第4話 智神トトVS武人シンゲン

10年間の修行を経て、再び人里へ降りた男、それが武人シンゲンである。

10年前、シンゲンは8代続く柔術道場の師範をやっていた。齢30歳で師範まで登り詰めたシンゲンを皆天才と呼び称え、道場はより栄えて行ったのだった。

そんなある日、悲劇が起きた。

「ここの看板を貰おう」

1人の大男が木刀を持ってやってきたのだ。世にいう道場破りである。

弟子達が一斉に大男へ飛びかかったが皆返り討ちにあい全く歯が立たなかった。

最後に、ひとり残ったシンゲンと道場破りとの一騎打ちが始まった。シンゲンは得意の構えで間合いを詰めていく。木刀の間合いに入った時が勝負の時と決め、少しずつ足の指先で距離を詰めていく。しかし、対照的に大男はビクリとも動かない。

「今だ。竜降ろし!」

間合いに入った瞬間にシンゲンは得意の上段げりを大男の脳天に目掛けて撃ち込んだのだ。そしてそれに反応して木刀でガードをする大男。だが、そのガードは空振りに終わる。シンゲンの上段げりは大男をスルーし体を軸に1回転したのだ。

「我が奥義は二段構えなり!」

そのまま推進力により威力を増した中段ゲリが、上段げりをガードしたことによって空いた脇腹へと吸い込まれるように入っていく。

決まった。そう思った瞬間、何故か今まで見えていた大男の姿が道場の床へと置き換わった。何が起きたのか分からず起き上がろうとするが足の感覚がない。ただ、下半身に肉塊が着いているように感じる。

武人としてどんな時でも冷静さを忘れてはいけない。シンゲンは即座に状況を分析した。そして導き出された答えはひとつ、自分の中段げりが叩き落とされたのだ。認識出来ないほどの速度と威力の打突によって。

シンゲンは薄れゆく意識の中で問いた。

「お前は誰だ……」

「我が名は剣神ゴウ。全ての武の神になる男だ」

この言葉と玄関の看板が叩き折られる音と共にシンゲンは意識と今まで積み上げていたものを全て失った。


今日も満員のコロシアムにふたりの男が立っている。己の力を試すためにやってきた男、武人シンゲン。そして、智識の神と呼ばる世界を救った勇者のひとり、智神トト。いったいこの2人はどんな勝負を見せてくれるのだろうか。

「今回の闘いは乳搾りではなーい!純粋な力と力のぶつかり合い、決闘だ!」

セバスチャンオオタケの掛け声と共に盛り上がる会場を他所に、2人は表情ひとつ変えない。

「皆さんご存知だと思うがルールを説明しよう!制限時間3分の中で挑戦者が生き残れば挑戦者の勝利となり、寿命が伸びると言われる生中をゲットだ!さて、準備はいいか?!レディーファイト!」

突如鳴らされたゴングにも動じず、シンゲンは目の前の男を観察していた。背丈も見た目も10歳程度の子供にしか見えないこの相手。特殊な武器を持っているようにも見えない。こんな相手に3分逃げ切れば価値とは舐めた話だろう。コロシアムからつまみ出してやろうと思い、トトへ向かってゆっくりと近づいていった。そして、シンゲンがトトの目の前まで来た時にトトが動いた。

「お前の嫁と娘を親子丼で抱いた」

何を言っているか理解できなかったが、強烈なフレーズに左足が1歩下がった。

「正確には元嫁と元娘だけどね」

「馬鹿なことを言うな。お前みたいなガキがそんなことできるわけないだろ」

「嘘だと思うならこのコロシアムにいる観客全員に証拠を見せてあげるよ」

「そんなことで俺を揺さぶっても無駄だぞ。一撃でお前を葬り去る」

「お前は全てを失った後、山篭りに入った。そして置去りにされた嫁と娘は貧困の道に入ったんだ。毎日お前を恨みながらね」

「あれは仕方なかったんだ。だから俺は力を付けて帰ってきたんだ!」

「混乱した世の中で女ふたり取り残された日々は地獄のようだったよ。その日食べる物を買うお金を稼ぐためになんでもしていた」

「勝手なことを言うな。お前がそんなことを知っているわけないだろう!」

「僕はなんでも知っている」

シンゲンはトトの言うことを信じたくはなかったが、何故か嘘には聞こえなかった。

「くっ!」

「ふたりが公然の前でされされたくなければ負けを認めな。そしたらオマケにふたりがどこで何をしているかも教えてあげる」

「……わかった」

白旗を挙げたシンゲンを見て驚きながらセバスチャンオオタケは叫んだ。

「決まったー!!シンゲン選手が何故か拳をぶつける前に負けを認めたため、智神トトの勝利!!」

会場の観客もざわついている。

「約束だから教えてあげる。親子丼は嘘だよ。死人は抱けないからね」

10年間でシンゲンに残ったものは使い所のない武力だけだった。

その後、真実を知ったシンゲンは何処かに消えてしまった。

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