第三十七話 道しるべは月のあかり

 あゆみがステージの撮影に成功していた頃、ツバキは学園長室の前にいた。

 つい先ほど、「失礼します」と部屋から出てきたツバキの顔は、とても嬉しそうな笑顔であったが、重責を感じ、すぐに表情を引き締める。

 そんなツバキを、ひなはちょうど良いタイミングでみてしまい……「ツバキさん、どうかされたのですか~?」と声をかけたのだった。


「えっ? ああ、ひな。少しね……」

「もしかして~、オファーですか~?」

「ふふっ。よく分かったわね。その通りよ」

「はい~。学園長先生に呼ばれたら、大体オファーなので~」


 今までのことを思い出し、まさに“その通りとしか言えないわね”と、ツバキは苦笑する。

 ただ、こんな所学園長室前で話し込むのも……と、ひとまずツバキは「もうすぐお昼ご飯の時間だから、その時にみんなで話しましょう?」と、ひなを学食へと誘うのだった。

 そして、もちろんひなは、「はい~」と微笑み、ツバキの隣を歩きだすのだった。


「さて……かのん達はいるかしら……?」


 食堂へと到着したツバキは、食堂の中へと目をやり、かのんやつばめの特徴的な髪色オレンジや薄青を探す。

 しかし、なかなか見つからず、“いないのかしら?”と思った矢先、ドーン! と、ツバキの背中に何かがぶつかってきたのだった。


「えっ!? 何事!?」

「ツバキ、見つけたー! へっへへー、びっくりしたー?」

「か、かのんちゃん。危ないよ」

「カノン、私もやる」


 「だ、ダメだよ!?」と、つばめの言葉に驚いて、声を荒げるあゆみの声が、ツバキの背中側から聞こえてきた。

 そんな三人に、ツバキは大きくため息を吐いてから、「はいはい、驚いたから。かのん、離れて」と困ったように笑う。

 ツバキの言葉に満足したのか、かのんはすぐに手を離し、「お昼ごはーん!」とメニューに飛びつくのだった。


☆☆☆


 料理を載せたトレーを持って、席に着き、かのん達は揃って手を合わせる。

 まるで小学校の給食の時間みたいだけれど、ツバキは“こういうのも、慣れてしまった自分がいるわね”と、小さく笑みをこぼした。

 しかし、そんなツバキには気付くこともなく……かのんは、大好物のオムライスに目を輝かせていたのだった。


「ふっふんふーん。おむらいす、美味しいおむらーいす」

「歌わなくていいから、食べなさいよ」

「はーい! では、オムライスさん……入刀です」

「結婚式です~?」


 「誰と誰のよ……。そもそも、ケーキの代わりにオムライスはないでしょ」と、ツバキは呆れつつ、自分の前にあるサラダへと箸を伸ばす。

 しばし、歓談しつつお昼ご飯を楽しんだツバキは、食べるのが遅いひなを待ちつつ、お茶を片手にのんびりとした時間を過ごしていた。

 ちなみに、食べ終わる順番としては、かのん、ツバキ、つばめ、あゆみ、ひなの順になる事が多かったりする。


「そういえば、ツバキ~。なにかオファー受けたんでしょー?」

「あら? よく知ってたわね。まだひなにしか伝えてなかったんだけど」

「ツバキ達と合流する前に、マイク先生に会って、ツバキが学園長室に呼ばれてたからオファーじゃないかって聞いたのー」

「ああ、なるほど。確かにマイク先生なら、知っていてもおかしくはないわね」


 かのんの言葉に、ツバキは納得したように頷く。

 そして、「そのオファーの事なんだけど、少し相談があるの」と、口を開いた。


「相談? ツバキが相談って、なんだか珍しい気がする」

「ん、私もそう思う。ツバキは、なんでも一人でぶつかっていくイメージがある」

「でも~、ツバキさんも結構悩んだりするのです~。一緒にいろんなお話すると、とても楽しいのです~」

「あはは。わたしはツバキさんに助けてもらったことも多いから、こうして相談してくれるのは、少し嬉しいかも。それで、ツバキさん、相談って?」


 それぞれが、それぞれの感想を抱きつつも、あゆみの言葉をきっかけにツバキへと視線を向ける。

 全員の視線が自分へと向いたことにツバキも頷いて「今回のオファーが少し特殊で、みんなの意見を聞いてみたくなったの」と言葉を紡ぎ始めた。


「まず、今回のオファーだけど、簡単に言えばファッションショーのモデルをお願いされたの。今年ももうすぐ終わるから、今年を纏める……みたいな感じらしいんだけど」

「歌番組でも似たようなのがあります~。ひなは出ないんですけど~、今年のヒットソングを紹介したりするのです~」

「そうね、そういったイメージで良いと思うわ」

「あれ? でも、ツバキさん。ファッションショーって、普通はブランド主体で行われると思うんだけど……」


 ひなの例えに、ツバキも含め四人が納得したところで、疑問を覚えたあゆみが、そう言って話の流れを変える。

 アイドルやテレビ番組にあまり詳しくないかのんや、ダンスや読書以外にあまり興味のないつばめならともかく、芸能一家の長女であるツバキが知らないはずがない。

 そう思ったあゆみの予想は正しく、ツバキは「そう、そこが少し特殊なの」と、苦笑がちに言うのだった。


「あゆみの言う通り、普通のファッションショーっていうのは、ひとつのブランドが、テーマを決めて行うものなの。例えば、“Smiley Spica”の新作コレクション、とかね」

「あれ? でも、私が“Smiley Spica”の新作“星色カーニバルコーデ”の時は、ファッションショーじゃなかったけど……」

「あの時は、新作が一作のみだったのと、きっとかのんのために作られたドレスだったからじゃないかしら? だからこそ、新作お披露目をかのんのステージにしたんじゃないかしら」


 ツバキの説明に、かのんは分かったような分からないような……不思議な顔をしながらも、「う、うん!」と頷いて見せる。

 そんなかのんに苦笑しつつ、ツバキは「話を続けるわね」と、本筋に話を戻した。

 なお、つばめはかのん以上によく分かっていなかったりするが。


「今回のファッションショーは……まだブランドが決まっていないの。いえ、そもそもショーの日と、ショーモデルが私ということ以外は、全く決まってないわ」

「……え? ツバキさん、それってまだ、ファッションショーとも決まってないってことじゃないんですか?」

「いえ、ファッションショーであることは確定しているらしいわ。それで、ここからがみんなへ相談したいことなの」

「なんとなく、分かっちゃったかも……」


 困ったように笑うあゆみに肩をすくめつつ、ツバキは「どうやって、今年を締めくくるようなファッションショーにしたら良いかしら?」と、困ったように笑った。

 “どうやって、ファッションショーにしたら良いか”という、本来イベントとしてはあり得ない状況に、かのんも「え、えーっと」と首を傾げる。

 そんななか、ひなが「みなさんの好きなブランドを~、全部出しちゃうのはどうでしょう~?」と、これまた普通のファッションショーから逸脱した提案を出してきた。


「みんなの好きなブランドを、全部出すって……それだと、ショー全体のテーマを合わせるのが難しくないかしら?」

「でも~、ツバキさんの好きなブランドだけで固めてしまうと~、今年を締めくくるっていうテーマからは、離れちゃわないですか~?」

「うっ……確かに、そうなのよね……。だから少し困ってたんだけど……」


 ひなに言いくるめられるツバキの姿に、かのんとつばめは“ツバキが負けた!?”と、激しく驚いていた。

 そんなかのん達に、あゆみはまた少し苦笑しつつ、「ツバキさんにオファーが来たのってどうしてなのかな?」と、ひなとは違うアプローチをかけ始める。

 その言葉に、ツバキはまた「どうしてかしらね?」と首を傾げるのだった。


「こういったイベントは、もっとベテランさんとか有名な方が行うイメージがあるけど、ツバキさんにオファーが来たってことは、イベントの主催者さんは、きっとツバキさんを通して何かを期待してるんじゃないかな?」

「私を通して、何かを? 確かにそうね……イベントの内容がファッションショーとだけ決まっていることも、私に考えさせるためとすれば、辻褄が合う。となると、何を求めているのか、ね」

「ねえ、ツバキ。このイベントって誰からのオファーなのかな? それが分かるなら、直接聞きに行けばいいよね」

「それが、主催者は秘密って学園長先生に言われてるの。あと、“Crescent Moon”のドレスの使用許可は取ってあるとも言われたわね。ただこれは、私が“Crescent Moon”をイベントで使えるようにという配慮だと思うけれど」


 ため息を吐きつつ、かのんの言葉に応えるツバキは、“さて、どうしようかしらね”と、思考を始めた。

 正直、ファッションショーとしてイベントを成功させること……に関しては、ツバキは可能だと思っている。

 今までの経験や、年末という時期的なものも含め、集客もそこまで難しくはないからだ。

 しかし、それならば、“Crescent Moon”に協力をお願いし、ブランドの方でしっかりと準備を進めた方が、圧倒的に良い物はできるだろう。

 けれど今回は、そういったものをフリーにした状態で、ツバキに全てを任せてきた。

 つまり……普通にファッションショーをするだけでは、成功ではない……いや、むしろ失敗として扱われる可能性が高いだろう。


「でも、そうなると……」

「ねえ、ツバキ」

「ん? かのん、何か思い付いた?」

「ううん、そうじゃないんだけど。あのね、その……私もやってみたいなーって!」


 内容をどうするか悩んでいたツバキは、「かのんに期待した私が馬鹿だった……」と、ため息を吐きつつ机に突っ伏す。

 そんなツバキに、「あ、あれ?」と、かのんは慌てふためき、「私、変な事言った!?」とあゆみの肩を持って揺さぶった。


「あ、あはは……。大丈夫、大丈夫だから……かのんちゃん、あんまり揺らさないで。食べたものが……」

「あ! ごめんっ! だ、大丈夫?」

「……うん。大丈夫」

「まあ、かのんが突拍子もないことを言うのは、いつものことね。それで、なんでそう思ったの?」


 ガクガク揺らされて微妙に青い顔になったあゆみを横目に、ツバキはかのんへと話を振る。

 ツバキから話を振られたかのんは、あゆみにもう一度「ごめんね」と謝ってから、「ファッションショーって出たことないから!」と、まさに何も考えて無さそうな勢いで言い放った。

 結果、「そんなことだろうと思ったわよ……」と、ツバキの頭が痛くなるのだった。


「ツバキ。カノンが出るなら、私も出たい」

「ひなもです~。あゆみさんも一緒にでましょ~」

「ええっ!? わたしも!?」

「みんなでやった方が楽しいです~」


 ツバキそっちのけで盛り上がる話に、ツバキは大きくため息を吐く。

 しかし直後に、“あれ、そういえば……”と、ツバキの脳裏になにかが横切った。


「ひな。あなたさっき、みんなのブランドを全部出すって話をしてなかったかしら?」

「え~っと、はい~。でも、そうなると全部のブランドで、テーマを合わせるのが難しくなるって~」

「そうね。でも、それを解消出来るかも知れないわ。もちろん、みんなにも手伝ってもらわないといけないけど……どうする?」


 いたずらを思い付いたみたいな、にやりとした顔を見せるツバキに、かのん達は首を傾げつつも頷くのだった。


☆☆☆


「行くわよ、かのん」

「うん! 任せて!」


 ツバキが相談を持ちかけた翌日、二人は街の郊外にある遊園地“スマイルパーク”へと来ていた。

 事前にアポを取っていることもあって、ツバキはズンズンズンと園の奥へと進んでいく。

 そんなツバキの隣で、かのんはとても楽しそうな顔をしていた。


「かのん」

「ん?」

「その……緊張したりしないの?」

「んー、しないかな? 春風さんとは一度会ってるし……」


 ツバキの言葉に首を傾げつつ、かのんはさも当然のようにそう言った。

 そんなかのんに、“トップデザイナー相手なの、分かってるのかしら”と、ツバキはため息を吐くのだった。


「失礼します」


 ポンと音が鳴って、最上階でエレベーターが開いた後、二人は部屋の前で深呼吸をして、ノックと共にそう声をかける。

 すると中から、「良いよー!」と快活な声が響いてきたのだった。


「やあ、いらっしゃい! かのんちゃん、久しぶりだね!」

「はい! お久しぶりです!」

「それで、君が連絡をくれた神城ツバキちゃんだね? 話があるって聞いたけど……とりあえず、そこのソファーに座って座って! あと、お茶とお菓子いるよね!」

「え、ええ?」


 以前かのんが来た時と同じように、春風は廊下に顔を出して「お茶とお菓子ー!」と叫ぶ。

 そして、かのん達をソファーに座らせたあと、自分もソファーに座ってから、「ひとまず自己紹介! ボクは春風笑実えみ。“Smiley Spica”のトップデザイナーにして、社長さ!」と、キメ顔をツバキへと向けた。

 かのんと同じか、それ以上の勢いを持つ春風に、ツバキは半ば呆気にとられつつも「あ、ありがとうございます。神城ツバキです。今日はありがとうございます」と、言葉を返すのだった。


「それじゃ、早速要件を聞こうか? 難しい話は苦手だから、ズバッと言ってくれると嬉しいかな!」

「え、ええと……今日は春風さんにお願いがあって、」

「春風さん、春風さん! 来週末にツバキ主催のファッションショーをするんですけど、私もランウェイ? に立つんです! そこで、春風さんにドレスをお願いしたいなって!」

「なるほど! いいね!」


 ツバキの言葉を遮って、かのんが言い放った言葉に、春風は親指を立てて喜びを表す。

 スピード感のある二人の会話に、「え、ええ?」とツバキが困惑しているのも関係なしに、「かのんちゃんのランウェイ……」とさらに感動してみせる春風。

 しかし、事はそう上手くは運ばず……「ただ、来週末は厳しいなぁ」と、春風は困ったように笑うのだった。


「実は今週から来週の頭まで、スケジュールがびっしりでね。今日もあんまり時間が取れないんだよ」

「そう、なんですか……?」

「うん。だから、ファッションショー用に、新しく衣装を仕立てるっていうのは厳しいかな……ごめんね」

「い、いえ、それは仕方ないです。春風さんは“Smiley Spica”のトップデザイナーですから、お仕事が多いのは分かっていたことです」


 手を振ってそう口にするツバキに、春風は「ごめんね……」と再度頭を下げる。

 しかし、そんな二人を見ていたかのんが、突然「新作じゃないとダメなのかな?」と、疑問をこぼした。


「え?」

「だって、今回のテーマ……あ、春風さんには言ってなかったけど、今回のファッションショーのテーマって、“今年を締めくくるようなファッションショー”でしょ? だったら、新作じゃなくて今までのドレスでも良いんじゃないかな?」

「それは、そうだけど……真新しさも必要だと思うわ。忙しい中ドレスを見に来た方々に、新鮮な驚きを提供するのもファッションショーよ」


 ツバキの言葉に、かのんは「うぐっ……」と言葉に詰まり、机の上に置かれたお菓子を口へと運ぶ。

 しかしそうなると、これ以上ここに居ても迷惑になるわね。

 ツバキはそう考え、席を立とうとして……「既存のドレスに何かを足したり、変化させるくらいの時間なら取れるかもしれない」という春風の言葉に、動きを止めた。


「例えば、かのんちゃんに渡した最新作のドレス“星色カーニバルコーデ”は、色々な組み合わせに対応する、まさにカーニバルなコーデなんだけど、それに新しくもうひとつパーツを加える、とか」

「わぁ! 楽しそう!」

「でしょー? かのんちゃん、背中に翼とか生やしちゃう?」

「背中に翼! かっこいい!」


 さっきまでの暗い雰囲気が吹き飛ばしてはしゃぎだした二人に、ツバキはまたテンションが置いていかれてしまう。

 しかし――


(既存のドレスをさらに変化させる……か。面白いじゃない)


 なんて、ニヤリと顔を歪ませ、「それじゃあ、その方向で行きましょう!」と、二人へ手を差し出すのだった。


☆☆☆


 そうこうしているうちに、かのんの“Smiley Spica”に、あゆみの“Dreaming Girl”。

 ひなの“4leaf Clover”と、つばめの“Chrono'stEp”……そして、ツバキの“Crescent Moon”の五ブランドが参加するイベントの当日がやってきた。

 そう、四人が好きなブランドのトップデザイナーへ、ツバキは直々に交渉し、協力を取り付けたのである。


「司会はマイク先生がしてくれているから、出番になったらしっかりと歩いてくること。順番は覚えてるわね?」

「私が最初で、次がひなちゃん」

「はい~。私の次がつばめさんで、その後があゆみさんです~」

「うん。わたしが終わったら、ツバキさんが最後、だよね。……はぁ、緊張してきちゃった」


 そう言ってぎこちなく笑うあゆみに、ツバキは「大丈夫よ、気楽にやってきなさい」と、微笑み返す。

 ちなみに、つばめは静かに控え室の端っこで……緊張に身を震わせていた。

 どうやら、ダンス以外でステージに立つのは初めてらしい。


「もうすぐマイク先生のイベント開始の前口上も終わるわ。かのん、頼んだわよ?」

「まっかせて! ビシッとやってきちゃうよ!」


 かのんはツバキに親指を立てて、ニシシと笑う。

 そんなかのんに妙な不安を感じつつも、ツバキは「それじゃ、みんなそろそろ準備して」と、手を叩くのだった。



「それじゃ、いくぜェ! トップは“Smiley Spica”の立花かのんからだァ!」


 マイク先生の煽りに合わせるように、バッと天井の照明が落ちる。

 そして次の瞬間、先ほどまでマイク先生がいた場所にスポットライトが辺り……“星色カーニバルコーデ”を纏ったかのんが立っていた。

 「おおー」という声を受けながら、かのんはゆっくりと歩き出し、満面の笑みを咲かせる。


 本来、ファッションショーのモデルに求められるのは、服を主役として見せるために、綺麗に歩くこと……ただそれだけだ。

 だからこそ、こうやってランウェイの上で笑ったりなどは厳禁……なのだが、ツバキがみんなと相談して考えたファッションショーは、そうじゃない。

 ツバキ曰く……「だって、衣装が一番映える時は、一緒にアイドルと輝いてる時、でしょう?」だそうだ。


「かのんちゃーん!」

「はーい! みんな、ありがとー!」


 かのんはランウェイを歩いて行きながら、飛んできた声援に手を振って応える。

 そして、ランウェイの一番端に到達したところで、グルッとターンを決めた。

 その瞬間、かのんの背中に翼が広がるのだった!


「おぉー!」


 これこそが、かのんの“星色カーニバルコーデ”に追加された新ギミック。

 普段は折りたたまれ、背中の色と同じ色で隠されている翼が、ターンを決めることで、風を受け、一気に開くのである!

 “……完全に一人カーニバルみたい”と、ツバキは苦笑していたりするが、かのんは結構気に入っていた。


 かのんの次に登場したひなは、ステージの上で歌いだし、観客を魅了してみせ、つばめはキレッキレのダンスを踊って見せた。

 そして、あゆみは……まるでトップアイドルのように輝きながら、それでいて、妙齢の大女優のようにどっしりとした存在感を放ってみせる。

 それぞれの得意なことで、それぞれのブランドを輝かせながら……観客をも楽しませていた。


 そして、大本命であるツバキの登場に、盛り上げられていた会場はさらなる盛り上がりを見せる。

 そのドレスは、ツバキがこの学園で一番最初に着た“Crescent Moon”の“ブルーフラムコーデ”。

 赤い炎よりも温度の高い、青色の炎をイメージしたスタイリッシュなドレスだ。

 熱い輝きを瞳に宿しながら、ランウェイを歩き始めたツバキの姿は、自信が溢れているかのように美しく綺麗でいて……どこか優しく繊細な印象も併せ持っていた。


「……変わったわね」


 ランウェイを歩くツバキを見つめ、観客席にいた女性がそう呟く。

 そして、彼女はツバキがランウェイを歩き終わるよりも先に、観客席を離れ、どこかへと歩いて行くのだった。



「ツバキさん、お疲れ様です~」

「ええ、ひな。それにみんなも、お疲れ様。良いショーだったわ」

「えへへ、舞台に立つまでは緊張してたけど、いざ歩き出したら楽しくなっちゃったよね!」

「分かる。踊ってて楽しかった」


 ファッションショーの感想としてはあまりにもズレている二人の感想に、あゆみは「ファッションショーって、本来そういうものじゃないんだけど……」と、苦笑。

 しかし、あゆみも楽しかったのか……纏う雰囲気は、どこか楽しげなものだった。


「最後はツバキのソロステージで締めだよね! 頑張ってね!」

「ええ、任せて。最高のステージを見せてあげる」

「たのしみです~」


 みんなの声援を受けた後、ステージの準備室へと移動しようとツバキが控え室から廊下へ出ると……廊下の反対側から、先ほどの女性が歩いてきた。

 ……その女性はツバキにとって、忘れられない人。

 そう、“Crescent Moon”のトップデザイナーである、アリシア・ディ・ナイトその人だった。


「……アリシアさん、来てくださっていたんですね」

「ええ、“Crescent Moon”のドレスが使用されるファッションショーと聞いていたから」

「そう、ですか。ありがとうございます」


 自分を見に来てくれた訳ではないと知り、ツバキは少しだけ肩を落としつつ、「すみません、この後ステージがあるので……」と、アリシアの横を通り抜ける。

 そんなツバキの背中に向かって、「待ちなさい」と、アリシアは言葉を放つのだった。


「えっと、何か?」

「神城ツバキ。このドレスを覚えているかしら?」


 そう言って、アリシアが電子端末の画面をツバキへと見せる。

 するとその画面には、あのミューズオーディションで、ツバキが最終試験としてステージをした時のドレスが映っていた。


「そ、それって!」

「ええ、そう。これはあのミューズオーディションの際、あなたに着てもらった最後のドレス……そして、未だに未完成のものよ」

「……でも、それを見せて、どうしろって言うんですか?」

「分かっているでしょう? あなたの輝きを見せてみなさい、このドレスを纏って」


 そのあまりにも勝手な言い分に、ツバキは一瞬頭に血が上りそうになったものの、グッと堪え、「次のステージに使うドレスは、すでに決めてありますから」と、冷静に切り返す。

 今回のイベントは、かのん達やブランドのトップデザイナーさんが協力してくれたおかげで、ここまでのモノが作り上げられていた。

 ゆえに、ツバキには次のステージを失敗させるわけにはいかない……その責任があるのだ。

 しかしアリシアはそんなツバキの気持ちを感じ取った上で、「失敗できないと思いながら臨むステージなんて、良いものになるわけがないわ」と言い放つ。


「なっ!」

「それに、そんな自分よがりな気持ちでしかステージに立てないのであれば、このドレスを使ったところで輝けないわね。引き留めて悪かったわね、行きなさい」

「……ッ!」


 まるで興味を失ったかのように背を向けたアリシアへ、ツバキも強く拳を握って背を向ける。

 そのまま離れていこうと、足を踏み出した瞬間「ツバキは絶対に良いステージをしてくれるよ!」と、かのんの声が廊下に響いたのだった


「見てもないのに、そんなことを言わないで!」

「かのん……」

「ツバキは凄いんだよ! 技術だけじゃない、ミューズになるって夢に向かって、毎日ずーっと頑張ってる! 私だって、ツバキがいたから……ライバルだって言ってくれるツバキがいたから、頑張れてるんだ! だから、ツバキが輝けないわけない! そうだよね、ツバキ!」


 アリシアの正面で、ハッキリとそう言ってのけるかのんに、ツバキは自分の心が急激に熱くなっていくのを感じていた。

 それは同時に、つい先ほどまで、ステージに対して自分が燃えていなかったことにも気付き、“アリシアさんはこのことを伝えたかったのかもしれない”と、思い至る。

 ならば、とツバキは意を決し、アリシアの方へと近付くと……「そのドレス、貸してもらえますか?」と、手を差し出したのだった。


「今のあなたに、このドレスで輝けるとは思えないわ」

「それはどうでしょう? それに、私って実は……かなり負けず嫌いなんです。だから、そんなことを言われると、意地でも輝いてみたくなるんです」

「……いいわ。やってみなさい」

「ええ、目を逸らさず、見ておいてください」


 アリシアからドレスのデータを受け取ったツバキは、しっかりとした足取りで準備室へと向かっていく。

 そんな後ろ姿を、アリシアは静かに見送る。

 その顔は、少し楽しげだった。


☆☆☆


(私のステージが、イベントの最後。だからこそ、絶対に失敗は出来ない)


 ステージの準備室で、ツバキは目を閉じて意識を集中させる。

 子供の頃から芸能界で仕事をしてきた事もあり、人一倍責任感の強いツバキ。

 だからこそ、こういう時は……常に重責に堪えているのだ。


(けれど、失敗を恐れていては、身体は縮こまるだけ。それに、かのんにあそこまで言われたら……やって見せなきゃダメでしょう?)


 心の中でそう言って、ツバキは不意にこぼれてきた笑いに肩を震わせる。

 端から見れば少し不気味な光景ではあるものの、今のツバキにはそんなことは、全く関係がなかった。

 なぜならば……。


「ライバルに負けたくない。あの人が想像する、私にも負けたくない。誰にも先を行かせない……だからこそ、私の道は、私が作る!」


 カッと目を開き、モバスタをセット!

 目の前に現れたゲートへと、ツバキは足を踏み入れた。


☆★☆神城ツバキ主催ファッションショーラストステージ -神城ツバキ- ☆★☆


 周囲は荒れ果てた野だけの物悲しい場所の中心に、ツバキは姿を現す。

 身に纏うは、黒を基調としたナイトスカイコーデに似た、未発表のドレス。

 そのドレスを纏うツバキを月の光が照らしだした時、どこからともなく、寂しげなギターの音色が響き始めた。


 ――


   果てなき荒野をゆく 旅人は倒れた

   その身体は酷く やせ細って

   それでも立ち上がる 力を足に込めて

   手を伸ばす 希望を見ている


   嗚呼、夢に破れた

   未来はいらない

   信じるのは 

   ただ、一つ

   掴み取る己だけ


   火を灯せ 全身へ

   叫び声をあげて

   この空を 割るほどの

   風になる

   道を行く ただ独りの

   孤独な旅路だとしても


   辿り着く 確信を抱け

   My Journey of Glory


 ――


 Aメロまでは、寂しく切ない音色を奏でていたギター。

 しかし、その力は立ち上がる歌詞と共に力を増し、ベースやドラムと共に激しく、観客の身体を揺らし始めた。

 これこそがツバキの新曲“希望の旅路”。

 夢を諦めず、戦い続ける者達の歌だ。


「ツバキ、カッコいい……」

「負けてられない」

「諦めない歌……か。まるでツバキさん自身の歌みたい」

「はい~。寂しい歌なのに~、不思議と勇気が湧いてくる歌です~」


 灯りは月の光しかないステージで、暗闇を纏うツバキの姿は、闇にまぎれてしまいそうなのに、不思議と目を離すことができない。

 むしろ、ツバキの心の熱さが、より輝いているようにすら見えてしまう。

 そんなツバキの姿に、アリシアはフッと顔に笑みを作るのだった。


☆★☆☆★☆


「ツバキー! お疲れ様ー!」

「ツバキ、カッコよかった。でも負けない」

「はいはい。いつでも受けて立つわよ」

「じゃあ、今から」


 控え室へと戻ってきたツバキを、かのん達が出迎える。

 そして、言葉のままダンスバトルをしようとするつばめに、「今からは、さすがにツバキさんの条件が悪いと思うんだけど……」と、あゆみがツッコミを入れるのだった。


「失礼するわ」


 そんな五人の耳に、ガチャという扉が開く音と、女性の声が届く。

 その音に顔を向けたツバキの視界には、ツバキの方をまっすぐ見つめる、アリシアの姿が見えた。


「お疲れ様、神城ツバキ」

「ありがとうございます。……いかがでした?」

「明日、私のアトリエに来なさい。時間は追って伝えるわ」

「え?」


 ステージの感想を聞いたはずが、まったく違う話をされて、ツバキは頭に“???”が並んでしまう。

 そんなツバキに、アリシアは大きくため息を吐くと、「分からなかったかしら? 私のミューズ」とツバキの目を見て言い放つのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ついに“Crescent Moon”のミューズとなったツバキ。

 そのお祝いのムードもそこそこに、綺羅星学園では恒例の行事が行われることになった。

 しかもその行事の中で、かのん達は大役を任されることになってしまい……。


 第三十八話 ―― 開催!クリスマスフェスタ! ―― 

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