第四十二話 輝きのスタァライトプリンセス

 二月の下旬から三月の上旬には、綺羅星学園にとって最大のイベントがやって来る。

 そのイベントの始まりは、男子部で行われる男子部のトップを決める戦いであり……その終わりもまた、女子部のトップを決める戦いだった。

 ……そう、スタァライトプリンスカップの次は、スタァライトプリンセスカップである。


「いよいよね」


 ツバキは、次第に埋まっていく講堂の席へと座りながら、一人そう呟く。

 左に座るかのんはすでに緊張したような面持ちで、そして右に座るひなは……いつもと変わらない笑みを浮かべて、その時を待っていた。

 そして、学園長が講堂のステージへと上がり、ツバキもまた少しの緊張を、その身に感じるのだった。


「おはようございます、みなさん。今日は、仕事がある人以外集まってもらえたということで、非常にありがたく思っているよ。……さて、この時期にこうして集まるような内容と言えば、もうみんな分かっている事だろう。そう、スタァライトプリンセスカップの開催決定だ!」


 学園長のその言葉に、招致されていた報道陣が、一気にシャッターを切り、ステージ上はフラッシュで光り輝く。

 そして、速報に載せるためなのか、大急ぎで講堂の外へと駆け出していく人もいるなど……周囲は少しだけ慌ただしさを見せていた。

 そんな周囲のことなどまるで気にも留めず、学園長は「ごほん」とわざとらしく咳をして、話の続きを始めた。


「開催日としては二週間後の週末に行います。参加人数次第では二日間に渡って行う事になりますが、基本的にはスタァライトプリンスカップと同じ流れで行う予定で、ステージ順の告知は当日の朝行う事になるかと思います。もちろん、二日間に渡って行う事になるようであれば、どちらの日にパフォーマンスを行うかは、事前に告知させていただく予定です」


 シャッターフラッシュの輝く中、学園長は伝えるべき事項を淀みなく発し、その度に報道陣がざわめく。

 そんな中、学園長はゆっくりと生徒達の方へと目を向け、全体へと視線を動かすと、ゆっくりと口を開いた。


「……現スタァライトプリンセスである、星空キセキさんは三年生です。それはつまり、今回のスタァライトプリンセスカップで、我が綺羅星学園女子部のトップアイドルは、必ず変わることとなります。次代のスタァライトプリンセスが誰になるのか、私はとても楽しみにしていますよ」


☆☆☆


「スタァライトプリンセスカップ、かぁ……」

「かのんちゃん?」

「それが終わっちゃったら、もうキセキ先輩は卒業なんだなぁって」

「……そうね。毎年、スタァライトプリンセスカップの次の週には卒業式だから、星空先輩に正面からぶつかれるのは、これが最後の機会かもね」


 五人それぞれに想うことがあるからか、ツバキの言葉の後に、無言の時間が過ぎる。

 しかし、そんな静寂をかき消すように、かのんがパァンと良い音で、自らの頬を叩くのだった。


「か、かのんちゃん!?」

「いっ……たぁ」

「カノン、大丈夫?」

「すごい良い音がしたのです~」


 唐突過ぎるかのんの奇行に、他の四人はかのんの顔をのぞき込むようにして、手の跡を確認する。

 そうして見えた顔は、少し赤くはなっているけれど、酷いことにはなってなさそうで、「えへへ、ごめんね」と笑うかのんに、全員が小さくため息を零してから、笑うのだった。


「それで、かのんはなんでそんな奇行に出たのよ?」

「あ、えっとね……この後に、キセキ先輩の出演するテレビ番組があるから、みんなで見ない?」

「……やってることと全く関係無いじゃない」

「そ、そうかな?」


 頬を掻きながら目を逸らすかのんに、ツバキはまたため息を吐いてから、「仕方ないわね。良いわよ」とかのんの話に乗ってくれる。

 ツバキは……いや、ツバキ以外の三人も、なんとなくは分かっているのだ。

 かのんにとって、このスタァライトプリンセスカップが、どれだけの大きい意味を持つのかを。


(星空先輩は、かのんにとって最も強い光。これから先も、オーディションや歌番組なんかで会うことは出来るだろうけど、真っ正面からぶつかり合うことが出来る機会は、ほとんどなくなるはず)


 ……それはつまり、かのんがキセキへ、今までのお礼や気持ち、そして成長した姿を、ステージの上でまっすぐぶつけられる最後の機会になるかもしれないということ。

 そのプレッシャーはツバキ達では計り知れないほどに、大きなモノになっているはずだ。

 だからこそ、それに気付いているツバキ達は、いつもと変わらないように、かのんへと接しようとするのだった。


「それじゃ、食堂でお茶でもしながら見ましょう」

「はい~! お菓子も食べるのです~」


 そんな風にツバキとひなが先導し、かのんやつばめ、あゆみの三人はその後ろを追いかける。

 それぞれに、それぞれの想いを胸に秘めて。


☆★☆“アイドルタイム一番星!”ステージ -星空キセキ- ☆★☆


 ――


   夜のとばりに

   舞い散るかけら

   そのひとつひとつが瞬いて

   あなたへと夢をみせてくれる


   月のあかりは はるか遠くて

   その手に掴むこともできない

   水面にうつる その輝きでは

   こころを満たす 光になれないのなら


   いま君の手の中にひとつ

   勇気の代わりに魔法をあげる

   星のあかりをなかに宿した

   くらやみ照らす 星のカンテラ


   歩きだす 最初の一歩

   踏み出せる そのちからはきっと

   あなたにもある だから大丈夫

   月のあかりを 目印に


 ――


☆☆


 ライトの少ない円形ステージの中央で、スポットライトに照らし出されたキセキが歌い踊る。

 そんなステージをモバスタ越しに見ながら、かのん達五人は、そのステージレベルに改めて“この人は凄い”と思っていた。


「この人に挑まないといけないのよね……」

「そうだよね……わたし、自信なくなっちゃいそうかも」

「力を試せるから楽しみ。ダンスアイドルが頂点を取るって考えると、すごいワクワクする」

「ひなも~、一緒のステージに立てるのが楽しみです~」


 それぞれに違う表情でスタァライトプリンセスカップへの気持ちを吐き出す四人。

 しかし、かのんだけは、ジッとモバスタの画面を見つめたまま、なにひとつ言葉を零さなかった。


☆★☆☆★☆


 あの後、ずっとかのんが妙な雰囲気だったこともあり、「今日の所はスケジュールの確認にしましょう」というツバキの言葉にかのん以外の四人は頷いて、それぞれ別れることとなった。

 そんな中、かのんだけは一人寮の部屋へと戻り、ベッドへと頭をうずめる。

 ……まるで、なにかから逃げるみたいに。


(これが最後のチャンス。でも、キセキ先輩が喜んでくれるような……そんなステージが出来るのかな)


 入学してからずっと、かのんの道を照らしてくれた光は、キセキの光だった。

 “あんな風になりたい”、“キラキラ輝きたい”……かのんの心にそんな想いを生み出してくれた光。

 ずっとずっと、追いかけていた光。

 ――そんな光が、もうすぐいなくなってしまう。


(私に届くのかな……)


 知らず知らず枕を濡らす涙と共に、かのんの意識はゆっくりと眠りに落ちていくのだった。


☆☆☆


「あれ……? 眠っちゃってた?」


 真っ暗な部屋の中、かのんはゆっくりと目を覚ます。

 かのんのベッドの対面の壁際にあるベッドには、あゆみが規則正しい寝息を立てながら眠っていた。

 そんなあゆみを起こさないよう、そっと立ち上がりカーテンを開ければ、夜空には煌めく星々と静かに佇む月。

 煌々と輝き、空高くにある月が自分を呼んでいるような気がして……かのんは静かに部屋を出て行くのだった。


 パジャマの上にカーディガンを羽織り、かのんは白い息を吐きながら寮の外を歩く。

 行くあてはなく、ただ歩いていただけの足は……不思議と庭園へと向かい、かのんはそこで憧れの存在と出会うのだった。


「あら? かのんちゃん?」

「……キセキ先輩」

「こんな夜遅くにどうしたの? って……私と同じかな。おいで、少し話そう」


 手招きするキセキの隣、洋風な東屋の中にあるベンチへと腰掛け、かのんとキセキはただ空を眺める。

 キラキラと輝く星の間を一筋の流れ星が駆け抜けた後、キセキは「スタァライトプリンセスカップ、もうすぐだね」と口を開いた。


「かのんちゃんはやっぱり参加するんだよね?」

「その予定ではあるんですけど……」

「自信がない、かな?」

「……はい」


 正確に言えば、スタァライトプリンセスカップで勝てるという自信ではなく、“キセキが喜んでくれるようなステージが出来る”自信がないのだが。

 そんなかのんの気持ちをどこまで理解しているのかは分からないが、キセキはかのんへと優しく微笑んでから、「私も自信がない……かな」と零した。


「えっ? キセキ先輩がですか?」

「うん。私にとっては、最後のスタァライトプリンセスカップだからね。最上級生として……そしてなにより、現スタァライトプリンセスとして、相応しいステージが出来るのか。やっぱり少し不安かな」

「キセキ先輩でも、そう思うことってあるんですね……」

「もちろんあるよ。でも、そういう時はファンのみんなのことを思い出して、頑張ろうって思ってる。きっとそれは、今回も同じかな?」


 そう言って空を見上げたキセキの横顔があまりにも澄んでいて、かのんは悩みが消えていくような不思議な感覚を覚えた。

 “キセキ先輩でも不安と戦いながらがんばっている”。

 なら、そんなキセキに憧れているかのんがすることは、たった一つだけなのだろう。


「キセキ先輩、私……スタァライトプリンセスになります! だから首を洗って待っててください、です!」

「……、ふふっ」

「な、なんで笑うんですかー!」

「ああ、ごめんなさい。馬鹿にしたとかじゃなくてね、やっぱりかのんちゃんは、優しい子だなって」 


 恥ずかしそうに頬を染めたかのんの前で、嬉しそうに微笑んだキセキは、「うん」と小さく頷いて ――。


「頂点で、待ってる」


 と、右手を差し出してくるのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 不安を抱えながらも、憧れの先輩のため全力でぶつかることを決意したかのん。

 しかしそんなとき、まさかの事件が起こってしまう!

 それはなんと、ハルとかのんの熱愛疑惑!? 


第四十三話 ―― スキャンダルにご用心! ――

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スタプリ!―アイドル学園の入学試験に落ちたけど、学園長に拾われたので、トップアイドル目指して頑張ります! 一色 遥 @Serituki

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