001:出会いは常にロマンチックとはいかない

「ふぇっ!?」

 パチンッと乾いたいい音が鳴る。いや、いい音とか感心している場合ではない。左頬がものすごく痛くヒリヒリする。どうやらセクハラ扱いされた上に平手打ちをくらったようだった。


「あなた、私の落ちてくるところ狙っていたでしょ! 魔王軍の幹部なの!?私がここにくるのを待ち伏せされていたなんて……」

 平手打ちを食らって視線がずれてしまい、まだしっかり目の前の人がどんな人か認識できてはいない。その誰かさんは慌てた様子で叫んでいる。

 今、さらっとこの場に相応しくない単語が1つ2つ出てきたのは気のせいだろうか。魔王軍?冗談じゃない。何で俺は急に降ってきた女の子にセクハラ扱い&平手打ちを食らっているんだっ! 魔王軍なんかもし本当にいたら逆に賠償金をふんどってやる。


「これ新種のドッキリですか?だとしたらカメラはどこにあるんですか。あ……いい反応できてなくてごめんなさい」

 ようやく痛いみが少し引き、俺はようやくその誰かさんに視線を向けた。どうやら女性らしい。目の前の女性は腕を組んでそっぽを向いて苛立っているご様子だった。

「ドッキリって何ですか。そして矢継ぎ早の質問をしないで。ていうかそれよりあなた私の胸触りましたよね。異世界送られてすぐにセクハラとかあり得ないんだけど」

 また新しく彼女の口からはこの場に相応しくない単語が出てくる。


 この際はっきり言おう。感触はよかった。とんだラッキースケベだと思った。何がどうなってそう感じているのか言及はしないが。

 だが、何故俺が今セクハラに問われ女の子に睨まれているのか、どうしても解せない。

 これは冤罪とか考えている場面じゃない。まず意味がわからない。もしこれがドッキリでないしたら一体彼女は何で落ちてきたのだ。


「いや、とにかくそっちが落ちてきたんでしょ。……ていうか異世界とか大丈夫?」

 ため息まじりにそう告げる。こんな意味のわからない状況下でも意外と喋れるものだ。

 大丈夫と心配しているのは無論彼女の頭の中である。


「人をそんな救えないアホを見る目で見るのはやめて」

 呆れたような、怒ったような声を俺に向けながらようやく彼女はこちらに顔を向け、初めて視線が交差した。

 初めてしっかりと認識した目の前の誰かさんは……もう少しちゃんと出会っていれば俺の青春エピソードの完全なプロローグだったと思わせる少女だった。

身長は俺より少しばかり低い。綺麗な黒髪に燃えるような紅目をしており見つめられたら思考が停止してしまう。首にかけている赤い石の付いているペンダントがとても似合う。そして俺のラッキースケベを引き起こしたものはしっかりその体に付いている。

 ただ、コスプレの服だろうか。この世界では明らかに奇抜と分類されるような服を着ている。黒いジャケットにピンクのスカートさらには赤が裏地の黒マントとは……


 再三なぜ彼女が落ちてきたのか、そう問わざるをえない。人が落ちてくるなんてどこかの嫌がらせとしか考えられないが誰かが撮っている訳でもなく落ちてきた彼女自身かなり動揺している様子だった。

「新種の嫌がらせなら帰りますよ。あと、そんな奇抜の格好していると目立つので、そういうのはコスプレ会場くらいにしたらどうですか」

 まだ目の前の少女はどこか苛立っているような動揺しているような様子だったがいい加減訳を話してもらわないと話が進まない。半分脅しのつもりで俺は背を向けた。

 もう半分は彩芽に焼うどんを作ってあげようという気持ちだ。


「ちょ……待って、待ってってばっ。あ、あなたがセクハラしたのには違いないけど……いきなり落ちてきた私にも悪い点があるかも……いや、あると思い……ます」

 いきなり背を向けた俺に少女は引き止めようと焦った声で言葉を絞り出す。先ほどから急に変わった態度に驚かされる。そして、彼女の不安そうな表情に足が止まってしまった。

 苛立ちのような表情が取れた彼女はやはり俺の青春エピソードの冒頭に持ってきたいと思ってしまう容姿だった。

「やっぱり、変な目で私を見てるよね!」

 ……そうだ家には彩芽がいるんだ。やっぱり帰ることにしよう。

 一度引き止められた足を俺はまた進め始めた。


「だから待ってって言ってるじゃない!」

「何なんですか!?異世界だの魔王大だの言ってる前に、何で落ちてきたのかとか名前とか言ってくださいよ」

 中々事情説明に入らないのに引き止めてくる彼女についつい苛立ちが暴発してしまう。

 目の前の彼女は、「ごめんなさい」と一言呟き、一度息をしてから口を開いた。


「私の名前はカーベラ。私がいた世界は魔王が侵略してきて、危険な状態に陥っているの。私と一緒に魔王を倒しに異世界に来てくれない?魔王軍の手先と思ってたけどあなたちゃんと人間っぽいから勘違いだったかも」

「はいはい、そうですかカーベラさん。本名は?」

「いや、本名よ?」

「……」

「だから何なの?その救えないアホを見るような目は!信じられないの?」


 いや、逆にこんなこと言われて信じる人がいるだろうか。俺は漫画もラノベも好きだが流石にこんなことを言われて信じられるようなやつじゃない。あくまでも作品は作品の範疇を超えない、そう読んでいる。

 目の前の自称カーベラさんは困った目でこちらを見ている。


「信じるやついると思う?」

「どうすれば信じるの?」

「そりゃ、異世界の定番といえば魔法とかかなぁ?」

「“フレア”」

 彼女は自信満々に腕を俺に突き出してそれっぽいセリフを吐く。

「「…………」」

 が、何も怒らない。


 やはり新種の嫌がらせか。困っている人を見捨てるという罪悪感から話だけ聞いていたが、俺は胸を張って帰ることを強く強く決心した。

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