第二十四話 君の笑顔は一等星!

 ごろんとベッドの上を転がって、かのんはあゆみのベッドとは逆にある壁の方へと身体を寄せる。

 夜遅くの変な時間に目が覚めてしまったかのんは、壁に額を付けながら「オファーかぁ……」と、小さく呟いた。

 同時に数時間ほど前に言われた、“侮れないライバルだと思っているわ”というツバキの言葉を思い出して、チクリと胸が痛む。


(どうしてみんな、私にそんなに期待を寄せるんだろう)


 “私はまだまだ全然輝けてないのに”と。

 輝けていないことは、誰よりもかのん自身が分かっていて、だからこそ余計に、周囲の期待が苦しい。

 助っ人をしていた頃は、期待されることがとても嬉しいことだったのに、今は全然違う。

 それは、みんなの期待に、想いに……返せる自信がまるで無いから。


(ダメだ、私! 弱気になるな!)


 ペシッと頬を叩いて、グッと気合いを入れ直した。

 そうしてかのんは、明日のためになんとか寝ようと目を閉じ、脳内で羊を数え始める。

 そんなかのんの様子をあゆみは背中で感じつつ、“今はそっとしておこう”と目を閉じたのだった。


☆☆☆


「いっちに、いっちに……!」


 ペースを保つために声を出しながら、かのんは今日もまた学園の周囲を走っていた。

 力不足な自分を少しでも鍛えるために、早朝から延々と走っているのだ。

 もはや、アイドルというよりもマラソン選手並の距離を走っていることは、かのん自身も気付いていないが。


「かのんちゃーん! 朝ご飯の時間、終わっちゃうよー?」

「ほえ?」

「ほら、かのん。早く汗拭いて行くわよ? 食べ損なっちゃうじゃない」


 かのんが寮の近くへと戻ってきたとき、寮の前で待っていてくれたらしいあゆみとツバキが、かのんへとタオルを渡してくる。

 そうして、ご飯のことなどすっかり忘れていたかのんは、二人に引っ張られるまま、食堂へと向かうのだった。

 ちなみに、ひなとつばめはすでに仕事へと向かったらしい。


「それで、今日はどれだけ走ってたの?」

「えーっと、分かんないや。数とか数えてなかったし」

「かのんちゃん、すごい早くに出ていったよね。わたしが起きたときには、もういなかったもん」


 “そんなに早かったっけ?”と首を傾げたかのんに、ツバキは大きく溜息を吐いて「長距離の選手にでもなるつもり?」と、ジト目でかのんを見てくる。

 ツバキの視線に「あ、あはは……」と誤魔化すように笑って、かのんはご飯を口の中へと運んでいった。


「二人は今日もお仕事だったっけ?」

「ええ、そうね。私はバラエティの仕事が入ってるから、この後出る予定よ」

「わたしもドラマの打ち合わせがあるから、もう少ししたら行かないとだけど……」


 言いながら心配そうにかのんへと視線を向けるあゆみに、かのんは少し困ったような笑みを浮かべつつ、「そっか。二人とも頑張って」と声をかける。

 かのんの様子が少しおかしいこともあってか、なんとも微妙な雰囲気になってしまった三人は、それから黙々と朝ご飯を片付け、食堂の入口で別れるのだった。


☆☆☆


「今はとにかく実力を……!」


 休んでいる暇なんてないと言わんばかりに、かのんは自主トレを始める。

 レッスンの予約が取れたときはレッスンを、取れなかった時はランニングやダンス、歌の聞き込みなど、毎日のように自主トレに励んだ。

 まさに鬼気迫るほどの勢いと熱意でトレーニングを重ねていくかのんに、あゆみ達はどう言葉を伝えればいいのか分からず、オーバーワークになりすぎないよう、見守ることしかできなかった。


 そもそもあゆみ達は、フレッシュアイドルカップでかのんよりも良い成績を残してしまっている。

 それだけに、“自分達の言葉では、かのんはまっすく受け取れないのでは?”と、躊躇してしまうのは、仕方のないことだろう。

 しかし、放っておこうとも思えず……この形に落ち着いてしまったのだ。


「でも、かのん。オファーの件はどうするの? 受けてから、そろそろ一週間が経つじゃない」


 今日も今日とて自主トレに励んでいたかのんにタオルを渡しつつ、ツバキはそう問いかける。

 一緒に来ていたあゆみも気になっていたのか、口には出さなかったものの同意するように頷いた。

 そんな二人に苦笑しつつ、かのんは「それは、その」と口ごもってから、わざと明るい顔を作り、口を開いた。


「うーん……お断りしようかなって」

「えぇ!? かのんちゃん!?」

「だって、私はまだまだだし……そんな私が、あんなに人気のあるブランドの新作ドレスのお披露目とかCMキャラクターとか、ちょっと場違い過ぎるよね」


 「だから、」と続けようとしたかのんの言葉を遮って、「かのん!」とツバキが声を荒げた。

 ツバキの闘志を滾らせた目は、痛みを感じるほどにかのんの目を射貫き、かのんから一切の言葉を失わせる。

 しかしその瞳の奥にある気持ちに気付いて、かのんは自分がどれだけ酷いことを言ったのか……ようやく理解したのだった。


「ごめん、ツバキ。その……」

「いいわよ。正直、かのんの気持ちも分からなくはないから。でもね、かのん。チャンスは未来にしかないの。過ぎ去ってしまった過去を悔やんでも、そのチャンスを手にすることは出来ないわ。……だから、ちゃんと考えて」

「……うん」


 暗い顔のまま俯いてしまったかのんに、ツバキはバツが悪そうな顔をしつつも、短く息を吐いて気を取り直す。

 そして、ペチンと軽くかのんの頭を叩いて、「私はレッスンがあるから、そろそろ行くわね」と笑いかけ、背を向け去っていったのだった。


「ああ~、やっちゃった~……」

「大丈夫だよ、かのんちゃん。ツバキさんも、ちゃんと分かってくれてると思うから」

「で、でも~」


 ツバキの姿が見えなくなった途端、かのんはすぐ近くで様子を見守っていたあゆみに飛びついた。

 その顔は“どうしよう、どうしよう!?”といった、大慌て&後悔が混ぜ混ぜの色と表情を見せていて、あゆみは少し笑ってしまう。

 しかし、そんなあゆみの表情には全く気づかず、かのんは「ツバキが、でもツバキが~」と喚いていた。


「それよりもかのんちゃん。オファーの件、わたしも断っちゃうのはもったいないと思うな。かのんちゃんの大好きなブランドのトップデザイナーさんからのオファーだよ? ワクワクしたりしない?」

「それはそうだけど……」

「最終的にどうするのかは、かのんちゃんの気持ち次第だけど、誰かに相談してみるくらいはいいんじゃないかな? わたし達でもいいけど、わたし達じゃちょっとって思うなら、もっと別の人とか」


 抱きついたままのかのんの頭を撫でながら、あゆみは優しく言葉を重ねていく。

 その言葉はかのんに言っているようで、同時にあゆみはあゆみ自身のためにも口に出していた。


(そう。この相談は、わたしやツバキさん達では、本心へと届けられない。ライバルで、友達だから)


 心で決めて、あゆみはぐっと力を込めると、「だから、かのんちゃん。行ってらっしゃい!」と、抱き締めていたかのんをくるりと反転させて、その背中をドンッと押し出した。

 急に突き出されたかのんは、「うひゃあ!?」と変な声をあげ驚いたものの、振り返った先で見えたあゆみの表情に、なにも言えず、しぶしぶと自主トレを再開するのだった。


 走り去っていくかのんの後ろ姿を見ながら、あゆみは「わたしも頑張るから」とモバスタを取りだし、どこかへと電話かけた。


☆☆☆


 自主トレを再開したかのんは、学校や寮のある方向へと向かう気が起きず、ルートを変更して噴水広場のある方向へと走っていた。

 そして、その場所にはまた一人……かのんの知り合いがベンチに座っていたのだった。

 いや、かのんはもしかすると無意識のうちに、あゆみのアドバイスを実行しようとしていたのかもしれない。

 なんにせよ、噴水広場のベンチにはハルがいて、ハルもまた、走ってくるかのんを見て微笑んだのだった。


「やあ、かのんちゃん。こんにちは。自主トレかな?」

「深雪先輩、こんにちはです。自主トレで走ってます!」

「いつも元気……ではなさそうだね? 表情が少し固く感じるけど、なにかあったのかな?」


 ベンチのすぐそばまで来たかのんを見て、目ざとく異変に気づいたハルは、心配するような声と表情で、座っていた位置を横へとずらす。

 そうして少し空いたスペースにかのんは「失礼します」と腰を下ろし、「あはは……」と軽く笑ってみせる。

 しかしハルの表情はまるで変わらず、一言も発さない姿に、かのんは観念したようにポツリポツリと状況を話すのだった。


「……というわけで、ツバキの気持ちも分かるけど、お断りしようかなと思ってて」

「なるほど。でも、かのんちゃんの顔には“納得できてない”って書いてあるように見えるけど?」

「えっ、そんなこと」


 ペタペタと顔を触って表情を確かめるかのんに、ハルはふっと微笑んで空を見上げた。

 その空の色は晴天とは言い難く、どちらかと言えばどんよりとした曇天で、まるでかのんの心境を現しているような空模様。

 “いつもなら眩しいくらいに”とハルは一人心の中で呟いて、未だ自身の顔を気にしているかのんへと視線を向け、口を開いた。


「かのんちゃんは知ってるよね。僕が、一日三十分しか運動出来ないこと」

「え? はい、もちろん。それでも努力していくんだって、深雪先輩が教えてくれましたよね?」

「うん。でも、不思議には思わなかった? どうして、僕がたったそれだけの時間しか運動ができないのに、アイドルで居続けようと思うのか」

「うーん……ファンが多いから、とかですか? あゆみも深雪先輩を知ってたくらいですし、有名人なのかなーって」


 かのんのその言葉にハルはフッと吹き出して「そういえば、かのんちゃんは僕のこと知らなかったんだっけ」と笑いだした。

 初めて会ったときの事を思い出して、かのんの顔は真っ赤に染まり「そ、それはもう忘れてくださいー!」と、ぷんすかと怒り出す。

 そんなかのんに、ハルはなんとか笑いを抑えつつ「ごめんね」と口にして、深呼吸の後「えーっと、話を戻そうか」と切り出すのだった。


「ファンがいるっていうのも、そうかもしれないね。でも、かのんちゃん。僕らアイドルは、自分だけの力で輝いているのかな?」

「いえ、ファンのみんな……友達やライバル、応援してくれるみんながいるから、私達は輝けるんです。楽しいとか、好きとか、そういった想いを受け取って、私達は輝いてる。同じ気持ちだよって返したくて、私はもっともっと輝こうと思うんです」

「うん、そうだね。だけど、僕らに力をくれるのはファンのみんなや、ライバル達だけじゃない。ステージの上で最も近いところで、力をくれている存在を忘れないで欲しい」


 そう言ってハルはモバスタを取り出し、その画面に煌びやかな衣装を表示し、かのんに見せた。

 そこには、白を基調とした礼服のような衣装が表示されており、所々に雪の結晶をモチーフにした薄青く光る装飾がかのんの目を奪う。

 男性向けだからか、かのん達の来ているドレスとは作りも装飾も違うけれど、不思議とドレスを見た時のようなドキドキがかのんの心に訪れていた。


「これは僕が使用させて頂いているステージコーデ。ブランド“Silent Snow”の“アイスブランドコーデ”だよ。実はね、僕は一応“Silent Snow”でミューズをさせて頂いてるんだ」

「ミューズ!? え、深雪先輩がですか!?」

「うん、そう。でも生憎、身体が弱いからね。新ドレスのお披露目やCM撮影には出られなくて、僕がミューズって知ってる人は非常に少ないんだけど」


 ハルはそう笑いながらモバスタの画面を切り替えて、今度はハルと知らない男性のツーショット写真を画面へと表示させる。

 その写真に写るハルはいつもの穏やかな微笑ではなく、とても楽しいと、心からそう思っているような満面の笑みで、一緒に映る男性とピースをカメラに向けていた。

 この写真が本当にハルの写真なのか疑ってしまうほどの写真に、かのんは何度もハルの顔を写真を見比べ、驚きで口をパクパクする。

 そんなかのんにハルはまた笑い、「そんなに表情が違うかな……」と困ったような声を出した。


「この人は“Silent Snow”のトップデザイナー“冬堂とうどうコウ”さん。ちょうど一年前だったかな……僕のために作ってくれた衣装を着て、ステージをした後の写真でね、彼からミューズだって宣言されたのもこの日だった。その時、コウさんが言ってくれた言葉は、今でも僕の背中を支えてくれているよ。なんて言われたかは、秘密だけどね」

「ええー! そこまで言って秘密なんて酷いです!」

「僕にとって、苦しくても辛くてもアイドルを続けていけるほど、とても大切な言葉だから。大事に僕の中にとっておきたいんだ。ごめんね」


 むぅ、とむくれるかのんに苦笑しつつ、ハルはモバスタをポケットへとしまう。

 そしてまた空を見上げながら、「僕にとってステージ衣装は、何よりも強い味方だ。そして、そんな味方を生み出してくれるデザイナーさんは、とても大切な仲間だと思う」と目を輝かせた。

 その輝きは言葉を伝って、かのんの耳へと届き……その身を震わせた。


「だから、かのんちゃん次第でオファーを断るのは全然問題無いと思う。でもその前に、一度話をしてきたらいいんじゃないかな? きっとデザイナーさんも、かのんちゃんのステージを見て、何かを感じてオファーをくれたはずだから。そんな意見を貰える機会なんて、なかなか無いんだから」

「で、でも……」

「それに、オファーを断るなら、ちゃんと顔を合わせて断ってこないと。トップデザイナーさんが名指しでオファーしてくれたのに、失礼じゃない?」

「えっ、そういうものなんですか!?」

「うん、そういうものなんだよ。だから、行ってらっしゃい」

「は、はい! 行ってきます!」


 やることが明確になったからか、走ってきた時に比べると、幾分スッキリした顔を見せるかのんに、ハルは少しホッとしながら笑って送り出す。

 かのんのステージに元気を貰ったことのあるハルとしても、かのんの顔が曇っているのは、見逃せなかった……だからこそ、こうして自分の話で多少なりと元気を取り戻すことが出来たのは、心から嬉しいことだった。

 それと同時に、“僕もかのんちゃんの仲間でいられるように、頑張り続けないとな”と、去って行くかのんの後ろ姿に決意を固めるのだった。


☆☆☆


「HEY! ついたぜベイビー! “Smiley Spica”の本拠地、スマイルパークだぜェ!」

「ここが、“Smiley Spica”の……!」


 マイク先生が運転する車が止まったのは、郊外にある遊園地“スマイルパーク”の入口だった。

 週末になると家族連れが沢山訪れることで有名な遊園地であり、笑顔を重要視する“Smiley Spica”らしい本拠地だ。

 今日は平日なこともあって、入場者は少なめではあったが、園の中からは楽しそうな声が響いてきていた。


「……綺羅星学園の者ですが、お電話で――」

「ああ、はい。聞いてますよ。デザイナーの春風がいるのは園の一番奥にある、スマイルタワーの最上階です。どうぞ」

「ありがとうございます」


 「おおー」とか「ほえー」とか、かのんが園の中から響いてくる声や匂いに感嘆の声を漏らしている間に、マイク先生は受付を済ませ、「行くぜェ、スタンディングフラワー」と背中を叩いた。

 その声と行動に顔をキリッと整えたかのんは、「はい!」と気合いの乗った声で答え、園の中へと踏み込むのだった。


 十数分ほどかけてスマイルタワーの最上階へと辿り着いたかのん達は、デザイナーがいると言われた部屋の前で、気合いを入れ直していた。

 緊張しているのはかのんだけでなく、付き添ってくれているマイク先生も少しだけ笑顔が硬い。

 しかしそれも仕方ないことかもしれない……状況によっては、オファーを断るかもしれないのだから。

 けれどこのままここに居るわけにもいかないと、マイク先生は意を決して「失礼します」と扉を叩いた。


「綺羅星学園から来ました、グレール・マイクです。本日は急な訪問に対応していただき、ありがとうございます」

「あ、えっと私は綺羅星学園一年の立花かのんです! ありがとうございます!」

「かのんちゃんだー! 初めまして、ボクがデザイナーの“春風笑実えみ”! よろしく!」


 机を挟んで椅子に座っていたと思ったら、びょーんと机を飛び越えて、春風と名乗った女性がかのんの目の前で満面の笑みを見せ、手を取った。

 まるでゲームかコメディアニメのワンシーンのような動きに、かのんは驚くことも出来ず「ほえ?」と呆けた顔を見せる。

 そんな顔に春風は悪戯が成功したみたいに、キシシと笑い、スルリと後ろに下がって来客対応用に置かれていたソファーへと腰掛けるのだった。


「ささ、座って座って。話は座って聞くよ。あ、お菓子とお茶もいるよね。――おーい、お茶とお菓子ー!」

「座ったかと思えば、すぐさま廊下に顔出して叫ぶとは……クレイジーなトップデザイナーだぜェ……」

「ほらほら、座った座った! それとも二人して、人を見下ろすのが好きなのかな?」

「ち、違います!」


 ソファーに座り直してから、からかい気味に言われた言葉に、かのんとマイク先生は慌ててソファーへと腰を下ろす。

 そこへ、タイミングを合わせたようにお茶とクッキーが運ばれてくると、春風はすぐ手を出してクッキーを一つ口へと運んだ。

 そんなすごく自由に振る舞う春風に、かのんはなかなか話を始めるタイミングが掴めず、「あ、あの!」と、つい大きくなってしまった声を出すのだった。


「おわっ!? び、びっくりした。クッキーが鼻に入るところだったよ」

「ご、ごめんなさい。その、タイミングが掴めなくて」

「いやいや、ボクの方もごめんね。大好きなアイドルが会いに来てくれて、ちょっとテンション上がっちゃってて。話に来たんだもんね。いいよ、聞くよ」

「あ、ありがとうございます」


 急に顔を落ち着いた大人の顔に変えて、春風が待ちの体勢に変わる。

 その姿を見てから、ふぅと息を整えて、かのんは「どうして私にオファーをくださったんですか?」と話を切り出した。


「直球だねぇ、でもかのんちゃんらしいって感じ。どうも、その顔を見るに、ちゃんとした理由を知りたいって感じだね。もちろん、ボクがかのんちゃんの大ファンだっていうのもあるけれど、それだけで大事な新ドレスのお披露目キャラクターに選んだりはしないよ」

「……はい」

「一等星、それに最も近いと思ったから、かな? ――夜空に輝く星の数はそれこそ無数にあって、それぞれに輝きが違う。その中で強く輝く一等星も、実は二十一個あるんだ」


 言いながら春風は立ち上がり、窓のカーテンを閉めて、電気を消す。

 すると、天井がぼんやりと光始め、そこに星空を描き出した。

 煌々と輝く星にかのんは、今日何度目になるのか分からない呆け顔を晒しつつ「すごい」と、感嘆の声を漏らした。


「一等星はそれぞれに輝きが違って、そのほとんどが違う星座の中に入ってる。なんだかアイドルみたいじゃない? ひとりひとり輝きが違って、得意なことも違う。だからこそ、それぞれの方法、それぞれの場所で輝いてる。だからボク達デザイナーは、それぞれのアプローチでアイドル達が輝くのをお手伝いしてるんだ」

「……今日似たような話を、深雪先輩からも聞きました。ステージ衣装は何よりも強い味方。そんな味方を生み出してくれるデザイナーさんは大切な仲間だって」

「そう言ってくれると、ボク達はすごく嬉しいな。きっとその先輩とデザイナーさんは、強い絆で結ばれてるんだろうね」


 かのんの話を聞いて、心の底から嬉しいと言わんばかりの笑みを見せる春風。

 しかし、ものの数秒程度で笑みを顔から仕舞うと、春風は「続きを話そうか」と天井へと目線を向けた。


「ボクがかのんちゃんを選んだのは、最初にも言ったけど、一等星に一番近いと思ったから。ボクが輝かせたいと思う一等星にね」

「私が一等星に?」

「もちろん、技術はまだまだ四等星もいいところだと思うけどね」


 一等星という言葉に首を傾げたかのんへと、春風はズバッとそう言い切る。

 その言葉に、ぐうの音もでず切り裂かれたかのんは、「そ、そうですよねー……」と肩を落とした。

 しかし、春風はそんなかのんにキシシと笑いながら、「ボクが輝かせたいと思ったのは、かのんちゃん、君の笑顔だよ」と言葉を紡ぐ。

 “え?”と思いながら顔をあげたかのんを置いて、春風は部屋の照明を付け、カーテンを開けると、窓の外へと視線を飛ばした。


「笑顔って凄いんだ。元気を分け与えたり、楽しいって気持ちにさせてくれたり、技術は拙くても目を惹きつけてくる。ボクはそんな笑顔が大好きで、そのなかでもかのんちゃんがステージで見せる笑顔は本当に好きなんだ」

「私の笑顔……」

「そう! かのんちゃんの笑顔を見てると、大変でも疲れが吹き飛んだような気になるし、ステージが本当に楽しいって気持ちをボクも感じられる。きっとかのんちゃんのファンは、みんな同じことを感じてるんじゃないかな?」


 春風の紡ぐ言葉に、かのんの目から一筋の光が零れ落ちる。

 その雫がぽたりと膝上に落ちたことで、自分が涙を流していることに気付いたかのんは、“ああ、そうなんだ”と、自分が本心で求めていた目指すべき姿に、自分が近づけていることを実感したのだった。


「春風さん、ありがとうございます! 私、わかりました!」

「およ?」

「私、みんなに楽しいって気持ちを伝えられるアイドルになりたいって思ってたんです。でも、この間のフレッシュアイドルカップで、自分の力不足を目の当たりにして、私がしてることはアイドルとして違う事なんじゃないかって、もっとするべき事があるんじゃないかって思って……でも、届いてたんですね。……私の気持ちが、みんなに」


 涙を零しながら話すかのんに、春風は慈しむような顔を見せながら、「うん、うん」と頷きつつ話を聞く。

 そんな春風の前で、かのんはズビッと鼻を鳴らしながらも、「ありがとう、ございます!」と笑顔を輝かせた。


「やっぱりかのんちゃんは笑ってる方が素敵だよ。それで、どう? 私のオファー、受けてくれる?」

「はい! まだまだ技術としては拙い私ですけど、最高の笑顔で、楽しいを見せちゃいます!」


 満面の笑みで応えたかのんに、春風は「やったー!」と飛び上がって喜びを見せる。

 そんな春風に笑いつつ、かのんは目元の涙を拭うのだった。


☆☆☆


「かーのんちゃーん! ついについに今日が来たね、来ちゃったね! どう? どう? 今どんな気持ち?」


 “Smiley Spica”の新作ドレスお披露目イベントの舞台裏で、自らの出番をソワソワしながら待っていたかのんのところに、春風がやってきた。

 姿を見せたと思った瞬間、ずずずいっと顔を寄せて問いかけてきた春風だったが、あれから何度も顔を合わせていたかのんはもう驚くこともせず、「春風さん、顔が近いです」と苦笑するのだった。


「それで、どう? どう?」

「やっぱりドキドキですよー。でも、ワクワクもしてて、早くステージしたいって感じです!」

「さっすが、私の一等星! かのんちゃんをイメージして作った新作ドレス“星色カーニバルコーデ”に合わせて、ステージデータもとびっきりのを用意したから、めちゃくちゃ弾けちゃってね!」


 「はい!」と応えてから、かのんはモバスタの画面に“星色カーニバルコーデ”を表示させる。

 それは、黄色やオレンジといった明るい色を基調にしつつも、カラフルに色がちりばめられた、見ているだけでも楽しい印象を与えてくるドレスであり、膝少し上丈のスカートは、本体に重ねるようにアシンメトリーな布が左右に広がっている。

 ノースリーブなトップスの上に、スカートのアシンメトリー部分と同じ色のボレロを羽織れば、まるでマントを羽織っているようにも見え、いろいろな楽しみ方が出来るだろう。

 まさに、カーニバルと名乗るに相応しい楽しみが詰まっているドレスであり、かのんはこのドレスを見た瞬間、思わず笑顔になった。

 そう、“このドレスは、私のドレスだ”と、強く確信できるほどに、かのんのために作られたドレスだったのだ。


「春風さん。本当にありがとうございます! 私、楽しんできます!」

「うん、行ってらっしゃい!」

「はい! ――立花かのん、誰よりも輝いてみせる!」


 笑顔で見送ってくれる春風に笑顔で返しつつ、かのんはモバスタをセット。

 光り輝くゲートへ、弾き出されるように、勢いよく飛び込んだ。


☆★☆“Smiley Spica”新作ドレスお披露目ステージ -立花かのん- ☆★☆


 かのんがステージへと現れると、たくさんの歓声と拍手が出迎えてくれた。

 その声と音に手を振って応え、目に見えるステージを見渡せば、至る所に楽しいが詰め込まれた、おもちゃ箱みたいな景色が視界に飛び込んでくる。


(可愛くて楽しいがいっぱい!)


 弾けちゃって、という春風の言葉通りに、かのんの我慢ももう限界!

 そんなかのんの気持ちを察してか、ついにスピーカーから、この日のために練習してきた曲“虹色パッションノート”のイントロが流れ始めた。


 ――


   カレンダーを彩って

   虹色の毎日にしちゃおう


   楽しいは黄色 嬉しいはピンク

   毎日の思い出を色で塗りだしてみる。

   燃えるような赤色 少しクールな青色

   みんなといる、このときは虹色に。


   いろんな気持ちをカラーにして

   過ごしてきた日々は十人十色

   ひとりひとり違うから

   いつもすごいってみんな思える。


   笑って過ごした今日の日は

   ずっとずっと色褪せない七色 (レインボー)

   みんなといれば、どんな日も

   きれいな虹が空にかかっちゃうから

   大好きを色にして

   見たことない毎日にしちゃおう


 ――


☆☆


「かのん、いい顔してるじゃない」

「はい~。とても可愛くて楽しい気持ちになります~」

「ダンスはまだまだ。でも、それが良いって思える」

「うん。かのんちゃん、やっぱりすごいなぁ……」


 新作ドレスのお披露目ステージを見に来ていた四人は、かのんのステージを見て、笑顔を見せる。

 つばめの言った通り、かのんにはまだまだ技術が足りない。

 けれど、楽しそうに歌って踊るかのんは、その欠点を補って余るほどに、見てる人へと笑顔を咲かせてみせる。

 だからこそ、かのんは春風にとっての一等星たり得るアイドルなのだ。


「やっぱり、侮れないライバルね」

「観客へのアプローチが私とまるで違う。カノン、面白い」


 そして、かのんのそのステージは、技術的には遥か上を行く二人を熱く燃え上がらせる。

 ツバキはかのんを強敵として再認識し、つばめは興味深い対象として。

 そんな二人の変化を、すぐ近くで見ていたあゆみは、“すごいで終わっちゃダメなんだ”と、グッと拳を握りしめる。

 競い合うという気持ちの弱いひなを除き、四人の内三人の心に火を灯したかのんのステージは大成功をおさめ、ステージ後、かのんは“Smiley Spica”のミューズ候補と呼ばれるようになるのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 大成功をおさめた、“Smiley Spica”の新作ドレスお披露目ステージの影響は、ツバキやつばめ、そしてあゆみにも起きていた。

 他の四人とは違う自分だけの輝きを見つけようと、あゆみは講師の先生へレッスンをお願いする。

 しかし、その話は全然予想外の方へと転がっていくのだった。


 第二十五話 ―― 瞳のカメラ ――

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