第11話

 翌日、目覚めるなり浜沿いを歩いて、ナマコという食材を捕った。このナマコを朝食にしてから、昨日話し合っていた、グロウジュエリー探しに出るつもりだ。


「モモくん、またナマコを捕ってきたのね……」


「だって、こいつら、魚のように逃げたりしないから、捕まえやすいんだよ」


「まあ……味は美味しいんだけれど、いつみてもグロテスクよね。ゲテモノよね。中々慣れないわ、この見た目」


「といいつつ、ナマコをじっと見つめながら、涎をダラダラと垂らしているオメーのその顔も、僕は中々、見慣れないぞ」


 リンスはハッとした顔になり、涎を拭きとった。


「こ、こらー! レディーに向かってなんてことをいうの! 私は涎なんて垂らしてないわよ。侮辱よ侮辱!」


「たった今、垂らしていたばかりじゃんかよ。しらじらしいウソつきだなあ」


「……もしも仮に、本当に涎を垂らしていたとしてもね、そこは何も言わない事が大事なの。それが気遣いってものよ。モモくんは、レディーに恥をかかせないという気遣いを学びなさいっ!」


 リンスの気迫がすごかったので、僕は黙って頷いた。


 そういえば祖母からも、同じようなことを教えられた気がする。


「分かればよろしい。さあ、ナマコを食べましょう! 塩でぬめりを取って、ああ……ここにポン酢があれば、最高だったのに。ナマコとポン酢の相性は抜群なのよ。ポン酢が欲しいわ」


「そうなの?」


 ポン酢については、醤油をベースに作られた調味料だという知識はあるものの、まだ未体験だ。


「この島を出たら、ナマコ料理の神髄をモモくんにも堪能してもらわなくちゃね。まあ、ポン酢を使わない調理法でも十分に美味しいんだけど……さあ、捌いてちょうだい!」


「おう。待っていてくれっ」


 僕はナマコを〆て、塩洗いしてから、食べやすい大きさ切った。基本的にナマコは生で食べる。塩でぬめりをとれば、生臭さが消えるのだ。


 朝食後、僕たちはグロウジュエリーを求めて、島の森林帯へ足を踏み入れた。あちこちから鳥の鳴き声が聴こえる。


「モモくん、レーダー探知機を盗んでいった鳥。覚えているわよね?」


「おう、覚えているぞ」


 名前は分からないが、どんな外見をしていたのかについては、まだ覚えていた。


「グロウジュエリーの捜索と平行して、その鳥も探してね。ここの島で、グロウジュエリーを発見出来たとしても今後、宝石を発見する手段が途絶えちゃうわけだからさ。きっと鳥は、レーダー探知機を巣に持ち帰ってるわ」


「でも、この島にいるのかなー」


「可能性は高いわ。だってこの島の四方から見える景色は、地平線の先まで、ずっと海だもの。レーダー探知機はそこそこの重量があるわ。エサと間違えて捕ったとしたら、遠くへの持ち運びを最初から考慮してなかったから。つまり、この島で生活している鳥である可能性は高いわ!」


 島への上陸前に盗られたのだが、たしかに鳥は島の方向に向かって飛んでいった。


「……あっ! もしかして僕……もう見つけちゃったかもっ!」


「え?」


「こいつが、グロウジュエリーじゃないのか?」


 珍しいものを発見した。


 僕は4メートルほど先の地面に落ちていた石ころを手に取ると、じっと観察した。石は、目と鼻と口のような突起があり、人の顔のように見える。とても心が惹かれる。


 リンスも駆け寄ってきて、石を見た。


「これは……ただの石じゃないかしら。でも……うーん。グロウジュエリーという可能性もあるわね。一応、保有しておきましょう」


「おおっ! あそこにもある」


 新たな石を見つけた。


「え? また見つけたの?」


 今度は5メートルほど先の地面に落ちていた。僕は石を拾ってリンスに見せた。緑色をした石だ。


「これ、どうかな?」


「そうねえ。確かに変わった色ね。これも一応、保有しておきましょうか」


「おっとおっと、あそこにも!」


 次々と珍しい石を見つけた。


 こうして僕とリンスの、無人島でのグロウジュエリー探しが続いた。レーダー探知機がなかった時代の人々は、グロウジュエリーであることを願って、このように手当たり次第に珍しい宝石を集めていたのかもしれない。ただし、グロウジュエリーであるのかどうか、決定打に欠けた。


 いつしか僕は、大量の石を抱きながら歩くようになっていた。


「リンス……お、重もい。この大量の石、ここに捨ててもいい?」


「ダメよ。この中に、もしかしたら、グロウジュエリーがあるかもしれないもん」


「今更だけどさ、グロウジュエリーって、どんな特徴なんだよ」


 本当に今更の質問だった。


「文献によると、『一般的の宝石とは異なる威光を放つ宝石である場合が多い。その多くは光が当たると眩く輝く。特に、発生後365日間の輝きは、より強い』とあるね」


「おいおい、『その多くは』とか『場合が多い』とか、曖昧な表現じゃないか。他に特徴はないのか。もしかして僕、無駄働きしてるんじゃないのか」


 こんなに重たいの、もう持てない。腕が悲鳴をあげはじめた。


「頑張りなさいよ! 他には、『一風変わった場所から発見されやすい』という特徴もあるそうよ」


「確かに、これまでの2つの石は、僕の身体の中とか、巨大な亀さんの歯ぐきとか、一風変わってたなあ」


 リンスはなぜか途端に顔をしかめた。


「2つ目を見つけた場所は、いいとして、最初の石が出現した場所については、私に思い出させないでくれる? 未だに信じがたいんだから」


「それはすまなかった。というか、今度はリンスがオシッコした時に、出てくるんじゃないのか?」


「それはない。だって、私はいつも元気にそりゃー気持ちよくオシッ……って、何を言わせるんじゃー! あぶないあぶない。モモくんの策略に乗って、レディーらしからぬサービス単語をこの可憐なお口から発するところだったわ。モモくん、アンタは変態ね。変態策士よ」


「……オ、オメー。いきなり、なに言ってるんだ?」


 僕は首を傾げた。


「男の子はね、女子に卑猥な単語を喋らせて悦ぶ習性があるのよ。あぶないわ。モモくんとの会話。今後はもっと慎重にさせてもらうことにするわ」


「僕はそんな習性なんてねーぞ。女ってわからねー。僕、リンスとここ最近はずっと一緒にいるけど、まだまだ全くわからねーよ。底が見えねえ」


「それはモモくんの勉強不足でーす。女の子ってのは複雑なのよ」


「そ、そうなの……」


 その後も、僕とリンスの宝石探しは続く。そして、そろそろ腕の力が限界になってきた。大量の石を抱え続けているせいで、プルプルと痺れ始めた。


「リンス……もう限界だ。山盛りの石で前も見えねえ。く、崩れちゃう」


「もっとバランス取りなさいよ!」


 リンスは目茶苦茶なことを言ってくる。


 時間経過とともに、次々と珍しい石が見つかり、抱える石の山の高さが増し続けている。


「僕……今、すごいことを思いついたぞ。どうせ遅かれ早かれ、レーダー探知機を探し出す……んだろ?」


「そうよ。それがなあに?」


「だったら、グロウジュエリーを探す前にさ、そのレーダー探知機の方から探した方が、よくない?」


 その指摘に、リンスは逡巡したような表情をしてから言った。


「……モモくん、その大量の石ころ、もう運ばなくてもいいわ」


「た、助かった」


 僕は、抱えていたものを地面に置いた。石の山が崩れて、周囲に広がった。


「確かにその通りよね。コロンブスの卵とでもいいますか、灯台元暗しといいますか……。私たち、何してたのかしら?」


「勘弁してくれよー」


「なによっ! モモくんだって最初ノリノリだったじゃない! とにかく、まず最初に、レーダー探知機から探すわよ。……その前に、お腹が減ってきちゃったから、浜辺に戻って昼飯にしましょうか」


「僕はそれでもいいぞ。あー、疲れた」


 手をぶらんぶらんと脱力させる。乳酸がたくさん溜まったように感じる。僕がいくら馬鹿力の持ち主とはいえ、限界もあるのだ。


「……ところで、浜辺までの道のりは分かるの?」


「もちろん! えーと、現在の太陽の位置から、こっちよ」


 リンスは自信満々に一方向を指した。


「すっげー。伊達に無駄食いしているわけじゃねえんだな」


「無駄食いって何よ! 食べた物はこの天才な脳を活性化させるために使われるの」


 こうして僕とリンスは浜辺に戻って、昼飯を食べてから、レーダー探知機の探索を行うことにした。これまでは石を探すために、地面ばかりみていたが、これからは鳥を探すために、上ばかりみるのだろう。


 しかし帰路の最中、これまで訪れたことのないところを移動していた時、崖と崖の間に目を引くものを見つけた。明らかに人が作ったと思われる扉があったのだ。


「なんだあれ……ドアみたいなものがある」


「本当ね。なんでこんなところにドアがあるのかしら。無人島だと思っていたけど、人が住んでいたこともあったのかな?」


 僕とリンスがドアに近づいたところ、ドアに複雑な模様の光が輝いた。そして、音を立てて開いた。驚きで目を見開いた。


「……勝手に開いたぞ」


「このドア、自動ドアだったのね……。ちょっと、中を覗いてみましょうか?」


 僕とリンスは、ドアの入り口からおそるおそる中を覗いた。真っ暗だ。しかし、奥に僅かばかりの光が、ぼんやりと見える。

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