第二十七話 敵か味方かライバルか
十月も中盤に差し掛かった頃、五人でレッスンをしていたかのんが、突然「あー!」と叫び、モバスタを取り出した。
あまりにも唐突すぎた行動に、かのん以外の全員が驚き、バクバク鳴る心臓を押さえ、互いに目を見合わせる。
そんな四人のことにはまったく気付くこともなく、かのんは「みんな、時間。時間だよー!」とテンション高く声をかけたのだった。
「かのんちゃん、時間ってなんのこと?」
「え? あっ、言ってなかったっけ。今日ね、深雪先輩の番組に、キセキ先輩が出るんだって! しかも生で!」
「なるほど。かのんらしい理由じゃない」
「はい~。かのんさんは、星空先輩が大好きなのです~」
かのんのテンションが移ったようにみんなも盛り上がり始め、かのんが持ったモバスタをのぞき込む。
つばめはレッスン中断……つまり踊れないことに少し寂しそうな顔をしたものの、タオルで汗を拭いてから、かのんの傍へと座り込んだ。
★★★
「こんにちは、深雪ハルのアイドルステーションへようこそ。今日はなんと生放送でお送り致します。ゲストはご存じこの方!」
「星空キセキです。本日はよろしくお願いします」
以前かのん達が出演したときと同じスタジオで、ハルとキセキが笑顔で手を振る。
ハルは一番奥のお誕生日席という定位置に、そしてキセキは画面の中央で、斜めに向くように座っていた。
「はい、こちらこそよろしくお願いします。いや、なんていうか緊張しますね。生放送っていうのもありますけど、女子部とはいえ自分と同じ学校の、しかもトップアイドルの方ですし」
「いえいえ、そんな。深雪さんも“Silent Snow”のミューズであり、男子部の中でも冠番組を持つ唯一の方じゃないですか」
「あー、さすがに知ってましたか」とハルは照れつつ笑い、そんなハルを見てキセキもまた楽しそうに笑う。
その後も、仕事の話や学校生活の話が続き、二十分ほど経ったところで、ハルは「おっと、もうこんな時間ですか」と話を切った。
キセキも時間には気付いていたのか、「つい、いっぱい話しちゃいましたね」と苦笑交じりに言葉を繋ぐと、「では、私はそろそろ」と立ち上がる。
そんなキセキを見てハルは大きく頷くと、「それでは、星空キセキさんに歌ってもらいましょう! 曲はおなじみ……“Solo”!」
☆★☆“深雪ハルのアイドルステーション”、ステージタイム -星空キセキ- ☆★☆
キセキが姿をあらわしたステージは、以前かのん達がゲスト出演したときと同じ円形のステージ。
そこにただ一人立つキセキの姿は、凜としてカッコよく……そしてかのんには少しだけ寂しくも感じられた。
――
さぁ、ここから キセキを始めよう。
星の荒野彷徨う小舟は、ただひとつの光を求め
先へ 先へ と未知を進むんだ
けれど それは
生優しいことじゃなくて
傷ついてでも 諦めない
自分が必要だ!
さぁ、ここから 軌跡を始めよう
描かれていた 星座より
飛び出した自分がいる
さあ、ここから キセキを始めよう
可能性は 続いてく
それが 奇跡になる
――
☆★☆☆★☆
「やっぱりすごいね、キセキ先輩のステージ」
「ええ、私達よりも断然上を行くパフォーマンスが、立ち姿からも感じられるわ」
「ダンスも凄い。指先や腕の角度……全てに意識が向けられていて、世界を完全に作り上げてる」
「世界観の表現なら、表情からも感じられたかも。カメラに目が映るだけで、心の移ろいを表現してて……」
「はい~。すごい綺麗な歌声でした~」
それぞれがそれぞれの意見で、キセキのパフォーマンスの高さを口にしていく。
かのんはそんなみんなの意見を聞きながら、“みんなもすごいなぁ”と心の中で驚いていた。
だが、ツバキやあゆみもまた、素直に感動できるかのんの凄さを、心の中で感じていたのだった。
★★★
「ステージありがとうございました。いやぁ、さすが現スタァライトプリンセス! 圧巻のパフォーマンスでしたね」
「ありがとうございます。久しぶりの生放送で、少し緊張していたのですが、ちゃんと歌い切れて良かったです」
「緊張とか全然分からなかったですよ! いや、凄かった……なんかもう凄いしか言えなくなりそうなんで、違う話にしましょうか。なんでも今日は告知があるとか」
「はい、そうなんです」
話を変えたハルに笑いつつ、キセキは話のバトンを受け取り、「今度、学園主催で新たなイベントを開催することとなりました!」と視聴者にとって、全く予想外の発言を口にした。
直後セットの後方へと降りてきたスクリーンに、記載されていたものは……。
「その名も、ガールズユニットカップ! 二人一組のユニットで競う、対決イベントです!」
「ユニットカップ……もしかして星空さんも出られる予定ですか?」
「残念なことに、私は出られないんです。でも、審査員として参加する予定ですので、どんなユニットが登場するのか、今から楽しみにしています」
「なるほど。現スタァライトプリンセスに直接ステージを見て貰える良い機会というわけですか。これはなかなか気合いが入りますね!」
「そんな、大袈裟ですよ」とキセキが苦笑し、ハルもまた「そうですか?」と笑って返す。
和やかなムードで進んだ収録も、そろそろ締めの時間がやってきたのか、「楽しかったですが、そろそろお時間みたいです」とハルが上手いタイミングで話を切った。
「あら、そうなんですか?」
「ええ、そうなんですよ。残念ですが」
「それじゃあ、今日の所はここまで、ですね」
「はい。いずれまたゲストに来てくれることを期待してます。それでは、本日のゲストは星空キセキさんでした!」
☆☆☆
「こうやって見てると、やっぱり二人ともトークが上手いわね……」
「うん。わたし達が出た時よりも、深雪先輩に余裕があるみたいに見えたかも」
「まあ余裕がなかったのは……リハーサルでかのんがガチガチだったからかもしれないけどね?」
「そ、それは忘れてよー!」
「結果的に上手くいったんだし!」と胸を張るかのんに、ツバキは溜息を吐きつつ「本番で、台本にない答えをしたのは誰よ。まったく……」と一人呟く。
そんな三人の会話に混ざらず、黙ってなにかを考えていたようなつばめが「ユニットカップ、どうする?」と突然口にした。
突然の問いにかのん達も会話を止めて、それぞれが“どうしようかな”と考え始めた。
「んー、やっぱり私は出たいかな! キセキ先輩が審査員をしてくれるみたいだし。ここまで成長しましたよ! って見せたい!」
「わたしは時期次第……かな? 早いけど、年末用のドラマ撮影も増えてきてるから」
「そうね。私もスケジュール次第かしら。出来れば参加はしてみたいけれど」
「私も出たい。誰かと一緒に踊るのは楽しいから」
「それでヒナは?」と、最後まで悩んだまま何も言わないひなにつばめは投げかける。
元々ひなは争うことが嫌いなこともあって、前回のフレッシュアイドルカップも積極的には参加しなかった。
だからこそ、五人が揃っているこの状況で、つばめは訊いたのだ。
ひなにも参加して欲しいと、そう思っているからこそ。
「ひなはー……。やっぱり競ったり、争ったりは嫌です~。でも……」
「でも?」
「ステージで誰かと一緒に歌うのはやったことなくて、楽しそうだな~って思います~」
楽しそうに笑うひなに、かのんも嬉しくなって「楽しそうだよね!」と笑い返す。
それからの五人は、「誰と誰が組んだら面白いかな」とか、「いつやるんだろう」といった、ユニットカップの話で盛り上がるのだった。
☆☆☆
キセキがユニットカップの開催を発表した翌日のお昼前、モバスタに学園長からの全員一斉メールが送られていた。
その内容は、もちろんユニットカップのことについて。
開催日や参加条件なんかが明記されており、かのんは自分のスケジュールと見比べて、「参加出来るぞー!」とテンションを上げていた。
「みんなはどうなのかな? 聞いて見たいけど、お昼まではみんなバラバラなんだよね……気になるー!」
みんなの参加が気になって、かのんは一人でうずうずと変な動きをする。
ようやくマイク先生から、一人で自主トレしてもOKと許しを得たのに、かのんは気になって仕方がなかったからか、早々にトレーニングを終えて、食堂へと向かうのだった。
「あらかのん、早かったわね。まあ、予想はしてたけど」
「ツバキ! どうだった!?」
「はいはい。話してあげるから、ひとまず座りなさい」
食堂の椅子に座ってなにかの確認をしていたツバキに、かのんは机に身を乗り出すようにしてつめよる。
そんなかのんの勢いが面白かったのか、ツバキは呆れつつも笑ってしまうのだった。
「それで、ツバキはどうなの?」
「ええ、参加出来るわよ。その辺りは仕事のオファーも入ってなかったし、レッスンの時間も十分取れると思うわ」
「やった! じゃあ、」
「ただし、私はかのんとは組まないわ」
「一緒に……ってええぇ!?」
喜ぶ勢いのまま、ユニットに誘おうとしたかのんの言葉を遮って、ツバキはそうハッキリと宣言する。
かのんにとって予想外だった宣言に、かのんは驚き過ぎて一瞬固まり……「ど、どうして?」と驚いた顔のまま呟いた。
そんなかのんの反応は予想していたのか、ツバキは「誘ってくれるのは、すごく嬉しい」と微笑む。
「でも、かのんとは組まない……いいえ、組めないわ」
「組めないって、どうして? 私とツバキじゃ、パフォーマンスに差がありすぎるから?」
「いいえ、そうじゃないわ。ただ、私が勝負したいだけ。かのん、あなたと」
「私と?」
「忘れたの? 私は、かのんのこと“ライバル”だと思ってるわ。かのんと私が組めば、きっと輝ける。でも、私はそうじゃない……あなたの生みだす輝きと、私の作りだす輝きで競いたい。……真剣勝負よ、かのん」
まっすぐに目で目を射貫いて、ツバキは静かに闘志を燃え上がらせる。
ツバキの瞳の奥に熱いものを感じたかのんは、ゴクリと唾を飲み込んで、頷いた。
射貫いてくる瞳には、嘘も含みも感じない……それだけに、ツバキの言っている言葉には本心が感じられる。
だからこそ、かのんは「絶対に負けないよ」と拳を突き出したのだった。
☆☆☆
「にゅわー! 言っちゃったー! 絶対に負けないって言っちゃったー!」
あんな話をした手前、ツバキと一緒にいるのもなんだか躊躇われて、かのんは寮の自室へと戻ってきていた。
そして、ベッドへとダイブして……ゴロゴロとのたうちまわっていた。
「一緒に出てくれる人を見つけないと! あんなことを言った手前、見つからなくて出られませんでした、てへ! じゃ、済まされない!」
「……か、かのんちゃーん? 大丈夫?」
「あゆみちゃぁぁぁん! 私とおかえりユニットして!」
かのんがゴロゴロとのたうちまわっている間に、あゆみが仕事を終えて部屋へと戻ってきていた。
しかし、いつまで経ってもかのんが気付いてくれなかったため……声をかけてみれば、のたうちまわっていた勢いのまま、かのんはあゆみへと飛びつく。
そんなかのんに少し驚いたものの、あゆみは苦笑しつつ、かのんと一緒にベッドへと腰掛けるのだった。
「えっと、ただいま。それで、ユニットカップを一緒に出てってこと?」
「うん、そう! ツバキを誘ったんだけど、“ライバルだから、勝負よ!”って言われちゃって……」
「あー……ツバキさんなら言いそうかも」
「だから、一番気心の知れてるあゆみちゃんなら、お互いやりやすいんじゃないかなって」
「どうかな、あゆみちゃん」と、かのんは期待を込めた目であゆみの方を見つめる。
そんなかのんに、あゆみは嬉しく感じると共に……とても申し訳なくも感じていた。
「あのね、かのんちゃん。すごく嬉しい。嬉しいんだけど……わたしは一緒には立てないの」
「えっ!? も、もしかして既に誰かと組んでるとか!?」
「違っ、違うの! 本番の日に、ドラマの撮影が入っちゃってて、イベント自体に参加が出来なくなっちゃったの!」
「あっちゃー……そっかぁ……」
あゆみの話にかのんはがっくりと肩を落とし、全身からしょんぼりオーラを醸し出す。
そんなかのんに、あゆみはあわあわと慌てて「そう、ひなちゃん! ひなちゃんに聞いて見たら?」と、思いつきを口にした。
あゆみの提案を受けて、かのんは“そうだ、落ち込んでる場合じゃない”と気合いを入れ直し、モバスタでひなに連絡を取ってみる。
しかし――
「すみません~。ツバキさんから誘われまして~」
「えっ!? ツバキがひなちゃんを!?」
「はい~。ひなも驚いたのですが~、ツバキさんが凄く真剣な顔だったので、組むことにしました~」
「そうなんだ……」
かのんががっくりと落ち込んだのが通話越しでも分かったのか、ひなは「ごめんなさいです~」と、普段よりも幾分弱々しい声で謝った。
そんなひなに、かのんは「気にしないで。ユニットは違うけど、一緒に楽しもうね!」といつもの明るさで返し、通話を切るのだった。
☆☆☆
「カノン」
いろいろな生徒に声をかけてみるものの、良い返事はもらえないまま、かのんは夕日の差し込む校庭で、一人ぼーっと空を見上げていた。
そんなとき、かのんの後ろから聞き覚えのある声がかかり、かのんはくるりと声の方へと振り向いた。
「つばめちゃん。お仕事お疲れ様!」
「うん、ただいま」
「それであのね、つばめちゃんにお願いがあるんだけど……」
「奇遇。私もカノンにお願いがある。きっと、同じこと」
「それって……!」
喜色に顔を染めるかのんに近づいて、つばめは右手をスッと差し出す。
「ユニット、組もう。私達で」と、つばめが口にするよりも早く……かのんはその手を取って、大きく歯を見せて笑うのだった。
☆★☆次回のスタプリ!☆★☆
ガールズユニットカップが近づく中、かのん達よりも先にユニットを組んだツバキとひなだったが、ユニットの方向性がなかなか決められずにいた。
そんななか、ユニットのお披露目ステージの日が迫ってきてしまう。
そこで二人は合宿をすることにしたのだが……?
第二十八話 ―― 嵐の後は、おひさま日和 ――
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