第三十二話 だって、アイドルだから!

 曲に合わせて、ビシッとダンスを決める。

 たったそれだけのことに見えて、実はすごく難しい。

 それをかのんは、この数ヶ月の間に……いやと言うほど思い知った。


「休憩」

「ふ、ふぇ~……」

「かのんちゃん、お疲れ様」

「うん、ありがと~……」


 ユニットカップが終わって数日たった今日のレッスンは、かのんとあゆみ、そしてつばめの三人で行っていた。

 ツバキとひなは歌番組の収録の関係で、今日は夕方まで仕事に出かけている。

 なんでも、今回の収録はユニットでのオファーだったらしい。


「私達には雑誌とかのインタビューばっかりなのに、なんでツバキ達には歌番組のオファー……」

「仕方ないよ。元々ひなちゃんがよく出てた番組からのオファーだもん。そのうち、かのんちゃん達にもそういった仕事が入ってくるよ」

「そうだけど~」

「それまでに、もう少しダンスを詰める。カノンはまだまだ不安定」


 率直な言葉に、「うぐっ」とうめき声を上げて、へにょんとかのんは床に寝転がる。

 床の上でぐるりと回って仰向けになれば、天井の光がまるで星のように見えて、かのんは不思議と手を伸ばしてしまう。

 脳裏に浮かぶのは、ユニットカップ結果発表の時の光景。

 沢山の拍手と笑顔が見えた、あの綺麗な景色。


「また見たいなぁ……」


 グッと握りしめた手には、何も掴めない。

 それでも、あの時確かに届いた輝きを、絶対に忘れたくないから。

 「よしっ!」と声に出して、かのんは床から飛び起きる。

 夢は見るものじゃない、叶えるためにあるから!


「つばめちゃん、ビシバシお願いします!」

「ん、任せて」

「かのんちゃん、頑張ろうね!」

「うん!」


☆☆☆


「なるほど。それでかのんは、あんなに間の抜けた顔をしてるってわけね」

「かのんさん、お疲れ様です~」


 夕食には仕事から戻ってきたツバキ達とも合流し、五人でテーブルを囲んでいる中、話題のかのんは、“ほあ~”と口を開いたまま、まるで魂が抜けたような顔で椅子に座っていた。

 つばめのビシバシレッスンを、全力でこなしたことによる結果なだけに、ツバキも叱ることはせず、呆れたような顔をするだけだった。

 しかしそれも、気心の知れている五人だからこその反応であって……周囲の生徒達の目は、やはりかのんに対して、厳しいものがある。

 なぜなら……。


「ユニットカップ優勝者って聞いてステージを見たけど、たいしたことなかったわ。実質、久世さんのおかげでしょう?」

「あんな顔を晒して、アイドルとしての自覚はないのかしら」

「神城さん達も、あんな子に負けて可哀想」


 などなど、食堂のそこかしこで、そう言った陰口が行われているのを、ツバキとあゆみは気付いていたから。

 なお、つばめとひなは全然気付いておらず、美味しそうにご飯を頬張っていたりするが。


「……やっぱり、我慢ならないわね」

「つ、ツバキさん!?」

「あなた達ねえ! かのんがどういう想いで、「ツバキ、大丈夫」……かのん?」


 気付いてしまっている以上、ライバルとして怒りが湧くのは当たり前で、ガタッと大きな音を立てて立ち上がったツバキの……その言葉を、かのんが制する。

 ツバキの行動に驚いていたつばめとひな、そしてあゆみにも「ごめんね」と謝ってから、もう一度ツバキへ「大丈夫だから」と、かのんは微笑んだ。


「かのん。大丈夫って、大丈夫なわけないでしょう?」

「あはは……。辛いのは辛いけど、これは私がこの学園に入った以上、いつか来る出来事だったはずだから。だから、大丈夫」

「かのんちゃん……」

「でもね、絶対に負けないよ。だって私、アイドルだから! いつか絶対、みんなを笑顔にしてみせるって決めてるから!」


 笑顔でそう言い切るかのんに、ツバキはオフの日に聞いた、かのんの入学の話を思い出す。

 ”入学試験に落ちた少女”、それはつまり、ここにいる誰よりも劣っていたはずの少女で。

 けれども、今のかのんは、ここにいる誰よりも、アイドルであろうとしている。


(きっとそれが、かのんの輝き)


 みんなを笑顔にして、自分も楽しんで。

 そんな、単純で簡単な考え方。

 でも、それが“かのんらしい”と、ツバキは笑ってしまうのだった。


「むぅ、ツバキー。なんで笑うのさー」

「いえ、別に……。かのんらしいわねって」

「そりゃー、私は私だからそうだけど……あっ、もちろんツバキにも負ける気はないからね! だって、ライバルだもん」

「ええ、そうね。とても強力なライバルだわ」


 ハッキリと言い切ったツバキの言葉に、周囲がざわめきを増す。

 そんな空気を完全に無視して、つばめもまた「私も負ける気はないから」と、二人へと言い切り……あゆみが頭を抱えるのだった。


「ほ、ほら落ち着いて? ツバキさんも、つばめさんも」

「はい~。ご飯が冷めちゃうのです~」

「そうそう。ご飯は座って食べないと」


 落ち着かせようと言葉をかけるあゆみに、ひなが少しズレながらも援護を入れる。

 けれど、言ってることは間違ってないのもあって、あゆみは苦笑しながらも、ひなの話題に乗るのだった。


「それもそうね。ごめんなさい、あゆみ、ひな」

「ん、ごめんなさい」

「えへへ……。ごめんね、あゆみちゃん、それにひなちゃんも」

「いえいえ~みんなで食べるご飯は楽しいので大丈夫です~」


 “やっぱり少しズレてるなぁ……”と思いつつ、あゆみもまた「ううん、あんまり気にしてないよ」と返す。

 しかし、やはり周囲からの視線はひしひしと感じることもあって、ツバキとあゆみは、小さくため息を零すのだった。


 そんな針のむしろな食事も、経験し続ければ気にならなくなってくるもので、数日経った今日は、朝からどんなレッスンをしようかと、五人はそんな話で盛り上がっていた。


「サドンデスダンスバトル……!」

「レッスンって言ったでしょ!? なんで戦わないといけないの!?」

「ひなは歌いたいです~」

「えっと、わたしは役作りの練習をしたいかな……?」


 てんでバラバラな意見に、ツバキが頭を抱えるのもある意味いつものこと。

 さらにその上に、「楽しいことがしたい!」と、全く参考にならないかのんの意見が飛び込んで来るのだ。

 そんな四人の意見に、ツバキは大きくため息を吐くと、「ひとまずかのんの意見は置いといて、午前午後に分けてやりましょう」と、名捌きを見せるのだった。


「分かった。なら、午前は?」

「そうね……まずは演技練習からやりましょうか。あゆみ、何か明確な役柄があるのかしら?」

「ううん、そういう訳じゃないよ。だから、今日は目とか仕草なんかの練習がしたいかな?」

「なるほど。分かったわ」


 「それじゃ、詳しい話はレッスン室に向かいながらやりましょう」と、ツバキは席を立ち、空になった食器を片付けに行く。

 そんなツバキの後を、四人も追いかけていくのだった。


☆☆☆


「……ぐぅ、演技って、難しいね」

「です~……」

「踊りたい……」


 壁に背を預けて、ぐったりと頭を垂らす三人に、ツバキはため息を吐きつつ、未だセンターへと立ち続けるあゆみへと目を向ける。

 そこには、普段のあゆみとは違う、自信に満ち溢れる目をした少女がいた。

 優れた役者は、立ち姿一つ、目の演技一つだけで、まるで違う役を演じて見せる。

 まだまだ荒い部分が見え隠れするとはいえ、その演技力は、すでに新人女優の域を脱していた。


「……ふう」

「お疲れさま、あゆみ。さすがね」

「そんな、わたしなんて……一緒にドラマを作り上げてくださっている俳優さん達には全然追い付けないから」

「それは経験量が違うもの。昔から、役者は経験が全てと言われるほど、日々の経験が生きてくる仕事だから。演技始めたばかりのあゆみが、ここまで演じられるのは凄いことよ」


 まっすぐに褒めてくるツバキに、あゆみは少し照れながらも「あ、ありがとう」と返す。

 そんなあゆみに笑い返しつつ、ツバキは壁際でヘタってる三人に「ほら、そろそろ休憩おしまい。やるわよ」と声をかけるのだった。

 

 それから二時間少々演技レッスンを行い、かのんやつばめが、完全にぐったりとしたところで、ツバキは午前のレッスンを終了させる。

 正直、向き不向きがあるにしても……ここまで酷いと、どうしようもない。

 ツバキは、ぐったりした二人にたいして、そんなことを考えながらも、「ほら、立って」と手を差し出す。

 その手をかのんが取った、まさにその時――「ヘイ、ベイビー!」とマイク先生がレッスン室へとギターを響かせながら入ってきた。


「ベリーグッドなニュースだァ! “ふれっしゅびーと”の二人を、学園長が呼んでるぜェ!」

「グッドなニュース? 何かしら?」

「気になるなら、全員で行きなァ!」


 そう言い残してレッスン室を出て行くマイク先生に、かのん達は全員で顔を見合わせて首を傾げるのだった。


☆☆☆


 かのん達が学園長室へと来ると、そこには、先ほどギターを響かせたマイク先生と、学園長が待っていた。

 もちろん、学園長は豪華な机の向こう側で座っており、マイク先生は、机の隣りに立ってこっちを見ていた。

 ちなみに、対するかのん達は、「とりあえずここで待ってるわ」と、ツバキが同行しなかったこともあって、あゆみやひなも一緒に来ておらず……かのんとつばめの二人だけ。

 それゆえに、特に締まった顔もせず、“どんな話なんだろー”と、ワクワクした顔をしていた。


「やあ、立花君に久世君。よく来てくれたね。遅くなったけれど、ユニットカップ優勝おめでとう」

「ありがとうございます!」

「ありがとうございます」

「今回君たちを呼んだのは、今週末行われるイベントステージ“音楽の秋!ミュージックフェスタ!”でのゲストステージのオファーが舞い込んできたからだよ。本来は別のアイドルが出場する予定だったらしいが、どうやら怪我で出られなくなってしまったらしく、急遽オファーが入ったというわけだ」


 降って湧いたようなステージのオファーに、かのんは満面の笑みで「ステージ! やりたい!」と両手を挙げて喜ぶ。

 そして、パートナーであるつばめもまた、表情は変えずとも「やりたい」と、かのんを真似するみたいに両手を挙げた。


「そう言ってくれると信じていたよ。ステージまで時間は無いけれど、任せても大丈夫だね?」

「大丈夫です! つばめちゃんと一緒なら、怖いものなんてないので!」

「ん、任せて。ユニットカップよりも良いステージを作ります」


 しっかりと頷いた二人に、学園長もまた頷く。

 そんな三人のすぐ近くから、いきなりギターの轟音が鳴り響いた。

 そして、成り行きを見守っていたはずのマイク先生が「良い心意気だぜェ! そんな二人に、グッドな提案だァ! 今日から、俺がみっちり歌を仕込んでやるぜェ!」とテンション高く吠えるのだった。


☆☆☆


「今日がステージの日なんて、あっという間だったね」

「楽しかった。それに、嬉しい。カノンとまたステージに立てるのが」

「私もだよ! 二人ですっごい楽しいステージにしちゃおうね!」

「ん、頑張ろう」


 二人でパァンとハイタッチして、かのんはキッと顔を引き締める。

 たった数日程度のレッスンだったとはいえ、マイク先生のレッスンは非常にハードかつ、タメになるレッスンだった。



「いいか、スタンディングフラワー。大きい声を出すってことは、力入れて叫ぶってことじゃねェ。声を遠くまで通すってことだ。そのために意識すんのは、肺と腹筋、それと背中はしっかり伸ばせ」

「かっけェ踊りじゃねェか、エアマスター。だがよ、お前の歌は、その時その時でブレがあるのは理解してるよなァ? まだまだ中一の子供だからよ、軸がしっかり固定出来てねェ。ダンスはズバ抜けて圧倒的よォ。だが歌とダンスになると、ダンスのために歌を犠牲になってやがるの、俺らにはミエミエだぜェ? もっとしっかり体幹を鍛えなァ!」



 そう言って、それぞれに重点メニューを準備し、短期間ながらしっかりと二人のレベルアップをおこなってくれた。

 今のかのん達は、前までのかのん達とは違う……いわば、ふれっしゅびーとは、"ふれっしゅびーとver.2"になっているのだ!


(でも、ステージの上では全部忘れて、楽しんでこい! ですよね、先生!)


 キッと引き締めていた顔を、笑みに変えて、かのんはモバスタを取り出し、データをセット!

 続けてつばめがモバスタをセットし、二人の前に光り輝くゲートが出現した。


「いくよ、つばめちゃん!」

「ん、行こう。……さあ、心よ。舞い踊れ!」

「私達は、誰よりも輝いてみせる!」


 どちらともなく足を踏み出して、ゲートへと飛び込む。

 このステージを、心待ちにしていたみたいに。


☆★☆音楽の秋!ミュージックフェスタ!ゲストステージ -ふれっしゅびーと “立花かのん・久世つばめ”- ☆★☆


 野外ステージの上へと現れた二人を、沢山の歓声が出迎える。

 観客達もまた、ユニットカップ優勝者達のステージを、心待ちにしていたのだ!

 そのことに気付いたかのんは、すごく嬉しそうに笑い、「いっくよー!」と、観客達を盛り上げるのだった。


 ――


   あ、あーあーマイクチェックチェック

   よし、笑顔の確認 ナイススマイル

   バシッと構えてスタイルオッケー

   これが、私たちの“いつも通り”

   (everyday thank you)


   雨、雨、通り雨 過ぎていくね

   濡れてる街路樹も煌めいてる

   空、虹、見えるかな この後には

   明るい太陽が顔を出して


   キラキラと輝く 水たまりに

   パシャっと跳ねる音響かせたら

   揺れてる水面に空移して

   鏡越しの私が一歩進むよ


   あ、あーマイクチェック

   ワンツースリー

   にっこりスマイルも忘れずに

   ビシッと決めたら準備オッケー

   これが私たちの“いつも通り”


   フリースタイルなダンスシーンも

   思わずはじけ出す笑顔の数だって

   君がいるから止まらないよ

   テンポ上げて、ボリューム上げて

   心のストッパー外しちゃって

   もうめちゃくちゃな “いつも通り”にしちゃおう!


   ほら、今だ!

   ビシッと決めてこう!(everyday thank you)


 ――


☆☆


 ステージの上を跳んだり、回ったり、楽しそうに歌い踊る二人に、観客はみな笑顔で盛り上がっていた。

 そんな中、一人の男性が腕を組んだまま、ニヤッと楽しそうに笑う。


「次は、この二人……良いかもしれないな」


 フフフと、微妙に不気味な笑いをもらしながらも、男性はかのん達から目を離さない。

 そしてそれは、かのん達のステージが終わるまで続くのだった。


☆★☆☆★☆


「立花君、久世君。昨日のステージ、お疲れ様。時間もないなか、素晴らしいステージだったと、イベントの関係者達からも好評だったよ」

「ありがとうございます! 私も楽しかったです!」

「ん、私も」


 ミュージックフェスタの次の日、またしても学園長室へと呼び出されたかのんとつばめは、机を挟んで、学園長と向かい合っていた。

 ちなみに、今日はマイク先生はいない……どうやら、レッスンが入っているらしく、呼び出しもモバスタ経由での呼び出しだ。

 かのん達が落ち着いた頃合いを見計らって、学園長は「それでだね……」と話を切り出す。


「音楽関係の方からのオファーを頂いたんだ。どうやら今回のステージを見てくれていたらしく、君たちへ是非にと」

「音楽関係の方ですか? なんだろう、歌番組とかですか?」

「いや、ユニットでのCD作成のオファーだよ」


 さらりとした声で言われた内容に、かのんもつばめも“え?”という顔で首を傾げる。

 そんな二人を見て、学園長は少しおかしそうに笑い、「君たちのユニットCDを作りたいって話が来ているんだよ」と、もう一度話を繰り返すのだった。


「え、ええー!? CD、CDですか!?」

「CD……すごい。けど、踊れない」

「あー、そっか。踊れないのはちょっと残念かも」

「ん、CDじゃなくてDVDとかBDなら、ダンスの収録も出来る」


 そう言って、学園長の方へビシッと目線を向けるつばめに、学園長は苦笑する。

 だがいつまでも話を脱線させておくわけにもいかず、「それで、どうするかな? CD、作ってみるかい?」と、答えのわかっていそうな事を口にした。

 そして、その答えはやはり予想通りで……かのん達は、二人揃って「作ります!」と、頷くのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 なんとCDデビューの話が、かのんとつばめに舞い込んできた!

 しかし、そのCDのテーマは、自分たちで考えることに……。

 そこでかのん達は、参考になればと、とあるアイドルのデータを見てみることにしたのだが?


 第三十三話 ―― レジェンドの輝き ――

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