第15話

「ちょっとモモくん。この状況を説明してくれるかしら?」


「あははは。僕たち大根さんみたいだなあ。だれか、引っこ抜いてくれる人、いねーかなあ」


「ここは畑かー。大根畑かー。誰も引っこ抜いてくれないわい」


 リンスは涙目になっている。


「悪かったな。あの時、弱点を言われた時、僕が攻撃しなかったのが悪いんだよな」


「そうよ! ……と言いたいところだけど普通、わざわざ敵に弱点をバラすなんてことはしないから、罠の可能性もあったのよね。だから、半丁博打に近かったかもしれない」


「なんだ、半丁博打って?」


「……じゃあ、嘘つきジャンケン。『グーを出すよ』って、最初に言っておいて、実はチョキを出すの。相手は、グーを出すと信じてパーを出すと、チョキに負けちゃうの」


「なるほど。リンス、オメーは頭がいいなあー」


 おだてると、あははは、と乾いた笑いが返ってきた。


「とにかくこの状況よ。何とかならないかしら。私、モモくんなら、この状況を脱してくれると思うの」


 なぜそんな風に思ってくれているのかは分からないが、気持ちに応えようと思った。


 僕はもう一度、全力でパイプを開こうとした。しかし、やはりというか、全く動じない。 

「うぐぐぐぐぐ。駄目だ。さっきも全力で抜け出そうとしたんだけど、ビクともしねー」


「大丈夫よ。モモくんなら、きっと出来るわ」


「……あのさ、ずっと不思議だったんだけど、なんで、いつも僕にそんな多大な期待を寄せてくれるのかなあ。信頼してもらえるのは嬉しいけど」


「そりゃあ……モモくんが……桃源郷で生まれたからよ」


「どういう事?」


 僕は首を傾げた。


「千年伝説、って知ってるかしら?」


「千年伝説……?」


「それはね……」


 リンスが『伝説』なるものを説明しようと口を開いた――その時だ。大きな地鳴りが響いた。ぐらぐらと揺れている。


「な、なによ。何が起きてるの? 地震?」


「うわああ、こんな経験初めてだ。地面が揺れてるっ」


 地震については知識として知っている。地表のプレートが動くことが原因で発生する自然現象だ。桃源郷では地震を経験しなかった。


 ぐらぐら揺れた直後、ドッカーンと大きな爆発音がした。空を見上げると、球体が地面から飛び出すように打ち上り、猛烈な勢いで遠方に飛んでいった。


「あれええええええええええええですーー」


「あのスイッチいいいいいいいい、やっぱり押しちゃまずかったでアリマスかあああああああああああああああああああああああー」


「ちっくっしょおおおおおおおおおおおおおおおおおですワーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 球体は空の彼方に消えて星になった――かと思った矢先、大爆発を起こしたようだ。球体が飛んでいった方角で、黄金の光が周囲に散った。


「……なんだ、今のあれ?」


「あれは……死んだわね……間違いないわ……」


 球体の身に何が起きたのか気になるが、それよりも僕達だ。何が起きているのか、さっぱり分からないが、危機に直面していることだけは、なんとなく分かる。


 地鳴りは徐々に大きくなっていき、遺跡の扉の周辺にある岩が崩壊しはじめた。すると不思議な模様が点滅している壁が出現する。地割れがあちこちで発生した。


「お、おいリンス……これってヤバくないの?」


「ちょ、ちょっと、地割れが、こっちに向かってくるわ!」


「うわああ」


 地割れによる亀裂が僕達に向かってきて、そして……地面がパカりと割れた。大きな断層生まれ、下を見ると底が深い事だけが分かる。しかし、僕達を包んでいる超超超……超合金とやらのパイプが、断層に刺さっているため、落ちずにいる。


「きゃああああああああ。こわい。なんのアトラクションよ。遊園地にもないわ、こんな心理的恐怖を与えてくる乗り物」


「つーかこれ、乗り物じゃないから!」


「モモくん、地面が割れたし、今ならこの鉄パイプの幅も広げられるんじゃないかしら。周囲にあった土の圧もなくなったわけだから」


「よーし、やってみる! うぐ、うぐぐぐっぐぐぐぐぐぐぐ」


「頑張って頑張って! 私たち以外の悪い奴らがグロウジュエリーを集めたら、世界征服しちゃうわ!」


「悪い奴らの思い通りにさせねええ。うぐぐぐっぐぐぐっぐ」


 渾身の力を込めた。


 先程と同じぐらいの固さに思えるが、すぐに諦めずに力を入れ続けた。すると、少しだけ隙間が出来てきたような気がする。


「すごいっ! 幅がちょっとだけ広がったわ。モモくん、オッケーオッケー。それくらいでいいわ。まず私から抜け出るから」


 リンスはそう言って、身をよじらせながら管から脱出した。リンスがいなくなった分、空間に余裕が出来て、僕も脱出しようと試みた。しかし、地割れが続き、パイプ管が刺さっていた側壁から抜け落ちた。


「うわ、うわあああああ。落ちるうううう」


「モモくーーーーーーーーーん」


 一足早く、安全地帯に出たリンスが、断壁の上から叫ぶ。


 僕はパイプと一緒に落下した。

 しかし、諦めない。腕で出して、死に物狂いで、断層の岩にしがみつく。


 さらに身をよじらせて、パイプから体全体を抜け出すと、亀裂で出来た崖を登っていく。途中、大きな岩が落下して顔面にぶつかって再び落下したが、これまた死にもの狂いで、崖の側面のでこぼこに指をかけて渾身の力で登っていく。


「うう。モモくんが、死んじゃったわ……ううううぅぅぅぅ」


 地上では、リンスが嘆いていた。


「か、勝手に殺すんじゃねええええ。生きてるよっ!」


 リンスは顔をあげて、僕の生存を確認する。


「モ、モモくん! 生きてたのね。よかった! 死んだかと思った!」


 地上に這い出るなる、リンスが抱きついてきた。


「オ、オメーくせーな。匂うぞ」


「なによ、あんただって匂うわよ。お風呂に入ってないのはお互い様じゃない。そもそも、レディーに向って匂うだなんて、失礼極まりないわ」


 体をぐいっと離すと、リンスは僕を睨みつけてきた……かと思ったら、周囲をきょろきょろと見て、焦りはじめた。


「……というか今、モモくんと禅問答なんてしている場合じゃないわ。砂浜に急ぎましょう。この島、沈みそうな予感がするわ! 崩壊して、今にも海の中に沈んじゃうよ!」


「そうだな。なんだか僕もやばい気がする。急ぐぞ……って浜辺はどこだ?」


「えーと、太陽と時間の関係より……あっちよ!」


 リンスが指差す方向を見つめる。


「よし、リンス、オラの背中に乗れ、大急ぎで移動するぞ」


「わ、分ったっ!」


 リンスが背中に乗るなり、僕は猛ダッシュで浜辺に向かって駆けた。


 最短距離で向ったので、砂浜に降りる時、高さのある崖からジャンプすることになった。背中でリンスは悲鳴をあげる。


「うぎゃあああああああああああああ」


 勢いよく砂浜に着地すると、砂が舞った。この地点から、20メートルほど先に僕たちのベースキャンプが見えた。荷物をまとめなくてはならない。ただこの時、不思議な現象に気がついた。潮がひいていく。僕の背中からリンスが海を見ながら呟いた。


「し、沈んでいるんじゃないわ。これ……島が浮上してるのよ。うぎゃあああああ、まずーーーーい」


「どうするんだ、リンス!」


 僕は、リンスに指示を求める。


「とにかく出来る限りの荷物を持って、海に飛び込むわよ! 巨大亀の時にゲットしたグロウジュエリーも忘れないで。私が持つと沈むから、モモくんお願い!」


「オッケイ」


 僕はベースキャンプまで走ると、背中から降りたリンスと共に優先順位の高い荷物からバッグに詰めていった。その時、リンスは僕が『とある石』を持っていこうとしている姿を見て、口を尖らせた。


「そんな石、捨てていきなさい! それより、もっと大事な荷物を持っていきなさいよ」


「嫌だ! これはこの島で見つけた僕の『石枕』なんだ。この高さがちょーどいいんだよ。枕が変わると、寝つけにくくなるんだ」


「こんな非常事態に、何を言ってるのおおおおお。もうタイムアップよ。急いで、海に飛び込むわ! そんな石、捨てていきなさーい」


「やっだああああああー」


「も、もう勝手にしてっ!」


 荷物を詰め込んだバッグを持つと、浅瀬をバシャバシャと走った。そして、遂に、島が本格的に浮上を始めた。足元から水が急激に引いた。島の端に到着した時には、島と海面との差が、約10メートル程は離れていた。僕とリンスは、いっせいのせい、で海に飛び込んだ。


 その後、見上げると、ぐんぐんと島は浮上していき、大木や岩やらが、落下してきた。島は遥か彼方上空にまで浮上し、やがて雲の中へと消えていった。


「な、なんだ今のは……」


「危なかったわ。もう少し遅れたら、帰ってこれなくなるところだったかもしれないわ」


「おい、リンス……あっちを見てくれよ。あれ、もしかして」


「あっ!」


 両手が塞がっているので、僕が顎で示したところ、そこには岩礁にぶつかって穴が空き、沈没したはずの、球型救命ボートが浮いていた。


 僕たちは、ボートまで泳ぎ、荷物を乗せた。


「助かったわ。このボート、きっと島のどこかに流れついて、ずっと隠れていたのね。今回の騒動で、出てきたのよ。内部に溜まっている水が抜けているし、運よく穴の開いた箇所も上を向いている。今なら、応急処置ができるわっ」


 リンスはそう言って、球型救命ボート内からボール状の機械を取り出した。問題となっている穴の近くで、機械のスイッチを押すと、機械は膜のようにに広がり、穴を塞いだ。


「おい、リンス、あれ! もしかしてレーダー探知機じゃねえのか」


 周囲の海面には、島から降り落ちてきた木々等が散乱していた。それらの中に、運良く海水に浸らずにいた鳥の巣があったのだ。ヒナたちがぴよぴよと鳴いている。そして、その巣の中に、鳥に盗まれ、行方不明となっていたレーダー探知機があったのだ。


 僕は、再び泳いで、巣ごと球型救命ボートに運んで戻った。


「これ、レーダー探知機よっ! やったわ。これでグロウジュエリー探しを再開できるわ」


「でも、グロウジュエリーは、あの、空高くに飛んで行った島にもあるんだろ? とれるのかよ?」


「うぅ……そうよね。一体、あの島、どこまでいったのかしら」


 そういいながら、リンスはレーダー探知機を手に取り、動かした。すると……。


「あれ? あれれ? おかしいわね。グロウジュエリーの反応が2つも、この5メートル以内から出ているわ。一つは巨大亀の時ので、もう一つは……なに?」


「もしかしたら、ぶっ壊れたんじゃねーのか? 僕、疲れたからもう寝るぞ。起こさないでくれよ」


 僕は、無人島に漂流した初日、浜辺で枕とするのに丁度いい大きさの石を見つけた。それから、ずっと石枕として愛用していた。その石をバックから取り出すと、球型救命ボート内に置き、そこに頭を乗せた。


 リンスはじっと、僕の枕を見つめてくる。


「ねえ……モモくん、その枕、私にちょーーーーだい」


「やだ。僕の枕だ。寝心地がいいんだよ。枕が変わると僕、眠れねえんだもん」


「ねえねえ。そんな事いわずにさー。ねえねえったらー」


「うるさいなー。眠らせてくれよー」


 何にせよ、グロウジュエリーの3つ目を、いつのまにかゲットしていたようである。


 その後、再び起動させた球型救命ボートの緊急避難信号を受信した大型船に、鳥の巣ごと、救助してもらえた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る