第2話 出会い
雲一つない、天気のいい日だった。絶好の洗濯日和だと思い、川で洗濯をしていた時だ。ブロロロロロロローン、という音が聴こえた。
その音はこちらに近づいているようで、徐々に大きくなっていく。そして、その音のが見た事もない機械から放っせられている事が分かった。
機械は止まり、その上から、誰かがおりた。
「な、なんだーオメーはー。なにもんだ!」
「やあ、こんにちわ。なにもんだ、って私のことかしら。私の名前はリンスっていうの。えーと、ここら辺なんだけどなぁ。ぼく、ここら辺に住んでいる人?」
「うん。僕はここに、住んでるぞ」
ここは僕一人が暮らす土地だ。
リンスは僕を見つめながら、にっこりと微笑んだ。
「だったら、知っているかしら。ここら辺に……具体的に言うと、私を中心に半径5メートル以内で、変わった宝石が、あったりしないかな」
「変わった宝石?」
周囲を見渡したが、普通の石しかない。リンスも同じように周囲を見回してから、再び口を開いた。
「どんな宝石なのかは分からないけど、確かに、ここにあるんだよねー。ってか、あなたが宝石を持ってたりする?」
「僕は宝石なんて持ってないよ」
そう言うと、一気にリンスの顔から笑みが消えた。
「あっそ。じゃあ、勝手に探させてもらうわね。ぼく、洗濯中だったんでしょう。どーぞ、続けてていいわ」
「なーなー。オメー、都会人ってやつだろ。僕、死んだ父ちゃんと母ちゃん以外に人にあったことないんだ。見てていい?」
リンスが着ている服が、僕がいつも着ている服と比べて、とても興味が惹かれるものだったので、そう願いでたのだが、リンスはなにを勘違いしたのか、頬を赤く染めた。
「い、いいわよ。でもエッチな事をしようとしちゃ駄目よ。あまりに、私がいい女だからってね」
「えっち? なんだそれ」
首を傾げた。ちなみに両親や、両親の遺した教材などで日常会話の類いは学んだが、まだ知らない単語もある。『えっち』という単語は知らない。僕が不思議そうにしていると、リンスは不思議そうな顔をして言った。
「エッチって何なのか知らないの? それはね、おしべとめしべ、というのが植物にあるんだけど、そのおしべが男で、めしべが女でって……。ぼく、冗談で言ってるんだよね。あと、さっきの両親以外に人を見たことがないというのも冗談でしょう?」
「本当に父ちゃんと母ちゃん以外に人を見たことはないぞ」
いつの日にか父が教えてくれた。父と母は『しゃっきんとり』というものから逃げてこの過疎地にやってきたそうで、身元がバレるかもしれないからと、この地から出ようとしなかったのだ。
「……そうなんだ。ここって、確かに辺境の地だけどさ……ぼく、別にモノノケの類いとかじゃ、なんだよね?」
「もののけ?」
僕は首を傾げた。リンスはそんな僕を見て、笑みを作った。
「ごめんごめん。そうじゃないのならそれでいいわ。……ってか、十分に美しい私を見たでしょ。もう、見るのは禁止よ。これ以上みたら料金を発生させるからね」
「なんだよ。難しい言葉ばかり使って。見られるのが嫌だったら、最初からそう言えよ!」
抗議して、再び洗濯を始めた。
両親以外の人と会話して興奮していたが、どうやら友好的ではないようだ。興奮していた心が、一気にしぼんでいった。
横目を向けたところ、リンスはこれまた見た事もない機械を取り出して、それを持ちながら周囲を歩き回っている。
まあ、いいや。
彼女には彼女のやるべきことがあるみたいなので、僕も自分のやるべきことをやろう。
引き続き、溜まっていた衣類を川の水につけてゴシゴシを洗っていく。洗濯を終えると、どっさりと衣類が入った籠を担いで、家に戻ろうと立ち上がった……その時だ。リンスが変な機械と僕を交互に見つめて立っていた。
「なんだよ。まだいたのか。探しものはもう見つけたんだろ」
「ねえ……『グロウジュエリー』って知ってる?」
「グロウジュエリー?」
首を傾げた。
聞いた事のない単語だった。
「有名な伝説があるじゃない。グロウジュエリーは、ものすごい力をもつ宝石のことよ。逸話は、星の数ほど残されているわ」
そんなことを言われても、知らないものは知らない。
「ものすごい力のある宝石って、まさか筋肉がムキムキの宝石かっ?」
もちろん冗談のつもりで言ったわけではあるが、リンスの中での僕は未開の地で暮らす知識のない人物と思われたからか、真剣な表情で否定してきた。
「……違うわ。例えば等価交換を無視して土を金塊に変えたり、人を不老不死にしたり、若返らせたり、どんな病気も治す事だって出来るらしい。その宝石の所有者に、あらゆる知識を与える事もできるそうなの。要するにそれらの伝説を総合した結果、どんな願いも叶えてくれる宝石が、『グロウジュエリー』なの」
「ふーん。すっげえ宝石があるんだなあ」
純粋にすごいと思って、頷いた。まるでドラゴン〇ールのようだ。何百年も昔に販売されていた書籍だが、父の遺品として家には全巻揃っている。
「そんなすごい宝石がこの世にあるなんて、知らなかったよ。そんなすごい宝石を探しているリンスも、実はすごいやつなんだな」
半分お世辞のつもりで言ったのだが、リンスはふっふっふ、と笑いながら胸をはった。
「私はすごい人なのよ。なんせ、美人でかつ大天才だからね。これまで、単なる伝説だと思われていたグロウジュエリーのありかを発見するレーダー探知機も所有しているほどに……」
話の途中だったが、長くなりそうなので、踵を返したところ、リンスは慌てた様子で僕を呼び止めてきた。
「って聞きなさーい」
僕は振り向いて、顔をしかめた。
「なんだよー」
「人の話は最後まで聞きなさい。それは礼儀よ。それで、私のレーダー探知機によると、私から半径5メートル以内にグロウジュエリーがあることが確定しているの。さっきからうろうろと歩いているわけだけど、どうもあなたから5メートル離れる毎に、信号が弱まるのよ。つまり、あんたが持ってるってこと」
「僕、そんな宝石なんて持ってないぞ」
思わぬ疑いをかけられて、僕は目を見開いた。
実際に、そんなものは持っていないのだ。そもそも今の服装は、ブリーフに短パン、Tシャツを着ているだけで、アクセサリーの類いはなにもつけていない。さらに、今日だけではなくいつもそうなのである。しかし、リンスは納得した様子をみせずに……。
「いいや。持っているわ。それは、私の中では確定事項なの」
リンスは両手を合わせて、頭を下げた。
「本当にお願い。多分、あなたにとっても大事なもので、だから肌身離さず持ち歩いているのでしょうけれど、私どうしてもグロウジュエリーが必要なの。どうしてもどうしても、叶えたい願いがあるの」
そう言われても、持っていないものは持っていないのだ。ゆえに、仮に彼女の頼みを聞いてあげることにやぶさかではなかったとしても、僕は所持していないと伝えることしかできないわけである。
「本当に持ってないぞ。ちなみに、リンスはどんな願いを叶えたいんだ?」
「そりゃあ、決まってるわ。女なら誰もが願うことよ。バストアップよ! 私、バストアップして、ボインになりたいのっ!」
「ばすとあっぷ? ぼいん?」
リンスは胸の前を両掌をのせて、凸を作って「こういうのがボインなの」と、説明してきた。一応、理解はできた。父の遺品の中に、胸が膨らんだ人が載った『雑誌』もある。ちなみリンスの胸は、まったくの平らだった。
「お願いよぉ。全てが完璧な私なのに、胸だけはペッタンコなの。子供の頃からずっと気にしてたの。まあ、子供の頃は誰もが胸の膨らみなんてないんだけれどさ。自分で胸を毎日モミモミしたり、怪しい健康食品に手を出したりもしたんだけど、どうにもならなかったのよ。だから、もう『グロウジュエリー』にすがるしかないの」
「別にいいじゃないか。そんなのがあっても邪魔だと思うなあ。だって、歩いたり走ったりする時に、重たいじゃないか」
そんな僕の率直な意見を受けたリンスは、呆れたような表情を見せた。
僕はなにか、変なことでも言っただろうか?
「そりゃあ、男の子には不要でしょうけれど、女の子には必要なの。だから本当に、おねがい。ちょっとくらいならお礼してあげちゃうかも。お姉さん、ぼくに、とってもいい事をしてあ・げ・る・かも。ちゅ、って無視して行こうとするなー。話の最中に、くるりと踵を返すなー。無視するなー」
なぜだか悪寒が走ったので、再び踵を返して家に戻ろうとした。しかし、リンスは機敏な動作で、僕の行く手に回り込んで阻んできた。僕は非難の声を投げかける。
「なんだよ。そんな宝石なんて持ってないと言ってるじゃないか。しつこいなあ」
本当にしつこいと思った。最初に会った時の感動が、興奮が、現在は微塵もなくなっている。
「嘘だ嘘だ嘘だー! お願いよ。お姉さん、ボインになりたいのー。ボインになって魅力的になりたいのー」
リンスは、僕の腕を掴んでぶんぶんと揺らしてきた。とても必死そうだ。おそらく、そのレーダー探知機なるもの、僕が保持していると判断したようだが、実際に持っていないものは、渡すことができない。たぶん、彼女が信頼しているレーダー探知機は、故障しているのだ。
「ご先祖さん、きっと、そんな事のためにそのレーダー探知機を使って欲しくなかったと思うぞ。胸なんかが膨らんでてもそうでなくても、変わらないと思うんだ」
「価値観なんて人それぞれじゃない。それより隠し持ってるのを出してよ。見るだけでもいいの、チラリとだけでいいから、見せてもらえないかしら」
そう言われても、僕としては先程から何も意見は変わっていない。持っていないものは見せられない。もしかして、ポケットに、知らず知らずのうちに入ってしまったのかもしれないと思い手を入れてみるも、やはりというか、何も入っていなかった。
「わかったよ。そんなに疑うのなら、証拠を見せてやる。ちょっと、待ってろ」
僕は服を脱ぎ始めた。身の潔白を晴らすために、最も有効な手段に思えた。百聞は一見に如かずである。一方、リンスは両手で目を覆って、あたふたしていた。
「わー、わー、わー。ちょっとあんた、何やってんのよ。なに脱いじゃってんのよ」
スッポンポンになるも、リンスは僕が何も所持していないことを確認しないようだ。
「はやく脱いだズボンをはきなさい! 何考えてんのよ! エッチ! スケベ! ヘンターーーーーーイ!」
「オメーが疑うから、何も持ってないことを証明しようとしたんじゃないか」
「レディ―の前で素っ裸になったら駄目なの。あんた、どんなオイモなのよ。デリカシーゼロよ!」
「おいも? でりかしー? なんだそれ?」
またもや知らない単語がでてきた。食べ物の『芋』なら知っているが、僕は芋ではなく人だ。多分、同音異義語というやつだ。
「よーするに、田舎もんってこと。もう、二度とそんな事しないでちょうだいッ! というか、私以外の女の子の前でもしちゃ駄目よッ!」
言われた通りに、脱いだ衣類を再び着た。
無駄な時間を費やしてしまったようだ。というのも、よくよく考えたら、初めて会った人物に、知らぬ疑いをかけられようと、それを晴らそうとも、僕にとってなんのメリットもデメリットもないことに気づいたのだ。
「じゃあ僕、もう行くから。ばいばい」
「だから、ちょっと待ちなさいって」
リンスはまたもや僕の前に回り込むと、両手を広げて立ち塞がった。面倒な相手に絡まれたものである。僕はしかめ面を作った。
「一体、何がしたいんだ、オメーは。何が何だかわかんないよ。せっかく話が出来る人と会って喜んでいたのに、好戦的だしさ」
「ごめんなさい。好戦的とか、そんなんじゃないの。私も、パパやオジイチャンやオニイチャン以外の男の人と話したりすることがあまりなくて、話慣れていないのよ。それで……ねっねっ。石をちょうだい?」
「だから、そんな石は……」
そこまで言ったところ、リンスのお腹からゴロロロと、大きな音が鳴った。
顔を見ると、真っ赤になっている。僕は満面の笑みを作った。先程からの彼女の態度との、鳴り響いた音との因果関係を考えてみると、一つの推論が成り立つのだ。
「なーんだ。お腹が減ってんのか。だからイライラしてたんだな。だったらうちでなんか食っていく……か……」
バチーンと頬を叩かれた。完全に油断していたため、それほど早い動きではなかったが、見事にくらってしまった。
「な、なななな、なんで叩かれるんだっ!」
「オイモ! 本当にデリカシーの欠片もないのね。こういう時は直接的に腹が減ってるかって、聞いちゃ駄目なの。マナー違反なの。さり気なく、もっと間接的に言うものよ……」
「なにを?」
「なにをって……もういいわよ! っで、おうちはどこにあるの? 何か食べさせてくれるんでしょ?」
「う、うん。家はもうちょっと歩いたところにあるから」
よく分からないが、叩かれたのは、僕が悪かったのだろうか? しかし、どこが悪かったのだろう。一応、両親から人並みの常識は教えられたと自覚しているが、なんせ両親以外の人と会話したのが、これが初めてなので、知らないところで粗相をしてしまった可能性もある。
僕は家の方角を指した。家は岳のそばに建っている。
こうして僕はリンスを家に招き、料理を振る舞うことになった。
玄関のドアをくぐると、リンスも後からついてきて、興味深げに内装を眺めていた。
ちなみに僕の趣味は料理だ。両親が生きていた時は、手料理を食べてもらい『おいしい』『料理が上手だね』と言ってもらうことが、なによりの喜びだった。久々に誰かに手料理を振る舞うと思うと、腕がなる。リンスを椅子に座らせた。
「好きなだけ料理を作ってやる。食材は畑や川に行けばどれだけでも、あるから遠慮するなよ」
「本当に? ありがとう。じゃあ、遠慮しないわ」
「おう、それでいいぞ」
あはは、と笑いながら調理を始めた。ただし、僕は不用意な発言は控えるべきだということを、まもなく学ぶことになった。
リンスは見た目からは想像できないくらいの大食漢だったのだ。僕が調理した料理をテーブルの上に出す度に、瞬時にそれらを平らげた。僕も一緒に食事するつもりだったが、落ち着いて食べることもできない。次々と『おかわり』を所望されるからだ。
「びっくりしたよ。僕も父ちゃんも母ちゃんも、リンスほど食べないんだけどなあ。都会の人って皆こんな感じなのか?」
「そんなことないわ。私が、ちょっとだけ人より多く食べるくらいよ」
「ちょっと……って、さっきから食材をとりに畑や川を往復してるけど、全然ペースが緩まないじゃないか。外はもう暗くなってきている。勘弁してー」
ついに弱音を吐いてしまった。驚いたことに彼女は自身の体以上の容積の料理を食べることができるようだ。一体、どこに納まっているのだろう。まるで、胃袋が四次元空間に繋がっているかのようだ。
「まあ、腹8分目がいいともいうものね。ここら辺にしておこうかしら」
ふぅ。助かった。
「あきらかに体の容積以上の食べ物を腹に入れたのに、外見が全く変わらないなんて、一体どんな理屈なんだよ。オメー、不思議な体をしているなあ」
そんな僕の疑問に、彼女は即答した。
「私は頭を使うからよ」
「えっ?」
どういうことだ。
「つまり、常に脳がカロリーを消費しているの。人は食べたものを消化した後に、カロリーとして消費するの。食べた物がそのまま体重になったりしないのよ。わかるかしら?」
「正直に言うと、よく分からないんだけど、オメーがすげえヤツだということは分かった」
僕にはできない芸当ができる人間であることは理解できた。実用性があるかどうかは別としてではあるが。
「あーあ、お腹いっぱいになったら、お風呂に入りたくなったわ。ねえ、オイモくん。君の家ってお風呂は、あるの?」
「馬鹿にすんなよー。僕の家にもちゃんと風呂ぐらいあるぞ! あと、オイモって僕のこと?」
家は太陽発電機を備えていて、電気を使うこともできるし、電気の力で水を汲んでいる。さらには下水設備もしっかり備えていた。ただ、祖父のこだわりで、風呂は薪などの燃料を燃やすことで暖める仕組みとなっている。
「お風呂を沸かしてちょうだい。あと、あんた、ダサダサのオイモだからオイモくんね」
「ムッ。オイモはダサダサじゃねえ! ちゃんと栄養素が詰まってんだ! オイモに失礼な奴だ!」
「そこ? 怒るところはそこー?」
若干怪訝そうな表情を見せるも、すぐにひっこめる。
「まあ、いいわ。お風呂があるのなら沸かしてくれるかしら。お風呂に入りたいの」
「全く、遠慮をしない奴だなあ。僕、面倒なのを家に招待しの、今更後悔しているぞ」
「つべこべ言わずに、沸かすの」
僕は仕方なく浴室に行き、風呂に水を張った。そして家の外に出ると、専用の場所で火種を作って、薪を燃やした。いつも、やっていることなので、風呂は瞬く間に完成した。
リンスが湯に浸かっている間に、火加減の微調節を行った。あとはとろ火でOKだと思うが一応、聞いておく。外から内にある浴室に向かって声をかけた。
「火加減は大丈夫かあー」
「はーい、丁度いいわ、ご苦労様。と言いたいところだけれど、もうちょっと熱い方が好みかしら。もう少し温度を上げてちょうだい」
「人遣いが荒いヤツだなあ。父ちゃんと母ちゃんと、大違いだぞ」
僕は竹筒を使って息を吹きかけることで、消えかけていた火力を強くした。すると、すぐに浴室から声が発せられた。
「あっちっちちちちっちち。ちょっとッ! 何考えてるのよッ! 熱くしすぎだっつーの」
えええー。
「熱くしろって言われたから熱くしたのに!」
「だからって限度があるっつーの! ボイラーはないの? ボイラーは!」
「そんなのないよー」
ボイラーの存在については知識としては知っている。簡単に火を起こせるらしいが、たしかガスが必要となる器機だったはずだ。この集落にはガスが通っていないので、ない。
「まあ、こんな辺境な地に、そんなのあるわけないわよね。オイモくん、もういいわ。火はもう大丈夫よ」
「そっかー? だったら僕、もう家の中に戻るぞ」
「どうぞー」
許可がおりたので僕は家の中に戻った。
窓際から顔を出して、虫たちの音色を聴いていたところ、リンスが浴室から出てきた。タオルや着替えは持参していたらしい。
「じゃあ、次はオイモくんがどうぞ」
「僕は1週間に1度しか風呂に入らねえから、別にいいぞー」
そう言ったところ、リンスは汚いものでも見るかのような視線を向けてきた。
「だから臭かったのね! 信じられないわ。あんたぐらいの年齢なら、お風呂は1日に1度は入るべきよ! じゃないと、女の子にもてないわ」
「別にモテなくてもいいんだけどなー」
そもそも、ここには僕一人しか住んでいないのだ。
「だめよだめ! それにせっかく沸かしたお湯が勿体ないわ。分かった。さては私の身体のエキスがたっぷり染み出たお湯に自分が入って、汚しちゃうのが勿体無いと思ってるんでしょうー。あとで、飲料として大事に飲もうとでも思ってるんでしょう。このど変態! どスケベ!」
「な、なにいってんだオメー。オメーの方が変態だ。頭がおかしいぞ。そんな事、考えもつかなかった!」
「だったら、入りなさいよ」
「わかったよ。ちぇ。面倒臭いな」
僕はリンスに言われた通りに脱衣所で衣類を全部カゴに入れてから、浴室に入って、湯船に浸かった。髪の毛や体を洗って、植物由来の油で作った自家製の石鹸で泡立てた。
湯からあがると部屋に戻った。すると、リンスは仁王立ちになって僕を睨んでいた。
「やっぱり、オイモくん。あんたが肌身離さず持っているんでしょう!」
「へ?」
僕には何を言っているのかが、さっぱり分からなかった。
「実はオイモくんがお風呂に入っている時、脱いだ服を調べさせてもらったのよ。でも何もなかったわ」
僕は目を剥いた。そういえば、彼女はずっと僕がグロウジュエリーという石を保持していると言い張っていたことを思い出した。僕はどうやら、一杯食わされたようだ。
「だからお風呂を作らせたのか。僕を入れて、その隙に脱いだ衣類から取ろうとしていたわけだったんだな。すっかり騙されたっ」
「レーダー探知機を使ったら、浴室にいるオイモくんから反応が出てたの。お願い。オイモくん。お願いだから『グロウジュエリー』を譲ってほしーの」
「だから、そんなの持ってないって何度も言ってるじゃないか。さっきも素っ裸になって証明したぞ。だったらもう一度証明してやる」
僕は服を脱ぎ始める。実際に持っていないことを理解させるには、持っていないことを見せて、納得してもらえばいい。百聞は一見に如かずだ。しかし、彼女は服を脱いでいる僕を静止してきた。
「ま、待ちなさい。服は脱がなくていいの。私が、いい女だからって襲おうとしてるんでしょうッ! オオカミさんになろうとしているんでしょうッ! 分かるわ。その気持ちは痛い程に分かる。でも、我慢してちょうだいッ!」
「な、なに言ってんだオメー」
まだ付き合いは数時間程しかないが、どうやらリンスは自意識過剰なところがあるようだ。そして、祖父母と死に別れてから、ずっと一人で生きてきた自分に、冷静に人を観察する力があり、会話する力も落ちていなかったことにも安堵もしていた。
そんな時だった。ずどーん、といった地鳴りがした。リンスは周囲に目を見張らせた。家具などがぐらぐらと揺れていた。
「な、なに? 地震?」
地鳴りは断続的に続いて、徐々に大きくなっていく。
「地震じゃない。何かが、近づいてくるぞ」
「どこにどこに? まさか、この家に?」
一際大きな音がすると、家の壁に穴が開き、壁だったレンガが内部に散らばった。同時に配線が切れたためか電気が落ちた。がこんがこんと衝突音が響いて、壁に空いた穴が大きくなった。その隙間から謎の物体が家の中に侵入してきた。
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