第二十三話 八月三十一日、天気曇り

☆★☆フレッシュアイドルカップステージ -立花かのん- ☆★☆


 ――


   みんなの背中には はねがある

   小さくて 自分じゃ見えないけど

   私にはよく見えるよ

   その綺麗なはね 育てていこう


   キミの夢はなんだったっけ?

   お弁当屋さん? お菓子屋さん?

   それとも カフェの店員さん?

   どれもステキな、夢だから

   選びきれないね。


   だけど時には、立ち止まって

   お休みをしようよ

   焦っちゃったら 迷っちゃうから

   ゆっくり 深呼吸しよう


   (すー、はー……よし!)


   みんなの憧れは すごい原動力チカラ

   大きくて 引っ張ってくれるから

   キミにも出来るはず

   その夢のはねで 飛んでいこう


 ――


☆★☆☆★☆


 フレッシュアイドルカップから数日が経ち、気付けば八月も終わろうとしていた。

 ネット配信されていたフレッシュアイドルカップのステージを見ながら、自室でかのんは大きく溜息を吐く。

 実はこの数日の間に、かのんは動画を何度も見返しており、ツバキやつばめ、あゆみにひなのステージと見比べて……自らの低い完成度にぐでーんと机へと突っ伏すのが日課となっていた。


「うう、こんなにも……ぐぅ……」


 さらに、動画の後に表示されるスコアが、かのんの心をメッタ刺しにしてくる。

 “でも、そうなることは分かって参加したんだ……!”と、かのんは気合いを入れるものの、直後に始まるつばめのステージに、結局ノックアウトされてしまっていた。

 だが、かのんが成長していないわけではない。

 なぜならかのんの順位は、参加者の中でも真ん中より少し下の辺りと、入学試験の最下位に比べれば、格段の上達を見せていたのだから。


「ツバキとつばめちゃんが一位。ひなちゃんが四位で、あゆみちゃんが七位……そして私は十八位。じゅうはちい……」


 “十八位”という言葉が頭の中でリフレインし、心の全方向めった刺し。

 ステージは楽しいし、見ててもそれがすごく分かる……でも、それだけじゃダメなんだ。

 技術の足りない自分のパフォーマンスに、ほろりと涙が出てしまいそうになるけれど、かのんは目にグッと力を入れてそれを堪え、大きく深呼吸を数回。

 そして、「よし!」と気合いを入れた後、部屋を飛び出した。


(やれることを、少しでも!)


 そう思って行動したかのんは、学校の周辺をランニングしつつ、マイク先生に電話してレッスンのお願いをする。

 マイク先生には「受けてやるが、落ち着いてから電話しやがれェ!」とお叱りを受けたものの、午後からのレッスンを取り付けることはできた。

 “それまでの間、少しでも体力を付けよう!”と、かのんはランニングのスピードを上げ、とにかく走り続けるのだった。


 そして――、


「ダメだダメだダメだァ、そうじゃねェ! もっと腹を意識しやがれ! 高音を喉で出すんじゃねェ!」

「はい!」

「いいかァ、スタンディングフラワー。喉を絞めるな、むしろそれじゃ逆だ。高い音ほど喉を開け、リラックスだァ!」


 「はい!」と返事して、かのんは大きな深呼吸を繰り返す。

 力が入ってしまうのは、きっと負けたくないって想いがあるからだろう。

 かのん自身、その気持ちには気付いていて、少しでも落ち着こう、リラックスしようと手足をぶらぶらしたり、屈伸運動をしてみたり……いろいろしては見るものの、一向に変化は訪れない。

 そんなかのんレッスンを、マイク先生は「ヤメだ、ヤメだァ!」と首を振って中断した。


「そんな状態でレッスンしたところで、喉を痛めるだけで意味がねェ!」

「そ、そんな!」

「焦んな、立花ァ! お前はなんの為にアイドルやってんだァ!? てめェの夢くらい、てめェでしっかり掴んで離すんじゃねェ!」


 マイク先生の言葉に、かのんはビクッと身体を揺らして「で、でも……」と言葉を濁した。

 そうして何も言い返さないかのんに、マイク先生は力を抜くように息を吐いて、ドンと床にあぐらをかくと、「座んな、ベイビー」と床を指差す。

 おずおずと座ったかのんの前で、「お前の気持ちは分かるぜ?」とマイク先生は頷いてみせた。


「仲間の中で、一人だけが大きく順位を離してよォ。焦りも、もがく気持ちも分かるぜェ? 俺だって経験はあっからよォ」

「マイク先生も、ですか?」

「当たり前だぜェ? 何でもかんでも上手くいくってのは、ただの天才だけだ。俺もお前も、もちろんカミシロやエアマスターだって天才じゃねェ。アイツらにだって、できねェことは山ほどある。だが、アイツらは自らのやるべき事、やりてェことを、しっかりと見定めてんだ。だからこそ、ステージ結果に反映されてんだよ」


 「テメェはどうだ、スタンディングフラワー?」と、マイク先生はまっすぐに目を合わせてくる。

 マイク先生の視線に射貫かれたかのんは、脳裏に夢を……キセキに誓った目指すべき自分の姿を思い出した。

 しかし同時に、自らの夢が果てしなく遠いものだと感じて、かのんは悔しさに歯を食いしばる。

 そんなかのんの表情を見て、マイク先生は「夢ってのはデケェもんだ」と呟くと、宙へと視線を外した。


「デケェから尻込みすっけどよォ、目標になんだよ。そのまんまじゃ手にできねェデカさだからよ、ちょっとずつ削って、形にすんだぜェ?」

「ちょっとずつ……」

「スタンディングフラワー。お前の夢が何かはしらねェ。聞く気もねェ。だがよ、お前も少しずつは夢に近づいてんじゃねェか?」


 そう言って、マイク先生はかのんの頭をポンと撫でて「なァ、アイドル一年生よォ?」と笑い、レッスン室を出て行った。

 残されたかのんは、マイク先生の言葉を思い出しつつ、「私の夢……」と呟き、“遠いなぁ……”と床に寝転がるのだった。


☆☆☆


 かのんがマイク先生とレッスンをした時間から少し後のこと。

 突如モバスタで呼び出しを受けたかのんは、最近なんだかんだで訪れている学園長室へとやってきていた。


「こんにちは、立花君。急な呼び出しですまなかったね」


 いつも通りに学園長机の向こう側に座っていた学園長が、そう言って微笑む。

 かのんはそんな学園長に、「大丈夫です。急ぎの予定とかもなかったので」と返して、部屋の中を進み、机の少し前で止まった。

 最近なんだかんだで訪れていると言っても、やはり少し緊張するのか、かのんの顔は少し強ばっていた。


「立花君を呼んだのは、君に仕事のオファーが来たからだ」

「お仕事ですか? 私に?」

「ああ。それも、とびっきりの大仕事だ」


 フフッと不敵に笑った学園長が、バサッと書類をかのんに手渡してくる。

 そこに書かれていた言葉を目にした瞬間、かのんは「ふぇ!?」と変な声を出して驚いた。

 なぜならそこには、“Smiley Spica新作ドレス宣伝CM&ステージ”と大きく書かれていたのだから。


「が、がが、学園長!? これ、これ!」

「そう! “Smiley Spica”の新作ドレスイメージガールにと、オファーが入ったのだ! しかも今回のオファーは、トップデザイナー“春風笑実えみ”直々の依頼だぞっ!」

「いやいやいやいや、おかしいですよね!? なんで私が!?」

「なんでも、ファンらしい。言われても信じられないかもしれないが……」


 そう言って苦笑気味の顔を見せてくる学園長に、かのんもまた「確かに……」と頷いてみせる。

 特にかのんからしてみれば、自分よりもキラキラと輝くアイドルはいっぱいいると、この間のイベントで感じたばかりなのだ。

 そんな不甲斐ない自分に、ステージで着るくらいに大好きなブランドとはいえ、人気ブランドのトップデザイナーがファンだなんて正直信じられない。

 言ってしまえば、“何か企んでいるのでは?”と疑ってしまうほどに。


「まあ、受けるかどうかは立花君次第だよ。あちらも、すぐに返事をして欲しいとは言ってなかったからね」

「わかりました。ちょっと考えてみます」

「うん。よろしく頼むよ」


 では、と頭を下げて、かのんは学園長室から退室した。

 教室へと戻る道中、胸に抱いた資料をギュッと握りしめて、いろんな気持ちをない交ぜにした溜息を吐く。

 その顔は、“本当にどうすればいいのか”と言わんばかりに、不安を滲ませていて、普段のかのんとはまるで別人のようだった。


☆☆☆


「へえ、すごいじゃない。トップデザイナー本人からのオファーだなんて」

「うんうん! かのんちゃん、すごいよ!」

「さすがかのんさんです~」


 同じ日の夜、みんなが仕事から帰ってきたこともあって、一緒に晩ご飯を食べていたかのん達は、かのんが話すオファーの件に、満面の笑みを咲かせた。

 ちなみに声を上げていないつばめは、熱々の唐揚げを頬張りながら、グッと親指を立ててかのんを祝福していたりする。

 しかし、そんな祝福ムードの四人の前で、かのんは「あはは、ありがとう」と、作ったような笑みを浮かべるのだった。


「なんだかあんまり嬉しそうじゃないわね? かのん、どうかしたの?」

「え? いや、嬉しいよ?」

「カノンは分かりやすい。だから、嘘はあんまり良くない」

「……あはは、分かりやすいかぁ」


 またしても作ったような笑みを浮かべて、かのんは小さく溜息を零す。

 そんな普段とは違うかのんの姿に、ツバキ達は“どうしたのかな?”と顔を見合わせ、首を傾げた。

 一人俯いたかのんは、そんな四人の仕草にも気付かず、ぽつりと「分かんなくて」と口を開くと、手に持っていた箸をトレーの上にそっと戻した。


「なんで私なんだろうって。私、まだまだ全然みんなに追いつけてない。全然輝けてない……なのに、どうして私なんだろうって」

「それで? 何か企んでるんじゃないかって思ってたりするの?」

「そ、そこまでは……少し思ってるけど」


 「思ってるんじゃない」と、ツバキはかのんの反応に笑い声で返す。

 心の中を見透かされたかのんは、“むぅ……”と口を尖らせ、不満を顔に表してみせる。

 そんなかのんの表情に、ツバキはまたおかしそうに笑い、水を飲んだ後に「でも、」と口を開いた。


「見てる人がどう思ったかなんて、その人次第でしかないわ。良いと思ったかもしれないし、騙しやすそうっておもったかもしれない。でも、それはその人しか分からないわ」

「その人だけ?」

「ええ、そう。この間のフレッシュアイドルカップだって、あの場にいた観客の方々や、審査をしてくださった先生方。そんな沢山の人の気持ちで順位が決まっただけ」

「だから場所が違えば……審査する人が違えば、勝っていたのはカノンかもしれない」


 フレッシュアイドルカップで一位となった二人が、お互いの言いたいことを理解して、言葉を紡いでいく。

 その考え方は、かのんにとっては想像すらしなかったことで、ぽかーんと口を開いたまま呆けてしまう。

 そんなかのんの反応に笑いつつ、ツバキはかのんの目を視線でまっすぐ射貫いて、「私はかのんのことを、侮れないライバルだと思っているわ」と口にしたのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 自分よりももっともっと上のアイドルだと思っていたツバキから、ライバル宣言を受けたかのん。

 しかしかのんは、未だに自分だけの輝きを見つけられず、オファーにも返事を出せずにいた。

 そんなとき、かのんは先輩からお叱りを受けるのだった!?


 第二十四話 ―― 君の笑顔は一等星! ――

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