困った時はお互いさまじゃ」


 そう言って老婆はドアを閉め、部屋を出ていった。僕も眠気が強く、電気を消して布団に入るとすぐに眠った。


 目を覚ますと、僕はまず、困惑した。なぜならば、眠りについた客室ではなく薄暗い場所にいたからだ。地面は冷たい土で、凍死しないまでの室温にはなっているも、部屋には鉄格子があった。そして、僕の両腕と両足が体の前で、手錠の様なもので拘束されていた。

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