第二十九話 スタイルキープ

 ユニットカップまで二週間を切ったある日、かのんとつばめはユニットお披露目ステージに向けて、今日もレッスンを続けていた。

 繰り返し繰り返し行うレッスンに、いつも以上の熱が入る。

 それもこれも、ツバキ達のユニット……“おひさま日和”のステージに触発されたからだ。


「ごめん、歌の入りが少し遅れちゃった。もう一回お願い」

「分かった。カノン、ダンス難しい?」

「大丈夫。今までと曲のリズムが違うから、少し手間取ってるだけ。ごめんね、何回も」

「ん、大丈夫。踊るのは好きだから」


 その言葉を最後に、二人は定位置でゆったりと力を抜く。

 瞬間、流れた音に合わせバチッと体を動かし、同時につばめの歌声が響いた。

 楽曲“style keep”は、少し変わった歌詞で彩られるダンスポップナンバー。

 それゆえに、かのんはタイミングの取り方に苦労していた。


「――あっ。……ごめん」

「少し休憩。カノン、疲れが出てきてる」

「そ、そうかな。うーん、つばめちゃんの方が激しく踊ってるはずなのになぁ……」

「私はもう、体が覚えてる。だから、意識することは細かいところだけ」


 そう言って、つばめは最も難しい箇所の緩急の激しい動きから、急にビシッと止まる部分をやって見せる。

 例え曲が流れていなくても、つばめはきっちりとテンポキープしてみせ、その完成度の高さをかのんに感じさせるのだった。


「つばめちゃんはやっぱりすごいね! 見てるだけでワクワクしてドキドキしちゃうよ」

「ずっと続けてきたから。だから、なんとかなる」

「だよねぇ……。私なんて、この学園に入ってからだから、まだまだ全然だー。でも、そういった弱音はもっともっと頑張った後にしか言っちゃダメだよね! ようし、がんばる!」


 そう言って、かのんは“ラクウェリアス”をぐいっと飲むと「くぅ、染み渡る~!」といつものよくわからない反応を見せる。

 そして、つばめへと手を伸ばし「練習再開しよう!」と笑顔をみせるのだった。


☆☆☆


「つか、れたぁ~」

「おかえりなさい、かのんちゃん。レッスンお疲れさま」

「ただいまぁ~」


 レッスンを終えて、寮の自室へと帰ってくるなり、かのんはベッドへと頭からダイブする。

 そんなかのんの姿に苦笑しつつ、あゆみは「かのんちゃん、スカートが皺になっちゃうよ」と、声をかけた。

 しかし……。


「……」

「……かのんちゃん?」

「ぐぅ……すぅ……」

「かのんちゃん、本当に疲れてたんだね。お疲れ様」


 ベッドに飛び込むなり、すぐさま寝てしまったかのんに微笑みつつ、あゆみはそっと布団を掛ける。

 そして、“かのんちゃんに負けてられない!”と、鞄からドラマの台本を取り出して、机に向かうのだった。


☆☆☆


「カノン、振り付けを変える」

「えっ!?」

「昨日色々考えて、こっちの方がより映えるのと、お客さんも真似しやすくなるから楽しい」

「そ、そう……」


 モバスタで録画したらしいダンスをかのんに見せながら、つばめは「そう」と小さく頷いた。

 キレッキレのダンスを見せる画面の中のつばめに、かのんはテンションを上げつつも……「ん?」と首を傾げる。

 そして、「ねぇ、この振り付けって、私が踊れてないところばっかり変わってない……?」と少し落ち込んだ様な声を上げるのだった。


「気のせいじゃない。でも、カノンが踊れてないからじゃない」

「……本当?」

「嘘は言わない。嫌いだから」

「そ、そっか」


 つばめの言葉に気圧されたみたいに、言葉を引っ込めたかのん。

 そんなかのんがまだ納得してないように見えたのか、つばめは「勝つために考えた」と口を開く。

 実はつばめは……かなり負けず嫌いだったりするのだ。


「ツバキとヒナのユニットライブ、凄かった。二人の個性が上手く調和してたから」

「うん、そうだね! 見てるとドキドキしてワクワクした! それと、絶対に負けたくないって思った」

「そう。だから、考えた。お互いの強みを出せる振り付け」

「それが、これってこと?」


 確認するようにかのんが訊いた言葉を、つばめは「そう」と短く、それでいてしっかりとした声で返す。

 その目に闘志が宿っているように見えて、かのんは「わかった」と、頷いた。

 けれど、ユニットお披露目ステージまで数日を切ったこのタイミングでの振り付け変更。

 それがどれだけ無茶なことか、ダンスに本気で向き合っているつばめが知らないわけもなく……だからこそかのんは、ここからの数日が地獄の猛特訓になると、口から大きく息を吐いた。


「……はー、よし! やろう!」

「いくらでも付き合う。カノンなら絶対出来る」

「へへ、そこまで言われたら頑張らないわけにいかないよね! よーし、やるぞー!」


 「おー!」と気合いを入れて、かのんは拳を突き上げる。

 そんなかのんに、つばめも遅れて「おー」と追従し、二人だけの猛特訓が始まった。

 二時間起きに休憩を挟みながらレッスンを繰り返せば、次第に間違いも減っていき……レッスン室の外が真っ暗になる頃には、かのんは一通り踊る事が出来るようになっていた。


「さすが、カノン。一応踊れてる」

「な、なんとかだけどねー。でも、まだ全然身体に馴染んでないし、明日には踊れなくなってるかも」

「まだ数日ある。大丈夫」

「うん、がんばる!」


 両手を握り、グッと気合いを入れるかのんに、つばめも「私もがんばる」と頷いてみせる。

 そして、二人はなんとか夕食の時間中に食堂へと滑り込めたのだった。


☆☆☆


 あれから数日の間、みっちりと特訓に特訓を重ねた二人は、ついにユニットお披露目ステージを目前に迎えていた。

 ツバキ達“おひさま日和”のお披露目イベントと同じように、学園の講堂で行われるそのイベントには、沢山のお客さんと生徒達が来ていた。

 ……正直、ツバキ達の時よりも多いかもしれない。


「カノン、すごい数の人」

「す、すごいね……」

「ツバキ達のおかげ。あの二人が凄いステージをしたから、注目が高まった」

「そうなの!? たくさんの人に見てもらえるのは嬉しいけど、その分緊張しちゃうよー!」


 ステージ裏でジタバタと慌てるかのんに、つばめは「大丈夫」と言い切る。

 その言葉につばめの信頼が乗っているみたいに聞こえて、かのんは大きく息を吸い込み、「うん、大丈夫……だよね!」とつばめの手を取った。


(心臓はまだドキドキしてる。でも、大丈夫。一人じゃない)


 繋いだ手から伝わる、あたたかい温もり。

 その温もりが体中に広がるように感じて、かのんは口元を緩ませる。

 “私達なら大丈夫”……なんて、言わなくても伝わるような気がして。


「さあ、心よ。舞い踊れ!」

「私達は、誰よりも輝いてみせる!」


 お互いに頷きあって、ビシッとモバスタをセット。

 光り輝くゲートの先に、二人の新しい世界がきっとあると信じて。


☆★☆ユニットお披露目ステージ -立花かのん・久世つばめ- ☆★☆


 太陽照りつける野外ステージの上に、二人は現れた。

 広々と広がる空はまるで飛んでいけるほどに晴れやかで、二人にとってこれ以上ないほど、ピッタリなステージだった。


「こんにちはー! 私達……えーっと、そういえばユニット名って決めてたっけ?」

「決まってない。だから今考える」

「え、今考えるの!? えーっと……」


 ステージ上でいきなり繰り広げられる天然同士の会話に、お客さんも「がんばれー」と思わず声援を送ってしまう。

 そんな声援を受けながら、かのん達は“うーん”と頭を捻り……「私はほら、パッションって感じ?」と、かのんがまた訳の分からないことを言い出した。

 しかし、相手はかのんに引けを取らない思考回路をしているつばめ。

 いきなりの謎発言に、「むしろフレッシュだと思う」と、マトモな返答を返していた。


「私がフレッシュだとすると、つばめちゃんは……ダンス! とか?」

「ダンスは好きだけど、フレッシュダンスだとラジオ体操みたい」

「ラジオ体操は楽しいけど、ユニット名じゃないよね……」


 “ユニット名、ラジオ体操”のところで、お客さんも笑ってしまう。

 “このままだと、ただの漫才コンビになってしまう”と、かのんが頑張って言葉を引き出そうとしていると、唐突に「ビートとか。フレッシュビート」と、つばめが口を開いた。


「ふれっしゅびーと。ふれっしゅびーと! いいね!」

「それじゃあ、私達のユニット名はフレッシュビート。決定」

「決定、ふれっしゅびーと!」


 微妙にイントネーションが違う事につばめは首を傾げつつも、“とりあえず今はステージをしよう”と、思考を切り替える。

 予定外の唐突な漫才に、お客さんのテンションも上がったのは運が良いと、かのん達はダンスポップ楽曲“style keep”を披露するのだった。


 ――


   あ、あーあーマイクチェックチェック

   よし、笑顔の確認 ナイススマイル

   バシッと構えてスタイルオッケー

   これが、私たちの“いつも通り”

   (everyday thank you)


   雨、雨、通り雨 過ぎていくね

   濡れてる街路樹も煌めいてる

   空、虹、見えるかな この後には

   明るい太陽が顔を出して


   キラキラと輝く 水たまりに

   パシャっと跳ねる音響かせたら

   揺れてる水面に空移して

   鏡越しの私が一歩進むよ


   あ、あーマイクチェック

   ワンツースリー

   にっこりスマイルも忘れずに

   ビシッと決めたら準備オッケー

   これが私たちの“いつも通り”


   フリースタイルなダンスシーンも

   思わずはじけ出す笑顔の数だって

   君がいるから止まらないよ

   テンポ上げて、ボリューム上げて

   心のストッパー外しちゃって

   もうめちゃくちゃな “いつも通り”にしちゃおう!


   ほら、今だ!

   ビシッと決めてこう!(everyday thank you)


 ――


☆☆


 ツバキとひな、そしてあゆみは、今日のユニットお披露目ステージを客席でしっかりと見ていた。

 その完成度は高いとは言い難いが、まさに“かのんらしさ”と“つばめらしさ”を全面に押し出した、ツバキ達とは違うユニットとしてのアプローチのステージで、見ていると元気になってくるような、踊り出したくなるような……そんな魅力に溢れていた。


「かのんちゃん達、すごく楽しそう」

「ええ、そうね。今はまだ、かのんのパフォーマンスに足りないところがあるから、全体としてはまだまだだけれど」

「でも、つばめさんも楽しそうです~」


 ツバキやひなにしてみれば、ユニットカップで最も気を付けておきたい相手。

 それは、かのんの持つ“アイドルとしての力”が侮れないと知っているからこその評価であり、逆に言えば、かのんがこのままであれば特に問題の無い相手でもあるということだった。

 なぜならユニットカップは、ユニットであることが最低の条件であり……いくらつばめのダンス技術や、世界観を魅せる力があっても、かのんという“いわば足を引っ張る要因”がいるのならば、ステージでその力を発揮することは出来ないからだ。


「……でもかのん。あなたなら、このままってことはないわよね?」


 そう言って不敵に笑うツバキの目は、歌い終わったかのんの姿をしっかりと見つめていた。


☆★☆☆★☆


「楽しかっっったー!」

「お互い課題はある。でも、私も楽しかった」

「ユニットカップ本番は、あと一週間! もっと練習して、もっともっと良いステージにしようね!」


 ステージを終えた後だというのに、元気いっぱいにテンションを上げていくかのんとつばめ。

 そんな中つばめが「レッスン室でお互いの課題を確認しよう」と提案を出せば、かのんは即座に「わかった!」と頷く。

 しかし道中、“ラクウェリアス”を切らしていたことを思い出したかのんは、「購買で買ってくる。先に行っててー!」と、つばめとは別の方向へと走り出すのだった。


☆☆☆


「きらきらっとかがやく、みずたまりーに」


 鼻歌から、口ずさみに変わりつつ、かのんは駆け足気味に購買の方へと向かっていた。

 そして、角を曲がれば購買というところで……かのんの耳に「さっきのふれっしゅびーととかいうユニットなんだけどさ」と、話をする声が聞こえてきた。


「……ん? 私達の話?」


 普段のかのんなら、そのまま飛び込んでいって話をしにいくのだが……この時のかのんは、“つばめを待たせている”という気持ちから、ひとまず購買へと足を向けてしまった。

 その結果、かのんは自らに向けられた「久世さんとペアの子、力不足だよね」という言葉を耳に入れてしまうのだった。


「――っ!」


 “力不足”なことは、かのん自身分かっていなかったわけではない。

 むしろ、力不足だからこそ、こうして毎日頑張って練習しているのだから。

 けれど……。


「あんな子と組むなんて、久世さん、勝つ気ないんじゃない?」

「もしくは、あの子は引き立て役って扱いだとか?」

「なんにしても、あの立花って子……久世さんと組むなんて、迷惑になるって分かってなかったのかしら」


 立て続けに言われる言葉に、かのんはその場で足を止めてしまい……直後に、くるりと踵を返す。

 そして、つばめの待つレッスン室に飛び込むと同時につばめへと詰め寄り「つばめちゃん! 私、つばめちゃんの迷惑に……!」と、涙を流すのだった。


「カノン? いきなりなに。なんで泣いてるの?」

「私じゃ、つばめちゃんの足を引っ張るだけだって……パートナーとして力不足だから……」

「カノン?」


 さっきまでのテンションはどこにいったのやら、レッスン室に来るなりよく分からないことを言って泣き出したかのんに、つばめは首を傾げる。

 そして、両手でかのんの両頬をペシンと叩くと、「カノン。私のパートナーはカノンだけ。他にはいない」と、まっすぐ目を見て言い放った。


「……つばめちゃん」

「なに? まだ泣くなら、泣き止むまで叩く。あと、言い続ける」

「それは多分別の意味で泣いちゃうから……。でも、ごめん。ありがとう……」

「大丈夫。それよりも、早く泣き止んで。課題を話し合いたいから」


 いつもと変わらない表情と声色でそう言って、つばめはかのんから手を離す。

 そんなつばめの前で、涙をゴシゴシと袖で拭ったかのんは、「うん。もう大丈夫!」と笑ってみせるのだった。


「カノン、振り付けは覚えてる。でも、まだ自信なさげ」

「一人じゃないから、ミスしちゃうのが余計怖くて……」

「大丈夫、ミスしても良い。カノンの良さは、元気で笑顔がいっぱいあること。もっともっと楽しんで」

「う、うん。がんばる」


 そう言って頷いたかのんの顔は、やはりどこか陰があるように見えたが、つばめは“今はまだ気持ちの整理が追いついてないだけ”と、見なかったことにして話を進めていく。

 結局、課題の洗い出しを終えた時点で外は暗くなっており、つばめは「今日は休んで明日から」と話を終わらせて、かのんへと手を差し出した。

 その手がなんなのか分からないままに手を取ったかのんを、つばめはぐいっと引っ張り上げると、早々にレッスン室を後にするのだった。


☆☆☆


 翌朝、太陽がようやく顔を出し始めた早い時間に、あゆみはガチャという、扉が開かれるような音を耳にして目を覚ます。

 この部屋はあゆみとかのんの二人部屋。

 そして、誰かが入ってくるような気配もないということは……かのんが出ていったんだろうと、あゆみは寝ぼけ頭のまま理解した。


「でも、こんな早くに……?」


 寝ぼけ眼を擦って時計を見れば、まだ朝の五時半頃。

 学園の始まる時間どころか、朝食の時間までも一時間以上も前の時間だった。

 フレッシュアイドルカップのあとに行っていた、無茶な自主トレ以降は、緩やかに落ち着いていっていたかのんの行動だったが……ここにきて、急にまた自主トレを始めたことが、あゆみの心に、少しの不安を産み出すのだった。


 しかし、当のかのんは、あゆみがそんな気持ちを抱いているとは全然知らず、学園の周辺をとにかく走り続けていた。


(力不足なのは分かってる。けれど、一人じゃやれることも少ない)


 “だからこそ、今はとにかく体力と基礎を固めるんだ!”と、ランニング、発声、簡単なステップ練習と練習内容を変えながら、しっかりと汗を流していく。

 朝御飯を食べたあとは、つばめとみっちりユニットレッスン!

 そして、夜にはしっかりストレッチして、動画で動きを覚えて……。

 しかし――


「カノン。集中してない」


 翌日のレッスンで、つばめはかのんに、そう言い放った。

 きっとつばめ以外なら気にも止めない、ほんの少しの違い。

 けれど、つばめには……綺羅星学園随一のダンサーであり、かのんの親友でもあるつばめには、その違いは見逃すわけがないほどの違いだったのだ。


「――っ! し、してるよ?」

「してない。いつもより振りも小さい。……もしかして、別のこと考えて踊ってる?」

「それ、は……」


 つばめの問いかけに、かのんは言いよどみ、口を閉ざしてしまう。

 そんなかのんに、つばめは「本気じゃないと意味がない」と、言葉をぶつけ背中を向けるのだった。


(私だって本気なんだよ……。でも、このままの私じゃ、つばめちゃんの迷惑になっちゃうから)


 溢れそうになる涙を袖で拭って、つばめに遅れつつも、かのんは定位置につく。

 そして今日のレッスンは、お互い不完全燃焼の状態で終わってしまうのだった。


☆☆☆


 そんな不完全燃焼なレッスンから一夜明けて、つばめは珍しく入った写真撮影のため、とあるスタジオへとやって来ていた。

 今日の撮影は、つばめの愛するドレスブランド“Chrono'stEp”のカタログ撮影であり、踊っている時以外は無表情なつばめに、なぜこのオファーが入ったのか……連絡を受けた学園長もまた、首を傾げるようなものだった。


「久世さんは、ダンスシーンの撮影になります。踊っているところを撮影するので、いつもと同じように決めちゃってくださいね!」

「わかりました」


 スタッフさんの言葉に、つばめは頷いて……大きく息を吐いた。

 “もし笑顔を撮ります!”なんて言われていたら、つばめにとって難問すぎる課題になるところだったからだ。

 正直、踊っていていいなら、いくらでも来いの気分である。

 そんな気持ちで好きに踊っていたら「はい、オッケーです!」と、撮影終了のお知らせが来てしまうのだった。


「予想以上に早く終わった」


 写真撮影なんて聞いていたから、絶対夜まで帰れないと覚悟を決めていただけに、つばめは途方にくれていた。

 なぜなら、今日はもうレッスンをなしにして、かのんには自主レッスンの日にしてもらっていたから。

 “さて、どうするか”と、スタジオのあるビルの外へ出たつばめの視界に、よく見知った人の姿が見え……「アユミ」と、つばめは無意識のうちに声を出すのだった。


「あれ、つばめさん? どうしたんですか、こんなところで」

「撮影終わった。予想外」

「ああ、なるほど。予想以上に早く終わって戸惑ってるってことですね? それじゃあ、少しお茶しませんか? かのんちゃんとのユニットの話も聞きたいですから」


 そう言って笑うあゆみに、つばめは「分かった」と頷いて、あゆみの後をついていく。

 数分程度で到着した喫茶店で、お互いに好きなものを頼むと、「それで、ユニットの方はどうですか?」とあゆみが話を切り出した。


「少し危ない、かもしれない」

「そうなんですか?」

「カノンの様子が、少しおかしい……気がする」

「やっぱりそうなんですね」


 驚くこともなく受け入れたあゆみに、つばめは“えっ?”と、目を見開いて驚く。

 その表情に、あゆみは“つばめさんが表情を露にするなんて珍しい”と、心の中で微笑みつつ、「一昨日からかな? かのんちゃん、すごい朝早くから自主トレに行ってるの」と、話し出した。


「それに、寝る前もずっとつばめさんのダンス動画で振り付けを覚えようとしてるし……お披露目ステージの前までは、レッスン後はすぐ眠っちゃってたから、不思議だなぁって」

「でも、ステージは普通だった。私もレッスン以上に楽しかった」

「なら、何かあったとすればステージの後なのかも? ステージの後に何かありませんでした?」


 あゆみにそう言われて、つばめは「あ」と思い直す。

 忘れていたわけではなくて、それは“すでに終わった話”だと思っていたから。

 あの日のかのんは、なにを言っていた?


「迷惑?」

「え? ううん、迷惑じゃないですよ?」

「あゆみじゃない。カノンが言ってた」

「えっ? かのんちゃんが?」


 驚くあゆみに頷いて、つばめはその時のことを話し始める。

 その声は淡々とした、いつものつばめの声ではあったが、内心ショックを覚えていないわけではなかった。

 けれど、つばめには……そんな時、どんな顔と声をすればいいのか、分からなくなっていたのだった。


「なるほど、かのんちゃんらしいなぁ……」

「カノンらしい?」

「うん、かのんちゃんらしい。かのんちゃんは、いつだって友達が一番大事なんです。だからこそ、今回のユニットカップで、自分がつばめさんの足を引っ張ることがあれば、つばめちゃんまで皆から白い目で見られちゃうって考えたんじゃないかな?」


 入学してすぐに起きたツバキとのすれ違いも、つばめを誘った転校初日のダンス見学も、ひなを説得したフレッシュアイドルカップのことも……全てが、相手のためだったのかもしれない。

 もちろん、かのんにはそんなつもりがなかったのだろうけれど、結果として、"相手の好きがもっと輝けるように、引っ張る"ことに成功していた。

 それもすべて、かのんだったからこそ。


「カノンは分かってない。カノンを選んだのは私でもあるのに」

「でも、そんなかのんちゃんのことが、つばめさんも好きなんですよね。……だって、わたしも同じ気持ちだから」

「たぶんそう。でも、今はそうじゃない。カノンがずっと変わらないなら、私はカノンとは友達ではいられないから」


 無から変わらない表情の中で、つばめの瞳の輝きだけがより強く輝いたみたいに感じて、あゆみはその瞳から目を逸らせなくなった。

 まるで時が止まったみたいに感じられた静寂の中、つばめの口が開き、「ツバキと同じ、ライバルだから」という音が、あゆみの鼓膜を揺さぶる。

 それはまさに、"つばめが本気"だと分からされるような、そんな気迫を乗せて。


「つばめさんが友達じゃなくなったら、かのんちゃんは絶対悲しんじゃうと思うんですけど……」

「それでも、かのんの本気と戦いたい。今回は同じユニットだけど、お互いが本気じゃないとユニットである意味がないから」

「ツバキさんもつばめさんも、かのんちゃんのことを本当にライバルだと思ってるんですね。やっぱり、かのんちゃんはすごいなぁ……」


 呟くように言った最後の言葉は、つばめには上手く聞き取れず、つばめは首を傾げる。

 そんなつばめを見て、「なんでもないです」と手を振ったあゆみは、「それで、つばめさんはどうするんですか?」と話を元へと戻した。

 しかしつばめは、しばし考える素振りを見せたかと思うと……「どうしたら良いと思う?」と、少し顔を俯かせつつ口を開く。


「私は話すのが苦手。あゆみは不思議と話しやすいけど、人とこんなに話したのはほとんどない。レッスンやダンスのことなら話せるけど……」

「うーん。でも、わたしがつばめさんの代わりにかのんちゃんを説得するのは、少し違う気がするんです。ユニットのことは、ユニットで解決した方がいい気がします」

「そう、だけど……」


 顔を俯かせたままのつばめにあゆみは少し苦笑して、「でしたら、一つだけ」と前置きを置いてから、つばめへ言葉をかける。

 その言葉は、かのんにとって最も大事な言葉であり……だからこそ、一番効果があるんじゃないかと、あゆみは考えたのだった。


☆☆☆


 つばめとあゆみが秘密裏の会合を開いた翌日、今日も今日とて、かのんは朝早くからランニングや発声なんかの自主トレを行っており、つばめの目には気が散っている状態のように見えた。

 けれど昨日の話を聞いただけに、かのんのことを怒ることは出来ず……つばめは少し悶々とした気持ちでレッスンをしていく。

 そんな集中していない二人だからこそ、朝一番のユニットレッスンは散々な状況だった。


「ごめん! ごめんね、つばめちゃん!」

「良い。私も少し集中出来てなかった」

「つばめちゃんが集中出来ないって、珍しいね。って、私も人のこと言ってる場合じゃないんだけど」


 そう言って笑うかのんの顔には、やはりいつもの快活さがあまり見えない。

 だからつばめは、"今話しておかないと取り返しがつかなくなる気がする"と意を決して、「カノン、話がある」とかのんへ視線を向けた。


「話? あ、えっと本気ではやってるつもりだけど……」

「それは分かってる。カノンが私のために努力してくれてるのも分かってる。でも、それは違う」

「違う? 違うって何が」

「カノン。今、楽しい? 私とダンスするの、楽しい?」


 戸惑うような声を上げるかのんに、つばめはまっすぐに言葉をぶつける。

 それは昨日、あゆみから教えてもらった言葉……"かのんちゃんは、今つばめさんと一緒で楽しい?"という言葉をつばめ風に言い換えた言葉だった。

 そして、その効果は絶大だったようで、問われたかのんは、目を見開いたまま「それは、その……」と、言いよどむ。

 だからこそ、つばめは"言いたいことを全部言う"と、拳を握りしめて、さらに口を開き、言葉を紡いだ。


「私は楽しくない。今のカノンは、私の求めたカノンじゃないから。私が誘ったカノンは、いつだって楽しそうに踊る。振り付けを間違えても、タイミングをミスしても……レッスンや歌を途切れさせたって、楽しいって気持ちだけは絶対に途切れさせなかった」

「――っ!」

「だから私はカノンを選んだ。カノンと一緒なら、例えダンスのテクニックに差があったとしても……絶対に楽しいステージが作れると思ったから。それが、かのんの力だから」


 まっすぐに言葉をぶつけてくるつばめに、かのんは「でも、それじゃ……」と拳を握り、ぐっとつばめへと詰め寄る。

 そんなかのんから逃げる事もせず、つばめはしっかりとかのんの目を視線で貫き、かのんの言葉を待った。


「私が……私が力不足じゃ、つばめちゃんが悪く言われちゃう! そんなの、私は嫌だから。だから……」

「別に良い。むしろ、そんなの言わせるつもりもない」

「えっ?」

「だって、カノン。私達はツバキ達に絶対勝つ……違う、絶対に優勝する。私とカノンが組んだら、それくらい出来て当然だから」


 かのんの言葉すら、全てを受け流し、つばめはハッキリとそう断言する。

 抑揚も表情もないけれど、かのんの目にはつばめの瞳の輝きがしっかりと見えていて……その言葉を"本気"で言っていることがよく分かった。

 だから、それはつまり……。


「ねえ、つばめちゃん。本当に私でいいのかな。つばめちゃんみたいには踊れなくて、ひなちゃんみたいには歌えなくて、ツバキみたいにカッコよくもなれない。こんな私で良いのかな」

「大丈夫。カノンはカノンしかいない。だからこそ、カノンの輝きはカノンしか見せられない。私は、そんなカノンが良い」

「……あはは、そっか。そう、なんだ」


 倒れ込むように頭を肩へと預けてきたかのんを、つばめはぎこちなく抱きしめる。

 一筋の涙がかのんの頬を伝うけれど、それは絶対に見せず、かのんもまたつばめを抱きしめた。


「ねえ、つばめちゃん」

「なに?」

「勝とうね」

「当然」


 短く紡がれた言葉が、鼓膜を揺さぶって、心を震えさせる。

 ユニットカップの本選は、今日を除いて三日後に迫っていた。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 心を通わせ、ユニットとしての力を高めていく、かのんとつばめ。

 二人に呼応するように、ツバキとひなもレッスンに熱を込めていく。

 そんな中、かのん達は思わぬところから、大きなエールを貰うのだった。


第三十話 ―― 決戦は日曜日! ――

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