第4話

 僕とリンスは現在、西の果てにある『西の海岸』という場所にやってきていた。僕は初めて見る海に興奮を覚えた。


「これが海なんだな。初めて見た。ビックリ仰天だー」


 はしゃぐ僕を見て、リンスは微笑んだ。


「ふふふ。海っていうのはね、しょっぱいのよ」


「ほんまかー。それは一体、どうしてなんだ?」


「へっ? どうしてって? そりゃ……」


 リンスは考え込み、いい事を閃いた、といった表情で言った。


「それは私達のオシッコが海に溜まっているからよ。何万年もの間のね」


「オシッコってショッパイのか? 飲んだ事あるのか?」


「……あ、あるわよ! レディーのたしなみとして、オ、オシッコぐらいは飲んだ事あるわよ! だからウソは言ってないんだもーん」


 リンスは、顔を真っ赤にしながら、プイっと僕から顔を背けた。


 その様子が、とても胡散臭かったので、僕は道行く通行人の男の人を呼び止めて、訊いてみた。


「なーなー。あそこにいる女、オシッコ飲んでショッパかったって言ってるけど、オシッコってショッパイの?」


「えっ? え?」


 男の人は、不思議そうな顔でリンスと僕を交互に見た。すると……。


「こ、こらああああああ! ばかやろー。何を言ってるんだー」


 リンスは僕の元まで駆けてきて、頭をポカリと殴った。


「いってええ。なにするんだよ」


「何でもないですよ。すみません」


 リンスは僕の頭を押し付けて、お辞儀させた。男の人は苦笑いして去っていった。なぜ殴られたのか、僕にはさっぱり分からない。当然のごとく、非難した。


「なにすんだよー」


「そりゃあ、モモくんが、私がオシッコなんて汚いものを飲んだりしているとか、キチガイじみた事を、言っているからでしょう。もう恥ずかしいったらありゃしないわ」


「えー? さっきと言ってる事が違うぞ!」


 納得がいかない。


「確かに、海におしっこが溜まっているとか、それは言い過ぎだったわ。でもね、魚たちや、私達のおしっこが流れつくのは確かなの。海がしょっぱい理由については、海から蒸発した水分が、再び地上に降り注ぎ、道中で岩塩などに含まれているナトリウムやマグネシウムを大量に溶かしながら海へと戻り、そして、それらの成分を残して、再び水分だけ蒸発するから……という説明をしても、どうせモモくんは分からないと思ったから、分かりやすいように説明したのよ」


「うーん。なとりうむ、とか、まぐねしうむ、とか、そんな難しい言葉を出されても、僕の指では数え切れねえよ」


「いやいや、それって、数えるものじゃないからね。モモくん、それは『元素』といってね……って、『元素』についての説明をするのも、メンドイ。やっぱり、海がしょっぱいのはオシッコのせいだと思ってていいわ。もしくは、妖怪のせいなの。海の水がしょっぱいのも、ウンチが臭いのも、ぜーんぶ、妖怪のせいなのよっ!」


「なーんだ。これで納得できた。リンス、頭、めちゃくちゃいいなー。驚く程にスムーズに納得できた」


「てへへへへ。何だか、微妙な気分も混ざっているけど、褒められた事に対して、素直に喜んでおいてあげるわ」


 今回、『西の海岸』を訪れたのは、『レーダー探知機』がここら周辺で反応したからだ。『グロウジュエリー』というものは特定の年月の約365日のうちに複数個、育つことで現われる鉱石だ。


 グロウジュエリーはこの『育つ』という特殊な性質を持つことから、そう命名された。


 育ち終えた不思議な石を6個そろえることで、どんな願い事でも1つ叶えてくれる。


 ただし個体ごとに成熟するタイミングそれぞれで異なっていて、レーダー探知機は、石が完全に育ち終えないと、その石から放たれる信号を捉えることができない。


 そして、新たに現われた宝石は西の果ての海岸よりも更に西……つまり海から信号を放っていた。そのため、グロウジュエリーを求める僕たちは、クルーザーなる船に乗る必要があった。クルーザーはついさっきチャーターし、リンスはレーダー探知機を片手に、発進させた。


「うっへえ。すげえ、水の上を走ってる。どうなってんだ、これ」


「うふふふ。これはうちの会社の製品よ。うちはね、造船業にも手を伸ばしているの。世界シェア34%なのよ。すごいでしょー。リッターで100はちょろいわ。っていっても、モモくんには、分からないか」


「何を言ってるのかチンプンカンプンだけど、すげーんだな」


 ただ、すごいということだけが分かれば十分だ。


「おほほほ。もっともっとすごいって言っていいわよ。私、今日はご機嫌だから幾らでも褒められてあげるわ……って、こらー、人が話してる最中にどっか行かない! 興味がないといった感じで、フラフラと甲板を歩き回らない!」


 僕が船の上をヨタヨタと歩いていたら、リンスが叫んできた。


「リンス、さっきの『すげー』は取り消しだ。なんだか、猛烈な吐き気がしてきた。頭とお腹が激痛で痛いぞ。これ、このクルーザーの仕業なのか?」


「モモくんの症状は船酔いというものよ。気持ち悪いのはね、三半規管が船の揺れで機能不全に……いいえ、妖怪の仕業なの! 妖怪の仕業で気持ち悪くなってるだけで、我慢するしかないのよ」


「妖怪の仕業って嘘つけー。都合の悪い事は全て、他人さまに擦り付けるだなんて、僕、感心できないなー」


「あれれ。さっきは納得できたのに?」


 リンスは不思議といった様子で、首を傾げた。


「ふんっ。オメーが何か悪そうな事を企んでいる顔をしてたから、念のためにな、改めて、この船に乗り込む前に、そこらへんを歩いていた人に、海がショッパイ理由の真偽について訊いたんだ。僕をいつまでも騙せると思ったら大間違いだぞ! レディーがションベンを飲むなんて事も嘘っぱちだったそうじゃないか。でも、例外がいるみたいだから、リンスの言う事は信じてあげなさいって、諭されたぞ」


「ま、まさか、またあんた、私がオシッコを飲んでいるとかって……」


「ああ、言ったけど……?」


 そう伝えると、リンスはみるみる赤面していった。


「こらあー。せめて私の耳が届く範囲で言えーッ! 知らない間に、私を貶めるなー」


「はあ? 僕、全く意味が分からねー」


 リンスは大きくため息を吐いた。


「まあ、いいわ。モモくんとの禅問答は疲れちゃうもん。さあ、モモくん、もうすぐ出番よ。あそこに、白色の服があるでしょう。それを、着用しておいてくれる?」


 リンスが指した場所には、不思議な形をした服があった。


「なんだこれ。これって服なんかー? 僕、初めて見るぞ、こんなデザインめっずらしいー。オシャレー」


「あら、モモくんにも美的感覚というものがあったのね。ちなみに、この服は『潜水服』といって、海に潜っても息が出来るという、めちゃんこハイパーな服なの。どう? 着たい?」


「着たい着たい! めっちゃくっちゃ着たいぞ!」


「だったら、海の中での探索、お願いできる?」


「いいぞー。オシッコの件も嘘だと分かったからな! 僕、海の中に潜っても構わないぞ。でも、この服を着ると水の中でも息ができるって、本当か?」


 僕が田舎者だからだろうか、水の中に潜っても平気でいられる服が存在するなんて、初めて聞いた。


「本当よ。私も一緒に海の中に潜るわ。モモくんにレーダー探知機を預けて、海底に落とされてもしたら、たまったもんじゃないもの」


 リンスも同行するそうだ。


「なんだ、リンスも潜るのか。だったら、僕が潜る必要なんてないんじゃないの?」


 そう疑問を口にすると、彼女はかぶりを振った。


「いいえ。海の中には怖い生物がたくさんいるの。タイガーシャークとか、人を食っちゃうような生物が。ほら、モモくん、私のボディーガードになってくれたんでしょう? 悪い奴が出てきたら、やっつけちゃってよ」


「おうっ。任せてくれ。じゃあ。準備運動しとくっか。……しかし、うにゃあ。気持ち悪さがさっきより増したぞぉ。なんだこの気持ち悪さは」


 先程から、吐き気が一向におさまらない。むしろ時間経過とともに悪化しているようだ。


「だったら、これでも飲んでおきなさい。酔い止めの薬よ。一錠飲めば、それで収まるはずよ」


「なんだよー。そんな便利なものがあるのならもっと早く出してくれよ」


 僕はリンスから投げ渡された薬をキャッチすると、飲んだ。すると……。


「効き目は、数分してから出ると思うから、しばらくは辛抱してな……」


「おお。治った! 全然気持ち悪くなくなったぞ。リンス、オメーってすげーものを持っているんだなっ!」


「あ……あらそう……効き目、早いのね……」


 一気に気持ち悪さが吹き飛び、全快した。

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