第22話
僕とリンスは南極にやってきた。というのも、つい10日程前に南極から、グロウジュエリーの信号が出てしまったからだ。旅を開始してから305日目の事である。『出てしまった』と表現したのは、信号が検出されない期間、僕はボディーガードの報酬として、毎日、好きなものを食べる事が出来たので、もうこのまま、ずっと出なけりゃいいのに、と思っていたからに他ならない。乾燥キビダンゴを作れるだけ作るも使用することがないので貯まるばかりだ。
僕の料理の腕も、随分とレベルアップした。そもそも、美味しい料理を作れるようになりたいが為に、世界中の美食を堪能し、舌を肥やしたいと思っているのだ。
なお、新しい信号が現われるまでの待機中、これまで集めた宝石には、レーダー探知機でも反応を検知し難くするという特殊な布を被せていた。とはいえ、完璧な対策ではなく、微弱ながらにも宝石からの信号は漏れているようで、怪盗ウサギ団の襲来に備えて僕の仕事は、リンスではなくこの宝石のボディーガード……正しくは『宝石のガードマン』という事になっていたわけだが……結局、一度も現れなかった。こないの砂漠で起きた大爆発で死んだのか、もしくは……。
仮にだが、怪盗ウサギ団が生きていたとしても、そして、グロウジュエリーから出る信号を抑える特殊な布を被せていなくても、おそらく、彼らはやってこなかったのかもしれない。前回の地底の遺跡での言動より、基本的にはやつらは『僕達に集めさせて、最後の美味しいところで全部を頂く』という考え方も持っているに違いないからだ。グロウジュエリーは6個全部揃えないと何も起きず、前半と中盤がどれほど不利だったとしても、最後の最後に手元に6個揃えてしまえば良いのだ。それでも、行く先々で怪盗ウサギ団と出会ってきたのは、最後の最後に全てを奪えばいいと考えていても、念のため1個ぐらいは手元に置いておきたいという思惑があるから、と僕は推測している。
特に今回、僕たちがこの5つ目を先に見つけたら、最後のグロウジュエリーのありかに向かった時、もしかしてだが、厳密には最後の宝石を見つけなくても、願いを叶えれるかもしれないのだ。6つのグロウジュエリーが手元にある事が、願いを行う際の条件ではなく、『少なくとも〇キロ以内に6つが集まった状態』というのが、願いを叶える条件である可能性もなきにしもあらず。
なので普通に考えて、今回の5つ目は怪盗ウサギ団にとって、いち早く見つけ、僕達よりも先に入手しなくてはいけない宝石である。だからこそ熾烈な奪い合いが予想され、僕たちもグロウジュエリーの反応が検知された時点で、すぐにも現地に赴かなくてはいけなかった。……が、実際の出発には10日間ものスパンが空いた。その理由はリンスの体調にある。なんとリンスは『ノロウイルス』というものに感染したとかで、風邪を引いたのだ。
これは今から、10日前の出来事だ。
「モ、モモくん……行くわよ……。5個目のグロウジュエリーを探しに行くわよ……」
「大丈夫なんか、オメー? 顔が真っ青だぞ。それにフラフラしてる」
「大丈夫よ。体調が万全な事については、おてんとうさまに誓うわ……」
と言いつつも、ずてーんと倒れる。
「おてんとうさまに嘘を誓うんじゃねー。全然大丈夫じゃないじゃないか」
「……モ、モモくん。非常事態発生……非常事態発生……ただちに私を、トイレに……運びなさい……。じゃないと、この部屋一体が……土宝石流の被害に遭うわ……」
「おお。何を言っているのかは意味が分からないが、なんだか、まずい気がするっ」
「は……早く……うぅぅぅ。お腹が……でも、立ち上がる気力が……ない」
「我慢しろよー」
僕はリンスをお姫様だっこし、トイレにダッシュ。しかし、トイレのドアに駆け込む直前、リンスは額から、玉のような汗を流しながらも、にっこりと微笑んで、こう言った。
「ごめんね……モモくん……間に合わなかった、わ……」
「えっ?」
その日、リンスはグロウジュエリーを探しに行くことを諦め、病院で休養する事を決断した。
なお、『ノロウイルス』というのは、中々厄介なものらしく、〇×△を通じて、僕にも感染したようで、ようやく2人揃って回復したのが、その日から10日後の事だったわけだ。お互い、同じ病室で、うんうんと苦しんでいた。ある日、リンスは隣のベッドで病院食を食べている僕に、しおらしく話しかけてきた。
「ごめんね、モモくん、移しちゃって」
「構わねえぞ。僕の体が弱かっただけだ」
「あと、移した……その経緯については、忘れてね」
「………………やだ」
一時の間。みるみるうちに、リンスの顔が険しくなってくる。
「なんでよー」
「だって、僕あんなにセンセーショナルな体験をしたんだぞ。忘れようと思っても、忘れられねえよ」
「馬鹿なのあんた、本当に忘れてくれと、記憶の彼方に忘却してくれと言ってるわけじゃないのよ」
「えええ? 僕、頭が混乱してきたぞー。忘れるのが無理だと分かっていながら、忘れてくれと、頼んできたってことか、オメー?」
「もうもうもう! モモくんとの禅問答は疲れるのよ。嫌なのよ! 単刀直入に言うわ。つまり、私の言った『忘れてくれ』は、『口外するな』という意味なの」
「ああ。さすがにその歳になって恥ずかしいもんなー。だったら、最初からそー言えばいいじゃねえか」
「モモくんは、本当にレディーの扱いが分かってないわね。気遣いが足りないわ! 相手の意図を暗に察するのは大事な事よ。マナーとして、モモくんは笑顔で『分かったぞ』とでも言うべきだったのよ」
なるほど。僕は満面の笑みを作って、リンスにこういった。
「分かったぞ」
「……何だか、む、むかつくわ……」
リンスの顔がみるみる赤く染まっていった。
「は、はあ? 僕……分からねえ。オメーのこと、本当に分からねえよ。女がおかしいというか、もうリンスがおかしいんじゃないのかと、最近は思い始めてっぞ」
「うるさいうるさい! 私は寝るわ。もう、話しかけないでちょーうだい! 女の子はデリケートなのっ」
リンスは布団を頭から被り、手だけを出して、ベッド周りのカーテンを引いた。
なんにせよ、完治のため安静にしていたので、体調は元に戻った。なお、レーダー探知機によると、シグナルの出処はまだ南極の位置から変わっていないため、怪盗ウサギ団に先手を打たれて、ゲットされてはいないようである。
南極での探索については防寒具を着込んだ僕とリンスだったが、どちらもブルブルブルと震えていた。
「さ、さみー」
「そりゃあ、マイナスの温度の世界なんだから、寒くて当たり前でしょう」
「もう、帰らねーか。ボインなんて諦めちまえよ」
「いやよ。いやいや! 絶対にボインになるの。あんただって、たくさん美味しいものを食べたでしょ? 報酬は十分に支払ってるわ。やる気はあるの?」
「それを言われたら、強くは出られねえけど……やる気に関しては、最初から全くないぞ」
「はっきり言い過ぎぃぃぃー」
「そもそも、僕は最初の頃、田舎暮らしだったから分からなかったけど、ここ最近はテレビとかを見るようになって、色々と知識もついてきたんだぞ。胸がほしいのなら、整形外科に通院して、シリコンを埋め込んでもらう手術をすればいいんだよ。リンスの家はお金持ちなんだから、手術費用ぐらいはあるだろ?」
シリコンを使えば、あっという間にボインになれるだろう。
「嫌よ。シリコンなんて嫌! 私は、親からもらった体に傷を残すだなんて考えはないの。体に異物を入れるという類の整形に関しては、完全な否定派よ」
「グロウジュエリーを集めて、ボインにするのも整形手術でボインにするのも、僕にとっては、一緒だと思うけどなー」
「全然違うわ!」
「どこが?」
「どこがって……。とにかく違うの! 違うのよっ! モモくんは、ただ、私の旅に付き合ってくれればいいのよ」
「ほーら、違いを説明できねーじゃないか。まあ、僕はオメーから報酬はもらっているから、付き合ってやるけどな。それに、世界中の色々なものを見るのも楽しいし」
「OK! それでいいわ。モモくんは、巨大ミミズとか、あんなおそろしー古代生物も生身で倒しちゃうくらい常識はずれな存在だからね。期待してるわ。にしても……うーん」
リンスはレーダー探知機を見つめながら唸った。先程から、ポイントが絞り込めないのだそうだ。ここから一番近い都市である『南極都市』で確認した時の位置的な情報から、地図を頼りにやってきたのだが、宝石が見つからない。
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