第10話

「現在の季節における太陽の角度や日照時間、生息している動植物で大体の位置が分かるわ」


「それ、図鑑の知識かっ?」


「そうよ。うちにある図鑑から得た知識よ」


 僕が知らなかいということは、まだ読んでいない巻数にリンスが参考にした情報が載っているのだろう。ますますリンスの実家まで戻り、残りの図鑑も読み漁りたいという、知識欲がわいてきた。


「今なら島を出て、向かうべき方角も推測できるわ。でも、まだ確信がもてないの。そんなこんなで脱出方法を考えている以外は暇で暇で……。それで、食に走ったというわけです。ごめんなさい」


 色々と言ったが、つまるところ、つまみ食いをした言い訳をしていたようだ。


「思ったんだけど、この無人島にグロウジュエリーがあるんだよな。暇なら探したらいいじゃない。グロウジュエリーは特殊な見た目なんだろ」


「そうね。本来は宝石類のように光る稀少価値の高そうな見た目らしいの。今回、1つ目も2つ目も普通の石や岩のような外見で、イレギュラーだったのでしょうけれど、3つ目は、文献通りのように宝石のような見た目かもしれない」


「だったら探してみろよ。ここ、そこそこ大きい島だけど、半日もかけずに周囲をぐるりと一周できる程度じゃないか」


 無人島の大まかな調査はしたが、まだ詳細に調べ尽くしてはいない。とはいえ、危険な獣などは見つからなかったので、リンス一人で歩き回っても、平気だろう。


「……探してみようかしら」


「そうしろ、そうしろ!」


「そうよね。私はボインを決して諦めないわ」


 リンスはそう意気込むと、こぶしを作りながら立ち上がった。


「レーダー探知機を盗んだ鳥も、この島のどこかにいるはずよ。取り戻すわよ。さあ、行くわよ」


「ちょっと待ってくれよ。もう遅い時間だし、魚の塩包み焼は、じっくりと焼く必要があるから時間がかかるんだ。だから、明日からにしよう」


 リンスはしばらく考えた素振りを見せた後、その場に再び腰を下ろした。


「……そうねえ、暗いと視界が不明瞭になるし、明るくなってからにしましょうか……」


 それからしばらく、焚き火を二人で、ただただ見つめていた。時間が経つごとに、美味しそうな匂いがしてきたので、僕は包み魚を火元から出した。リンスがとても食いついてくる。塩の塊は固かったので、石で叩き割った。すると、塩の塊の割れ目から、湯気が立ち上がり、美味しそうな匂いがした。鼻孔が刺激される。


 周囲は完全に闇に包まれていて、焚き火がオレンジ色に周囲を染めあげていた。僕とリンスは魚の身を手づかみで取って食べた。とても美味しく、競うように食べた。


 魚がなくなると、僕はそのまま背中から倒れて、砂浜の上で横になった。


「食った食った。でかかったなー」


「私的には、ちょっと物足りなかったかな。まだ腹3分目くらい」


 僕は眉間を寄せながら、上体だけ起こした。そういえば、僕の腹はぽっこり出ているのに、リンスのお腹は出ていない。これは一体どういう理屈なのだろう。彼女は胃の中に入った食材を、瞬時に消化できるという、特殊な能力を持っているのかもしれない。


「おいおい。この島周辺の海産資源を食い尽くすつもりか。食っても全く太らないし、どんな体の仕組みなんだ」


「レディーは色々と用要りなのよ。食べた分だけ胸が大きくなってくれたら良かったのになあ。そしたら幸せになれたのに」


 リンスは、あーあ、とため息をついた。


「グロウジュエリーを集めたら、本当になれるの?」


 ボインになれるかなれないかの前に諦めてしまったほうが、手っ取り早く幸せになれると思うのだが、それを口にしたら、ものすごく怒るので言わない。


「なれるわ。グロウジュエリーはすごい力を持っているの。どんな願い事も叶えてくれる。不老不死の体を手に入れた人とか、世の中には様々な伝説が残っているの。うちの先祖も、グロウジュエリーのおかげで大富豪になれたんだから」


「僕、こういう単語を知っているぞ。『都市伝説』って単語だ」


 都市伝説とは、往々にしてただの噂として終わる。誰かの創作なのだ。しかし、リンスは自己流な独特な反論をしてきた。


「残念でしたー。グロウジュエリーの言い伝えは、田舎にも広がっているから、『都市』に限定してないわ。だから都市伝説とは言わないわー」


「だったら……『ただの伝説』」


 僕も反論に反論を重ねた。すると、リンスは、悔しげに唇を噛んだ。


「もうもう。ああいえばこういう! とにかくグロウジュエリーは、6つ集めたらどんな願い事だって叶えてくれる、本当に奇跡の宝石なの」


「なんだか、信憑性に欠けるなー。話が出来過ぎてないか」


「と、とにかく、モモくんは私のボディーガードとして傍にいてくれれば、それでいいの」


 たしかにその通りだ。グロウジュエリーが本当に奇跡の石なのかそうでないのかについて、実際的なところ僕には関係ない。僕はただただ、リンスにある条件で雇われているに過ぎないからだ。ただし、その条件は現在、満たされてはいなかった。


「……美味しいものをたくさん食べさせてくれという条件で、ボディーガードになったんだけどなあ。ここ最近、料理を作ってるのはずっと僕だし……」


「し、仕方ないじゃない。漂流して、この島から出られないんだから! ここから脱出したら美味しいもの、たらふく食べさせてあげる。今の報酬は『美しい私のそばにいられる事』よ」


「……そんな報酬、いらないよ」


 本音が漏れてしまった。そんな僕を、リンスは睨みつけながら言った。


「この贅沢者! わがまま小僧っ!」


 リンスは少々、自意識過剰なナルシストなところがあるようだ。


 不毛な言い合いを続けても、疲れるだけなので、話題を変えることにした。


「ところで、あの変なロボットもグロウジュエリーを集めようとしてるんだよな」


「怪盗ウサギ団ね。なぜか彼らもレーダー探知機を保持しているみたいなのよね」


「一体、どんな願いをしようとしてるんだろうなあ」


「世界征服じゃないの?」


「なんだそれ?」


「つまり、世界を自分の所有物にする事よ。天下統一とも言えるわ。織田信長って人が、かつて天下統一を成し遂げて偉人になったわ」


「偉人かあ。だったら世界征服は良い事なのか?」


「未来の人からしたら、良い事よ。でも、その当時の人からしたら、悪い事よ。だって、自分たちへの殺生与奪権とか、得体の知れない人に握られるんだもん。超悪い事よ。とはいえ怪盗ウサギ団の願いが、世界征服じゃなかったとしてもね、どうせ、くだらないことでしょうけどね」


「僕はボインになりたいという願いも十分にくだらないと思うけど……」


 仮に胸が今よりも膨らんだとしても、幸せになれるわけではない。


「なによ! 私の願いは誰に迷惑をかけるわけでもなく、絶妙でかつ、スーパーナイスな願いなのよ」


「もっと、困っている人を助けるとか、そういう願いの方が、僕はいいと思うんだけどなあ……」


 リンスは人差し指を立たせて、ちっちっち、と呟きながら左右に振った。


「モモくんは分かっていないわ。人を助けるという行為は、とても複雑なことなの。募金というものも一般的には、世界の役に立つと思われているけど、私はもっと慎重に考える派よ。手を貸す優しさではなく、ほっといて見守るという優しさも大事よ」


「うーん。わっかんねー」


 頭を抱える。


「まだまだ子供ね。社会の仕組みというのはね、理屈通りにはいかない複雑怪奇なところがあるの。……ところで、モモくんは何か叶えたい願いとか、ないの?」


「僕の願いは、美味しいものをたくさん食べたいって願いだな。そして僕自身が様々な美味しいものをみんなに振る舞う、そんな店も持ちたいぞ」


 桃源郷から下山してから、様々な店で食事をしたところ漠然とだが、飲食業に関わる仕事をしたいと思いはじめていた。食べることも好きだが、料理を作ることも好きなのだ。


「ほーら。アンタの願いだって私の願いと大差ないじゃない。でも、モモくんはラッキーよ。美しくて富豪の娘の私のボディーガードになれたんだから。その願いは別途、私が成功報酬として叶えてあ・げ・る」


「本当か! すげー大判ふるまいじゃないか。もっともっと美味しいものを食べて、料理の腕も上げていくぞ」


「うふふ。その為にも、しっかりと私を守っていてね。……それじゃあ、今夜はもう寝ましょうか。そろそろ、眠たくなってきたわ」


「おう。僕も寝るのはかまわないぞ……って、おーい。もう寝てる! すげーやつだ」


 リンスの特技は、無限に食べることと一瞬で眠ることだ。気付けば、寝息を立てていた。焚き火を消して、僕も横になって瞼を閉じた。

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