第二十八話 嵐の後は、おひさま日和

 かのんとつばめ、ツバキとひながユニットを組んでから数日が経ったある日。

 自主トレを終えたかのんとつばめが食堂へやってくると、そこにはツバキとひなが向かい合って食事を取っていた。

 その表情は柔らかく、二人のレッスンが上手いこといっているのが、遠目からでも見て取れる。

 かのんはそのことが少し嬉しくて……隣りにいたつばめが思わず首を傾げてしまうくらい、にんまりとした顔をしていた。


「ツーバキ! あとひなちゃんも、お疲れ様!」

「あら、かのん。なんだかこうしてお昼に会うのは久しぶりな気がするわね」

「はい~。ユニットを組んでからは、それぞれにレッスンで時間がずれていましたから~」

「少し早く切り上げたから踊り足りない。だから、また後で踊る」


 淡々と話すつばめに、ツバキは「相変わらずね」と苦笑する。

 しかし、一緒にお昼を食べなくなってから、数日程度だというのに、なんだかとても懐かしく感じてしまい……ツバキはふっと表情を緩めた。


「あゆみちゃん、がんばってるかなぁ……」

「ドラマの撮影でしょう? 大丈夫よ、あゆみなら」

「そうだけどー……」

「カノン、心配事は身体を動かせば解消する」

「それはつばめが踊りたいだけでしょ?」


 “なぜわかった……”と言わんばかりに言葉に詰まったつばめを見て、ツバキが呆れたように息を吐く。

 そんなツバキとつばめのやりとりに、かのんとひなは笑うのだった。


「そういえば、かのん達はユニットの名前、もう決めたの?」

「ううん。まだだよー」

「良いのがない」

「かのんさん達もですか~? ひな達も悩んでるのです~」


 それからしばらく、四人で「うーん」と頭を悩ませる。

 しかし、やはり良い案は浮かばず……ツバキの「そろそろ時間ね」という言葉に、ひとまず考えるのをやめるのだった。


☆☆☆


 レッスン室にキュッキュッと、軽快なリズムが鳴り響く。

 キレを見せながらも、どことなく優雅さすら感じさせるツバキのダンスは、共にレッスンするひなの心を強く弾ませる。

 そんなツバキの熱を受けて、ひなの声もまた、歌をより情感深く奏でるのだった。


「さすがね。ひなの歌声と共に踊ると、まるで優しい風と共に舞ってるみたいで、とても気持ちいいわ」

「ツバキさんのダンスもとても綺麗です~。格好良くて、大人っぽくて……まるでお月様みたいです~」

「ふふっ、ありがとう。さて、少し休憩にしましょう。ひなも喉を休めないと」

「はい~。ありがとうございます~」

 

 壁際へと座り込んだツバキの横に、ひなもゆっくりと腰を落とす。

 ユニットを組んでから少しは慣れてきたものの……ツバキもひなも、この二人だけの空間はどうにも落ち着かない。

 今まではかのんやあゆみを含んだメンバーで行動していたこともあって、あまり気にしたことはなかったが、こうして二人きりになると、ツバキもひなも強く実感してしまう。


 “相手のことが、よく分からない”ということを。


(だからと言って、このままの関係がユニットに対して正解だとは思えないわね)


 ツバキは横目でひなへと視線を向けながら、緊張感を消すように少しだけ目を閉じる。

 そして、気負わないよう……半ば演技するような気持ちで、「ねえ、ひな」と話しかけるのだった。


「今週末のユニットお披露目ステージのことだけど、ひなは今の私たちで大丈夫だと思う?」

「そうですね~。楽しんでは頂けると思います~」

「そう言うわりには、いつもより笑顔がぎこちなく見えるけれど? なにか思ってるなら言って。怒ったりはしないから」

「いえ~そういう訳ではないのですが~……」


 言いながら困ったような笑みを見せるひなを、ツバキは目を逸らすことなくじっと見つめ続ける。

 五人の中では、絡みの薄いひなとツバキではあったが、ひながそんな笑みを浮かべるときが少ないことくらいは、ツバキも分かっていた。

 そして、対するひなの方も、ツバキの瞳に秘める熱が容易に冷めないことくらいは、知っているのだった。


「ひな、このままステージをしても、成功はすると思います~。ツバキさんのパフォーマンスは本当にカッコ良くて、綺麗ですから~」

「ありがとう。でも、それは私だけじゃないわ。さっきも言ったけれど、ひなの歌声もとても魅力的で、その歌声が私たちの大きな力になるの」

「ありがとうございます~。なので、パフォーマンスに関しては、全然不安はないのです~。でも……それだったら、一人でもあまり変わらない気がするのです~」

「……一人でも変わらない、ね。確かに私の技術も、ひなの歌声も……ただ合わせるだけなら、ユニットとして組む意味はないわね」


 ひなの意見にツバキも同意はするものの、「でも、どうしたら良いかしら……」と、頭を悩ませる。

 ただでさえ、今週末がお披露目ステージ本番だというのに、ユニット名も決まってない状況で、その上さらにユニットである意味がないなんて、そんな元も子もない現状。

 正直、ツバキの頭はすでにパンク寸前だった。

 が、しかし、ひなとツバキは、やはり全然違う思考回路を持っていた。


「ひなは~もっとツバキさんのことを知って、仲良くなれば良いのかな~と思います~」

「……まるで、かのんみたいな能天気さね。でも、仲良くって言われても、お話ばっかりしてるわけにもいかないでしょ?」

「でしたら~おじいちゃんの牧場に行きましょ~。ひなのことを、ツバキさんに知ってもらえるチャンスです~」

「えぇ? あー、合宿ってこと? まあ確かに、あの牧場なら広々としてて歌もダンスも気持ちよくレッスンできそうだけど……」


 もはや天然を通り越して、ゴーイングマイウェイなひなの思考を、ツバキはなんとか読み解いてそう呟く。

 そのツバキの呟きを同意と取ったのか……ひなは「でしたら明日から行きましょ~」と、レッスン室を楽しそうに出ていくのだった。


「いや……え、えぇ……?」


 そうしてレッスン室の中には、事態に追い付けていないツバキの困惑した声が響くのだった。


☆☆☆


「おお、ひなやい。よく来たね」

「おじいちゃん、お久しぶりです~」

「ほっほっほっ、最近は手紙ばかりじゃったからのう。ひなに会えて嬉しいぞい。それと、神城ツバキさんといったかの? 数日とは言え、自分の家だと思って過ごしてくれい」

「はい。突然の申し出を受けていただき、ありがとうございます。数日、お世話になりますわ」


 まるで高貴な身分のご令嬢のように、しなやかに頭を下げるツバキ。

 ひなも着ている綺羅星の制服姿ではあるものの、周囲の風景と相まって、避暑に来ているようにも見える。

 もっとも、暑さを避けるのではなく、熱くなりに来ているのだが。


 そんなわけで、部屋へと荷物を置いたツバキ達は、早速レッスン着に着替えると、軽くランニングへと出かけるのだった。


「以前来たときにも感じたけれど、本当に広い牧場よね」

「はい~。昔は牛さんと羊さんの他にも、お馬さんもいたらしいです~」

「へぇ、馬に乗って草原を駆けるのは、すごく気持ちよさそうね」

「そうだったみたいです~」


 前回来たときには、見渡す限りに青々とした草原が広がっていた牧場も、十月も下旬に差し掛かった今となっては、少しだけ土色や秋色めいた風景に変わりつつある。

 ランニング中、そのことに気付いたツバキは、“あれからもう三ヶ月以上経つのね”と、少しばかりの感傷に浸っていた。


 慌ただしく過ぎ去っていった日々に、自分はどれだけ成長できたのだろうか?

 “Crescent Moon”のミューズになれなかった自分は、少しでもミューズに近づけただろうか?

 フレッシュアイドルカップで、つばめと共に優勝となった自分は、今度のユニットカップで勝てるのだろうか?


(分からない。けれど、出会って三ヶ月ほどしか経っていないひなとユニットを組むなんて、以前の私からは考えられないこと。……少しは変われているのかもしれないわね)


 そう頭の中でキリをつけて、ツバキはふふっと笑う。

 隣を走るひなは、そんなツバキには気付くこともなく、眼前に広がる広大な牧場風景に、不思議な懐かしさを感じていたのだった。


 ひなからすれば牧場の風景は当たり前の風景で、今回みたいに数ヵ月ぶりの来訪も、言ってしまえばいつものこと。

 今までは両親と共に来る以外の方法がない以上、どうしても長期休暇にしか来れなかった。

 けれど、こんな懐かしさを覚えたことはなく……とてもとても不思議な気持ちだった。


「身体も温まってきたし、そろそろレッスンを始めましょう」

「はい~。曲はどうしましょう~?」

「ずっと考えてはいるんだけど、ユニット名も決まらないから、方向性がハッキリしないのよね。むしろ、方向性が定まってないからこそ、ユニット名も決まらないのかもしれないけれど」

「あの~ずっと気になっていたのですが~、ツバキさんはどうしてひなを選んだのですか~?」


 唐突にそんなことを訊いてくるひなに、ツバキは「えっ?」と驚いた顔を晒す。

 それと同時に、“どうしてひな選んだのかしら……”と、ツバキの中に疑問が生まれるのだった。


「……無いものを持っていると思っていたから、かしら」

「無いものですか~?」

「ええ、多分そうだと思うわ。ユニットとして過ごした数日の間でも、私には無いものをひなは沢山見せてくれた」

「ツバキさんに無いものと言われましても~。ひなはもっと大人っぽくキリッとした感じになりたいです~」


 あまりにもひなのイメージとはかけ離れた願いに、ツバキは思わずプッと吹き出してしまう。

 そんなツバキを見たひなは、「むう~」と珍しく頬を膨らませてむくれると、「ツバキさんはキリッとしてるの、うらやましいのです~」と顔を逸らし口を尖らせた。

 ひなの言葉を受けたツバキもまた「私はひなの何でも楽しめる所とか、優しく受け止める包容力のあるところは、すごいと思ってるわ」と、反論するかのように、自らに足りないことを口から飛び出させる。

 しかし、ひなにはツバキの言ったことはよく分からなかったのか……「そんなこと、ないのです。みんなの方が素敵なのです」と、珍しく顔を俯かせた。


「ひな?」

「なんでもないのです~。ツバキさん、レッスンしましょ~」

「え、ええ。それじゃ、とりあえず“spring star”で、お互いの癖とかそういったのを確認しましょう」

「はい~」


 そう返すひなの顔は、いつもの微笑みのようで、ツバキは先ほどのひなは何だったのかと首を捻るのだった。


☆☆☆


「はい、そこまで。……少し休憩しましょう」

「はい~」


 ランニング後のレッスンを始めてから、すでに二時間ほどが経過していた。

 昼前だった太陽も気付けば頂点を越えており、キュルルルルと可愛らしい音がひなのお腹から響いてくる。

 その音に気付いたツバキは、ふふっと顔を緩めてから「お昼にしましょうか」と、ひなの手を取った。


「ツバキさんは~、とてもお姉さんなのです~」

「……なに? いきなり」

「ひな達のことを、いつもいっぱい見てくれてるのです~。レッスンでもいろいろ教えてくれて、こうして手を引いてくれてるのです~」


 手を繋ぎ、ひなのおじいちゃんの家へと向かう道中、ひながそんなことを言い出した。

 “お姉さん”……五人の中でのツバキは、確かにそうなのかもしれない。

 もっとも、あゆみ以外の三人が、目を離すとフラリとどこかに行ってしまいそうな性格なのが、余計にツバキをそうさせているのだが。


「お姉さん、ね。これでも私、ひな達と同い年なんだけど」

「はい~。そうなのですが~、こうして手を引かれると、とても安心できるのです~」

「そう。なら、良かったわ」

「なので~、やっぱりひな達のユニットは、ツバキさんをメインに考えた方が良いと思います~」


 にこにこと微笑みながら言い放つ言葉に、ツバキは“え?”と足を止める。

 ツバキだって、ひなの言いたいことは分かる。

 メインとサポートというユニットのスタイルもまた、ひとつのユニットとしての正解なのだから。

 けれどそれは……。


「ひなを引き立て役にしろってこと? それはあり得ないわ」

「でも、ひなは歌以外はダメダメですので~」

「私はそうだとは思わないわ。それに、仮にそうだとしても、そんなユニットをやりたくてひなを誘ったわけじゃないから」


 “じゃあ、どんなユニットをやりたくて誘ったの?”と訊かれても、まだツバキには上手いこと口に出来ない。

 けれど、これだけは言える。

 “どちらかが引き立て役になるようなユニットは、違う”ってことだけは。


「とりあえず、ユニットの方向性については、また後で話しましょう。まずはお昼をしっかり食べること。これも大事なレッスンの一つなんだから」

「はい~」


 止めていた足を再び動かして、ツバキはひなを連れて家へと向かう。

 ちらりと見たひなの顔は、特に気にしているような素振りも見えず、ツバキは少しだけ安心したのだった。


☆☆☆


 お昼を食べた後、ツバキとひなはユニットの話をしてはみたものの、やはり上手く纏まらず、“とりあえず休憩”と各々の時間を過ごすこととなった。

 一人になったツバキは、食後の身体を休めるように、ゆったりと椅子に座り、窓から外を眺める。

 明るく晴れ渡っていた午前と比べ、今では空を雲が覆い、牧場全体にどんよりとした空気が漂い初めていた。


「まるで私達の状況を表してるみたいね」


 そう一人呟くツバキの顔は、どことなく陰があるようで、ひなとのユニットになかなか苦戦しているのが、とてもよく見えた。

 ツバキ自身、自分がそんな顔になっているという自覚はあるものの、一人の問題ではないことが余計に頭をなやませる。

 そんなツバキへ追い討ちをかけるように雲は厚さを増し、窓はポツリポツリと雨音を奏で始めるのだった。


 一方その頃、ひなもまた、一人雨雲を見上げていた。

 女心と秋の空というほどに、この時期の天気は変わりやすく、晴れたと思えば雨が降る。

 ひなの心境もまた、午前中とはうって変わって、少しばかり曇り空だった。


「おや、ひな。一人でどうしたんだい?」

「休憩なのです~。おじいちゃんは、何をしてるのですか~?」

「わしはさっき帰ってきたところじゃよ。ほれ、この雨じゃからのう。雨雲が広がりだしたところで片付けたんじゃよ」


 ひなの祖父がそう言って窓の外へと目を向ける。

 ポツリポツリと降っていた雨は、いつの間にか勢いを増して、ざぁざぁと音を立てていた。

 雨の牧場はひどく寂しくなる。

 普段は自由に放たれている動物達もおらず、草の緑も木の緑も、すべてが黒く染まってしまうから。


「そういえば昔、ひなは雷が嫌いじゃったのう。こんな風に雨が降ると、“雷さん来ないで、来ないで”と、わしやばあさんの後ろに隠れておった。今はもう怖くないのかのう?」

「も~、おじいちゃん。ひな、もう中学生ですから~。雷は全然平気です~」

「ほっほっほっ。そうじゃなあ、ひなももう中学生じゃ。どんどん成長して、変わってきておるよ。友達もできて、毎日楽しそうじゃ」


 祖父の言葉に、ひなは「毎日、楽しいです~」と微笑む。

 そんなひなの言葉が本当に嬉しかったみたいに、祖父は目を細めて微笑み、「そうか、そうか」と何度も頷いた。


 “ひなのため”、そう言ってひなの両親と共に入学を勧めてから、少しずつ、ひなは変わってきていた。

 マイペースだからこそ、なかなか人との距離を縮められなかったひなが、テレビ撮影ではあるものの、友達を連れて牧場に来たこと。

 そして、争うことが嫌いな子なのに、フレッシュアイドルカップという戦いの場に参加したこと。

 少しずつ、本当に少しずつだけれど、ひなが新しい世界に羽ばたいていっているようで、手紙が来るたびに祖父は喜びを感じていたのだ。


「それで、ユニットの方はどうなんじゃ? もうすぐお披露目ステージなんじゃろう?」

「そうなのですが~、ちょっと困ってるのです~」

「ふむ、なにかあったのかのう?」


 心配そうな顔を見せた祖父に、ひなは「実は~」と今の状況を説明していく。

 のんびりと語られる内容を聞きながら、祖父は「ふむふむ」と適度に相づちをいれ、ひなが語り終わったところで「なるほどのう」と、頷いた。


「ひなはどうしたいのかのう? ユニットとしてではなく、ひながどうしたいのかが大事なのではないかのう?」

「ひなが、ですか~?」

「そうじゃ。ひながどうしたいか、じゃよ。ユニットと言えど、結局は二人の問題じゃ。ひながツバキさんと、どうしたいのか……それが大事なのではないかのう」


 祖父の言葉を飲み込むように、ひなは「ひなとツバキさんがどうしたいか……」と小さく呟く。

 そんなひなを見て祖父は小さく微笑むと、「たまにはぶつかり合い、喧嘩になるのも大事なことじゃよ」と、ひなの頭を撫でた。


「それがただの喧嘩ではなく、お互いが同じ場所を目指しての喧嘩ならば、きっと意味があることじゃ。ひなは優しい子じゃから、ぶつかり合うことは苦手じゃろう。しかし、強い想いをぶつけ合わなければ、伝わらないこともある。ひなが好きな人達ならば、きっと大丈夫じゃ」

「おじいちゃん……ひな、がんばってみます~」

「うむうむ。わしもひなのステージ、楽しみにしておるよ」


☆☆☆


「ツバキさん」

「あら、ひな。どうかした? 生憎この雨だから、お昼からは個人レッスンにしようかと思ってたのだけれど」

「わかりました~。でしたらその前に、もう少しお話しませんか~?」

「え? ええ、いいわよ」


 椅子に座ったままのツバキの正面にひなも座り、なぜか無言の時が流れる。

 “話をしに来たんじゃなかったなかったのかしら?”と、ツバキがひなの言葉を待っていると、ひなはやがて、意を決したような顔で「ひな、歌いたいのです」と口を開いた。


「え、ええそうね。ひなには歌ってもらおうと思ってるけれど」

「そうじゃないのです~。えっと、ひなは~ツバキさんと歌いたいのです~。隣で一緒に歌いたいのです~」

「隣で一緒に?」

「はい~。ひな、ツバキさんはいつも、カッコよくて素敵だな~と思っていて、みんなもツバキさんのステージがみたいって思ってると思ってたのです~。でも、さっきおじいちゃんに“ひなはどうしたいのか~”って聞かれて……ひなは、ツバキさんと歌いたいって思ったのです~」


 そう言うひなの顔は、少し赤らんでいて……内容を知らなければ、まるで告白した直後のような可愛らしさがあった。

 そんなひなの姿にツバキはふっと微笑んで、「そうね。私もそう思うわ」と短く返すと、椅子から立ち上がり、ひなの前へと屈み手を取る。

 まるで慈しむように手を撫でて「きっと、私もそう思っていたからこそ、ひなをユニットに誘ったの。私に無いものを持っているあなたと、一緒にステージに立ちたいって思ったから」と言葉を紡いだ。


「ツバキさん……」

「私達は最初から同じところを見ていたのね。一緒にステージに立って、一緒に歌いたいって。だったら後はシンプルに行けるはずよ」

「はい~。同じ想いなら~、きっと大丈夫です~」

「ええ、その通りね。私達二人が輝けるステージ、そのための曲なら……すぐに見つかるはず」


 瞳の奥に闘志を燃やすツバキに、楽しそうに微笑むひな。

 全く違う二人の気持ちが通じあった時……「あっ」とひなが小さく声をあげる。


「ツバキさん~、お外晴れたみたいです~」

本当ほんと、まるで私達の状況を表してるみたいじゃない」


 窓辺へと進んだひなが「雲ひとつない、きれいなおひさま。おひさま日和です~」と、楽しそうに口にする。

 そんなひなに、「晴天と日和は同じ意味だけど、言いたいことはなんとなく分かるわね」とツバキも笑うのだった。


☆☆☆


「ひな、準備はできたかしら?」


 学園の講堂奥にあるステージの裏で、イベントの開始を待つツバキが、傍らに立つひなへと手を伸ばす。

 「大丈夫です~」と、朗らかな笑みを浮かべながら、ひなはその手を取り、ツバキの前へと進み出た。


「これが私達の最初のステージ。失敗は許されない……けれど、それよりもなによりも、楽しみましょう」

「はい~。見に来てくださった、かのんさん達やおじいちゃん。それから他の全てのお客さんも楽しめるような、そんなステージにしましょ~」

「ええ、その通りね」


 ひなと目を合わせ、しっかりと頷きあう。

 そして手を繋いだまま、ツバキは左手で、ひなは右手でモバスタをセットした。


「ひな達の願いは歌にして」

「私達の道は、私達が作る!」


 二人は一緒に開かれたゲートへと飛び込む。

 その足取りは、とても軽いものだった。


☆★☆ユニットお披露目ステージ -神城ツバキ・皐月ひな- ☆★☆


 二人が現れたステージは、あの牧場を想起させる広々とした草原の上。

 繋いでいた手を離した二人は、ゆっくりと定位置へと向かい……流れ出した楽曲“Fire Flower☆”に合わせ、声を重ね始めるのだった。


 ――


   高く 強く 大きく 儚く

   放て 咲かせ 響け 

   幻想の花よ


   日々が過ぎゆく街を行き

   集う姿も移りゆき

   遥か遠くの夢の先

   一輪の花が咲き誇る


   嗚呼、夜空儚くて

   キラリ光る雫に夢を見た

   願い 焦がれ 想い 褪せて

   淡く消えゆく夏の日々


   遠く 響く 太鼓の音色

   大きく咲いて 泡に消え

   放て 咲かせと願うのは

   ただ黒き空が寂しくて


   強く 響け 歌よこの空に

   儚く散りゆく夢ならば

   咲いて 花びら燃やしきれ

   その一片までもを輝かす


   嗚呼、夏の 彩れ

   大輪の花よ


 ――


☆☆


 ステージを見に来ていたかのんとつばめは、ステージの上で楽しそうに歌い踊る二人に、目を奪われていた。

 カッコいいツバキに、可愛らしいひな。

 見た目も性格も……全てが違う二人だけれど、ステージを楽しんでいることだけは一緒みたいにみえて、それがより魅力を増しているみたいだった。


「これは負けてられないね!」

「強敵。でも、負ける気はない」


 相手が燃えるほど、自らの闘志も燃え上がるもの。

 ゆえに、ライバルだからこそ負けてられないと、かのんとつばめの心はどんどん燃え上がる。


「来週のお披露目ステージは私達の番! 絶対、ぜーったい負けないステージを見せるんだから!」



「ありがとうございます」

「ありがとうございます~」


 パフォーマンスを終えた後、ツバキ達はそう言ってステージの真ん中へと並ぶ。

 実はまだ、ツバキ達のユニット名は公表されておらず、今日のイベントの名前も“仮”とつけられていたのだった。


「ようやく正式なユニット名が決まりましたので、この場を借りてご報告させていただこうと思います」

「はい~。ひなと、ツバキさんのユニット名です~」

「そう。私、神城ツバキと、皐月ひなのユニット名は……」


「「“おひさま日和”に決定しました」~」


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ユニット名も決まり、イベントも大成功をおさめたツバキとひなのユニット“おひさま日和”。

 そんな二人のステージに触発され、かのんとつばめは心を熱く滾らせていた。

 しかし、かのんにはつばめとのユニットで、少し気になることがあって……。


第二十九話 ―― スタイルキープ ――

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