第三十五話 大切なみんな

 かのんの思いつきによって、なんとかテーマは決まり、CDの打ち合わせ会議では「いいね、それでいこう!」と、プロデューサーさん達にもOKをもらう事が出来た。

 そんなかのん達のテーマは、ずばり"ありがとうと、よろしく"である。

 今までの感謝を込めると共に、"これからの成長も見守ってね!"という、前向きな気持ちもふんだんに詰め込む……まさに、かのんとつばめの二人らしいテーマだった。


 そんなわけで、今はCD"Style keep"のセット曲である新曲"広がる世界の真ん中で"を練習している最中なのだが……。


「かのん、少しだけ音がズレてるわ。つばめはもうちょっと声出しなさいよ」

「むむむ。つばめちゃんの音に引っ張られちゃうんだよね」

「声でてる、大丈夫」

「大丈夫、じゃないわよ。そういうのは、もうちょっとやる気のある顔にしてから言いなさい」


 反論するつばめに、ツバキはぴしゃりと言い返す。

 そんなツバキの言葉にムッとしたのか、つばめは「こんな顔なら良いの?」とツバキへと顔を向けた。

 しかし……。


「顔、変わってないわよ。つばめも一応アイドルなんだから、表情筋はしっかり鍛えておきなさいよ……」

「……。かのん、変わってない?」

「あ、あはは……。うん」


 空笑いしたあと、申し訳なさそうに頷いたかのんを見て、つばめはショックを隠しきれなかった。

 表情が薄いのは分かっていたけれど、まさか全く動いてなかったとは……と。

 ちなみに、ショックを受けたというのも、傍目からは全く分からず、ただ無言になったので、かのん達は"ショックだったかなぁ……"と、なんとなく気付いてはいた。


「はいはい。つばめの表情筋の件は置いといて、レッスンするわよ。自分たちが作詞原案した曲を、ちゃんと歌えないとか話にならないんだから」

「が、がんばる!」

「ん。任せて」

「さっきからダメ出しばっかりしてる身としては、何が"任せて"なのか分からないんだけど……まあ、いいわ」


 苦笑しつつも、かのん達の前に立って、ツバキはモバスタから音楽を流す。

 そうして流れてきた音に乗せ、かのんとつばめは歌い出すのだった。


☆☆☆


 毎日レッスンを続け……ついに訪れたレコーディングの日。

 かのんとつばめは、マイク先生に車を運転してもらい、レコーディングスタジオの入口までやってきていた。

 外から見るスタジオは、なんというか普通の建物だった。


「が、がが、がんばろうね。つばめちゃん!」

「ん、大丈夫。大丈夫?」

「なにが!?」

「スタンディングフラワー! うるせェ! 緊張してるのは分かったから、ちったァ声を落とせ!」


 そんな普通の建物の前でも、かのんはガチガチに緊張していて、つい大きくなる声にマイク先生がキレるのだった。

 一方、つばめはと言うと、かのんがガチガチに緊張しているのもあって、逆に落ち着いている。

 落ち着きすぎて、歌詞を忘れそうなくらいだ。


「やあ、来たね。準備は万端かな?」


 レコーディングスタジオへと入ったかのん達を、レコーディングスタッフさんが軽い口調で迎え入れてくれる。

 彼らに「今日はよろしくお願いします」と、礼儀正しく頭を下げるつばめの横で、「よ、よろしくお願いします!」と、勢いよく頭を下げるかのん。

 未だに緊張の取れないかのんを見て、スタッフさん達はおかしそうに笑った。


「どうしようか? かのんちゃん、緊張しちゃってるなら、つばめちゃんからいこうか?」

「だ、だだいじょうぶです! いけます!」

「うーん、どう見ても大丈夫じゃなさそうだなぁ。つばめちゃんからにしようか」


 そう言ってつばめを見るスタッフさんに、つばめはフルフルと首を振り、「少しだけ」と、かのんの手を引き、部屋の外へ連れ出すのだった。


 かのんを連れ出したつばめは、かのんから手を離し、「カノン、見てて」と唐突に踊り始めた。

 ごくごく普通のオフィスの廊下で、キレッキレのダンスを見せるつばめに、かのんは少し驚いて……すぐさま楽しそうに体を揺らし始める。

 スタッフさんが二人を呼びに来たときには、楽しそうに廊下で踊る二人がいたのだった。


☆☆☆


 レコーディングが終わると、ジャケットの写真撮影があったり、発売記念のインタビューに答えたりと、かのんとつばめの毎日は慌ただしく過ぎていき、気づけばCDの発売日になっていた。

 朝からかのんはソワソワしっぱなしであり、同室のあゆみもまた、自分のことのようにソワソワしていた。


「あっ、かのんちゃん。始まったよ」


 朝のニュース番組のエンタメ情報コーナーを見るあゆみが、部屋でソワソワしていたかのんを呼ぶ。

 その言葉に、かのんはあゆみの持つモバスタを覗き込むと、画面にはかのんとつばめのCDが大きく表示されていた。


「ほ、本当に出たんだ……」

「かのんちゃん、おめでとう!」

「ありがとー!」


 笑顔で祝福するあゆみに、かのんはガバッと抱きついて、お礼を返す。

 実感が湧いたところに、追い打ちを掛けるかのような祝福……かのんがテンションを上げないわけがない。

 そんなかのんが落ち着いたところで、二人は朝食にと、食堂へ向かうのだった。


「あら、かのん。おはよう、今日は早起きだったのね」

「おはよう、ツバキ。いつもちゃんと起きてるよー」

「……まあ、そういうことにしておいてあげるわ」


 あゆみのなんとも言えない表情に、大体のことが理解出来たツバキは、そう言って話を切る。

 ツバキの反応に首を傾げつつも、かのんは椅子に座り、同じテーブルのひなとつばめにも軽く挨拶を交わした。

 そうして和気あいあいと朝食を食べていたとき、かのんのモバスタが急に鳴り始めた。


「わわっ、学園長から!?」

「こんなに早くに連絡は珍しいわね。大体いつもマイク先生経由で呼ばれるのに」

「うん。ちょっとごめんね」


 席を立ち、テーブルから離れて電話を取るかのんを、ツバキ達は席に座ったまま見守る。

 「ええ!?」とか、「良いんですか!?」とか……とにかく大きくリアクションを返すかのんに注目が集まり、ツバキ達はなんとも言えず顔を見合わせ苦笑するのだった。


「それで、なんの連絡だったの?」

「イベントやるって……」

「イベント?」


 電話で驚き過ぎたからか、もはやテンションの燃料が切れたみたいに呆然と答えるかのんに、ツバキは"まったくもう……"と苦笑するしかなかった。

 しかしあゆみは、学園長との会話をなんとなく察したのか、「つばめさんと一緒なんじゃないかな?」とかのんの手を取る。

 その手の温かさに元気を貰ったのか、かのんは「そう……そうなんだよ!」と、また急にテンションを上げるのだった。


「私とカノンの? ユニットイベント?」

「うん! CD発売記念イベントだって!」

「詳しく」


 かのんの言葉に、つばめは目に真剣な色を灯すと、かのんへと顔を近づける。

 そんなつばめの前で、かのんは満面の笑みを咲かせると……「わかんない!」と、ダメダメな反応を返すのだった。


☆☆☆


「というわけで、聞きに来ました!」

「……確か、電話で伝えたはずだったんだけどね。まあ、久世君にもきちんと説明しておく必要はあるし、良かったよ」


 いつも通り、ノックもせずに飛び込んできたかのんの話を聞いた学園長は、苦笑交じりにそう言って、かのん、そしてつばめへと目線を向ける。

 そして、学園長は「CD発売記念イベントとは……」と、口を開いた。


「ユニットでのステージ、そしてサイン会がメインだよ。イベント日は今週の日曜日、君たち二人の仕事スケジュールが空いているのは確認しているけれど、大丈夫かい?」

「大丈夫です! いけます!」

「ん、大丈夫」

「うんうん、頼もしいかぎりだね」


 かのん達の反応に、学園長は満足気に頷くと「それで、君たちにお願いがあるんだよ」と、にやりと笑う。

 その顔に、かのんとつばめは顔を見合わせて首を傾げた。

 ……いったい、何をお願いされるのだろう、と。


「君たちには、イベントステージでのサプライズを考えて欲しいんだ」

「サプライズ?」

「ああ、そうだ。イベントに来てくださったファンの方々を喜ばせられるような、素敵なサプライズを考えて欲しい。笑顔でワクワクするようなものをね」

「……難しい」


 うーん、と悩むつばめをよそに、かのんは「はい! やりたいです!」と、飛び跳ねるように手を挙げる。

 そんなかのんの勢いを見て、つばめも意思を固めたように頷いて「やる」と、短く答えるのだった。


「うん、そう言ってもらえると思っていたよ。大変な内容でなければ、前日までに思い付けば間に合うから、またマイク先生に伝えてくれればいいからね」

「はい!」

「任せて」


 その後、少し話をして外へと出て行く二人を、学園長は微笑ましく見送った。


 入学試験に落ちた少女を、自らの直感で引き込んだ、アイドルへの道。

 そのことに、少しばかりの引け目が無かったとは言えない……がしかし、その少女は今、輝きを増しつつあった。

 どんなに素晴らしい宝石でも、磨かなければただの石。

 それゆえに気付かれず……埋もれてしまう。


「さあ、今こそ見せて欲しい。君の輝きを……あの星々に対する輝きを」


 学園長は小さく呟き、「ふふふ」と笑うのだった。


☆☆☆


「カノン、思いついた?」

「うーん……みんなが楽しくて、驚いて、喜びそうなこと……。空を飛ぶとか!」

「空? 誰が?」

「私とつばめちゃん! こう、観客席の上をビューン! って」


 手を水平に伸ばし、二人だけのレッスン室の中を、かのんは走りだす。

 そんなかのんを見て、「良い」とつばめは親指を立てた。

 もはや、ツッコミ不在の天然会議である。


「でも、それでみんな喜んでくれるのかな?」

「わからない。驚くとは思う」

「うーん、それでいいのかなぁ……」


 むむむ……と、二人で頭を悩ませるが、まったく答えは思いつかない。

 いつものかのんなら、どんどん変なアイデアが口から飛び出してくるのだが、今日はそうではなかった。

 それはきっと、先日聞いた学園長達の話が心に残っているから。

 "ファンの方々と同じ想いを共有できたとき、素晴らしいステージが出来る"……その言葉が、すごく胸に突き刺さっているのだ。


「良いステージにしたい。けど、そのためには……見に来てくれたファンの方々にも、ステージで踊ったり歌ったりする私達と、同じくらい楽しいって思ってもらわないといけなくて……」

「うん。でも、それは難しい。みんな違うから、好きなことも楽しいことも違う」

「そうなんだよね。でも、できればみんなに楽しんでほしい」

「私もそう。みんな楽しいのが一番良い」


 "じゃあ、みんな楽しいのって?"と、二人はまた頭を悩ませる。

 二人だけの楽しみではなく、みんなの楽しいを考えること。

 それはとても難しく……二人は全く思いつくこともなく、お昼を迎えたのだった。


☆☆☆


 お昼ご飯を載せたプレートを机に置いて、悩むような顔をしてご飯を食べるかのんとつばめに、ツバキ達三人は"どうしたんだろう"と首を傾げた。

 正直、かのんがご飯を食べるときにはしゃいでいないのはかなり珍しいこともあり、ツバキは結構不気味に思っていたりする。


「ねえ、ツバキ。ツバキはどういう時に楽しいって思うの?」

「いきなりなんなの? まぁ、そうね……夢が叶った時とか、自分の素を出せている時、かしら」

「むむむ……あゆみちゃんは?」

「わ、わたし!? えっと、みんなといるとき……かな?」


 驚きつつも、答えてくれたあゆみに、つばめは「ありがとう」と短く頭を下げる。

 そんなつばめを見つつも、かのんは次に「ひなちゃんは?」とひなへと話を振った。

 流れ的に自分に来るのを予想していたらしいひなは、「ひなはですね~」と、あまり悩む素振りも見せず口を開く。


「お歌を歌ってるときと、みんなでお話ししたり、レッスンしたりするのが好きです~」

「そうね、私もそう思うわ。五人でいるときも、ありのままの自分でいられて安心できるけれど、レッスンをしたり、いろんな話をするのはとても楽しいと思う。だって、この五人……性格も嗜好も全くバラバラなんだもの」

「バラバラ……バラバラなのに、話したりすると楽しいのって、なんでなのかな?」


 かのんが呟いた言葉に、ツバキは「え?」と驚き、「そうね……」と少し考え始める。

 そんなツバキにならうように、あゆみやひなも顔を伏せて悩み始め……「分からないから、じゃないかしら」というツバキの言葉で顔を上げた。

 ちなみにその間、つばめは表情も仕草も変わらなかったので、考えていたのかどうか……。


「分からないから、楽しい?」

「ええ、そうね。予想がつかないから楽しいのかもしれないわ。レッスンをしましょうって話し合っても、つばめは踊りたがるし、ひなは歌いたがるし、あゆみは演技の練習をしたがるでしょう?」

「あれ、私は?」

「かのんはよく分からないわね。楽しいと思ったことをし始めるもの」


 笑いながら返すツバキに、「ええー!? そんなことないよー! だよね、あゆみちゃん?」とかのんはあゆみに助太刀を頼むも……当のあゆみは「あはは……」と笑って誤魔化すだけだった。

 そんなあゆみに「もう!」と拗ねつつ、つばめやひなの方へと視線を向けるも……つばめとは目を合わせることが出来ず、ひなは「かのんさんはそれがいいのです~」と、真っ向からツバキ派の姿勢を見せる。

 つまり、全員がツバキと同じ意見だった。


「みんなひどい……」

「まあ、かのんのことは置いといて、こうやってバラバラだからこそ、色んな意見も出るし、予想外の展開になることもあるわ。でも、そうして知っていくことが楽しいのよ」

「分からないことが、分かるようになるのが楽しいってこと?」

「楽しいだけじゃないと思うわ。嬉しかったり、悲しかったりすることもあるだろうけれど、知らないことを……特に、好ましく思っている人のことを知るのは、やっぱり嬉しくて楽しいことだと思うわ。その人の知らなかった一面を見れたりしたら、なによりも嬉しいじゃない」


 ツバキの言葉を、かのんは心の中で反芻して、「そっか……」と、一人納得したように頷く。

 そんなかのんに向かって、つばめが「カノン、思いついたことがある」と、声を掛けた。

 しかし、かのんもまた「私も!」と、笑うのだった。


☆★☆ふれっしゅびーとCD発売記念イベントステージ -ふれっしゅびーと “立花かのん・久世つばめ”- ☆★☆


 太陽が照らす野外ステージの上で、スクールドレスを身に纏ったかのんとつばめは二人、汗を流しながらも満面の笑みで、歓声に手を振り替えしていた。

 ソロステージで見せた、かのんの"虹色パッションノート"や、つばめの"Break[c]lock Time"も見に来てくれたファンの人達には好評で、もちろんその後に見せたふれっしゅびーとの"style keep"は最高潮に盛り上がるステージだった。

 ステージでやる曲は、あと一曲。

 そう、CDのために作り上げた新曲……その一曲だけだった。


「次の曲で、今日のステージは終了になります!」


 かのんのその言葉に、ファンの人達はみな「えー!」といった、残念そうな声を上げてくれる。

 そんな声に思わず嬉しくなってしまうけれど、かのんはなんとか心を落ち着けて「ありがとうございます!」と頭を下げた。


「次の曲は、CDのために新しく作った曲になります」

「ステージでやるのは初めてなので、失敗しても許してね!」

「大丈夫。カノンなら、失敗してもソレが良い味になる」

「えっ!? つばめちゃん、それどういうこと!?」


 ステージ上で繰り広げられる天然漫才に、ファンの人達は「あはは」と声を上げて笑い、かのんが「むう」と拗ねる。

 しかし、そんなかのんを放って、つばめは「この曲は、支えてくれた皆さんへの歌になります」と、言葉を紡ぐ。


「今までの人生……まだまだ私達は短いですが、それでも沢山の人に支えられてここまで来ました」

「なので、そんな"ありがとう"を込めて……歌いたい、ので!」

「ここでゲストの紹介です」


 唐突な展開に、ファンの人達が驚くことも出来ずにいると……ステージの上に、三人の少女が姿を現した。

 そう、ツバキとあゆみ、そしてひなである。

 あの日、かのんとつばめが思いついたサプライズ。

 それは、三人をゲストとして招待することだった。


「みんな知ってるよね。私の友達のツバキとあゆみちゃん、それにひなちゃん!」

「三人は大切な仲間。ライバルでもある」

「そうそう。特にツバキとひなちゃんの"おひさま日和"は、ユニットとしても最大のライバルだよね!」

「うん。でも、もしまた戦う機会があっても、負ける気はない」


 歓声と拍手のなか、かのんとつばめによる紹介を受けつつ、ツバキはつばめの言葉に「それはこっちの台詞よ!」という反論も忘れない。

 その言葉に、ファンの人達はまた大いに盛り上がって、「がんばれー!」と応援を飛ばすのだった。


「あゆみちゃんは、私にとって大事な幼なじみ! アイドルへの道を勧めてくれたのもあゆみちゃんなんだ!」

「か、かのんちゃん……」

「だから、みんなの前でこうして歌えるのも、全部あゆみちゃんのおかげ! ありがとう、あゆみちゃん! あと、これからもよろしくね!」


 かのんの言葉に、あゆみは少し涙ぐみそうになって……グッと堪える。

 そして、「ありがとー!」とお礼を飛ばしてくるファンの人達に、「こちらこそ、かのんちゃんを応援してくれて、ありがとうございます!」と頭を下げた。


「と、いうわけで! 最後の曲は、五人で歌います!」

「みんなへの感謝と、これからのよろしくを合わせて、一緒に届ける」

「それじゃあ、聞いてください! せーのっ」


「「「「「"広がる世界の真ん中で"!」」」」」


 ――


   今までのことを考えてみる

   生まれてからこれまでのこと

   懐かしさを感じる風景に

   どことなく、笑っちゃう日常


   桜舞う春の日差しを浴びて

   蝉の鳴く声に耳塞いで

   変わりゆく秋空を見上げても

   雪の降った冬に歩き出した


   こんな、毎日が愛しくて

   ずっと、ここまで歩いてきた

   振り返れば優しい微笑みが

   きっと、背中を押してくれる


   今までのことを考えてみても

   いつも誰かに助けられていたよ

   寂しさを覚えた温もりに

   またいつか、ただいまって言うから


   その日まで、待っててね

   ありがとうの笑顔を


 ――



 歌いながら、かのんは今までのことを思い出していた。

 不合格だった入学試験、その時に感じた"ステージの上の楽しさ"。

 それを求め、学園長の勧めで入学させてもらえた学園で知った、アイドルの厳しさ。

 努力し続けること、自信を持つこと、そして個性を大事にすること……。

 学園長が入学式で言っていた、"アイドルとは何か"はまだ分からない。


(でも、これだけは言える。今日のステージは、最高に楽しいって!)


 眼前に広がる色とりどりのサイリウムの光が作り出す、幻想的な風景。

 オレンジに青、パープルにレッドやピンク。

 どの色も楽しげに揺れ動いていて、まるで会場全体が一つの生き物みたい。

 きっとこれが、ファンの人達と、同じ想いを共有出来たときのステージなんだろう。


(またいつか、この風景にただいまって言うから。その日まで待っててね!)


☆★☆☆★☆


「おわっっったあー……」

「かのんちゃん、お疲れ様」

「あゆみちゃんもお疲れ様ー。楽しかったね!」

「うん。五人でのステージ、なんだか夢みたいな風景だった」


 遠くを見るような目でそう言ったあゆみに、「夢じゃないわよ」と、ツバキの声がかかる。

 そんな声に目を向ければ、ツバキは眠っているひなに膝を貸してあげていた。

 なかなか珍しい光景である。


「あれ? ツバキ、ひなちゃん寝ちゃったの?」

「ええ、たぶん楽しくて、力使い果たしたんじゃないかしら。ステージ前からテンションも高かったし、電池切れみたいなものね」

「だからツバキが膝枕を?」

「元々は肩に寄っかかって来てたんだけど、寝にくそうだったから」


 そう言ってツバキはひなの頭を優しく撫でる。

 その表情や手つきがあまりにも優しそうで、かのんは"ツバキにこんな一面が……"と少し驚いた。

 しかし、こういう時に、ストレートに言葉を紡ぎそうなつばめの姿が見えず「そういえば、つばめちゃんは?」と話を変える。

 そんなかのんの問いかけに、「つばめなら、外の風に当たりたいってさっき控え室から出て行ったわよ」と、ツバキが教えてくれるのだった。


☆☆☆


「みつけたっ! つばめちゃーん!」


 かのんがつばめを見つけたのは、イベント会場の広場から徒歩五分ほどにある、陸橋の上。

 そこで、つばめは一人黄昏れていたのだった。


「……カノン?」

「もう、風に当たるって言ってただけなのに、なんでこんなところまで来てるの? 結構探しちゃったよ」

「ごめん? 会場から帰る人を見てた」


 そう言ってつばめが指差した先には、笑顔で帰路につくファンの人達。

 その顔はとても楽しそうな笑顔で、かのんたちのイベントが成功したことを、如実に表していてくれた。


「カノン、ありがとう」

「ん? なにが?」

「私と組んでくれて。カノンと一緒だったから、このイベントが出来た。だから、ありがとう」


 まっすぐにかのんの目を見て、しっかりとした声でそう話すつばめに、かのんは「えへへ」と照れる。

 しかし、すぐに「でもそれを言うなら、私もありがとう、だよ」と、つばめの手を取って、笑顔で返した。

 ぎゅっと握った手から、二人の熱が広がって……じんわりと混じり合っていく。


「きっと、私も同じ。つばめちゃんと一緒だったから、このイベントが出来たんだ。だから、ありがとう」

「カノン……」

「私は、まだまだつばめちゃんの技術には追いついてないと思う。だから、がんばり続けるよ。二人で、もっともっとすごい景色を見れるように!」

「負けない。私もがんばる」


 つばめの言葉に、かのんはニッと笑顔を見せる。

 そんなかのんの前で、つばめもまた少しだけ微笑むのだった。


「つ、つばめちゃんが笑ったー!?」


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 CD発売イベントを大成功させたかのん達は、CDの売り上げも相まって、学園の中でも目立つ存在になっていた!

 そんななか、さらに大きな出来事があゆみへと訪れる。

 なんとそれは……有名監督が作るオリジナル映画の主演女優の話だった!


 第三十六話 ―― 輝く星のアクトレス ―― 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る