第三十話 決戦は日曜日!

 金曜日という、本選前最後の平日を迎えたかのん達四人は、今日の朝食でもバチバチと火花を散らし、それぞれに別れてレッスン室へと向かった。

 ちなみにあゆみは、そんな光景を"みんな燃えてるなぁ"と、苦笑気味に見守っていたりする。

 昨日の昼前には“なんとかなった”という報告を、つばめからメールで貰っていたこともあり、すでにかのんのことは心配していない。

 むしろ、今あゆみがするべきことは、日曜日のドラマ撮影を早く終わらせて、ステージに間に合わせるということ、ただ一つだけだった。


 さて、そんな人知れず気合いを入れるあゆみとは別に、レッスン室でも気合いを入れるアイドルが一人……。

 一年生にして、アイドルとしての力は三年生にも劣らないと言われる、一年トップの一人。

 そう、神城ツバキだ。


「私達も負けてられないわね」

「ツバキさん、楽しそうです~」

「ええ、凄く楽しみだわ。ライバルと呼べる仲間達と、こうしてステージを出来る事が。そして、戦えることが」

「はい~。かのんさん達のステージ、すごく楽しみです~」


 ゴゴゴゴゴと、地が鳴動するかと思うほどに燃えたぎる瞳を軽く受け流し、優しく包むかのように、穏やかな風が言葉を乗せて鼓膜を揺らす。

 まるで会話が噛み合っていない、こんなやりとりですら、二人は楽しそうに笑い合うのだ。

 同じゴールを目指していても、見ている方向が違うから、お互いにお互いを支え合える。

 あの牧場の合宿で、二人はそのことに気づけたから。


「私達は、絶対に勝てる」

「すごく楽しいステージにできます~」


 頷き合って、レッスン室の定位置へと向かう。

 夜空輝く大輪の如く、熱い花を咲かすために。


☆☆☆


「間違えたー!」


 場所は変わって、かのん達のレッスン室。

 そこでは、レッスン室いっぱいにかのんの声が響いていた。


「カノン、大丈夫。勢いは良い」

「つばめちゃん……それ大丈夫じゃないと思うんだけど」

「勢いは大事。お客さんの心にビシッと伝えられる」

「間違えたのをビシッと伝えちゃダメだよね!?」


 かのんのツッコミに「確かに」とつばめも考えを改め、「カノン、もっと覚えて」ともっともなことを言い放つ。

 その言葉に、かのんは「うぐっ」とうめき声を上げ、少ししょんぼりした顔を見せつつも、「がんばります……」と定位置へと戻った。

 それでも、一昨日までのような苦しさを感じないのは……やはり気持ちのつっかえが取れたからだろうか?

 歌い踊りながら横目で見たつばめの顔は、満面の笑みで、そのことがかのんにとっても、とても嬉しく思えた。


「でも、難しいー!」

「休憩する?」

「ううん、もう少しがんばる。がんばった後の方が、休憩も美味しいから」

「ん、分かった」


 汗をかきながらも笑顔を見せるかのんに、つばめはしっかりと頷いて背を向ける。

 そんなつばめの姿に、かのんは“よし!”と、心で気合いを入れて、また最初から踊り始めるのだった。


☆☆☆


「かのんちゃん、お疲れ様」

「あゆみちゃん! 早いね!」

「わたしは阿国先生との個人レッスンだったから」


 そんなことを話しながら、かのん達はあゆみの座っているテーブル席へと腰を下ろす。

 時計の針はちょうど十二時を指したばかりの時間で、食堂の席もまだまだ空きが見て取れた。

 ちなみに、今日のお昼ご飯は、かのんがオムライス、つばめはサンドイッチ、あゆみは秋刀魚の塩焼き定食だったりする。


「ユニットのレッスンは上手くいってるの?」

「んー、まだまだ間違えることは多いけど、ちょっとずつ減ってはきてる……はず?」

「大丈夫。少しずつ良くはなってる」

「つばめちゃんがそう言うなら大丈夫! うん、上手くいってるよ!」


 にぱーと笑うかのんに、あゆみも「良かったね」と笑顔で返す。

 これからの課題だとか、あゆみのレッスンの話とか、ツバキ達には負けない! とかを話していると、食堂にツバキ達もやってきた。

 というか、ちょうどかのんが言った“ツバキ達には負けない!”が聞こえるタイミングで来たらしく、ご飯に手をつけるよりも先に「私達も負ける気はないわ」と火花を散らしていた。


「まぁまぁ、ツバキさんもかのんちゃん達も落ち着いて」

「そうね。三日後には結果が分かるもの。今はお互いの技術向上に努めましょう?」

「うんうん、三日後が楽しみだね!」

「フレッシュアイドルカップでは付けられなかった勝敗、今度こそつける」


 せっかくあゆみが間を取りなしてくれたというのに、ツバキとつばめはまたしてもバチバチと火花を散らす。

 しかし、パートナーであるかのんはもちろん、ひなもまた「楽しみです~」とのんきに笑っていた。

 そんななか、あゆみが「そ、そういえば!」と、わざとらしく慌てたような声を上げる。

 あまりのわざとらしい声色に、ツバキは“状況に耐えられなくなったわね”と、あゆみが演技したことに気付いたものの……他三人はまったく気付くこともなく、「どうしたの!?」と各々驚いていた。


「え、えっとお昼から深雪先輩の番組があったなぁって……」

「それってこの間、キセキ先輩が出た番組だっけ?」

「うん。確か今日、ユニットカップの話をするって番組詳細に書いてあった気がして」

「へえ、なら見てみましょうか。もしユニットの名前が挙がれば、それは注目されてるってことだから」


 ツバキだけがあゆみの演技に気付いたことはあゆみ自身も気付いており、そんなあゆみからツバキへ、一瞬だけ向けられた視線から、ツバキもまたあゆみの願いに気付き、そう援護する。

 そうなればあとは、楽しいことが好きな三人が、勝手に盛り上がるだけだった。

 実際今回も、「注目ユニット! 気になる!」とかのんのテンションが上がり、話題はハルの番組へと移ったのだから。


★★★


「こんにちは、深雪ハルのアイドルステーションへようこそ。今日は僕、深雪ハル単独での放送となります」


 たった一人ソファーに座り、カメラへと微笑みかけるハル。

 ゲストのいない単独放送は、数回に一回程度の、ちょっと珍しいバージョン。

 しかしこれもまた、ハルがファンからの要望で行っている、一つのファンサービスだった。


「さて、今アイドル界で話題になっていることといえば……やはり、綺羅星学園のユニットカップでしょう。かく言う僕も、大注目しているイベントです」


 ハルの言葉と共に、斜め後方にスクリーンが現れ、キセキが画面へと映し出された。

 その画面を見ながら、「しかも今回は、現スタァライトプリンセスの星空キセキさんが、審査員として参加されますからね」と、声を弾ませる。


「そんなユニットカップに向けて、沢山のユニットが最近活動を開始したみたいです。その中でも、先々週と先週の日曜日に行われた”ユニットお披露目ステージ”で、良いステージをしたユニットが、やはり注目度高めですね」


 そう言ってカメラが映すのは、お披露目ステージで行われた、数々のユニットステージ。

 それぞれ短くダイジェストになってはいたものの、ツバキ達“おひさま日和”はもちろん、かのん達“ふれっしゅびーと”もしっかりと映っていた。


「アイドルには、人を笑顔に出来る、素敵な力がある。ついこの間、僕は体調を崩してしまったことがありました。そんなとき、僕を元気づけてくれたのも、アイドルのステージでした」


 懐かしむように、目を細め微笑むハル。

 それはアイドルの力を再確認した、ハルにとっても大事な出来事。


「きっと、今度のユニットカップもまた、沢山の人を笑顔にしてくれる、そんなユニットが現れると僕は信じています。いち足すいちは二……ではなく、無限大。ユニットには、お互いを輝かせ、さらなる高みへと昇らせる、そんな魔法のような力がある。そう言った意味で、注目度が高いのは……やはり一年生でしょう。成長の幅が広く、時に予想外なことまでしてみせる、そんな期待を込めて、僕は“おひさま日和”と“ふれっしゅびーと”に注目しています」


 ハルの言葉に合わせ、後方のスクリーンに、かのん達四人が映し出される。

 そんな画面を見てハルはまた少し微笑み、「僕はすごく期待しています。この二組が、ユニットの魔法で輝くのを」とかのん達への激励を飛ばすのだった。


「さて、時間も来たことですし、ステージの時間と行きましょう。ユニットカップに参加する、全てのアイドル達へのエールを込めて。僕の本気のステージを!」


☆★☆“深雪ハルのアイドルステーション”、ステージタイム -深雪ハル- ☆★☆


 カメラが映すのは、かのん達が……そしてキセキも立った、あの円形ステージ。

 “Silent Snow”のアイスブランドコーデを纏ったハルは、まるで溶けてしまいそうなほどに白く、そして儚さを感じさせた。

 しかし曲が始まると同時に、そんな儚さは露と消えることとなる。


 ――


   分厚い氷のように 閉じ込められた想い

   今解き放つ

   冷たい心はそう 寒い冬のようで

   僕の言葉を 吹雪でかき消していく


   嗚呼、遥か空に輝く星たちに

   手を伸ばすだけではなにも掴めない

   凍えきった身体 握りしめた夢に

   火を灯せるのは お前しかいない


   輝きが道を照らすのなら

   吹雪舞う雪原は無限の宇宙

   その心震わせて 扉を開いたなら

   見えるはずだ 照らす遙か夢が


   降り注いだ 無限の煌めき

   春を告げる 最後の雪

   アスタリスク スノー


 ――


☆★☆☆★☆


 楽曲名“アスタリスクスノー”は、バイオリンが主旋律を奏でる、少し特殊なロックサウンド。

 俗に言う、シンフォニックメタルにも近いサウンドの中で、ハルの声は、確かな熱と光を持って輝いていた。


「すごい……。これが深雪先輩の……」

「ええ、さすがね。以前から、名前だけは知っていたけれど、まさかここまでなんて」

「激しくないダンスは難しい。簡単そうに見えるけれど、あれだけの精度は、なかなか出せない」


 何度も噴水広場で会っているのに、未だにハルのステージを知らなかったかのんは、五人の中でも、特に衝撃を受けていた。

 それは、“一日三十分しか踊れない”という制約の中で、あれだけの技術を身につけるのは……並大抵の気持ちじゃ出来ないと、今本当の意味で知ってしまったから。


「私も、もっともっと頑張らなきゃ……!」

「ええ、そうね。こんな凄いステージで応援されてしまったなら、それに見合うだけのステージを見せないと」

「はい~。楽しくなるステージを作りましょ~」

「大丈夫。私達ならやれる」


 そう言って、気合いを入れ直す四人を、あゆみは少し眩しそうにみつめ、画面へと視線を戻す。

 そこには、疲れつつも晴れやかな顔で、ソファーにすわるハルが映っていた。


★★★


「僕のステージ、どうだったかな? 想いが伝わっていたなら、頑張った甲斐があるよ。……さて、というわけで、今日の放送はここまで。また次週からはゲストの方を呼んで、トークしていくので、これからもよろしくお願いします! では、また!」


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ハルに激励された四人は、決戦日である日曜日に向けて、さらにレッスンを重ねていた。

 ツバキとひなの“おひさま日和”、そしてかのんとつばめの“ふれっしゅびーと”。

 精一杯に努力を重ねた二組が、ついにぶつかる日がやってくる!

 

 第三十一話 ―― 開幕!ユニットカップ! ――

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