第5話

 その後も、リンスは船を飛ばした。振り向くと、先程までは陸地が見えていたのに、現在は、四方が全て海となっている。


「あれれ? なんで、海ばっかりになってるんだ。さっきまで、あそこに陸が見えてたのに」


「あら? お父さんから習わなかったのかしら。地球って丸いのよ。だから……」


「うっそだー。大きな象さんが、何匹もいて、彼らが支えているんじゃないのか?」


 幼い頃、両親にそう教えられた。地球はたくさんの像が支えているのだと。


「まあ、絵本とか子供用教材には、そういう説明がされている場合もあるけど、私はそんなの駄目だと思うのよ。ちゃんと真実を教えないと。しいていうのなら、性教育についても赤ん坊はコウノトリさんが運んでくるとかではなく、もっと具体的に指を立てて、もう片方の手の指で輪っかを作って、こう……って、なんで聞かないんじゃー! 人の話は最後まで聞けーい!」


 僕の関心が潜水服に移り、熱中しながら見ていたところ、リンスが大声で怒鳴ってきた。僕は目を細めてリンスを見つめる。


「だってリンスの話、長くなりそうだもん。いいよ、地球は丸いって事で」


「あっさり認めた!」


「だって地球が丸かろうが、象さんたちが支えていようが、僕には関係ない話だもんなー」


「確かにそうだけどさ。時代が時代なら、こういう話をするだけでも人は処刑されていたんだからね! まあ、いいわ。というわけで、陸が見えなくなって周囲の地平線が海ばかりになった、という事なの。だって丸いんだもん、地球って。おーっとと、そんな話をしていたら、レーダーの示すポイントを追い越しちゃったわ。戻らなくっちゃ」


 リンスはそういいながら、船をUターンさせる。少しばかり戻ると、船は停止した。


 僕とリンスは甲板で潜水服に着替えた。


 リンスが潜水服に着替えている時、こっちを見るな、と怒ってきた。


 潜水服を着けると、僕たちは海に飛び込んだ。潜ると、見た事のない魚が、たくさん泳いでいる。水は澄んでいてとても奇麗だ。僕は水の中の光景に見とれた。また、水中にいるのに、ちゃんと息ができることにも驚いた。


「テステス。モモくん、聴こえる?」


 潜水服の中から、リンスの声が流れてきた。


「あれれ。どうして、リンスの声が聴こえるんだ。どうやって、話してるんだ」


「潜水服に通信機が取り付けられているの。じゃあ、行きましょうか」


「ま、待ってくれ。僕動けねーぞ」


 何もしなくても水中に浮いているものの、山育ちの僕は泳いだ経験がない。家の近くに川があったが、足がつくほどの浅さだった。


「泳ぎ方を知らないの? 大丈夫よ。気合があれば何でもでき……」


「あっ。本当だ。うへへへ。こりゃあ楽しい」


 試しに腕を動かしてみると、水中を移動できた。泳ぎ方は知らないが、本能的に自由に移動できるようになった。まるで、宙に浮いているような心地だ。


「コツを掴むのが早過ぎだっつーの!」


 リンスは呆れたような目で僕を見つめてくる。


「まあいいわ、じゃあ、行きましょうか。私についてきてね。あと、怖そうな生物が襲ってたら、ぶっ飛ばしちゃってね」


「おう。分かった。じゃあ、リンスの後をついて行くぞ」


 リンスの後を追うように海の中を進む。しばらく移送すると海の底に到達した。リンスは海底近辺を旋回しながら首を傾げる。


「おかしいわね。確かにここら辺から反応が出ているだけど、レーダー探知機の5メートル反応が出ないわ」


「というか、でっけー岩だな」


「この岩が怪しいわね」


 目の前には大きな岩があった。先程から、僕達は、この大岩の周囲をまわるように旋回していたのである。リンスはレーダー探知機を手にして、大岩に近づいたり離れたりしている。


「この岩の中から反応が出ているみたいね」


「岩の中からも反応が出る事があるんだな。だったらこの先、思いやられるぞ。どうやってグロウジュエリーを岩の中から取り出すんだよ? つーか、この岩、動いてないか?」


 心なしか、大岩が少しだけ動いた気がした。そういう僕を、リンスは訝しげな視線を向けてきた。


「なにいってるのよ。岩が動くはずなんて……」


 ギョロリと、突然黒点が現れて、それがリンスに向けられた。閉じていた瞼が開いたのだ。


「ぎょ、ぎょええええええええええええええ! 目が目が……」


「うわああ、大岩じゃねえ。生き物だ。やっぱり動くぞ! こいつ」


 大岩だと思っていた生き物は、のっそりと動き始めた。そして浮上していった。これは大岩ではなく『亀』だ。巨大な亀のようだ。大亀が動いた時に海流が発生して、僕とリンスはその海流に巻き込まれる。


 僕は必死に海流から抜け出すと、リンスを探す。しかし、周囲は土ぼこりで水が濁って、も見えない。


「リンス。大丈夫かー」


「わああああああ、モモくん、助けてえ。グルグル回ってる~。あやややややややや。目が回る~」


「おお。元気そうじゃないか!」


「どこがじゃあああ」


 リンスのツッコミの声が潜水服で響いた。


「声がさ! ……あっ、いたいた。リンスを発見! 視界も明瞭になってきたぞ。今、助けに行くぞ」


 僕は泳い近寄り、『あ~れ~~~』と叫びながら、回り続けているリンスをキャッチした。


「はぁはぁ……あ、ありがとう。モモくん」


「大丈夫か。でも、今のクルクル回っていたの、新体操の床の競技だったら、中々、いい点数が出たんじゃないのかなあ。残念だったな。僕、ビデオカメラで映像をとって、動画投稿したかったぞ」


「モモくん、あんた……浮世離れしているようで、意外なところでの知識があるのよね」


「父ちゃんに教えてもらったんだ」


 桃源郷に、借金取りから逃げてきたという両親は、世捨て人のような生活を送っていたが、色々持ち込んだものも多く、僕はそういったものから知識を得ていた。


「あと……もし、本当に私の恥ずかしいところを今後撮って、動画投稿するようなことがあったら、ぶっ飛ばすから……」


「わ、わかったよ。そんな怖い顔で僕を睨むなよ」


 リンスは僕から目を背けると、はぁ~、とため息をついた。


「それにしても……困ったわ。岩だと思ったら巨大亀だったとはね。しかもあの巨大亀、『古代種』じゃない。それも見たところ推定Bランクの危険種よ。あんなのの体内から反応しているって、どうやってグロウジュエリーを回収すればいいのよ。もうもうもうもう。なんたる不運っ!」


 リンスは潜水服越しに頭を抱えると、ぶんぶんと左右に振った。


「僕にはなにを言っているのかさっぱり分からないけど、あの亀さんと話をつけてきてやろうか?」


「え? モモくん、動物と話ができるの?」


「うんにゃ。できない! そう言った時のリンスの反応を見たくて、ただ言ってみただけ」


 ニコリと微笑むと、リンスは顔を真っ赤にして、怒鳴った。


「このやろおお! ばかにしてぇぇぇ。その頬を思う存分に引っ張ってやりたいけど、潜水服ごしだから、出来ないのが悔しいわ。くっそー。あっ、そうだわ! モモくん、あいつをやっつける事はできる?」


 僕は思い切り、かぶりを振った。


「ムリムリ。さっき、近くで亀さんの力を感じたけど、ものすっげえ、ツエーやつだよ、あいつ。今の僕じゃ、100%ムリだね」


「その、馬鹿力でも?」


「ムリムリ。そもそも、亀さんは悪いヤツじゃないじゃん。僕、ただ生きているだけの動物に、力を振るいたくなんて、ないぞ」


 それ以前に、力を振るったとしても勝ち目がない。


「うぅぅぅ……確かに何もしてない相手に、こちらから攻撃するのは道徳に反するわよね。それに危険でもあるわ。古代種の対応については基本的に刺激しない、というのが国際上のルールだからさ。無駄に興奮させたら、大参事になっちゃうかもしれない」


「そうなんのか? そういえばさっき『古代種』と言ってたけど、それって、なんだ?」


 推定Bランクの古代種と、リンスは言っていた。これは、両親が持ってきていた本などには、書かれていなかった。


「古代種は発掘される古代遺跡と共に、この世に姿を現わす存在なの。生物かどうかも不明だけど、とにかく人類にとって脅威的な存在なの。唯一の天敵といってもいいわ。とある国は退治しようと先制攻撃を仕掛けたんだけど、逆に壊滅させられたわけだしね」


「ヤベー奴なんだな。だったら方法は一つしかないんじゃないのか」


「なになに、何か作戦でもあるの? 巨大亀と戦ってくれるの?」


「うんにゃ。バストなんて諦めればいいんだ。そんなの、あんなバケモンと戦ってまで……」


 僕がそこまで言ったところで、リンスが涙目になっていることに気づいた。


「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだーーーー。ボインになりたいんだもーん。うえええええん。うえええええん」


「そ、そんな唐突に泣くなよ、うるせええ。鼓膜がやぶれちまう」


 鳴き声が、潜水服内で反響するように僕の耳を攻めてきた。


「ボインボインな巨乳になって私、もっと魅力的になってやるんだもん。魅力的な女になってやるんだもん。うえええええん」


「巨乳になったら魅力的とか、それは僕、違うと思うな」


「うるさいっ! 誰もがボインを好きなのよ。この、アンポンタンっ!」


 りんすは潜水服ごしに、僕の頭をぽかぽかと殴ってきた。


「アイタ! なんで僕を殴るんだよ」


 慌てて両手でガードした。巨大亀が泳いでいった方角に目を向けると、完全に視界から消えていた。


 海底にこのまま留まっていても埒があかないので、僕とリンスは浮上することにした。


 グロウジュエリーを得るために有効な作戦を考えるも思い付かず、とりあえずクルーザーまで戻ろうと、水面にあがったところ、遠くからこちらに、ものすごいスピードでやって来る球体が見えた。

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