第12話
扉の先は、楕円形をした幅の広い通路で、近くの壁には不思議な模様が描かれていた。
「これって……古代文明の遺跡……かしら」
「古代文明?」
「ほら、こないだ巨大亀に遭ったでしょう。あれも古代文明の人々が創った生物兵器らしいのね。当時、今よりもずっと科学技術が発達していたみたいなの。でも、なぜかある時を境にして、当時の人たちは絶滅しちゃったらしいのよ。化石として骨も残らない形でね」
「ふーん」
一体何があったのだろうか。
ミステリアスな感じがして、少しだけ心が惹かれた。
「ここって古代文明の遺跡なのかもしれないわ。だったら、ラッキーよ!」
「どうして?」
「古代文明の遺跡なんて『一風変わった場所』の代名詞みたいなところじゃない。きっと、このドアの先に、グロウジュエリーがあるのよ。そうに違いないわ! そうと分かれば、モモくん、探しに行きましょう」
目を輝かすリンスを見つめ、僕は肩を竦めた。
「……呆れかえったぞ。ついさっき、グロウジュエリー探しより、レーダー探知機探しを優先するって言ったばかりじゃないか」
舌の根も乾かぬうちに、自分が言ったことを、忘れているようである。
「いいじゃない! もし、それっぽい宝石がなかったとしても、古代文明の遺跡内調査は、前から憧れていたのよ」
「それって、楽しい事なの?」
「楽しい事よ! もしも重要な発見をしたら、歴史に私たちの名前を残せるかもしれないもの。つまり、偉人になれるのよ」
「偉人かっ! かっけーな。偉人になりたい!」
『偉人』という言葉に強く興味を覚えた。図鑑に載れるかもしれない。
リンスは僕の顔を見て、乗り気であることを察したのか、にこりと笑った。
「決まりね。じゃあ、入りましょう。ワクワクするわ。一体、どうなってるのかしら。ジュルリ」
「リンス、オメーは、食い物を見た時だけじゃなくて、こんな時にも涎を垂らしてんだな。みっともねえぞ」
「うっさいわね! ほら、気遣いよ! そういうのはいちいち指摘しなくてもいーの」
「そうだった! 気遣いだったな。すまねえ、うっかりしてた」
「今はそんな事よりも、中に……」
そこまで言って、リンスはドアから中を覗いて、唸った。
「うーん、やっぱり暗いわ。とりあえず、向こうに見える灯りのところにまで行ってみましょうか」
「おう! 入るぞ!」
僕とリンスはドアをくぐって、遺跡内に足を踏み入れた。しかし途中で、すぐに引き返すことになる。
というのも、暗闇の中、廊下の奥へ進んでいる途中に何かを足の裏で踏みつけているような感触があったのだ。通路を歩きながら、僕はリンスに言った。
「なにかを潰しているようだけど、なんだろう?」
「知らないわよ。ずっと昔の遺跡なんだから、何かが通路に落ちていてもおかしくないわ」
そうして、しばらく進んだところで突然、灯りがついた。不思議な通路である。そして同時にリンスの顔が青ざめた。
明るくなったところ、周囲にゴキブリともカメムシともいえる生き物がわんさかいたからだ。リンスは『ギャーーー』と悲鳴を上げながら、僕に飛びついてきた。
「モモくん! 脱出よっ! すぐに、すぐにここから脱出してっ! 私を……私をこのまま外に運んでちょうだーい」
「分かったっ!」
先程から踏みつけていたのは、大量に蠢いているこれらの生物だったのだ。
「なになに。ここ、ムリムリムリムリ。う、うわああ。夢に出そうなものを、踏みつけてしまったわ」
「大丈夫か! でもラッキーだな。魚以外の食糧を発見することが出来たじゃねえか」
「ばかああああああっ! こんなの食べれるわけないじゃないのおおおおおおおおお」
そんなこんなで引き返したわけであった。僕とリンスは、ドアの外に出た後、中をもう一度見た。ついた灯りは、すでに消えて暗くなっていた。奥に僅かな光が見えるだけだ。
「くっそおおお。中を調べたいけど、さっきの生物がいる限り、中に入りたくないわっ!」
「だから、食えばいいじゃないかー」
蠢くようにいたが、量的にリンスであれば、軽く平らげてしまうだろう。リンスは驚異的かつ摩訶不思議な胃袋の持ち主なのだ。
しかし、僕の提案を聞いたリンスは怒髪天のごとく、唾を飛ばしながら叫んできた。
「食えねえーーーっつっただろおお! モモくん、いくら私が大食いだからって、食べれるものと食べられないものがあるのよおおおおお」
「ナマコと比べて、見た目、どっこいどっこいだと思うけど……」
そう呟くように言ったところ、リンスは通路を振り返った。
「……味、どうなのかしら……」
「おやっ! 興味を持った! さすがだ。あははは」
「な、なに言ってるのよ。私は食べる気はないわ」
即座に否定するが、興味を持ち始めたことは確かなように感じた。
「そうか? オメーの瞳の奥に食欲の炎が灯るのを見たぞ。たぶんタンパク質の塊だし、オメーだったら、あれくらい一日で食べ尽くしちゃうと思うんだけどな」
「私をバカにしないでくれる、モモくん?」
「こっそりと、捕まえて、調理しちゃったりして」
「絶対に駄目。そんな事をしたら、モモくんは一生後悔する程の復讐を私から受ける事になるわ! 絶対にやめてね。でも、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、味が気になるわ」
「気になるんかーい! あははは。さすがはリンスだ。……おや?」
あるものを発見した。近くに寄って見つめていると、リンスもやってきた。
「どうしたの?」
「さっきは気付かなかったけど……何か、文字のようなものが書かれている」
「あら、本当ね」
ほとんど土で覆われていたので気付かなかった。手で土をはらってみたところ、看板にかかれた文章のようなものが出てきた。
「これは古代文字のようね」
「分かるの?」
「言語学者が、分析して解読も済んでいるわ。今では、書店でも考古学に興味がある人向けに、文法入門書とかが販売されてるくらいよ」
リンスは背負っていたリュックを下ろすと、ジッパーを開けて、中から何かを取り出した。
「うふふ。じゃじゃーん」
リンスが取り出したものは『眼鏡』だった。
「これはね。うちの会社が開発した新商品なの。元々は、色々な言語で書かれた論文やら新聞を読んだりする為に開発されたハイテク機器なんだけど、まさかこんなところでも使うとは思わなかった」
「どーゆうことだ?」
「これは普通の眼鏡じゃないわ。この眼鏡をかけると、視線の先の対象言語を自動的に読み取ってくれるの。そして、私たちにも分かる言語に翻訳して、字幕にしてくれるの。古代文字にも対応しているのよ」
へえ、普通の眼鏡かと思ったら、多言語を読み取る機械のようだ。僕は純粋に興味を持った。
「すっげえ。その眼鏡かけたい。貸してー、貸してー」
「うふふ。いいわよ。ドアの横に何て書いてあるのか、読んでみてくれる?」
「おう! 分った!」
僕がハイテク眼鏡をかけた後、リンスが耳元にあるスイッチを押した。すると古代文字の上に、翻訳された文字が重なるようにして見えた。僕はそれを朗読しようと試みる。
「えーと、空中……うーん。うーん」
「どうしたの、モモくん?」
「わ、分からねえ。漢字が読めねえ……」
「ずこーーーーーー。な、なるほど、さすがにうちの会社のハイテク製品でも、最初から母国文字を読めない人には対応してないわ」
「僕、ひらがなとカタカナは読めるんだけどなー。漫画では漢字の横に必ずふってあるもん。リンスの家にある図鑑にもふってあったのにな」
「ひらがなとカタカナなら誰でも読めるわよ! ……まあ、いいわ。今回は私が読んであげる。眼鏡を返してちょうだい」
リンスは僕からハイテク眼鏡をとると、着用して文字を読みはじめた。
「えーと、『空中浮遊都市レギンスタリオス7番14の……』。ああ、これはどうやら住所が書かれているみたいね」
「空中浮遊都市?」
「もしかしたら、この島って、元々は空に浮いていた島なのかもしれないわ」
「んなばかな。島が空を浮くだなんて、そんな事できるわけねーだろう」
幼い頃に空を眺めて、城が浮いているといいなあ、と一度や二度くらいは妄想したことはある。しかし、実際にそんなものが存在しないことくらい、分かっている。図鑑にも、そんなの載ってなかった。
「そうとも言い切れないわ。かつて空中に浮遊していたかもしれないといった遺跡が、これまでにも幾つか発見されているの。どれも動力が切れていて、仕組みもブラックボックスらしいから、本当に空を飛んでいたのかどうかは議論されているけどね」
「でもさー、もしも本当にこの島が空に浮かんでいたのだとしたら、古代文明ってすごいんだな」
「長い年月を経て、今は島になっているけど、ここは本来、島じゃなかったのかもしれないわね」
空に浮かぶ都市……ロマンがあり、子供心がくすぐられた。
「ところで、さっき廊下に明りが点いたし、今もまだ廊下の奥がぼんやりと光っているけど、この遺跡の動力って、まだ残ってるんじゃないの?」
リンスはハッとしたような顔で、手を顎において、思考をはじめた。
「そういやあ……。でも、これって……」
「うん?」
「そうよっ。モモくんの言う通りよっ! もしかして、これってすでに大発見じゃないのかしら! 動力がまだ残っている遺跡なんて私、聞いた事がないわっ! モモくん、やったわっ!」
「何だかよくわからねーけど、やったんだな」
満面の笑みのリンスの顔を見ていると、僕まで嬉しくなってきた。
「世紀の大発見かも。まずいわ。テレビにも映るだろうから、エステにもちゃんと行かなくっちゃ」
「まあ……それは、この島を無事に出てから考えた方がいいと思うけど……」
そんなこんなで僕とリンスが小躍りして喜んでいたところ、どすんどすんと背後にある森林帯から、足音が聞こえてきた。
なんだろうと思って振り向いたところ、そこにはいつか見た球体ロボが立っていた。
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