第四十話 いっぱいの気持ち
年末年始も過ぎ去り、ついに一年の最後の学期……三学期がスタートした。
かのんやあゆみも学園へと戻り、毎日忙しそうに走り回っていた。
「あゆみちゃん、今日の撮影頑張ってね!」
「うん。かのんちゃんも」
「はーい! 行ってくるー!」
アイドル生活を始めて、あと二ヶ月で一年になるかのん達一年生は、さすがに仕事にも慣れてきたこともあり、各々が公共機関を使って現場に向かうことが多くなっていた。
そんな背景もあり、今日も今日とて仕事が入っていたかのんとあゆみは、正門前で手を振って別れるのだった。
ちなみに、かのんは走って駅、あゆみはタクシーを使って郊外の現場に向かう形だ。
『もうすぐバレンタイン! 気になるカレのハートをゲット! お友達や、お世話になった人達に送るチョコも大人気!』
かのんが街中を走っていれば、ビルの壁面を使った販促ムービーから、そんな売り文句が流れてきた。
“そういえば、もうすぐバレンタインだっけ?”と、ムービーで思い出したかのんが、周囲をよくよく見てみれば……あたりはどこもバレンタインムード一色。
むしろ、どうして今まで気付かなかったのかと思うほどに、バレンタインシーズン真っ盛りだった。
「そっかー、もうチョコが美味しい季節になったんだー」
しかし、かのんにとってはバレンタインといえば、あゆみからチョコを貰えて美味しい思い出しかない季節!
結局、今日の仕事中はずーっと“どんなチョコが貰えるんだろう”と、色気よりも食い気なかのんだった。
「――というわけで、あゆみちゃん! バレンタインだって!」
「え、うん。そうだけど……もしかして、かのんちゃん気付いてなかったの?」
「うん!」
仕事も終わり、寮に戻ってきたかのんは、すでに戻ってきていたあゆみに、早速バレンタインの話を振る。
そんなかのんに、驚いた声と表情を見せつつも、ちゃんと話に乗るあゆみは、「今年はいつもよりいっぱい配らないと」と、困ったような笑みを浮かべた。
「ほえ? なんで?」
「なんでって……ツバキさん達もそうだけど、先生とかドラマの監督とかの、お世話になった人達にも配った方がいいかなって」
「なるほどー!」
「かのんちゃんはやらないの?」
“さすが、あゆみちゃん!”と言わんばかりにキラキラした瞳を向けるかのんに、あゆみは苦笑しつつも、そう訊ねる。
自分が作るという概念すら持っていなかったかのんは、その問いに「……私が?」と、目をぱちくりさせていた。
「うん。お世話になったお礼を、形にできる良い機会だし、みんな喜んでくれると思うよ?」
「でも、やったことないし……」
「大丈夫。わたしと一緒にやろう? それなら、安心だよね」
不安そうに顔を曇らせたかのんをみかねて、笑顔のあゆみがかのんの手を取る。
そんなあゆみの姿に安心感を覚えたのか、かのんは少し自信なさげながらも、小さく頷くのだった。
☆☆☆
完成したチョコを冷蔵庫へ入れて……半日におよぶ戦いがようやく終結した。
厨房のおばちゃんにお願いしていたこともあり、朝から戦っていたかのんとあゆみは、なんとか形になったチョコに、ホッと胸をなで下ろしていた。
「あとは、渡す前にラッピングしたら終わりだよ」
「ありがとー! あゆみちゃんがいなかったら絶対無理だった!」
「あはは。初めてなんだから、仕方ないよ」
お互いに顔を見合わせて笑い合った後、あゆみは「それじゃあ、片付け……しようね」と、チョコが飛び散った厨房を見てため息を吐くのだった。
「そういえば、かのんちゃんは誰に渡す予定なの? 結構多かった気がするけど……」
「ん? んーっとね、つばめちゃんと、ツバキとひなちゃん。あ、もちろんあゆみちゃんも! あとは、学園長とかマイク先生とか……先輩達にも渡せたらいいなぁ」
「あとあと、CDの時にお世話になったスタッフさんとか、“Smiley Spica”の春風さんとか」と、楽しそうに話すかのんに、あゆみも笑顔で「そうなんだ」と返す。
あゆみもドラマの共演者などにも渡すため、量は多く、ラッピングのことを考えて少し辟易していたり。
しかし、今回はかのんと一緒と言うこともあって、“ラッピングも楽しくなるかな?”と、気を持ち直すのだった。
そんなチョコ作りから、一夜明けて……バレンタインデー当日の朝、かのんとあゆみは、食堂でせっせとチョコをラッピングしていた。
数が多いからか仕方ないにせよ、すでに作業を始めて一時間。
かのんの方はモタつきながらもすでに終えており、今はあゆみの作業の終わりを待っている状態だった。
「……や、やっぱり手伝った方がいいんじゃないかな?」
「ううん。わたしのお礼だから、わたしがやらなきゃ。ごめんね、待ってもらっちゃって」
「大丈夫だよー。あゆみちゃん、がんばって!」
グッと拳を握って応援するかのんに、あゆみは笑顔で頷いて作業に集中する。
紙で作られたバスケットに入れて、透明な袋で包み込み、リボンを掛ける。
ただそれだけの作業を延々と繰り返し……結局、あゆみが作業を終えた頃には、ツバキ達も食堂へとやってきていた。
「お疲れ様。そんなあゆみにこれをあげるわ」
「わっ、ツバキさんありがとうございます。じゃあ、わたしからも、いつもありがとうございます」
「カノン、これ」
「つばめちゃんからのチョコだー! そんなつばめちゃんにはー、私からー!」
送ったり送られたり、五人はチョコやお菓子を交換していく。
ちなみにひなは「みなさんへです~」と、クッキーを全員に渡していた。
「あら、かのんとあゆみは手作りなのね。大変だったでしょう?」
「んー。私はあゆみちゃんに教えてもらってたからそうでもなかったけど、あゆみちゃんは量も多かったから、大変そうだったかも」
「わたしは毎年作ってたから、量をのぞけば、そんなに大変ってほどでもなかったよ」
「手作り、すごい。大事に食べる」
掲げるようにチョコを見るつばめに苦笑しつつ、ツバキもまた「大事に食べるわね」と、チョコを鞄へとしまった。
ツバキとつばめのチョコは既製品ではあったものの、可愛らしい装飾のもので、“こういうのも良いなぁ”と、かのんはニマニマする。
そんなかのんの笑顔にあゆみは少し笑い、「それじゃあ、わたしは撮影前に渡せる人に渡してくるね」と席を立つのだった。
☆☆☆
「いやはや、みんなありがとう」
「学園長先生には、いつもお世話になっていますから」
「です~。少しでもお礼がしたいのです~」
「そう言ってもらえるだけでも、十分過ぎるのだがね。なんにせよ再度になるが、みんなありがとう。大事に食べさせてもらうよ」
嬉しそうに微笑む学園長に、かのん達はホッと胸をなで下ろす。
結構な回数、学園長室へと来ているかのん達といえど、やはり年配の方へと贈り物をするのは緊張するものなのだ。
……なお、道中でマイク先生に渡しているが、マイク先生に対してはそこまで緊張していなかったりする。
それも、マイク先生の反応が「センキュー! ベイビー達ィ!」という、ハイテンション極まりない反応だったからだ。
そんなこんなで、学園長室から退室した五人は、この後の予定を確認し……それぞれに向かうところへと足を向ける。
あゆみとツバキは演技講師の阿国先生がいるであろう教室へ、ひなとつばめは仕事へと向かい……夕方から仕事が入っているかのんは一人、校舎から外へと出て行く。
向かう先は寮に続く道を少し逸れた先、噴水のある広場だった。
「あれ? かのんちゃん?」
「深雪先輩! 良かった~いてくれて。あ、おはようございます!」
「うん、おはよう。僕を探してたみたいだけど、なにか用事でもあった?」
「はい! 今までのお礼も込めて、こちらを!」
躊躇なくチョコを取り出して、ベンチに座るハルへと手渡すかのん。
可愛らしい女の子だということは認識していたが、まさかチョコを手作りするようなタイプだとは思っていなかっただけに、ハルは「え、これ、僕に?」と驚きながら受け取る。
そして、ベンチに座ったかのんの目の前でリボンを解き、一つ摘まんで口へと運び、「美味しい」と笑った。
「よ、良かった……」
「結構綺麗に出来てるけど、かのんちゃんはお菓子作りとかよくやるの?」
「いえ、今回が初めてです! あゆみちゃんに教えて貰って」
「なるほど。成瀬さんなら、こういうのは得意そうだね。なんにしても、わざわざありがとう」
そう言ったハルの笑顔が、少しだけ疲れているように見えて、かのんは“ん?”と首を傾げる。
そんなかのんの反応に、笑みを苦笑に変えたハルが「……少しプレッシャーがね」と、口を開いた。
「入学前に男子部も知らなかったかのんちゃんだから、きっとスタァライトプリンスっていう制度があることも知らないかな?」
「スタァライトプリンセスじゃなくてですか?」
「まあ、それの男子部版だと思ってくれたら良いよ。そのスタァライトプリンスを決める戦いが、もうすぐなんだ」
軽い口調で言うハルだが、心の中はかなりのプレッシャーを感じていた。
最近は調子も良く、医者からも“無茶な運動をしない限りは一日三十分の制限も外して良い”という言葉をもらえたが、それは即ち……世間が“深雪ハル”という存在に、今まで以上の期待を寄せてくると言うことだ。
そんなハルの心の中を見透かしたのか、それともただの天然勢いか……きっと後者ではあるが、かのんは満面の笑みで「深雪先輩のステージ! 楽しみです!」と言い放つ。
「え?」
「男子部にどんなアイドルがいるかはよく知らないんですけど、深雪先輩ならスタァライトプリンスになれると思います! 私、応援してます!」
「……なれるかなぁ」
グッと気合いを入れながら応援するかのんの前で、ハルは自信なさげにそうこぼした。
そんなハルの姿に、かのんは「うーん……」と唸った後、「そうだ!」となにかを閃いたような声を上げる。
唐突過ぎるかのんの声に驚いたハルは「ど、どうしたの?」と、目をぱちくりしながら声をかける。
「今日の夜に私のステージがあるんです! 頑張るので、絶対見てくださいね!」
「え、うん。分かったけど……」
「それじゃ、私。他の人にも配ってくるのでー!」
「え、かのんちゃん!?」
勢いそのままに、ベンチから立ち上がり、かのんは駆け出す。
ただ一人残されたハルは、そのあまりの勢いに困惑しつつも、「かのんちゃんらしいか」と笑うのだった。
☆☆☆
あれから沢山の人にチョコを配ったかのんは、今ステージ裏で自らの出番を前に気合いを入れ直していた。
今日のステージは勇気を与えられるような、そんなステージをしたい。
そう心に決めて、かのんはゆっくりと息を吐く。
「立花さん、準備お願いします!」
「はい!」
スタッフの声にかのんは頷いて、モバスタにバージョンアップされたドレス“星色カーニバルコーデ”を表示させる。
背中に羽根を加え、今までよりも高く飛べる、そんなコーデに進化したドレス。
前じゃ出来なかったことも、今ならきっと出来る。
そんな想いを胸に、かのんはモバスタをセットした。
「立花かのん、誰よりも輝いてみせる!」
笑顔で煌めくゲートへと踏み込む。
きっとハルに伝わると信じて。
☆★☆バレンタイン特別番組アイドルステージ -立花かのん- ☆★☆
バレンタインの特別番組ステージだからか、ステージの形はハート型で、ピンク色の光がふわふわと輝いていた。
最近、人気急上昇中のかのんが登場したこともあって、会場は大きく盛り上がり、そんな歓声にかのんは大きく手を振って応える。
そんな対応にも慣れてきたかのんは、ゆっくりと定位置へと立ち、苦い思い出もある楽曲“憧れの輝石”に合わせてパフォーマンスを始めた。
――
みんなの背中には
小さくて 自分じゃ見えないけど
私にはよく見えるよ
その綺麗な
キミの夢はなんだったっけ?
お弁当屋さん? お菓子屋さん?
それとも カフェの店員さん?
どれもステキな、夢だから
選びきれないね。
だけど時には、立ち止まって
お休みをしようよ
焦っちゃったら 迷っちゃうから
ゆっくり 深呼吸しよう
(すー、はー……よし!)
みんなの憧れは すごい
大きくて 引っ張ってくれるから
キミにも出来るはず
その夢の
――
☆
(私の背中にあった小さな羽根を、みんなはいつも支えてくれて、飛べるような力を手に入れるまで、手を引いてくれた)
優しく、時に厳しく。
今のかのんがこうして沢山の人の前でステージができているのも、仲間達のおかげで。
フレッシュアイドルカップ十八位という順位は、この先も変わる事はない。
(でも今の私は、きっとあの頃よりも輝けているはず)
“だから、きっと深雪先輩だって輝ける”……そんな想いを歌詞に込めて、かのんはスポットライトの下、全力でパフォーマンスを行う。
バレンタインは想いを伝える日。
それは、きっと恋愛の好きだけじゃなくて、“応援してる”という、背中を押すような想いも伝えられる日だから。
☆★☆☆★☆
モバスタの画面を通してかのんのステージを見たハルは、ステージが終わった後、深く息を吐いた。
一人だけの寮の部屋に響く音はハルの呼吸音だけで、その音が耳の中に跳ね返り、ハルはフッと笑う。
(不安は未だ胸の中にある。けれど、それ以上に……楽しんでみたいという気持ちが、挑戦してみたいという気持ちが溢れているみたいだ)
誰もが背中に羽根を持つとするならば、その羽根を自分で信じられた人が、高く飛び立てるのだろう。
そんなことを考えて楽しそうに笑い、「それじゃ、頑張らないとね」と、モバスタの画面を変化させる。
“グレースフルスノーコーデ”……基調は白く、清廉としたイメージを持つ“Silent Snow”らしいステージ衣装であり、腕や腰回りなどに配置されたプリズムが光を跳ね返し、沢山の色を持つブランド内では異色のステージ衣装だった。
スタァライトプリンスカップに向けて、“Silent Snow”のトップデザイナーから送られたハルのための
送られてきた時はプレッシャーを感じたその衣装も、今となっては不思議と頼もしさを感じられたのだった。
☆★☆次回のスタプリ!☆★☆
かのんからのエールを受け取ったハルは、心に熱を込めて、戦いへと挑む。
スタァライトプリンスカップの行方は……!
第四十一話 ―― 染め上げる白の光 ――
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