第三十九話 ゆったり?お正月!

 クリスマスフェスタが終わり、学園の中は急速に年末年始の様相を出し始めた。

 年末年始番組に生放送で出るアイドル達は、早くにオフへと入り、生放送と同時に寮へと帰ってくる予定を立てたり、年末年始が完全にオフとなったアイドル達は、ゆっくりと帰省の準備を整えていたり。

 そんな中、かのん達五人もまた、食堂の席へと座り、朝食を済ませながら年末年始の予定を話し合っていた。


「……なので、わたしは明日には家に帰ろうかなって」

「はい~。ひなも明日の昼には帰ります~。久しぶりにお母さんとお父さんに会えるのです~」

「あれ? ひなちゃんは牧場に行くのかと思ってたけど。でも、そうだよね。あそこはおじいちゃんのお家だもんね」

「おじいちゃんのお家にも行きます~。でも、それは家族全員で行くのです~」


 笑顔で返すひなに、あゆみは“それもそうだよね”と、納得して笑い返す。

 そんな二人の会話を聞きながら、かのんとつばめ、そしてツバキもまた三人で予定を話し合っていた。

 もっとも、話の内容はかのんの自主練メニューについてがメインだったが。


「冬場は急に身体を動かしたりしないこと。今までは私達がいたから、ある程度見ていてあげれたけど、一人になったからって準備運動とかを抜かないようにね?」

「だ、大丈夫だよー! ちゃんと準備運動してから運動するよー」

「カノン。オフの間のダンスメニュー準備してきた。カノンはダイナミックで勢いがある。でも、反面情緒が薄い。だから、オフの間はゆっくり踊るのを練習して」

「が、がんばる!」


 グッと拳を握ってそう言うかのんだったが、ツバキ達から見ると“自信がない”と顔に書いてあるような表情で、余計に心配になってしまう。

 しかし、こういった機会はこの先も何度も訪れる。

 だからこそ、ツバキ達は気付かない振りをして「期待してる」と、かのんを応援するのだった。


「そういえば、つばめちゃんの家って……」

「こっちに越してきてから行ったことがない。でも大丈夫、迎えに来てくれる」

「そっか。それだったら安心だね!」

「うん。スイングにも顔を出す予定」


 つばめの話によれば、スイングで年末年始にちょっとした催し物があるらしく、それに顔を出すらしい。

 そのことを無表情ながらも楽しそうに話すつばめに、かのん達は笑顔になってしまうのだった。

 だが、つばめの話が終わり、「ツバキは?」というかのんの何気ない問いかけで、その雰囲気は霧散してしまう。

 なぜなら、問われたツバキが最初に言った言葉は「帰らないわよ?」という、予想外の言葉だったからだ。


「え!? 帰らないの!?」

「ええ。両親ともに仕事が入っているから、家には誰もいないもの」

「じゃあ、ツバキだけ寮に残るってこと!? で、でも寂しくない?」

「子供じゃあるまいし、一人で寂しいなんて思わないわよ。それに、年末年始は昔からこうだったから」


 そう言って笑うツバキに、かのんは「でもー……」と少ししょんぼりした顔を見せる。

 ツバキの言う通り、ツバキの両親は人気俳優と人気女性歌手であり、年末年始には昔から続く長寿バラエティや、歌番組などに引っ張りだこになるのだ。

 だからこそ、ツバキにとっては年末年始は一人で過ごすもので、それ以上でも以下でもない。


「ただ、今年は誰かさんのせいで、慌ただしくて……楽しかったから。少しの間とは言え静かになってしまうのは、少しだけそう感じるかもしれないわね」

「ツバキ……。あっ! だったら、私の家に来てよ!」

「……え?」

「ツバキの家みたいに、すごくなくて普通の家だけど。きっと楽しい思い出になるよ!」


 急に言われた提案に、ツバキの思考が追いつかない。

 しかし、かのんはそんなツバキのこともすべて置いてけぼりにして、「連絡取ってくる!」と食堂を出て行くのだった。


☆☆☆


「たっだいまー!」


 今年も残り三日となった日、かのんは元気な声で実家へと戻ってきた。

 そんな声にも慣れているのか、家の奥からは「はいはい。おかえり、かのん」とのんびりした声が響き、かのんのお母さんがゆっくりと玄関へと歩いてくる。

 そしてかのんの後ろへと立っていたツバキへ「いらっしゃい、神城さん」と、優しく微笑むのだった。


「お邪魔します。すみません、年末年始に……」

「いいのいいの。どうせうちの子が勢いで呼んじゃったんでしょうし、むしろこちらこそごめんなさいね」

「いえ、そんな。私も寮で一人になる予定でしたし、呼んで頂けて嬉しかったです」


 頭を下げたお母さんに、慌てるツバキ。

 そんなツバキの仕草に、お母さんは少し楽しそうに笑い、「それじゃ、ゆっくりしていってね」と背中を向けるのだった。


「かのんのお母さんって、すごく良い人ね」

「そうかな? 結構怒られるし、ゴロゴロしてると掃除機で攻撃されたりするけど……」

「……それはかのんが何かしてたり、邪魔だったりするからじゃないかしら」

「うーん……?」


 そんな話をしながらも、かのんの部屋へと荷物を置いた二人は、揃ってリビングへ。

 そこにはこたつが置かれており、男性がみかんの皮を剥いて食べていた。

 かのんは男性の姿を確認すると、「お父さーん!」と勢いよく突っ込んでいくのだった。


「おお、かのん。おかえり。そっちが噂の神城さんかい?」

「うん! 紹介するね。友達でライバルのツバキ!」

「初めまして。友達でライバルの神城ツバキですわ。数日間、お世話になります」

「ご丁寧にどうも。かのんの父です。数日とはいえ、自分の家のようにくつろいでくれて良いからね」


 柔らかく微笑む男性に、ツバキは「ありがとうございます」と頭を下げて、こたつへ入る。

 しかし、両親共に落ち着いた雰囲気を持っていて……どうしてかのんの性格が破天荒になったのかがよく分からない。

 “突然変異かしら”なんて……そんなひどいこと思ったツバキの予想は直後に砕かれるのだった。


「そういえばかのん。構想中のおもちゃがあるんだが、やってみるかい?」

「やる! どんなの?」

「ボールなんだけどね。特定の握り方で投げると、簡単に曲がるっていうおもちゃなんだ」

「すごい! やってみよー!」


 こたつへと落ち着いたツバキの前で、謎の会話が始まり……二人は「よし、空き地だ!」と、すごい勢いでこたつを飛び出していく。

 その勢いが凄まじく、ツバキは「……え?」と、置いてけぼりになりつつも、慌てて二人の後を追うのだった。


「てーい!」

「よし、いいカーブだ!」

「これ、気持ちいいね! 次は落とすよー!」

「よーし、来い!」


 ツバキが空き地へと着いた時には、バシィッと良い音を響かせながら、二人はキャッチボールを楽しんでいた。

 その姿に、“ああ、かのんの性格はお父さん譲りなのね”と納得したツバキは、空き地の端で楽しむ二人を見て笑ってしまう。


(私はこんな風に父と遊んだことなんて無かったわね。それでも、確かに私の中に父の想いが息づいてる)


 かつては嫌っていた力も、逃れたかった家柄も、今となっては不思議とそこまで嫌ではない。

 それはきっと、“父や母が、どうしてそこまで仕事に熱意を傾けられるのか”……それが、少しずつ分かってきたからかもしれない。

 ついこの間、ツバキはひとつの夢を掴むことが出来た。

 けれど、その先の光を求めている自分がいることも、ツバキ自身、しっかりと分かっていたから。


「……辿り着く、確信を抱け。My Journey of Glory、か」


 その旅路は、栄光へと続く。

 笑うツバキのそばでは、相変わらず元気なかのんの声が響いていた。


☆☆☆


 それからの二人は自主トレをしたり、あゆみと合流して遊んだりと楽しく過ごし、気付けば大晦日がやって来ていた。

 立花家にすっかり慣れたツバキは、こたつに入りながら、外で舞う雪をのんびりと眺めていた。

 そんな時、かのんが「そうだ! ツバキ、お祭り行こう!」と、テンション高くこたつから立ち上がる。


「お祭り? この辺りでやってるの?」

「うん! 私がいつもお正月にお参りに行く神社で、毎年大晦日と元旦にお祭りをしてるんだ!」

「へえ、良いわね」

「でしょー! だから、行こう!」


 楽しげに笑うかのんに、ツバキは「仕方ないわね」と言いながらも、笑顔で立ち上がり、壁に掛けてあったコートを羽織る。

 そんなツバキの手を引いて、かのんは家を飛び出し、神社へと向かうのだった。


「到着ッ!」

「結構賑わってるわね」


 そう言った二人の前には、色とりどりの屋台が建ち並び、少し先にはなにやら催し物をしているらしいステージが見えた。

 子供達の元気な声や、屋台から飛び交う客寄せの声。

 催し物に笑う声なんかも耳に届き、ツバキは楽しそうに笑う。

 そんなツバキの手を引いて、かのんはゆっくりと屋台をまわっていくのだった。


「ああ、どうしよう……!」

「とりあえず、今は時間を伸ばしてもらって、出順を入れ替えよう」

「それで間に合ってくれればいいんだけど」


 屋台をまわるかのん達の耳に、そんな声が届く。

 気になって声の方を確認してみれば、どうやらステージの運営をしている人の話し合いの声のようで……数人の男性がなにやら慌ただしく動き回っていた。

 そんな男性の中に、かのんは知り合いの顔を見つけ「およ?」と、近づいていくのだった。


「おじさん、どうかしたんですか?」

「え? ああ、かのんちゃん久しぶりだね。この間、“ラクウェリアス”のCM見たよ。アイドルになってたんだね」

「えへへー。ありがとうございます。それで、おじさんの方はどうかしたんですか?」

「ああ、ちょっと困ったことになっててね。この後出演予定だった大道芸人さんが、雪のせいで足止めされちゃってるみたいで、時間に間に合わないみたいなんだよ」


 話を聞くと、どうやらこっちではそんなに強くない雪が、大道芸人さんのいる辺りでは、大雪になっているらしく、電車が動かない状態になっているらしい。

 それでも、車でなんとか向かってくれているらしく、なんとか繋ごうとしてはいるものの、他の出演者さんの都合もあるため、どうしても空きになる時間が出来てしまう。


「雪も降ってる寒い日に、わざわざ見に来てくれてるんだ。ただ待たせるってことは絶対にしたくないんだよ。……ただ、どうしようもなくてね」

「なるほど、仰りたいことは分かりましたわ。ちなみに、どのくらい時間を稼げば良いんです?」

「えっ? えっと、三十分くらいあれば、十分だと思うけど……」

「なら可能ね」


 急に話に入ってきたツバキに、驚きつつも答えてくれたスタッフの男性。

 そのことにツバキはにっこりと微笑むと、「かのん、行けるわよね?」と、隣りに立つかのんへと声をかけた。

 そんなツバキの言葉に、かのんはしっかりと頷いて「任せて!」と、モバスタを取り出すのだった。


☆★☆お祭りステージ -立花かのん・神城ツバキ- ☆★☆


 二人がステージに現れた瞬間、予定外の出演者に、会場中がどよめきに包まれた。

 しかし、スピーカーから“spring star”の曲が流れ始めた瞬間、会場中から大歓声が沸き起こるのだった。


  ――


   夢の扉は すぐそこ

   駆け出して つかみ取ろう


   太陽は いつも私を見てる

   時には 曇ることもあるけど

   それだって いつか私を育てる

   本当に 大切な日々!


   広い大地は 硬いこともあるけど

   頑張って咲いた花に 負けない輝き

   夢を心に抱いて 今走り出す


   始まれ私の 青春の日々

   悩んだり 泣いたり いっぱい繰り返して

   私の道の先 明るい大空の下

   夢の扉は すぐそこ

   駆け出して つかみ取ろう


  ――



(こうして二人だけでステージに立つのは、あのイベントの日以来かしら)


 ステージの上で舞い踊りながら、ツバキはふとそんなことを思う。

 フレッシュアイドルカップの少し前、二人のイベントをしたあの日から、すでに半年近くが経過しており、その日から今日までも、二人にはたくさんのことが起きた。

 つらかったことも、楽しかったことも、嬉しかったことも……そして、悔しかったことも。

 とても、たくさんのことが起きていた。


(あの日に比べて、私もかのんも、すごく成長できている。技術だけでなく、心も)


 たった一人で戦っていただけでは、辿りつけなかったであろう場所へ、今ならば手を伸ばし掴めるのか知れない。

 きっとそれは、ツバキだけでなく、かのんももた同じ気持ちだろうと……かのんの笑顔を見て、ツバキは頷いたのだった。


☆★☆☆★☆


 元旦を迎え、神社の前でパンパンと綺麗な音を鳴らし、かのんとツバキは心の中で静かに願いを口にする。

 “スタァライトプリンセスになる”と。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 年末年始をゆっくりと過ごし、英気を養ったかのん達の日々は、またしても慌ただしく過ぎていき、気付けば女の子のビックイベントが近づいてきていた。

 ビックイベント……そう、バレンタインデーである。

 “今年はたくさんの人に渡さないと”と張り切るかのんは、あゆみに作り方を教わり、とある人へと渡しに行くのだった。


 第四十話 ―― いっぱいの気持ち ―― 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る