第9話
僕とリンスは、現在とある島に滞在している。この島に名前はない。つまり、無人島である。
この島に来た経緯についてはこうだ。僕達が球型救命用ボートに乗っていたところ、救助がやってくるよりも早く嵐がやってきた。そして、三日ほど続いたその嵐の中、漂流を続けていた。そして翌日、天気を確認するために、球型救命用ボートのドアを開いたところ、遠方にこの島が見えたので近づいたということだ。
レーダー探知機によると、なんと、この島からグロウジュエリーの反応が検出された。そして、僕とリンスはラッキーとばかりに島に上陸することにした。ここまではよかった。しかし、島に近づいたところで海流が思ったよりも荒く、球型救命ボートは岩礁にぶつかって破損し、沈没した。幸いなのは、島まで泳いで迎える距離だったことだ。
レーダー探知機だが、トンビかペリカンかよく分からない鳥に、エサと間違えられたのか、奪われて手元にない。
これが、二か月前の出来事だった。今はこの無人島での生活を余儀なくされている。
この日、僕は海に潜り、木で作ったモリで魚を捕まえた。水面から顔を出すと、巨大な夕日が目の前に見えた。地平線に沈むところでとても綺麗である。
「ふぅ。やった。大物だあ」
僕はモリで刺し捕まえた魚を見ながらニコリと笑う。そのまま浜辺に戻ると、ベースとしている場所まで向かった。しばらく浜辺を歩くと、体育座りをしているリンスが見えてきた。
「おーい、リンス。やったぞ! 大物をゲットしたぞ」
「……あら、そうなの」
チラリと魚に視線を向けた後、ため息を吐いた。
「なんだ。元気がねーな」
「元気なんて出るわけないじゃないの。なんでモモくんはそう毎日毎日、元気でいられるわけ? もうここに来て二か月よ! 私たち、永遠にこの島で暮らさなくちゃいけないかもしれないのに。私ね……私……。おーいおいおい。おーいおいおい」
リンスは、泣き出した。
「……おーいおいおい」
「私の泣き声を真似するんじゃないわよ、ばかっ! あほ! モモくんはクロオウチュウか!」
なお、クロオウチュウとは他の鳥の鳴き声を真似ることができる。ふざけたら、怒らせてしまった。しかし、先程よりも元気が出たみたいだ。一応、謝ることにする。
「わりーわりー。でも、泣いてたって何にもならねえだろ。僕にとっては山で一人で暮らしていた頃と比べて、ここでの暮らしにそれほど不満は感じないなあ。むしろ、川より海の方がたくさんの魚がいるし、島の森林帯には食べられる植物も豊富だ。生活する分には全く困らないんじゃないのかな」
実際、桃源郷と比べて畑がないだけで、暮らしていく分には不自由はなかった。しかしそれは、僕がそういう生活に慣れているからだ。
「そりゃあ、海の孤島と陸の孤島、モモくんにとってはどちらの暮らしも同じようなものよ。でも私は、都会生まれ都会育ちの都会っ子なの。文明の利器が必要なの!」
「どうしても?」
「どうしてもっ! 私には文明の利器がないと駄目なのよ。おーいおいおい。おーいおいおい」
リンスは再び泣き始めた。そんな彼女を見て、僕は顔をしかめる。
「泣くなって! 泣いても何にもならないぞ」
「あーあ、こうしてまた私とモモくんは、エンドレスな掛け合いを続けるのね。いいじゃない。好きなだけ泣かせてよ。おーいおいおい。おーいおいおい」
「……おーいおいおい」
「だから、真似をするなー! 私の泣き声の真似をするなって言ったばかりでしょー! ばかっ! あほ! モモくんは、ニワトリか!」
なお、ニワトリとは3歩でも歩いたら物忘れをする記憶力に乏しい鳥類だ。先程と同じネタでふざけたら、リンスは顔を真っ赤にして怒ってきた。しかし、元気も出たようだ。
「あははは。元気になった」
「元気じゃないわ。怒っているの! 元気と激怒は違うものなの」
「だったら、これでどうだ!」
僕は変顔をしてみた。
「……ぷっ」
リンスは吹き出した。そんな彼女を見て、僕は満面の笑みを見せる。
「笑ったな! 笑ったって事は怒ってないって事だよなっ!」
「うぅ……。もうもう。モモくんとの禅問答は疲れるのよ! もう、話しかけないでちょーだい! それより、早くその捕まえた魚を焼いてよ」
どうやら、お腹が減っているようだ。僕はモリに刺さったままの魚を見つめる。海の魚の種類に、まだそれほど詳しくないが、確か「ブリ」という魚だった気がする。リンスの実家には『図鑑』というもの置かれていて、僕は興味深く読んでいた。ちなみに、この魚はここにきて、何度か食べたことがある。脂が乗っていてとても美味しい魚なのだ。
「僕のお勧めは生だぞ」
「刺身も美味しいけど、大量に食べると飽きちゃうのよね。だから、焼き魚にしようよ。私、焼き魚が食べたーい。食べたい食べたーい」
猛烈にリクエストされた。まあ、刺身で食べたい気持ちもあるが、前回は全てを刺身にして食べたので、今回は火をいれて食べるのも、またありだろう。僕は頷いた。
「じゃあ焼き魚にするか。とりあえず暗くなってきたから火をおこすぞ」
僕は魚をモリごと置くと、木と木屑を手に持ち、摩擦熱の原理で火をおこした。焚き火を作った後に、バッグから調味料を取り出して、調理を始めた。
「そのまま炙るんじゃないんだ。何をしようとしているの?」
ただモリに指したまま、焚き火の近くで炙って焼き魚にしてもいいのだが、少しだけ手を加えたいと思う。
「魚を塩で覆い、さらに香りの良い大きな葉で包んで蒸し焼きにすんだ。海水から塩をたくさん作れたし、前からコレを作りたかったんだよ」
この調理法も、リンスの家にあった図鑑で学んだ調理法だ。今日まで作れなかったのは、『塩』を作る方法が確立してなかったからである。これも『図鑑』より知識としては持っていたが、設備不足で、うまく行かなかった。しかし試行錯誤の末、なんとか量産することに成功したのだ。
「くそまずい料理を作るモモくんにとって、こういうシンプルな調理法の方が合っているわね」
「僕は別にまずいとは思ってねえぞ。いつも食材には感謝の心を込めながら調理して、美味しくいただいているんだ」
僕は即席の暖炉を作ると、葉と塩で包んだ魚をインする。
「あとは、焼き上がるまで待つだけだな。ちょっと時間がかかるから、メインの前の腹ごなしに、昨日から仕込んである干物でも食ってるか」
干物も燻製も作っている。これも図鑑からの知識なので、まさに図鑑さまさまだ。まだ、全部読破したわけではないので、無人島から抜け出せたら残りも読みたい。
「あっ、モモくん……。ごめん」
何故だか分からないが、リンスは焦った様子になり、手も合わせてきた。どうして、謝っているのだろうか。僕は首を傾げた。
「どうしたんだ?」
「もう、全部食べちゃった」
「なにを?」
「だから、その……干物を……よ」
僕は目を剥いた。
「ええええ! ちょ、ちょっと待ってくれよ。確かに大きさ的には小ぶりだったかもしれないけど、180匹くらいは干物にしたぞ。いくらなんでも全部はないだろう」
「180匹くらいならペロリといけるわ。実はモモくんの分として1匹だけ残していたんだけど、それもさっき食べちゃったの。ごめんなさい」
一匹だけ残してくれていたのか。仮に一匹だけ残されても、ゼロ匹残されても、僕の心情としては、それほど変わらない。
「オメー、どんな胃袋になってるんだよ。ぶったまげたぞ」
「だって、何もする事がなくて、食べるしか楽しみがないんだもの。それに脳がエネルギーを要求しているの。ここで一日中、じっとしているように見えて、ずっと考えているのよ。この島からの脱出の方法を! とりあえず大体の島の位置は分かったわ」
「ここって無人島じゃないの? 位置が分かるの?」
僕にはさっぱり分からない。島をぐるりと回ってみたが、どこから見ても地平線しかないのだ。しかし、リンスは大体とはいえ、現在地が分かったといっている。
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