第8話
渦に飛び込むが、激しい海流が、足の沈む力を弱めてくれた。
渦の底部に近づいたところ、怪盗ウサギ団の声が聞こえた。
「あれええええええ~。目が回るですー」
「降参でアリマス。降参でアリマスよー。止まってくれでアリマース」
「駄目ですワ。こいつ、言語が分からないようですワ。体は大きくても脳味噌がきっと豆粒ぐらいしかないのですワ。現在の耐久限界97%。このままではまもなく木端微塵になりますワ」
「まずいですー、って……ゲゲゲゲ! 小僧ですー!」
「なっ。渦の上を、走ってるでアリマス!」
「そんなアホなですワ! 足が沈む前に次の足を前に出して……本当に渦の上を走ってますワ。アンタはエリマキトカゲかーーーーーーーい」
その声が聞こえた直後、僕は流れ浮いている球体の手足の一部を足場に跳んだ。
「うわー。さらに小僧、ジャンプしたのでアリマス。何をする気でアリマスか!」
僕は回転する巨大亀の甲羅の中心部に向って落下していく。その間、亀に向かって叫んだ。
「ちょっとおおおおおお、痛てえええかもしれねええけどおおおおおおお、辛抱しろよおおおおおお」
高速回転する亀の甲羅に着地する瞬間、僕は両手を重ねて、思い切り中心部を叩いた。なぜかは分からないが、甲羅を壊さずに意識を朦朧とさせれるだけの力加減が、本能で分かった。
大きな衝突音が響くと、次第に亀の回転速度が緩慢になっていく。その回転の角度が平行な状態からやや傾いたところで、周囲から滝のように海水が流れ落ちてきて、濁流に巻き込まれた。球体は無軌道な円を描きながら、海の底へと沈んでいき、大爆発した。
しばらく濁流が荒れ続けたが、やがて静かになると、巨大亀は水面にプカプカと浮いた。
僕も目を回しつつ、必死でしがみついていた甲羅から滑り降りると、亀の顔面前の海面に落ちた。そして、話しかけた。
「あ、あははは。目が回る。すまねえな。別にオメーをやっつけたかったわけじゃねえんだけど……って、口からたくさんの血が出てるじゃないか。どうしたんだ?」
人語を理解しているのか、僕がそう言ったところ、巨大亀はゆっくりと口を開けた。奥歯に岩のようなものが刺さっていて、そこから尋常ではない量の血が流れている。
「もしかして、海を染めてた血って、そこから出てた血なのか? アイツらの攻撃で傷ついてたんじゃないんだな。よし! 僕がそれを引っこ抜いてやるから、そのまま口を開けてろよ」
僕は巨大亀の口の中に入ると、奥歯のところまで歩いていき、刺さっている『尖った岩』を抜いてやった。そして口の外に出た。岩は50センチほどで、さほど大きくない。
「さっきの砲撃の刺激で、こいつが奥に刺さって、いらついてたんかなあ。でも、もう大丈夫だ。言葉は通じねえけど、何となく僕には分かる。オメーは悪い奴じゃねーってな。安心しろ。僕たちはオメーにこれ以上何も痛てえ事は、しねーから」
亀はそのまま表情を変えずに、海の底へと沈んで行った。
その直後、背後から声がした。振り返ると、リンスが新しい乗り物に乗って水面に浮いていた。
「モ、モモくん……もしかして、会話出来てたの? ってか、現在進行形で、してたよね?」
「おー。リンスじゃねえか。あっ! わりー」
「え? え?」
「すっかり、オメーの事、忘れてたよ」
「こ、こらあああ。あんた、私のボディーガードでしょう! と、言いたいところだけど、いいわ。不問にしてあげる。今回ばかりは私も、事情が事情だと分かってるからね」
「しっかし、あのすげー濁流でよく生きてられたな」
僕の疑問に対して、リンスは微笑みながら言った。
「じゃーん。これよ。私がいま乗っている球型救命ボートが、私が無事な理由よ。うちの新製品なの。クルーザーは沈没したけど、このボートは嵐の海なんかでも、どれだけぐるぐる回っても、重心の働きによって内部は回らない優秀な仕組みなの」
「そうなんか。でも、さっきの球型ロボット、海の中で水圧に耐えられなかったのか、岩にすごい勢いでぶつかったのか大爆発したぞ。同じ球型なのに、よく無事だったなー」
「へっ? そ……そうなの……?」
リンスはポカンと口を開けた。
僕はそんなリンスのいる球型救命ボートまで泳いでいき、『尖った岩』を中に入れた後、乗り込んだ。
「リンス、オメー、やっぱりすげーやつだ。すげー運がいい」
「あ、あはは……もっと……褒めてもいいわよ……。ってか、モモくん! あの亀さんと話が出来るのなら、急いで! 急いでもう一度、水面に戻ってきてって言って!」
「えええ! やだよー。というか、話せないから」
先程、人語を理解していたような素振りをみせていたが、おそらくあれは奇跡のようなものだろう。
「うそおっしゃい! 仲良く話していたじゃない。見てたわよ! それに、水の上も走ってたよね? あの巨大亀の高速回転も止めたし、やっぱり千年の伝説の通りだわ!」
「はい?」
僕は首を傾げた。
「ううん。こっちの話、とにかく、モモくん、急いで。潜水服はもうないけど、モモくんなら大丈夫。亀を追って海底奥深くまで潜れるわ! どこまでもどこまでも。あゝ、どこまでも!」
「息ができねえからー。喋ることもできねー」
無理難題を吹っかけてくる。
「海の上を走っていたじゃない? 海の上を走れるのなら、息しなくても海の中くらいは潜れるわ! 喋れるからっ!」
「むちゃ、言うなよ。そもそも、さっきは、火事場の馬鹿力というか、何となく出来る気がしたんだけど、それは全く出来る気がしねえから」
僕にその気がないと伝わったのか、リンスは頭を抱えた。
「ああんああん。こうしている間にも、ドンドン離れていっちゃうわ! 巨大亀の体内にあるの、2つ目のグロウジュエリーがっ! どこまで離れたのかしら」
リンスはレーダー探知機を手に持って操作した。すると不思議そうな顔で、僕を向いた。
「あれ? あれれ? 反応が5メートル以内から出ている。ところで、さっきから何を持っているの?」
『尖った岩』に目を向けてきた。
「ああ、これか。これは亀さんの口の奥に刺さっていた岩だ。怪盗ウサギ団の攻撃で、歯を食いしばったのが原因なのかは分からないけど、奥歯に刺さってて、血がめっちゃ出ていたから抜いてやったんだ。海を赤く染めていたのも、きっとその傷口から出た血だろうな。あの甲羅、核爆弾かなにか知らないけど、どうにもならないくらいに硬かった。僕には、ぶっ叩いた時に分かった。でも、甲羅以外の部分は違うようだったよ。でもおかしいな、コレどう考えても血をあんなに流させるような大きさじゃないんだ。不思議な岩だと思って持ってきたけど……考えれば邪魔だな。いいや、捨てよっと」
僕はポイっと海面に捨てた。ポチャンと音がして、岩は沈んでいく。その様子をリンスは驚愕した表情で見つめていた。
「モモ……くん、そ、それよ……それが、グロウジュエリーよ……」
「宝石じゃないぞ? ただの岩だぞ?」
グロウジュエリーとは、宝石の見た目だと聞いている。
「と、取ってきてー。いや、私が行くわ。その方が早いっ」
リンスは海に飛び込み、海底に沈んでいく岩をなんとか掴んだようだ。しかし、そのまま岩を抱えて浮き上がろうとするも、水面付近で、岩の重みによる沈む力と水面に上がろうとする力が拮抗したのか、止まってみえる。とても必死そうな顔で、何かを話しかけようとしているが、僕には分からない。しかし、その顔はとても面白かった。僕は水面に浮上しようと懸命になっているリンスの顔を見て爆笑した。
「あはははは。面白れー顔だなあ。僕も負けてないぞ。どーだ」
水中のリンスに向かって変顔をキメた。するとリンスは頬を膨らませた後、大量のバブルを吐いた。そして海底へ沈んでいった。それでも、岩を離そうとしないあたり、すごいと思った。
「……そろそろ、助けてやっか」
飛び込んだ僕は水中に潜って、リンスを抱いたまま浮上した。
「っぷはあー。ば、ばばばば、ばかなのアンタは。私を殺す気! なんですぐに助けてくれなかったのよ」
「だって、リンスが面白い顔をしてたんだもん。すぐに助けたら勿体無いじゃんか。それにしても、よく岩を離さなかったなあ。僕、すげーと感じた。オメーを初めてリスペクトしたぞ。その信念の強さに。ぶっちゃけ、ボインなんてどうでもいいと思ってたけど、そんなに強い信念を持っているのなら、僕も本気で協力してやってもいいかと思った」
「そ、そう? っていうか、これまで本気で協力してくれてなかったのかーい」
「うん。そうだぞ」
素直に頷いた。
「み、認めちゃってるし……。まあいいわ。やったわ。やったわモモくん! なんにしても、あなたのおかげよ。世界一よ! よっ、世界一ぃーー」
「あはははは。でも、よかったよかった。あとは陸地に戻れればいいんだけれど、それは大丈夫なのか?」
「勿論よ。さっきから無線で救助信号を発信しているわ。そこら辺を通り過ぎるどこかの船が、きっと拾って助けにきてくれるでしょう」
どうやら陸地に戻れるようだ。
「さっすがー。リンス、オメーは、やっぱりすげーやつだよ」
「とはいえ、この広大な海。すぐには救助も来ないだろうし、寝て待ってましょうか」
「そーだな。って、おいおいおーい! まさか! おーい……」
リンスは球型救命ボート内で横になると、あっという間に鼻ちょうちんを出して、眠った。
「すげー。やっぱり、リンス、オメーはすげーやつだ。こんな場所で、こんな唐突に寝るなんて、僕には到底真似できねえっ!」
なんにせよ、僕たちはグロウジュエリーの2つ目をゲットした。あとは、救助信号をとらえてくれた、心優しい人が僕らを拾ってくれるのを待つだけだ。だが、その後の僕たちの冒険には、更なる試練が待ち構えていた。
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