第24話

 ジャラジャラと、いたるところに宝石が付いている豪華そうな服を着ていた。ものすごい金持ちのようだ。


「おやまあ。どうしたのかい。こんなところで?」


「すんません。僕たち、道に迷って遭難したんだ」


「そうなんです……南極都市に向かっていたのですが、方向がどこだか分からなくって」


「あら、そうかい。とにかく、お入りなさい」


「ありがとうございます」


 僕たちは家の中に入れてもらった。中は暖かい温度で、心が休まった。


「お風呂を沸かしてあげるね。でも、寒い状態から、いきなり、あっついお風呂に入ったら、ヒートショック現象を起こしちゃうから、まずは暖かい飲み物でもお飲みなさい」


 リビングらしき部屋で毛布に包まりながら、ガタガタと震えている僕とリンスに、老婆はお茶のような飲み物を出してくれた。


「ヒートショック現象? おばちゃん! なんだ、それ?」


「モモくん、馬鹿をさらさないでっ! ヒートショック現象ってのは、温度差が激しいところに人が移動した際、体がその温度変化にさらされ、血圧が急変する事で起きる超危険な現象なのよ。脳卒中や心筋梗塞なんかで死んじゃうって事!」


「ひょっひょっひょ。よく知ってるねえ、お嬢ちゃん。ここのような場所でなくても注意が必要じゃぞ。夏場にゲリラ豪雨などに遭って、雨に濡れながら家に帰宅した時にも、冷えた体をそのまま、お風呂に浸からせて暖めようとしちゃいけないよ。このヒートショック現象で死んじゃう場合があるから、気を付けなくちゃあいけない。一番いいのは暖かい飲み物を飲んで、まずは体を暖めることさ。さあさあ、どうぞ。遠慮せずに飲んどくれ」


「あざーっす。でもこれ……なんだ? 僕、初めてみるぞー。なんで、ねっとりしてるんだ?」


 老婆に渡された暖かいお茶のような飲み物はゲル状で、緑色と茶色を混ぜたような色をしていた。見た目は、とても飲む気にはなれないものだ。リンスを見ると、僕と同じような心情……という顔をしていた。


「これはね……葛とか、色々なものを配合した、わし特性のスタミナ満点の飲み物なんじゃよ。さあさあ、温かいうちに早くお飲みなされ。体が震えておる」


「ど、どうもありがとうございます。さ……さあ、モモくん、おばあさんの御好意に甘えましょう。私、頂きます……っ。ゴクリっ!」


 リンスが飲んだ。必死で、まずそうな顔を隠そうと、自身を抑えている様子がよく分かる。


「お、美味しいです……とても……」


「ひょっひょっひょ。そうかいそうかい。さあ、弟さんも、飲みなせー」


「僕弟じゃないけど、頂きまーす」


 ゴクリと飲んだ。とてもまずかった。しかし、温かいものを飲んだおかげでか、体の芯から、暖が戻ってきた。


「どうかい? 暖まるじゃろう」


「うん。ポカポカしてきた」


「ひょっひょっひょ。それはよかった。しかし、どうしてこんなところにまで、やってきたのかい?」


「実は、僕たち、宝石を探しているんだよ」


「ん? 宝石とな?」


「うん。グロウジュエリーってーの!」


「こら、モモくん! いえ、私たち、旅を……心の旅ですね。精神修行の旅をしているのです。あは、あはははは……」


「なに言ってるんだオメー。僕たちは……いててて」


 リンスが僕の足を踏んづけてきた。老婆は、ぽかーんと見つめていた。


「と、ところで、ここから南極都市まではどのくらいの距離なのですか? こちらの家で生活しておられるという事は、もしかしてすぐ近くとか?」


「そうでもないんじゃよ。ここから、氷上バイクに乗って5時間程かのお。もちろん、今日のような吹雪の日には行けんがの」


「え? そんな遠くに。どうして?」


「ひょっひょっひょ。どうしてこんな遠くで暮らしてるかってことかい? それはわしが人間嫌いじゃからねー。あっ、生物としての人間は、好きじゃぞ。そこは、はき違えんでくれよ」


「生物としての人間は好きだけど、人間は嫌い?」


「ひょっひょっひょ。ここまでの境地に来るまで、わしも随分と歳を重ねたんじゃ。人というのは、長く生きているとその分、単純ではなくなるじゃよ」


「僕、意味がわかんねー」


「モモくん! 哲学よ。深いですね! 私にもよく分かりませんが、深さを感じます!」


「でも、おばちゃんはさ、こんな秘境なとこで一体、何をして暮らしてんだ? 僕も誰もいねえところで暮らしていたけど、ここは畑も川もなくて釣りもできなさそーで本当に、何もねえ場所みてーだ。暇でしょうがないんじゃねーか?」


「ひょっひょっひょ。わしはな、ここで研究をしておるんじゃよ。歳をとるための研究をね」


 歳をとるための、研究……。


 歳というものは普通にとっていくものではないのだろうか?


「うーん。僕、わっからねえ。これも、哲学?」


「そうよ、モモくん! 哲学とは、わけがわからないものであって、高尚なものなの! それが哲学っ! どぅゆーあんだすたんど?」


「いえすあいどぅー!」


「ひょっひょっひょ。違うよ! 哲学とは違うよ。具体的な意味での、歳をとる研究じゃよ」


 僕とリンスは同時に、首を傾げた。


「さっき、グロウジュエリーを探していると言ってたねえ。今の世にもいるんだねえ、あのグロウジュエリーを探している若者が」


「……御存知なのですか? グロウジュエリーの伝説のことを?」


「あれはね、伝説じゃないよ。本当にあるんじゃ。わしは、それで永遠の命を得た」


 僕とリンスは顔を見合わせた。


「……嘘ですよね?」


「いいや。本当の事じゃよ。懐かしいのぉー。記憶がよみがえってくる。どれ、ちょっとこの孤独な老婆の話しの相手になってくれんか。そして、世迷い毎だと思って、聞いておくれ」


「はあ……」


「その前に食事でもどうかい? 見た様子、随分と疲れたからじゃろうか……痩せてしまっておるようじゃ」


「ぜひ、お願いしますっ」


 老婆は料理を作ってきた。僕たちはそれを次々と平らげる。リンスはここでも遠慮を知らず、何度もおかわりするも、老婆は困惑するどころか、逆に嬉しそうな様子でテーブル一面に料理を並べた。そして話を始めた。

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