第三十六話 輝く星のアクトレス
CD発売記念イベントが大成功に終わったこともあり、かのんとつばめのユニット"ふれっしゅびーと"のCDは勢いよく売れていた。
元々のファンだけでなく、口コミやインターネットでステージを見て興味をもった人達のおかげだろう。
一年生にしてCDデビュー&売れ行き好調という輝かしい実績もあり、かのんとつばめは学園内でも、今一番旬のアイドルになっていた。
それはつまり……。
「カノン、早く」
「わわ、待ってー!」
「時間、もうギリギリ」
「分かってるから、つばめちゃんもうちょっとだけー!」
ここ数日……毎日のように、朝からドタバタとした光景が食堂で繰り広げられていた。
雑誌のインタビューや、バラエティ番組への出演、歌番組でのステージに、サイン会などなど。
まさに目が回るほどに、かのん達のスケジュールはみっちりお仕事が入っていた。
「かのんちゃん、今日もがんばってね」
「うん! いってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
今日は朝から雑誌のインタビューが入っており、その後はかのんが"Smiley Spica"でのカタログ用ドレス写真の撮影、つばめがダンススクール用のダンス映像撮影だ。
ユニットで有名になったはずなのに、ソロでの仕事も増えてきたのは、かのん達のキャラクターが浸透してきたことの証。
なぜならば、ユニットでありながら、それぞれのスタイルをキープしたまま輝いてみせたことが……とても良く評価されていたからだ。
「あの二人は、相変わらず慌ただしいわね。もっとも、原因はかのんなんだけど」
「でも、つばめさんも楽しそうです~」
「うん。疲れてても、毎日楽しそうに出かけていくよね」
「ま、なんにしても……負けてられないわね。私達も」
目にやる気を宿したツバキに、あゆみは珍しく「うん、そうだね」と頷いてみせる。
その反応に少し驚きつつも、「そうと決まれば、今日もレッスン頑張りましょう」と、笑顔を見せるのだった。
ちなみに、ひなは「楽しくがんばるのです~」と、のほほんと微笑んでいた。
☆☆☆
「そういえば、あゆみ。オーディションとか受けに行かないの?」
「んー、少し悩んでる……かな?」
「何、また自信がないとか?」
三人しかいないレッスン室の中で、ツバキの声が響き、あゆみは困ったような顔で振り返る。
そんなあゆみに、以前のあゆみの状況を思い出して、ツバキがそう問いかけると、あゆみは少し照れたような顔で手を振った。
そうして少しだけ考える素振りを見せてから、「えっと……」と口を開いたその顔は、まだ赤みがあるものの、悲観的な雰囲気は纏っておらず、むしろ少し楽しそうな……そんな顔をしていた。
「……笑わない?」
「なに、いきなり。ものすごく変な事を言わない限りは笑わないわよ」
「ひなちゃんも笑わない?」
「えっと~、ひな、苦手なのですけど~がんばります~」
そう言って、「んっ」と息を吸って頬を膨らませるひなに、あゆみもツバキも苦笑する。
そんな二人を前に、あゆみは少しだけ深呼吸をしてから、「もっと貪欲になろうと思うの」と口を開いた。
「かのんちゃんは、どんどん先に進んでいく。わたしの憧れたキラキラ輝くアイドルに、どんどん近づいて……眩しいくらいに。それがすごいなぁ、カッコいいなぁって、わたしはこの間ファンの方々の前で宣言したけど、具体的には全然思いつけてなくて……。でも、この間かのんちゃんが言ってくれたの。"これからもよろしく"って」
「そういえば、ステージの上でそんなこと言ってたわね」
「はい~。すごく素敵だったのです~」
あゆみの話をきっかけに、ツバキ達も数日前のイベントステージのことを思い出していた。
ステージからの景色やパフォーマンスのことを思い出していたひなは楽しそうに、ライバル宣言を思い出したツバキは目に闘志を燃やす。
そんな二人を見ながら、あゆみは少し面白そうに微笑んで、「置いて行かれたくないって思ったの」と、話を続けた。
「かのんちゃんは、どんどん輝きを増してる。でも、わたしはまだ全然だと思うから……もっとステップアップするために、大きな仕事を狙っていこうと思ったの」
「つまり、話題作やビッグタイトルのオーディションのみを狙うってことね。良い決意じゃない。でもそれは茨の道よ? それを乗り越える覚悟はあるの?」
「……本当はまだちょっと、怖いかな。でも諦めたくは」
あゆみがそう言葉にしている最中に、ぽんぽんぽんぽーんとあゆみのモバスタが鳴り始めた。
そのなんとも軽い音に、真面目な雰囲気が霧散し……あゆみもツバキも「……ふふ」と、笑ってしまうのだった。
「ごめんね。えっと……マイク先生からのメール?」
「また学園長室へ来てってことじゃないの? 私達、かなりの頻度で行ってる気がするけれど」
「うん、そうみたい。お仕事のオファーがあるって」
「それじゃあ、行ってみるのです~!」
にこにこと笑うひなに頷いて、三人はレッスン室を後にする。
あゆみへのオファーに、心をドキドキさせながら。
☆☆☆
「失礼します」
あゆみが声と共に、学園長室へと入ってくる。
その後ろには、一緒にレッスンをしていたツバキとひなもいて、学園長は「おや、二人も来たんだね」と微笑んだ。
「まあ、あゆみへのオファーが気になりましたから」
「なるほど。ならば話を進めるとしようか。……成瀬君、君に少し大きな仕事のオファーが来ているんだよ」
「大きな仕事、ですか?」
「ドキドキです~」
学園長の前置きに、あゆみは少し緊張し、ひなはワクワクした顔で微笑む。
そんな二人を面白いと思ったのか、学園長は「ふふふ」と不穏な笑みを見せつつ、「これがそのオファーだ!」と、紙束を三人の前へと掲げた。
「題して、"栄光へのスターロード"! 無名アイドルが夢を掴むため、切磋琢磨を繰り返し、最後にはドーム公演を成功させるという、サクセスストーリー! その主役に、君が選ばれたのだよ!」
「え、えええ!?」
「しかもこれは、映画作品だっ!」
「つまり、あゆみの主演映画!? す、すごいじゃない!」
本人よりも先に状況を理解したツバキが、あゆみへと満面の笑みを見せる。
そんなツバキの言葉で、あゆみはようやく理解して……「えええええええ!?」と、張り裂けんばかりの声を上げるのだった。
「主演映画なんて、わたしが……わたしがですか!?」
「うん。監督から直々のオファーだよ。なんでも出演したドラマ、すべてを見てくださったらしい」
「ほ、本当にわたしなんですね……」
学園長から紙束を受け取って、あゆみは一枚ずつその紙をめくっていく。
一番表にあった紙にはタイトルが大きく書かれており、そこから三枚ほど進むと……主演女優として、あゆみの名前がしっかりと書かれていた。
ただ、一応の補足として、"現在交渉中"と書かれているあたり、あゆみの意思に最後は委ねるつもりなのだろう。
「それでどうだろうか? オファーを受けてみるかい?」
「……はい! やらせてください!」
「うん、良い返事だね。それじゃあ、連絡は私の方でやっておくから、成瀬君はしっかり企画書を読んで準備しておいてくださいね」
学園長の言葉に、あゆみは「はい!」と元気よく返し、学園長室から出て行く。
そうして三人共が外に出て、扉を閉めた後……あゆみは「はぁ~……」と廊下に腰を落とすのだった。
「あゆみ? 大丈夫?」
「緊張しちゃったのですか~?」
「うん……ちょっと予想以上のオファーだったから……」
「はい~。主演映画なんてすごいのです~」
にこにこと喜んでくれるひなに、あゆみは「そう、だよね」と笑顔を返した。
あゆみには、本当に大役の仕事で、正直言えばとても気が重い。
けれど、同時に理解していたのだ……"この仕事が、望んでいた大きなチャンスだ"と。
「諦めたくないから。わたしだって、輝ける……そんな可能性を」
「あゆみ……。分かったわ。私も全力でサポートしてあげる」
「ひなもです~。できることは少ないかもですけど、お手伝いしたいのです~」
そう言って手を差し伸べてくれる二人の手を取りつつ、あゆみは「ありがとう、二人とも」と、心からの笑顔を返すのだった。
☆☆☆
そこからの日々は、まさに早送りテープのように一瞬で過ぎていった。
十二月に入ったこともあり、年末年始の番組の撮影スケジュールもあってか……本当に目が回るほどの忙しさ。
そんな中、あゆみはついに……映画の撮影へと臨むのだった。
「あゆみちゃーん、今日はよろしくねー」
「はい、よろしくお願いします。監督」
「うんうん。いいねいいね!」
礼儀正しく頭を下げるあゆみに、監督はうんうんと何度も頷いてそう言った。
今回の映画は、あゆみ達アイドルがステージで使うシステムを利用して、背景やエキストラを表示させるという手法で行われる。
そのため、サクセスストーリーにありがちな、外でのロケは無く……短期間での撮影を可能にしていた。
「それじゃあ、準備ができ次第始めていこう! みんな、よろしく!」
「はい!」
監督がそう言って現場を引き締める。
すると、スタッフ全員の顔が真剣味を帯びた顔になり……あゆみも、自然と背筋を伸ばしてしまうのだった。
「……わたしも、いつかあの人みたいに。なりたい……でも、なれるんだろうか?」
外灯が照らす夜の街の中で、あゆみは一人、そう言って虚空を見つめる。
その顔は、羨望と諦めの混ざったような……ひどく哀しい顔で、小さな声もまた、響くことなく消えていった。
あゆみの演技に、思わず見入ってしまったスタッフ達の耳に「カット! オッケー、いいよいいよ!」と監督の声が届き、スタッフ達は皆、ハッと我に返る。
なんと、あゆみは最初からずっと、一発OKを繰り返していたのだ。
「いやー、すごいね! 僕も一瞬、撮影してるっていうの忘れそうになるよ」
「ありがとうございます。監督の指示が的確で、スッと役に入れるので、すごく助かっています」
「ほんとー? まあ、そう言ってくれるのは嬉しいけどねー!」
上機嫌に笑う監督に、あゆみも微笑みを見せてから、スタジオ隅にある待機場所へと戻る。
一発OKばかりだとはいえど、すでに撮ったシーン数はかなりのものになり……その疲労は、しっかりとあゆみの身体に溜まっていた。
けれど、この良い流れを断ち切りたくない……!
その想いで、あゆみは疲労にグッと耐えて、次のシーンへと意識を切り替えるのだった。
それから数時間後、順調すぎるペースで進んでいった撮影は、ついにステージシーンへと駒を進めた。
映画のラストシーンを飾るに相応しい、キラキラと輝くステージだ。
「あゆみちゃーん! キラッキラのステージを、楽しみにしてるよ!」
「はい!」
監督の言葉に元気な声で頷いて、あゆみは映画のために用意された衣装を身に纏い、ステージの中心へと立つ。
映画のラストシーン、相応しい輝きを見せなくっちゃ!
……そうあゆみは気合いを入れて臨んだステージ、だったのだが。
「うーん……可愛いけれど、もっと楽しさとか嬉しさとかが見えるような感じにできるかい?」
「え? はい。試してみます」
あゆみ自身としては十分なステージが出来たと思っていたところに、監督から今日初めてのリテイク。
しかし、通常の撮影であれば、リテイクが出るのは当たり前……今までが異常だったのだ。
あゆみはそう気持ちを切り替えて、監督のイメージするステージへ少しでも近づけるように、意識のすり合わせを行うのだった。
「うーむ、少し違うなぁ。もう一回やってみようか!」
「いや、そうじゃないんだよなぁ。もう一回お願い!」
「あー、近くはなってるけれど、まだ足りない! もう一回だ!」
繰り返されるリテイクは数を重ね……十を超えても続くリテイクに、あゆみはついに疲労が表に出て、ガクッと膝をついてしまう。
そんなあゆみを見て、監督は「今日はここまでにしよう!」と、撮影終了の合図を出すのだった。
☆☆☆
「はぁ……。全然ダメだなぁ……」
ステージシーン撮影が出来なかった日の翌日、あゆみは一人、食堂のテーブルに突っ伏して動画を見ていた。
机の上にがモバスタが置かれており、その画面ではキラキラと輝く少女が、ステージパフォーマンスを行っていた。
「やっぱりかのんちゃん、すごいなぁ……」
そう、あゆみが見ていたのは、かのんのステージ映像。
CD発売以降、かのんにもステージのオファーが入ってくることが増えたため、最近は一緒にレッスンすることが少なくなっていた。
そんなときである、「あれ? あゆみちゃん?」という声が、あゆみの上から聞こえてきたのは。
「どうしたの? そんなところで、ぐったりして」
「ううん、なんでもないよ。それより、かのんちゃんはこれからまたお仕事?」
「うん! またステージのオファーなんだー! それでね、今日の場所なんだけど実は……って、あゆみちゃん、あんまり元気なさそう?」
「えっ!? そんなことないよ?」
話している最中に、かのんはあゆみの表情がいつもより硬い気がして……"ん?"と首を傾げる。
そんなかのんに手を振って否定するも……あゆみは、自分が少しだけ落ち込んでいることに気がついていた。
しかし、そんなあゆみの耳に「そうだ!」と、なにか閃いたようなかのんの声が届くのだった。
「あゆみちゃん、このあとの予定は?」
「え? えっと、なにもないけど……」
「じゃあ、私と一緒に行かない? 成長したところ、見て欲しいから」
ニコニコと笑顔で誘ってくるかのんに、あゆみは一瞬戸惑ったものの、"心配かけちゃってるなぁ"と苦笑してしまう。
しかし、これもまた良い機会……とあゆみは「それじゃあ、今日はかのんちゃんのお仕事、見させてもらおうかな」と、笑い返すのだった。
それから二十分ほど、マイク先生の運転する車が、ブロロロと走り抜けていく街並みを眺めていたあゆみは、周囲の風景が次第に見慣れたものになっていくのを感じ、「あれ? ここって……」と、かのんの方へと顔を向けた。
そんなあゆみの反応に、ニシシと笑ったかのんは、「場所は到着してからのお楽しみ~」と、ヘンテコな口笛を吹いて誤魔化すのだった。
ちなみに、その口笛は「うるせェ! もっとマシな音を出せるようになってから吹きやがれ!」と、マイク先生に突っ込まれていたが。
「もうすぐ見えてくるよー!」
「もうすぐって、でもかのんちゃん、ここって……」
「そういやァ、ステップガールもそうだったなァ! 相手さん、驚くぜェ?」
その言葉を最後に、車が角を曲がれば……見えてきたのは。
「ほしのこ幼稚園、だよね?」
懐かしむあゆみを置いて、車は幼稚園の駐車スペースで停車する。
懐かしいような驚いたような……不思議な気持ちのあゆみに、かのんが手を差し伸べ、「今日の会場は、ほしのこ幼稚園です~!」と満面の笑みで言い放つのだった。
「どう? どう? 懐かしいよね!」
「うん。本当に久しぶり……懐かしいなぁ」
「私もオファーが来た時、すっごいびっくりしたよー。なんでも園長先生が、私のことを覚えてくれてたみたい」
「そうなんだ。良かったね」
楽しそうに話すかのんに、あゆみも微笑みながらそう返せば、「うん!」と、本当に嬉しそうな声が返ってきた。
そんなかのん達に「そんじゃ、まずは挨拶だぜェ!」と、マイク先生が幼稚園へと足を進めるのだった。
☆☆☆
「あゆみちゃんのことも、しっかり覚えててくれたみたいだし、良かったねー!」
「うん。最後に会ったのも、卒園の時だったはずだから……すごいなぁ」
「私もあゆみちゃんも、ここにいた時に比べて、結構変わっちゃったのに、すぐ気付いてくれたもんね」
園長室から、控え室として用意してくれた教室に移動した二人は、園長室で会った園長先生のことを話していた。
それから、幼稚園の思い出に話が移るのも必然で……あゆみは"あのころから、かのんちゃんはいつもキラキラしてたなぁ"と、思い出に浸ってしまう。
そんなあゆみに、「ねえ、あゆみちゃん」と、かのんが先ほどまでとは少し違うトーンで話しかけたのだった。
「悩み事があるなら、私……教えて欲しいな」
「え? 悩み事なんて、そんな大したことじゃないし……」
「でも、今日は朝からずっと、なにか考えてるでしょ?」
「……気付いてたの?」
苦笑しつつ問いかけたあゆみに、かのんは「そうだよー。当たり前だよー」と、少し拗ねた様に口にする。
かのんとしては、結構周囲を気にしているつもりなのだ……抜けていることも多いが。
ともかくそんなわけで、かのんとしては、あゆみの気持ちが沈んでいることくらいは、分かっていたのだ。
「でも、本当に大したことじゃないよ。演技の仕方に悩んでるだけ」
「……私は、ずーっとあゆみちゃんと一緒にいたんだから、誤魔化したりしても、なんとなく分かるんだよ?」
「あはは……そっかぁ……」
「それに、今のままじゃ気になってステージに集中出来ないよー! むぅ」
困ったみたいに笑うあゆみに、かのんは頬を膨らませて拗ねたような顔を見せてから……「だから、教えて欲しいなー」と、にっこり笑う。
そんなかのんに、あゆみは「ズルいなぁ……もう」と、笑うのだった。
「……というわけなの」
「なるほどー。んー……私にはあんまり分からないけど、ステージがダメってことじゃないんだよね?」
「うん。たぶん、感覚的な部分なのかな? ほら、ステージの完成度とは別に、真剣さとか楽しさとか……そういったものを感じたりするでしょ? たぶん、そういった滲み出る部分の事だと思うんだけど……」
「滲み出る部分……。ツバキの熱いステージとか、ひなちゃんの落ち着く感じとか、つばめちゃんのかっこよさとか?」
あゆみの言ってることは、かのんには正直よく分からない。
でも、ステージを見ると、心がザワザワしたり、ワクワクしたりするのは、すごくよく分かる。
(ひとりひとり違うステージだから、みんなそれぞれに輝いてて、楽しいんだよね)
入学してからの日々で、かのんは沢山のステージを体験した。
ボロボロの拙なかったステージ、それなりに良いパフォーマンスが出来たけれど、まだまだだって痛感したステージ。
そして、笑顔が溢れたステージや、みんなと作り上げた最高のステージも。
「あれ? そういえば……」
「かのんちゃん、どうかした?」
「入学して最初のステージの時、すっごいダメダメなステージだったけど……ツバキは良いステージだったって言ってくれたんだよねーって。あの時って本当に踊れてなかったし、声も出てなかったし……今から考えると、本当に酷かったんだけどね」
"でも、本当に成長したんだなー"って、かのんは今の自分の状況が嬉しくて笑顔になってしまう。
自分だけじゃなくて、みんながいたからこそ、ここまで来られた。
"だからこそ、いっぱい楽しいステージにしなきゃ!"と、そう思って「あっ!」と気付くのだった。
「そうだよ。楽しい! って想うのが大事なんじゃないかな!」
「え?」
「あのね、たぶん監督さんは、あゆみちゃんの演技力には、まったく問題を感じてないんじゃないかな? たぶん、ステージパフォーマンスも同じで、全然大丈夫なんだと思う。……でも、あゆみちゃんは"演技"って思ってステージをしてるから」
「で、でも、演技じゃないステージって……それじゃ、わたしのステージになっちゃうよ? あのステージは、あくまで登場人物のステージで……」
そう、あゆみの言う通り……かのんの言ってることを実践すると、あゆみはあゆみのステージしか出来なくなってしまう。
しかし、あゆみは自らの配役を演じなければならない。
それが、女優……成瀬あゆみの仕事なのだから。
「んー、あゆみちゃんのステージって、すごいんだよ。同じ歌でも、全然イメージが変わっちゃうの! 大人っぽいセクシーな印象だったのが、次のステージではすごく可愛いって思ったり……」
「あんまり自分では分かってないんだけど……」
「だから、あゆみちゃんのステージって、いつみても新鮮なの! 聞いた事ある曲のステージでも、印象が変わっちゃうから!」
「それって、つまり……わたしのステージって、個性がないってこと……なのかな?」
いつみても違う印象のステージ……言い換えれば"強い個性のないステージ"ということになる。
“それは、アイドルとして致命的だよね?”と、あゆみが思っていると、かのんは「ううん、違うよ」と首を横に振る。
そして、少し不安そうな顔をしたあゆみに、にっこりと笑顔を見せて、「それがあゆみちゃんの個性なんだよ!」と、言い切った。
「わたしの、個性?」
「うん! なんていうのかな……たくさんの顔があるって感じなのかな? クールなあゆみちゃんや、可愛いあゆみちゃん、大人っぽいあゆみちゃん……みたいな、いろんなあゆみちゃんがいて、それがステージの上で切り替わってるみたいな。上手く言い表せれないけど、そんな沢山の違うあゆみちゃんを、演技せずステージの上で見せられるのが、あゆみちゃんの個性なんだと思う」
「たくさんの違うわたし?」
「そうそう。だからきっと大丈夫。ステージの上でキラキラに輝くあゆみちゃん、絶対にいるから」
言い切って、ニッと笑うかのんに、あゆみは「そっか……」となぜか納得してしまう。
でも、やっぱり自分の中に“ステージの上でキラキラ輝く自分”が想像出来ず……あゆみは「本当にいるのかな」と呟いた。
するとかのんは「いるよー! 絶対」と、力強く頷いて見せる。
そして――。
「だって、あゆみちゃんが劇で主役をやってた、あの時から思ってたんだ。あゆみちゃんは、どんな女の子よりもキラキラしてて可愛いんだって。だから、大丈夫」
と言い放つのだった。
☆★☆ほしのこ幼稚園ミニステージ -立花かのん・成瀬あゆみ- ☆★☆
「みんなー、こんにちはー!」
「「「こーんにちわー!」」」
「うーん、みんな元気だー! っと、立花かのんです。よろしくね! で、今日は飛び入りゲストに~」
「成瀬あゆみです。みんな、今日はよろしくお願いします」
幼稚園の校庭に設置されたステージの上で、かのんとあゆみは園児達に手を振り返す。
今日のミニステージはスタァプログラムを使わないタイプのミニステージで、園児達も近くで見るアイドルに大盛り上がりだった。
「それじゃー、一緒に歌える子は歌ってねー! せーの!」
「「“spring star”!」」
――
夢の扉は すぐそこ
駆け出して つかみ取ろう
太陽は いつも私を見てる
時には 曇ることもあるけど
それだって いつか私を育てる
本当に 大切な日々!
広い大地は 硬いこともあるけど
頑張って咲いた花に 負けない輝き
夢を心に抱いて 今走り出す
始まれ私の 青春の日々
悩んだり 泣いたり いっぱい繰り返して
私の道の先 明るい大空の下
夢の扉は すぐそこ
駆け出して つかみ取ろう
――
☆
(かのんちゃん、とっても楽しそう)
歌いながら、あゆみはちらりと横で踊るかのんを見る。
そこには、とても笑顔で楽しそうに踊るかのんがいて……自然とあゆみも笑ってしまう。
(やっぱりかのんちゃんはすごいなぁ……。キラキラしてて、いつだって眩しくて)
あゆみを眩しく照らしてくれるのは、昔からかのんだった。
かのんがいたから、あゆみは毎日が楽しくて、アイドルへの道を進みたいと思ったのだ。
あゆみの輝きの原点は……かのんだから。
(これからも一緒にいたいから。わたしは……)
☆★☆☆★☆
「あゆみちゃん、今日も期待してるから頼むよ!」
「はい!」
かのんとのステージから数日が経ち、あゆみは映画の撮影へと再度臨んでいた。
撮るシーンは一つだけ……そう、あのステージシーンだ。
これで合っているのかはわからない、けれど、私だってアイドルだから。
「成瀬あゆみ。信じて、私の夢!」
撮影用のモバスタをセットすれば、あゆみの目の前にゲートが現れる。
そのゲートへと、あゆみはゆっくりと足を踏み入れた。
☆★☆“栄光へのスターロード”ステージシーン用ステージ -成瀬あゆみ- ☆★☆
あゆみが現れたのは、光り輝くドームのステージ……その中央。
とても広いドームの観客席には、エキストラとして沢山の人達がサイリウムを手に座っていた。
「ここまで、とても長い日々を過ごしてきました。泣いた日も、落ち込んだ日もありました。けれど、わたしは今ここに立っている。立てている。だから今日は、精一杯歌います! “輝く星のアイドル”!」
――
その手に にぎる
夢 まぼろし 零さずに
あゆみを やめず
この暗闇を 切り裂く
星の光を纏って 空に輝く
花を咲かせて
舞う鳥のように 風を掴む
アイドル
それでも いつかはやってくるなら
君を照らそう
世界が夜の闇を 覆いかぶろうとも
一瞬の煌めきなら 負けはしないから
不安をかき消す 一等級の星になろう
私が私であるために
星に歌う アイドル
――
☆☆
「これだ、これだ!」
監督はステージの上で歌い踊るあゆみに、興奮が止まらない。
そしてグッと握る拳に、この映画の成功を確信するのだった。
☆★☆次回のスタプリ!☆★☆
女優であり、アイドルでもあるということを再認識したあゆみ。
そんなあゆみがステージのシーン成功させた頃、学園には、またひとつ大きなオファーが舞い込んできていた。
それはツバキへの……ファッションショーのオファーだった!
第三十七話 ―― 道しるべは月のあかり ――
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