第3話 バトル(1)

 それは半径2メートルほどの球体で、8本の手足のようなものが生えているロボットだ。僕の家を半壊させたのはこのロボットのようである。


 球体の真ん中には大きな目玉があり、黒目がクルンクルンと回ると、僕とリンスに照準を定めた。


「ばにーお姉さま! うさぴょんお姉さま、人がおりますワ。人を発見しましたワ」


「そりゃあ。家から灯りが漏れていたんだから、人もいるですー。桃源郷は廃れた場所だと聞いていたけど、まだ人が住んでいたんだな、ですー」


「おい。小僧と小娘。命が惜しくば、私達『怪盗ウサギ団』に『グロウジュエリー』を渡すのでアリマス!」


 なんだこれは……。球体から、三人の異なる声色が聴こえてきた。


 僕の隣では、ロボットを見つめながら身構えたリンスが、驚いたように言った。


「い、いま『怪盗ウサギ団』と言ったわね。あの悪名高い、怪盗ウサギ団なのッ?」


 どうやら、目の前に現れた存在のことを知っているようである。ロボットの大きな一つ目がリンスに向くと、ロボットのボディから再び声が発せられた。


「おお。小娘、我らの事を知っているのか、ですー。有名になったものですー。だったら、話は早いですー。『グロウジュエリー』を渡すですー!」


「そうでアリマス。渡さないというのなら、実力行使でアリマスよー」


 なんだこいつら。ロボットもグロウジュエリーを求めてここに来たというのだろうか。まさに、リンスと同じ目的のために。僕はリンスに向かって言った。


「おい、こいつらのこと、知ってるんか?」


「知ってるもなにも、有名な三人組の泥棒よ。博物館などに予告状を送って、厳重な警戒の中、目的の宝石を盗んでは後日、警察署に宝石を郵送して返すという一体何をしたいのか、さっぱり分からないという泥棒集団。しかし、盗みの度にロボットで建物を破壊するから、もはや宝石の額より建物の修理代の方が高ついて建物の警護により力が入れられている、って噂よ」


 なるほど。確かに僕の家も、半壊させられた。大穴を開けられた壁を直せばまだ暮らせるが、大きな傷跡になって残るだろう。


 僕は目の前の球体のロボットを睨みながら大声で言った。


「僕の家もぶっこわして。一体どうしてくれるんだ!」


「おほほほほ。人間ふぜいが何か、ほざいておりますワ。もっともっと悔しがるのですワ」


 球体は僕の声に応えるかのように伸び縮みする8本の手足を動かして、家の無事だった箇所も破壊していった。天井がなくなって、お月さまが綺麗に見えるようになる。


 僕はロボットに叫んだ。


「やめろー。僕の家を壊すのは止めてくれっ」


「やーいやーいでアリマス! うっしっし。我らウサギ族が、てめーら人間のせいで被った被害は、こんなボロっちい家を破壊しただけでは済まないのでアリマスよーだ」


「さあ、どこでしょうか。『グロウジュエリー』を隠したって無駄ですワ。こちらには、レーダー探知機があるのです」


「えっ。レーダー探知機って、どういうこと?」


 リンスが不思議そうに呟いた。


 その直後、球体から再び声がした。


「ばにーお姉さま、うさぴょんお姉さま。どうやら、この小僧から反応が検出されましたワ」


「おい、小僧。『グロウジュエリー』を渡すですー。痛い目をみたくなかったら、大人しく渡すんですー」


 先程のリンスと同じことを言ってくる。


「だから、僕は持ってないんだって。オメーらもリンスの同類かよ。持ってもいない『グロウジュエリー』ってのを渡せって、どっちも言ってきてさあ。持っていないものは渡せねーぞ」


 そう告げると、球体の視線はリンスと僕を交互に行き交った。


「どういう事でアリマスか? まさか……」


「小娘、おまえ。その手に持っているの、なんですー? 『レーダー探知機』じゃないのかですー。それ、どこで手にいれたですー」


 球体の目玉がリンスを睨みながら固定する。リンスはそれに驚いたように一歩、後ずさった。どこか、先程までは感じなかった殺気が、球体から漏れているような気もした。


「こ、これはうちの先祖代々から伝わる家宝よ。だから手に入れたというか、元々うちのものなの」


 弁明するようにそう言ったところ、球体が一歩、リンスに向かって近づいて、凝視するように見つめはじめた。


「まさかでアリマスが……うさぴょんお姉さま! きゃろっと! こいつは……」


「似てますワ。よーく顔をみたら、確かに、面影がありますワ。というか、そっくりで、ありますワ!」


「憎き奴らの子孫かですー! うぬぬぬ。涙が、涙が出てきたですー」


 なぜか、球体全体の装甲から、黒色のオーラのような靄が現れはじめた。


「こんにゃろー。ここであったが数百年目ですワ! あんたにゃ怨みはないが、あんたの先祖には大ありですワ。本来、殺生を好まない我々ですが、死ねえええええ、ですワ」


「100トンぱーんち、ですー」


「レッツ、復讐でアリマス」


 直後、周囲の空気が震え出した。


 先程の黒色の靄が消えると、光り輝く黄色の靄が球体を覆いだした。すると、どういう原理なのか知らないが、8本のうちの4本腕がネジのように巻きつだして1本の腕となる。全身を覆う金色の靄――オーラが全てその手に集結した。莫大な光が一瞬だけ周囲に拡散するも、すぐに戻ってきて収束した。恐ろしい密度の光が、こぶし全体を包んだ。


 そして、球体から同時に聴こえた。


「くらえ必殺、100トンぱーんち」


 光を帯びたこぶしが、猛烈な威圧感をまといながらリンスに振り下ろされる。リンスは叫んだ。


「きゃああああああああああ、こわあーーーーい」


 しかし、こぶしはリンスには到達しなかった。僕が、こぶしを両手で受け止めたからだ。


 う、うぐぐぐぐぐぐ。すごい重さだ。


「そ、そんな……バカなですー!」


「実際に100トンという重さが加わる、このパンチを……う、受け止めたでアリマスか?」


「ありえませんワ! こんなこと、ありえませんワ」


 球体から戸惑うような声が聞こえた。僕は足腰で踏ん張って、さらに腕の力を込めた。


「うぎぎぎぎぎっぎ、うぎぎぎっぎぎぎ。父ちゃんと母ちゃんから受け継いだ僕の大事な家をめっちゃくちゃにしやがって。もう許さないぞ。オメーらは悪いヤツだ。ぶっとばしてやる」


 僕は受け止めたこぶしに力いっぱいに圧力をかけると、破壊することができた。ずんずんと球体に向かって歩み寄る。


「ち、近づいてくるでアリマス!」


「攻撃ですー! 攻撃するですよー」


 球体は残された4本の手足を動かして、僕に攻撃を仕掛けてきた。僕はそれらを殴り返して弾く。弾いた腕にはヒビが入り、割れて言った。先程の一撃と比べれば、威圧感も重さも強度もなにもない攻撃だった。


「こ、壊されたでアリマス! 信じられないでアリマス!」


「超合金製なのに生身のこぶしで殴られて砕けるって、どういう事なのか頭がぱっぱらぱーですワ。うわああ、この怪力小僧、我らの本体も殴ろうとしておりますワ」


 彼らの言う通り、僕は既に球体の目の前まで接近していた。こぶしに力を入れたまま、腰を下ろして、上体を振りかぶる。


「小僧、待つですー! 話し合うですー。待つ……うひゃあああああああああ」


「あれれええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええでアリマーーーース」


「覚えてやがれですワーーーーーーーーーーーーーーーーーー」


 力一杯に殴ったその衝撃で、球体は吹っ飛ばされていく。そして、遠くに見える山の側面に落下して、爆発した。月明りに照らされて、煙がもくもくと出ているのが分かる。


 リンスは吹っ飛ばされた球体と僕を交互に見つめて、驚いた表情をしていた。


「ちょ、ちょっとアンタ……一体何者なの?」


「僕は、ここに住んでいるだけの者だけど」


「普通じゃないわ、あの怪力! というか、ありえない。信じられないわ。そういやあ、ここって桃源郷なのよね……ってことは……ぶつぶつぶつ……」


 リンスは何やら呟いている様子だ。僕の怪力に驚いたのだろう。


 僕はどういうわけか、腕力が人一倍あると祖父母から言われていた。ただし、仮に第三者にその怪力を見せると、気持ち悪がられるから、見せないようにも言われていた。まさか、初めて祖父母以外の人と会ったその日に、その腕力を振るうとは思ってもいなかった。


 敵を撃退することには成功したが、その代償はとても大きい。家は壊滅といってもいいほどの損壊を受けてしまった。


「い、家がメチャクチャだああ、これからどうしよう……」


 雨の日なんて雨粒がそのまま家の中に降り落ちるだろう。だって、屋根がなくなったのだから。僕は暗い気分で、落ち込んだ。


 そんな時、僕の心情とは真逆な明るい声で、リンスが話しかけてきた。


「私と一緒に旅をしないかしら。ボディーガードとして雇ってあげるわ」


「へ? ボディーガード? なにそれ」


「美しい私のそばに、好きなだけいられわよ」


 僕は目を細めた。


「はあ? 冗談だろ。冗談は寝てから言えって……い、い、いてえええ」


 リンスは僕の足を力一杯、踏みつけてきた。


「なにすんだよっ」


「誘いを受けたんだから、もっと喜びなさいよ。それに美味しいものもたくさん食べれるわ。色々な場所を巡るからご当地料理を食べ放題よ。それにオイモくん……いえ、モモくんって、これから呼ばせてもらうけれど、あんた、これまで美味しいもの食べたことないでしょう」


 僕はリンスの言っていることがよく分からなかった。そりゃあ、会った時から、わけのわからないことばかり言っている印象があるが、今回ばかりは更にわからない。『これまで美味しいものを食べたことがないでしょう』って、どうしてそう自信満々な顔でいうのだろう。僕は首を傾げながら言った。


「僕は毎日、感謝の気持ちを込めて、収穫した食材を美味しく調理して食べてるけど?」


「残念ながら、モモくんの作った手料理ね。くっそまずかったわ」


 僕は目を剥いた。


「うそだろー。なのにあんなに食べてたじゃないか。空が暗くなるまでっ!」


 美味しそうに食べていたリンスは、苦虫を噛んだような顔をして、かぶりを振った。


「モモくんはもっと世界を知るべきよ。この世界はすごく広いのよ」


「そ、そうなの?」


 少しだけ心が動く。


「モモくん、趣味は料理だと言ってたわよね」


「うん」


 頷いた。確かに、リンスが料理を食べている時に、そういった会話をしたことは覚えている。


「世界中には美味しい食べ物がたっくさんあるの。ここにいたってどうせ、ただただ生きているだけ。生きる以外は、何もすることないんでしょ?」


「ちょっとカチンとくる言い方だけど、確かに何もすることはないぞ」


「だったら家も運良く……いえ、運悪く壊されちゃったみたいだし、これは一度、世界に出てみろという天啓かもよ。きっとそうよ。というか、絶対そうよっ!」


「そう?」


「そうそう! だからモモくん、私のボディーガードになってよ。一緒に世界を旅しましょ。きっと楽しいわ! 世の中を旅するとね……」


 リンスは一生懸命に僕の説得をしてきた。最初はしらじらしい、という思いだったが、あまりにも目をきらきらさせて旅の素晴らしさを説いてくるので、途中から話に引き込まれてしまい、一緒に旅をしてもいいかという気持ちになってきていた。


「じゃあ、ボディーガードになってみようかな」


「やったー」


「ただ、プロじゃないけどいいの?」


「いいのいいの」


 そう言ってリンスは両手をあげながら跳んで喜んでいた。そんな彼女の嬉しそうな様子を見ていると、不思議と僕も頬の筋肉も緩んでくる。


「ところで、どうして『モモくん』って呼ぶようになったんだ。『オイモくん』とも、これまで呼ばれたことはなかったけど、その呼ばれ方、何となく気に入り始めてたんだけどなあ」


「そんなのどうだっていいのよ。桃だって芋に負けず劣らず栄養価はあるわ。それじゃあ、旅立つ明日への門出を祝って眠ろうか」


「うん。いいぞーって、おーい。うへえー」


 僕はリンスのある行動を見て、目を見開いて驚いた。


「すげーすげー。もう寝てる! こんな瓦礫でゴチャゴチャしているのに、横になった瞬間に眠った。やっぱオメー、すげー奴だよ」


 リンスは、その場でごろんと横になった次の瞬間には、鼻ちょうちんをたてて、眠ったようである。そんな彼女に布団をかぶせてから、僕もいつも寝ている寝室に行き、眠った。あるはずの天井はなく、星空が綺麗だった。


 翌日、僕にとって喜ばしい出来事があった。一人で小躍りしていると、目を覚ましたらしいリンスが声をかけてきた。


「モモくん、おはよう。どうしたの、そんなにはしゃいじゃって?」


 僕は『あるもの』を掲げて見せながら言った。


「リンスが探していた石って、もしかしてこれか? 宝石じゃないけどさ」


「え? 石?」


 リンスは僕の持っていた『石』を受け取った。そのままレーダー探知機を手にして、操作するなり笑顔になった。どうやら彼女が探していたもので、間違いないようである。


「これよ! これこそが『グロウジュエリー』よ。うわああい。やったわ! モモくんと5メートル以上離れても、反応が続いているわ!」


「それは、よかった。それ、リンスにやるよ」


「本当に? ありがとう。でもよかったの? 肌身離さず大事に持っていたものなのに」


「大丈夫だよ。僕にとっては、むしろ邪魔なもんだったんだ」


「そう……なの?」


「実は、朝な、僕がションベンをしていたところ、コロンと出てきたんだ。何だろうと思って見てみたら、石ころに似てたから、もしかしてってピーンときたわけだ。いやあ、最近はションベンをするごとに激痛に見舞われていて、僕、大変だったんだぞ」


「へええ。それは良かったわね……ってか、ということは、これはグロウジュエリーであると同時に……モモくんの……ぎょえええええええええ。きたなーーーーーい」


 リンスは汚物でも捨てるかのように、グロウジュエリーをポイっと投げた。僕はそれをキャッチする。


「うわああっ。なにすんだ。オメー、すげー欲しがっていたもんだろ?」


「確かに欲しがっていたけど、グロウジュエリーってそういうものなの? 全く違うものを予想していたわ。確かに『石』だけど……石だけど……。宝石じゃなかったの?」


「ほら、ちゃんと大事にしろよ」


 僕は石を持ってリンスに近寄ると、真っ青な顔をして後ずさる。


「こないで! モモくん、それを私に近づけないで!」


「なんだ、いらねえのか?」


「いるっ! いるけど、お願い、近づけないで。それはモモくんが、持ってて。おねがい!」


「……いいけど」


 僕は女ってやつは、やっぱりよく分からない生き物だと思った。まさか母さんは男だった、とか? もう確かめられないが。


 こうして、グロウジュエリーの1個目をゲット。僕とリンスのグロウジュエリーを巡る大冒険が始まった。

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