第四十一話 染め上げる白の光

「よお、ハル。精が出るな」

「リク先輩、こんにちは。明日が本番ですから」


 レッスン室で最終調整と言わんばかりに、神経を研ぎらせていたハルの元へと、一人の男性が歩いてきた。

 短く整えられた赤い髪を逆立てて、筋肉質なその姿は、アイドル学園にありながら、アイドルというよりもアスリートのようだ。

 しかしリクと呼ばれた彼こそが、この綺羅星学園男子部における、現在のスタァライトプリンス。

 ――つまり、男子部最高のアイドルだった。


「今回の戦いは、お前との一騎打ちになると思っている。……いや、そもそも去年のスタァライトプリンスカップにお前が出ていれば、お前が」

「あはは。それ以上は言わないように。それに、去年僕が出ていても、結果は同じだったよ」

「それはどうだろうな。最近、長時間の運動が可能になったとはいえ、技術や熱意はお前が頭一つ抜けていた」

「買いかぶり過ぎですよ」


 苦笑しつつそう返すハルに、リクは“わかってねぇなぁ”と言わんばかりに首をすくめた。

 しかし、お互いに負ける気が無いのは目を見れば明らかで、リクはフッと笑い、ハルへと背を向ける。


「明日は楽しみにしてる。本気のお前とやり合えるのを」


 そんな言葉を残して去ったリクに、ハルは「……負けませんから」と一人呟き、最終調整へと意識を戻すのだった。


☆☆☆


 そして迎えたスタァライトプリンスカップ当日――かのんとあゆみ、そしてツバキの三人は、かのんを真ん中に、食堂の席で中継を見ていた。

 スタァライトプリンスカップは、一人あたり五分ほどのパフォーマンスで審査される。

 従って、朝早くから開始し、夕方から夜までかかることもある、大変な行事だった。


「でも、今年は参加人数が例年より少ないみたいね。この人数なら、夕方には終わると思うわ」

「えっ……少ないのに夕方なんだ……」

「あはは。今年は、深雪先輩と現スタァライトプリンスの本郷リク先輩の一騎打ちになるって言われてるから、辞退して仕事を優先した人も多いのかも」

「そうなんだ。深雪先輩、スタァライトプリンスになってほしいなぁ……」


 そうやって話している間にも次々パフォーマンスが行われていき、一位がどんどん入れ替わっていく。

 パフォーマンスの順番はランダムで、当日の朝に決められ、全員に告知される形だ。

 それゆえに、三年生のパフォーマンスの後に一年生が来たりなど、パフォーマンス力の差が分かりやすくなっていた。


「やっぱり三年生は凄いわね。全員安定してる」

「うん。一年生や二年生にもすごい人はいるけど、ランキングの上位はほとんど三年生みたい」

「でも、みんなすごいよね! 男子アイドルは深雪先輩のパフォーマンスしか見た事なかったけど、たくさんの人がいて面白いなぁ……」


 かのん達と同じ一年生のステージパフォーマンスも、熱量がすごく、言ってしまえば圧が強い。

 闘志をみなぎらせ、身体を震い、全力でパフォーマンスを見せてくる。

 しかしかのんは、そんな姿に“なんだか少し違うような……?”と首を傾げていた。


「熱いし、カッコいいんだけど……んー?」

「かのんちゃん、どうかした?」

「なんだか、変な感じだなぁって」

「変な感じ?」


 「なんていうか、言葉にできないんだけど……」と言いよどむかのんと、そんなかのんを見て首を傾げるあゆみ。

 そんな二人を見ながら、ツバキは“かのんも気づけるようになったのね”と、一人微笑んでいた。

 しかし、二人は微笑むツバキに気づかず、「うーん」と悩み続けるのだった。


「……ねえ、かのん。これは、なんの中継だったかしら?」

「え? なにって、スタァライトプリンスカップだけど……」

「そうよね。なら、点数はどうやって決まるか覚えてる?」

「えーっと、審査員の先生が出す得点と、中継で見ている人の投票。あと、会場で見てる人の興奮度だよね?」


 ツバキに促されるままにそう答えたかのんが「あっ!」と、何かに気付く。

 そして、「だから変だったんだ……」と、納得したように頷いた。


「えっと、かのんちゃん、ツバキさん。なにが変だったの?」

「あのね! たぶん、“どうしてステージでパフォーマンスしてるのか”が、違うんだと思う」

「ええ、その通りね。ほとんどの学生が“スタァライトプリンスになろうと、パフォーマンスをしている”という状況だわ」

「でも、スタァライトプリンスカップだし……それじゃ、ダメなの?」


 やってることとしては間違って無いのではないか、と首を傾げるあゆみの前で、ツバキは「あゆみも似たようなところがあるかもしれないわね」と、苦笑する。

 ツバキのその言葉に、“私に?”と想像を膨らませ、直後に「あっ」と小さく声をあげた。

 どうやらあゆみにも分かったようだ。


「もしかして、自分らしく楽しんでないってこと、なのかな?」

「ええ、その通りね。あのステージは確かに“スタァライトプリンスを決めるステージ”。だけど、お客さんが見に来てるのはそんな気持ちのステージじゃないわ」

「うんうん! “お客さんと一緒に楽しみたい!”とか、そんな感じの……」

「えっと、本人も楽しまないとダメってこと、だよね?」


 なんとも抽象的でふわっとした感覚の話なだけに、あゆみもかのんもなかなか言葉にできない。

 そんな二人を見てツバキはおかしそうに微笑みながら、「きっとね」とこぼすのだった。


 かのん達がそんな会話を繰り広げている間にもパフォーマンスは進み、三時の休憩になっていた。

 二十分ある休憩が終わると、最後のグループが始まる。

 つまり、そのグループにハルがいるというわけだ。


「どうも深雪先輩の番はラストの一つ前みたいね」

「……つまり、現スタァライトプリンスの直前ってことだよね?」

「わわ、すごい位置! ランダムなのに、そんなところを引き当てるなんて、深雪先輩すごいなぁ……」

「ええ、まるでどこかの誰かみたいね」


 そう言って笑ったツバキに、あゆみも「ああ……うん」と、笑みを零す。

 二人の笑顔に挟まれたかのんは、「ほえ?」と一人、何のことか分かっていないような顔を晒していた。


「あっ、そろそろ始まるよ!」


 かのんがそう言ってモバスタの画面へと注視し始めたのをきっかけに、ツバキとあゆみもまた画面へと目を向けるのだった。


☆☆☆


 そうしてかのん達がハルの出番を心待ちにしている時、ハルはステージの裏で心を落ち着けていた。

 刻一刻と迫る自らの出番に、ハルの心臓は大きく脈打ち、緊張を震えとしてその身に伝えてくる。


「……こういう大きい舞台は、本当に久々だから」


 ひとりごちて、フッと笑う。

 あまり弱音を吐かないハルにとって非常に珍しくもあったその言葉は、誰にも聞かれることはなく、ひっそりと消えていく。

 しかし、ハルの脳内には音として残り、さらなる緊張を生み出すのだった。


 ――深雪先輩ならスタァライトプリンスになれると思います!


 そんなハルの耳に、あの日のかのんの声が聞こえた気がした。

 この場にいるはずのないその声に驚き、ハルはキョロキョロと周囲を見まわすが、やはり姿は見えない。

 そうして、“幻聴か”と結論づけたハルは、あることに気付いた。

 ……先ほどまであった震えが、止まっていたことに。


(ありがとう、かのんちゃん。おかげで全力が出せそうだ)


 グッとハルは拳を握り、即座にモバスタへとステージ衣装をセットする。

 表示されていたのは“Silent Snow”のアイスブランドコーデ――ハルの勝負服だ。


「さぁ燃えろ、僕の命」


 出番を知らされたハルは、モバスタをセット!

 そして開かれたゲートへと、微笑みを浮かべたまま、ゆっくりと入って行った。


☆★☆スタァライトプリンスカップステージ -深雪ハル- ☆★☆


 白く粉雪の舞うステージの上に、“Silent Snow”のアイスブランドコーデを纏ったハルが姿を現した。

 その姿は、さながら雪の結晶が擬人化されたかのように白く儚く……そして、輝いていた。


 ――


   分厚い氷のように 閉じ込められた想い

   今解き放つ

   冷たい心はそう 寒い冬のようで

   僕の言葉を 吹雪でかき消していく


   嗚呼、遥か空に輝く星たちに

   手を伸ばすだけではなにも掴めない

   凍えきった身体 握りしめた夢に

   火を灯せるのは お前しかいない


   輝きが道を照らすのなら

   吹雪舞う雪原は無限の宇宙

   その心震わせて 扉を開いたなら

   見えるはずだ 照らす遙か夢が


   降り注いだ 無限の煌めき

   春を告げる 最後の雪

   アスタリスク スノー


 ――


☆☆


 ハルのステージをモバスタの画面越しに見ていたかのん達は、その圧倒的なまでの実力に、一言も発することが出来ず、ただ見惚れていた。

 ステージの上を舞う粉雪は、照らし出す光を反射して煌めき、ハルの動きに合わせて風が舞い、その流れすらも美しく彩る。

 雪の結晶の様に美しく、そして儚さを感じさせるハルの姿だったが……時折浮かべる笑みは、その姿に熱を与え、見る人の心を不思議と温めていた。

 そうしてステージで歌い踊るハルの姿に、かのん達が「……すごい」と声を上げれるようになったのは、ハルのパフォーマンスが終了してからのことだった。


☆★☆☆★☆


 まさに圧巻すぎたパフォーマンスに、ステージの終わりと同時に会場は大きく揺れた。

 観客席にはハルのファンもいたのだろう……彼ら、彼女らは、魂を燃やし尽くすほどに凄まじいパフォーマンスを見せたハルの姿に、大粒の涙を零しながらサイリウムを降り続ける。

 そんな観客達の姿に、ハルはフッと笑みを浮かべ、「ありがとうございました」と深く頭を下げたところで、ステージの後方へとハルのポイントが表示されたのだった。


☆☆☆


「では深雪ハルさん、今の気持ちを一言」 


 ハルのパフォーマンスの後、現スタァライトプリンスであるリクがパフォーマンスを行い、全てのステージが終了した。

 その結果は……なんとハルの辛勝!

 終わってしまえば、まさに一騎打ちだったと言うに相応しいほどに、二人は他を引き離していた。


「みんな、ありがとうございます。僕がここにこうして立てていること。それは、僕を信じ、応援し……時に励ましてくれた沢山の人達のおかげで、僕はここに立てています。身体が弱く、アイドルとして生きていくのは難しいと言われ続けていた僕は、きっとみんなの存在がなければ、いつか心が折れていたに違いありません。ですから、これからは……僕がみんなへと返す番です。スタァライトプリンスとなった僕に、是非期待していてください! ありがとうございました!」


 そう言って微笑むハルの姿は、嬉しさが滲み出ているようで……かのんはそんなハルの姿に、“おめでとうございます、深雪先輩!”と、心の中で祝福の言葉をかけるのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ハルが次代のスタァライトプリンスとなった、スタァライトプリンスカップが終わり、ついに綺羅星学園女子部の最大のイベントが開催されることとなった!

 そう、女子生徒の全員が憧れる称号――スタァライトプリンセスを決める戦い、スタァライトプリンセスカップの開催である。

 そんなビッグイベントを前に、かのんは……。


第四十二話 ―― 輝きのスタァライトプリンセス ――

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