第21話

「お、おい……リンス、どーすんだ?」


「どうするもこうするも、脱出しないと、永久にここに閉じ込められちゃうってわけでしょ? 嫌よ私!」


「まあ、確かに、閉じ込められるのは嫌だなー」


「モモくんあんた、本当にそう思ってるの? 美しい私とずっと二人っきりでいられると思って、本当は超ラッキーだと思ってない?」


「お、思ってねーぞ! すげーやつだな。どうしてこんな事態で、そういう発想するのかなー」


「モモくんだって、美味しいもの、もう二度と食べられないのよ? というか、あちこちにある白骨遺体のようになっちゃうかもしれない」


「それは……困るなあー。まっ、なんとか、なるさ」


「もー、なんでそんなノンキなのよ」


「よーするに、すぐに出口に向えば大丈夫なんだろ? リンス、また僕の背中に乗ってくれ。おぶってやる」


「は、はあ? 私の太股を触りたいの? 背中で胸の感触を感じたいの?」


「んなこと、思ってねーーー。僕がオメーをおぶって走った方が早いからだよ。それに、オメー、胸が平たいんだろ。……って、いててて。なんで殴るんだよー」


 リンスにポカリと頭を殴られた。


「………………分かったわ。じゃあ背中に乗らせてね、どっこいしょっと」


「おっし」


「うわっ。なにっ」


 僕は地面に顔を近づけて、鼻から息を吸った。


「よっし。分かった」


 そして、思いっきり駆け出した。


「うわああ。な、なんなのよー」


「匂いだよ。匂い。あいつらがもう地上に出てるのなら、匂いを辿っていけばいいだけじゃないか。僕、鼻が利くんだよ」


「そ……そうなの。わーい、やったあ……。ってか、という事はこれまでずっと、私の体臭とかも、分かってたりしたの?」


「おう。分かってたぞ」


「な、この変態! ドスケベ!」


 リンスは僕の頭をポカポカと殴ってきた。


「いてててて。オメー。僕にノンキとかって言っておきながら、自分だって緊張感がないじゃないかよ」


「はっ。そうだったわ。今は死ぬか生きるかの瀬戸際だったわ」


「まったく。女ってのは後先、見境がないんだなー」


「モモくん、頑張って!」


 僕は、とある岩のところまでやってきた。


「岩? なんでここで止まるの?」


「匂いがこの先に続いているんだ。たぶん……これは岩じゃねえな」


「えっ? あ……」


 僕は岩に向って手を伸ばした。そして『布』を掴んで引っ張りはがした。奥には、布に向かって光を当てていた、映写機のようなものがあった。通路を、岩の3Dで隠していたのだ。


「あいつら……こんな小細工をしていたのね」


「いくぞ。飛ばすぞー」


「お願い!」


 僕は全力で走った。そして、通路の突きあたりに長い梯子を見つけ、それをのぼっていく。天上にあった蓋を開けると太陽の光が射し込んできた。


 僕たちが外に出るのと、梯子がかかっていた穴が沈むのは、ほぼ同時だった。その穴に、ずざざざざと、地上の砂が落ちていく。そして、まもなく穴が塞がった。


「や、やったああああ。脱出できたー。生き延びたわ」


「すっげー。ギリギリだったけどな」


「あー。生きてるってすばら……し……あっ!」


 まだ危機は去ってはいなかった。僕たちの目の前に、2体になったサンドワームが、たった今、砂の中から顔を出してきたからだ。


 ただし、今の僕の頭には逃げる、という考えはなかった。代わりに……。


「僕、ちょっと、あいつらぶっ倒してくる。なんだか、今なら勝てそうな気がする」


「はああ? あんな巨大なの無理でしょう。それより、私をおぶって逃げてよ。さっきのあんたの足の早さなら逃げ……って、おーい」


 僕はサンドワームに向って駆けだした。


 その日の夜、僕とリンスは一番近くにあった街にやってきた。普通に歩けば3日位かかる距離なので、僕がリンスをおぶって走ったのだ。キビダンゴをさらに2つも消費した。こんなに体を酷使したことはなかったので、きっと数日間は筋肉痛で体を動かせないかもしれない。そして現在、街で一番というレストランで食事をしている。リンスはヤケ食いといって、テーブルにおかれた大量の料理を次々と平らげていた。


「おい、明らかにオメーの体以上の食べ物を食ってるじゃねえか。どういう体の構造になってんだ?」


「ヤケ食いよ。悔しいわ。本当に悔しい! 私のボインになる夢が消えたのよっ! うわあああ。しかも目の前で宝石を奪われちゃうだなんて、最高にバッド! バッドもバッドよ!」


 リンスは涙目で、机をドンと叩き、嘆いた。


「本当に、夢が消えたんかな?」


「えっ? どういう事?」


「だって、あそこで見つけた6個のグロウジュエリーは奪われたけど、これまでに見つけて保管しているグロウジュエリーは、まだ奪われていないわけだろ? だったら、あと3つくらいどこかにあるんじゃないのか?」


「まぁ、グロウジュエリーは6個以上現われるらしいけど……」


「だったら、まだまだ可能性は失われてないってことじゃないかよ」


「そ、そうね。もしかしたら、まだボインになるチャンスが、あるのかも」


「一番いいのは、ボインを諦めることだけどなー」


「うっさいわね! 私にとってのボインは夢なの! 永遠の憧れなの。どんな事をしてもボインになりたいのよ」


「はいはい……」


「ちょっと、レーダー探知機で確認してみようかしら」


 リンスはバッグからレーダー探知機を取り出して起動させた。そして目を見開いた。驚いているようだ。レーダー探知機からピコンピコーンと音がする。


「あ、あれ? 故障かしら……」


「どうしたんだ?」


「4つ目の……グロウジュエリーの反応が、5メートル以内で検知できてるの。遺跡の中では、検知されなかったのに、どうして? そもそも、私たち宝石なんて、何も持ち帰って来なかったわよね?」


「そうかー? 僕、持ち帰ったと思うぞ」


「え? 何を言ってるのよ。私たちは、何も……」


 リンスはバックの中を覗いた。バッグの底には僕が無造作に掴んで入れた砂が入っている。リンスはレーダー探知機を手に持って、席から離れ、そして戻ってくる。


「こ、このバッグの中から、反応が……ま、まさか! す、砂? モモくんが適当に入れた砂に、反応してるのっ!」


「本当か? 僕、足元のを拾って、本当に適当に入れたんだけど」


「すごーい! モモくん、天才! どうして、この砂がグロウジュエリーだと分かったの? 普通じゃ有り得ない確率なんだけどー」


「いやあ。やっぱり、何となくとしか言いようがないなあー」


「まあ、いいわ。どちらにしても、4つ目のグロウジュエリーを手に入れたのよ。いやああほおおおお」


「わーいわーい。良かったなー」


「モモくん、食べたいものがあればじゃんじゃんと注文していいわ。今からヤケ食い改め、お祝いよ。ビフテキ食べ放題よっ」


「いや……僕もう腹いっぱいだから。これ以上食ったら腹が破裂しちまうよ……」


「そう? 私は注文しちゃうわ」


「まだ食べるのかよー」


 リンスは店員に追加で料理を注文をした。


「それにしても、あそこにあった6個のグロウジュエリーって一体、なんだったんだろうな? オメー、食事で得たカロリーを頭の活動で消費してんだろー? わかんねーのか?」


「さあね。まあ、これは私の一つの推論ではあるんだけど……」


 その時、ざわざわと店内が騒がしくなった。どうしたのかと店員に訊いてみた。


「ええ。なんでも砂漠の方で、謎の大爆発が2度も続けて、確認されたようです」


「大爆発……」


「今、ニュースでも流れているようですけど、目撃者の証言によると、1度目の爆発は地上で起きて、その後、玉のようなものが空へと打ち上がり、上空でも更に爆発が起きたとか」


「へ、へえ……なるほど。店員さん、どうも、教えてくれて、ありがとうございました」


 大爆発と聞いて、僕はなぜか怪盗ウサギ団を連想してしまった。なお、リンスの『推論』によれば、グロウジュエリーが世界各地で生まれるのは、その土地のエネルギーを吸い取る事で、生成されるからだという。まるで野菜が土から養分を吸いながら育つのと同じ原理だ。もしも仮に一か所で6つのグロウジュエリーを作り出そうとしたならば、その土地のエネルギーを吸収し過ぎて、不毛の土地にしてしまう。まさに『砂漠地帯』のように……。足りないエネルギーは生物からも吸い取ったのかもしれない。『白骨化』させる迄に。


 根拠はないが、と前置きしてリンスは再び推理を語った。あの遺跡の古代人らは『グロウジュエリー』を作ろうとしていたのではないのか、と。神殿にも似た施設は、グロウジュエリーの作成を目的とした研究施設だったのではないか。ただし宝石の作成に失敗し、地底都市は壊滅した。生成された宝石もパチモンだった場合『大爆発』の起爆剤となってもおかしくはない。


 事実がどうか、については不明だ。どちらにせよ、これにて、僕たちは4つ目のグロウジュエリーをゲットできた。残るは2つである。

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