第二十話 マイスポット探求日!

「かのんちゃん、起きて!」

「ほら、かのん。起きなさいよ!」


 ゆさゆさと揺さぶられ、耳元で名前を呼ばれ……かのんは「ほえー?」と間の抜けた声を出しながら、おねむな目を開く。

 そんなかのんを見ながら、私服姿のあゆみとツバキは揃って苦笑し、「早く起きないと、朝ご飯無くなるよ!」とユニゾンしたのだった。


☆☆☆


「おはよー!」


 私服姿のひなとつばめが座る食堂の席に、にこにこと笑いながらトレーを持ったかのんが飛び込んで来る。

 その後ろには、朝だというのに疲れた顔をしたあゆみとツバキが続いており、つばめは何が起きたのかを、なんとなく察した。


「かのんさん、おはようございます~」

「おはよー、ひなちゃん! 今日はお出かけ日和なお天気だね!」

「はい~。ぽかぽかで気持ちいいです~」


 そんなつばめのとなりにかのんは腰を下ろし、斜め向かいにいるひなと話しながらご飯を食べ始めた。

 今日の朝ご飯はパンとカフェオレという簡易的なものであり、まさにメインディッシュはお話といった感じで、かのんに遅れて座ったあゆみとツバキも、会話に参加していくのだった。


「今日はみんな揃ってのお休み! 楽しみでなかなか眠れなかったんだー!」

「だから、朝寝坊したのね? あと、かのん、今日はお休みじゃないわ」

「ほぇ!? ま、まさか仕事とか……」


 テンション高く話を進めるかのんに、ツバキは苦笑しつつ、かのんの言葉にツッコミを入れる。

 ツバキのツッコミに驚き、おそるおそると呟いたかのんに、ツバキは「違うわよ」とキリッとした顔を見せつける。


「そういう意味じゃなくて、アイドルにお休みはないってこと」

「ええっ!? アイドルにお休みはないの!?」

「その代わり、オフがあるの。だから、今日はお休みじゃなくて、オフ日ね」

「オフ日……!」


 ツバキの言葉にかのんは感動した様子で目を輝かせ、「アイドルみたい……!」と呟く。

 みんなが苦笑するその反応に、ひなは「かのんさんは、アイドルさんです~」とかのんに微笑んだ。


「それで今日は、ひなの提案でみんなのオススメスポットをまわるのよね?」

「うん、その予定だよ! 最初に誰のところに行く?」

「私のところはまだやってない。お昼に行きたい」

「じゃあ、つばめのオススメスポットは二番目か三番目ってところね。あゆみは?」


 のんびり話を聞いていたあゆみは、急に話を振られ、「んっ!?」とパンを喉に詰まらせる。

 背中をかのんに叩いてもらい、一息ついたあゆみは「ありがとう、かのんちゃん」と、かのんにお礼を言ってから「わたしの所は早い方がいいかも」と、返事を返すのだった。


「なら、あゆみのオススメから行きましょう。その後は、行きやすい所に向かえばいいわ」

「はーい! ひなちゃんもそれでいい?」

「はい~。楽しみにしてます~」


 そう言って笑うひなの返事を最後に、かのん達は集中して朝ご飯を食べると、“各自準備してから、十分後に寮の玄関で待ち合わせ”と分かれるのだった。


☆☆☆


「ここがわたしのオススメの場所。わたしが始めて演劇を見た場所なの」


 そう言いながらあゆみがみんなを案内した場所は、この街の中でも古い方に分類される小劇場。

 今日は午後から公演の予定が入っているらしく、朝早い今の時間であれば、自由に中を見て回れるようだった。


「かのんちゃんは知ってるけど、わたしが幼稚園に通ってた頃、わたしが主役をすることになった劇があったの」

「ええ、かのんに聞いたわ。つばめが編入してくる前だったから、つばめは知らないと思うけど……確かシンデレラだったかしら?」

「うん。その役から逃げ出したいって思ってた時に、お母さんが連れてきてくれたのがこの場所なの」


 昔を懐かしむように観客席の手すりを撫でるあゆみに、かのん達は目を離せなくなった。

 まるでドラマのワンシーンのように情緒的なあゆみの仕草に、かのんはゴクリと唾を飲み込むと「そんなことがあったんだ」と、呟いた。

 ちなみに、つばめはひとり「私だけ、知らない……」と別の所にショックを受けていたりするが。


「少人数の小さな劇団だったみたいで、一人で何役もやってる人がいたりして、その時は結構びっくりしちゃった。でも、演じてる時は全然違う人みたいで、すごいなぁって思ったのを覚えてる」

「出来たばかりの劇団だったりすると、人数が少なかったりすることは多いみたいね。大体は人数が足りる演目をやるんだけど……」

「普通はやらないと思うんだけど……でも、そのおかげで私は演じることが楽しいんじゃないかなって思えたから。実はそれからも何度か、劇を見に来てたりするんだよ?」


 照れたように話すあゆみに、ツバキは“ここがあゆみの原点、ね”と、こぢんまりとした木製ステージをしっかりと見まわしていく。

 そんなツバキを余所に、かのんはひなやつばめと一緒に、「椅子に座って見る演劇って、なんだか高級感あるよね!」とか、盛り上がっていたのだった。


☆☆☆


「ここからなら私のオススメスポットが近いよ!」


 そう宣言したかのんが案内した場所は……土手沿いにある河原だった。

 小劇場から歩いて二十分ほどの距離にある河原で、快晴だった今日は街の少年クラブが草野球をやっていた。

 そんな光景に、かのんは「懐かしいなぁ」と呟いて、河原を見下ろすように土手に腰を下ろすのだった。


「ここって、かのんちゃんがよく野球の助っ人に来てた場所だっけ?」

「うん。練習試合がある日とかによく呼ばれてたよー! まだ半年くらいなのに、すごく懐かしい気がする」

「カノンは球技が得意?」

「んー、球技というよりもスポーツは全体的に得意だったかも。運動会でもリレーのアンカーとかしてたし」


 かのんの言葉に、つばめは少し驚いて「カノンはアイドルのセンスがないだけ?」と、心に槍を突き刺してくる。

 「ぐぅっ!?」とうめき声を上げて、倒れたかのんに苦笑しつつ「カノン、冗談」とつばめはフォローを入れていた。

 しかし、かのんは起き上がってこず、そのままの体勢で「ダンスがなんでか苦手なんだよね……」と呟いた。


「ダンスは魂って、東京の先生が言ってた」

「魂?」

「そう。リズムやキレも大事だけど、ソウルが溢れてパッションを感じられれば、それはベリーグッドだって」

「……え?」


 あまりにも似合わない言葉を言ったつばめに、かのんは驚きのあまりガバッと身体を起こし、「ソウルがパッション?」と首を傾げる。

 そんなかのんに、「そう、ソウルが溢れてパッション」と真顔で答えるつばめ。

 およそつばめの口から出てこなさそうな言葉に、かのんはおろか、あゆみやツバキも吹き出して、笑うのだった。


「きっと、楽しく踊れってことなんでしょうね。つばめの先生が言いたいのは」

「たぶんそう。だから、苦手とか考えなくて良い」

「そっか……じゃあ、楽しく踊れるように頑張る!」


 そう言って気合いを入れたかのんに、つばめは「折角だから少し踊る」と、曲をかけることもなく踊り出す。

 そんなつばめに唖然としつつ、かのんは「よーし、私も踊るぞー!」と隣でへんてこなダンスを踊り出すのだった。


☆☆☆


「到着」


 河原でへんてこなダンスを踊ったかのん達は、次なる目的地、つばめのオススメスポットに到着していた。

 ちなみに、へんてこなダンスを踊っていたのは、かのんだけだったと付け足しておく。


「およ、スウィングだ。ここって、この間つばめちゃんとオープニングセレモニーでステージをしたところだよね」

「あの時は楽しかった。カノン、ありがとう」

「ううん、私も楽しかった!」


 二人の話に、他の三人も“ああ、かのんが話してたイベントの”と、かのんの話を思い出す。

 そして、二人の話がひと段落付いた所で、つばめを先頭に純喫茶スウィングへと足を踏み入れるのだった。


「やあ、いらっしゃい。つばめちゃん」

「おじさん、こんにちは。今日は友達がいるんだけど……」

「おお、本当かい!? よく来たね、奥が空いてるからどうぞ」


 驚きつつも嬉しそうなおじさんに、つばめは少し照れつつ「ありがとう」と頭を下げて、「こっち」とかのん達を招き入れる。

 時間はちょうど昼なこともあって、ここでご飯を食べる事にしたかのん達は、美味しそうなランチメニューに目を輝かせた後、ニコニコ顔で注文を取りに来たおじさんに、お昼ごはんのお願いをするのだった。

 ちなみに、つばめとあゆみはサンドイッチ、ツバキがサラダうどん、ひながクリームパスタ、そしてかのんはデミグラスソースのオムライスだ。


「それで、つばめ。ここがオススメっていうのは知り合いのお店だからってこと?」

「それもある。でも、それ以外もある」

「それ以外?」

「もうすぐ始まる。ご飯食べながら見れると思う」


 そう言って説明をしないつばめにかのん達は全員首を傾げつつも、少しして運ばれてきた料理に舌鼓を打つ。

 そのとき、何やら店の奥……かのんとつばめがステージをした辺りがにわかに騒がしくなってきた。

 つばめは「そろそろ始まる」と一言いって、サンドイッチから手を離す。

 そんなつばめにならうように、かのん達も状況がつかめないながらもステージの方へと視線を向けるのだった。


「今日はジャズセッションの日だから。プロじゃないけど、有志のバンドが演奏をしてくれる」

「へえー! 面白いね!」

「東京では飛び入り参加とかもあったから、私も飛び入りで踊ったりしてた」

「本当にどこでも踊ってるのね……。そのアグレッシブさは見習うべきかも知れないわね」


 話しながら演奏を聴くかのん達は、決して上手いわけじゃないその演奏に、楽しそうに笑顔を見せて盛り上がる。

 そして、有名なインスト曲が流れ始めた途端、つばめは「行ってくる」と席を立ち片手を挙げ、ステージに飛び込むと、楽器の演奏をするおじさん達に合わせ、華麗にステップを踏み、普段のつばめのダンスとは違う、どことなく色気や気品を感じさせるダンスを披露してみせるのだった。


「つばめってば、あんなダンスも踊れるのね」

「いつものキレッキレなダンスと違って、少しゆったりとしてて、なんだか全然違う人みたいだよね!」

「ほら、ひなちゃん見て。お客さんが、全員つばめちゃんの方を見て、見惚れちゃってるみたいだよ」

「つばめさん、すごいのです~」


 つばめだけでなく、演奏しているおじさん達も楽しそうに演奏し、曲が終わると大きな拍手が起きる。

 その拍手に頭を下げつつ、つばめはおじさん達としっかり握手を交わし、「とても楽しかったです」と笑顔を見せるのだった。


「まさに、つばめのオススメの場所って感じね。いろんな人の演奏と即興で踊ったり出来るんだもの」

「うんうん。つばめちゃんならではって感じだけど、オススメの理由はすごく分かったかも」

「はい~。とても素敵でした~」


 席に戻ろうとしたつばめが、沢山のお客さんに足止めされているのを見て、かのん達は微笑ましそうにその光景を見守る。

 話しかけられて少しテンパっている姿に笑いつつ、つばめが戻ってきたところで、かのん達はお店から出ることにしたのだった。


☆☆☆


「最後は、ツバキさんのオススメスポットです~」

「ええ、ここから歩いて十五分ほどだから、のんびり行きましょう」


 ひなの言葉に頷いて、ツバキが先導するように少し前を歩き始める。

 その姿を見ながら、かのんはひなに「そういえばひなちゃん。どうしてみんなのオススメスポットをまわりたいって思ったの?」と訊いていた。


「はい~。それはですね~、みんなのことを、もっと知りたかったのです~」

「私達のことを?」

「はい~。ひなはおじいちゃんの家をご紹介する機会がありましたが~、みんなの好きな場所や、好きなことを教えてもらえる機会がなかったので~」


 そう、ひなはずーっと気になっていたのだ。

 自分が歌を好きになった理由は、お爺ちゃんの牧場で、動物たちやお爺ちゃん達と歌を歌うのが楽しかったから。

 ならば、みんなの好きなことや、得意なことにもなにか理由があるのではないか、と。


「今日はみんなの新しい一面がみれて、ひなは大満足なのです~」

「ひなちゃんのおかげで、わたしもすごく充実したオフになったと思うの。ありがとう、ひなちゃん」

「あっ! 私も楽しかったよ!」

「私も楽しかった。今日は良い夢が見れそうな気がする」


 そう言って盛り上がる四人に、「ちょっと、私のオススメスポットがまだなんだけど!?」と半分拗ねたような声で、ツバキも話に加わる。

 そんなツバキに、つばめが「もちろん冗談」と頷くと、ツバキは顔を少し紅くして「もう!」と背中を向けるのだった。


「えへへ、ごめんねツバキ。それで、ツバキのオススメスポットってどこなの?」

「もう……この先にある展望台。かのんは行ったことある?」

「んー、たぶんないと思う」


 少し考えてからそう言ったかのんに、ツバキは「すこし登るけど、五分くらいだから」と笑ってみせる。

 そして展望台への看板と、矢印が指し示す上り坂が見えてきたところで、かのんは唐突に「そうだ!」と、みんなの足を止めたのだった。


「ねね、ツバキ。この坂を登り切ったら展望台があるってことで良いんだよね?」

「え、ええそうだけど……」

「じゃあ、みんなで競争しよう! 一番最初に着いた人のお願いを、最後の人が叶える、みたいな!」

「分かった。カノン、受けて立つ」


 坂の前で完全にやる気になっているつばめとかのんに、ツバキは大きく溜息を吐いてから「あゆみ達はどうする?」と首を傾げる。

 あゆみは悩んだような素振りを見せつつも、「折角だから」とかのんの隣に立ち、「ひなちゃん」とひなに声をかけた。

 しかし、ひなは首を振って「ひなは走るのが苦手なので、先にゴールで待つ役をします~」と笑顔を見せるのだった。


 それから数分後、ひなから到着メールを受け取ったかのんが、近くから手頃な石を拾い上げ、「この石が地面に落ちたらスタートで」と横に並ぶみんなに声をかける。

 全員が頷いたのを確認してから、かのんは石を空へと投げるのだった。


☆☆☆


「あづい……」

「はぁ、はぁ……私の勝ち、ね……」

「ツバキさん、速い……」


 石が落ちた後、二分ほどで展望台まで駆け抜けた四人は、木で作られた展望台の縁に寄りかかり、乱れた呼吸を整えていた。

 順位は、ツバキ、かのん、つばめ、あゆみの順番であり、ツバキとかのんは接戦ではあったものの、展望台までの距離を知っていたツバキのペース配分勝ちといったところであった。

 ちなみにつばめは、倒れ込んだまま無言で空を見上げていたりする。


「確か、一位が最下位にお願い事をするのよね?」

「あはは……ツバキさん、お手柔らかにお願いします」

「あゆみにはそんな酷いことはお願いしづらいわね……。じゃあ、今度私の買い物に付き合ってくれない?」


 言ってしまえばデートのお誘いのようなものだっただけに、あゆみは少しキョトンとした顔をして、「うん。それくらいなら」と快諾するのだった。

 そんなやり取りがあったあと、つばめとかのんにも体力が戻ってきたこともあり、ツバキはみんなを展望台の一番外側へと呼ぶと、「ここから見える景色が好きなの」と口を開いた。


「綺羅星学園がある街の辺りが一望出来る展望台で、オーディションの前とか、考え事をしたいときなんかに来るの」

「それって、この間の時も……?」

「この間っていうと、ミューズのオーディションの後のこと? うん、その時も来たわね」


 そう言って、ツバキは少し懐かしそうに手すりを撫でる。

 またしてもつばめは知らない話だっただけに首を傾げたものの、隣りにいたあゆみがそっと耳打ちして、ツバキの事情を教えていた。


「まだあれから二ヶ月程度しか経ってないのに、結構前のことみたいに感じるわね。つばめが編入してきたり、かのんとイベントをしたりしたからかしら」

「それを言うなら、入学してからまだ半年っていうのが驚きだよー!」

「あはは。いっぱい色んな事があったもんね」


 その言葉に頷いて、かのんはこの半年のことを遡るように思い出していた。

 ツバキとのイベントや、つばめの編入、オーディションに落ちたツバキの決意表明や、あゆみの主演ドラマ決定。

 ひなと出会ってからお爺ちゃんの家でのテレビ収録、そして“ラクウェリアス”のCM。 

 遡れば遡るほど、かのんは本当に沢山の経験をしてきたことに、かのん自身、少し驚いていた。


(そういえば、みんなに言わないといけないことがあった)


 それは、かのんが四人と決定的に違うということ。

 言わなくても良いことなのかもしれない、けれどかのんは……“みんなには知っておいて欲しいことだから”と、心に決めて口を開いた。


「あのね、私、みんなに言わなきゃいけないことがあるの」

「え? 言わなきゃいけないこと? かのん、何かあるの?」

「うん。みんなのおかげで私はここまでこれたから、黙ったままにはしたくない。それは私が嫌だから」


 そう言ったかのんの雰囲気が、いつもよりも少し真剣味を帯びているような気がして、ツバキ達は口を開くのを止めて、かのんの言葉を待つ。

 四人の気持ちを嬉しく思いつつ、かのんは溢れそうになる恐怖心を抑えつつ、「私、綺羅星学園の入学試験……落ちてるんだ」と、言葉にした。


「え? 落ちてる……? でも、かのん、入学してるわよね?」

「うん。あのね、なんて言えば良いのかな。落ちてるんだけど、入れたっていうか……」

「どういう意味よ、それ……」


 上手く説明できないかのんに、ツバキが怪訝な目を向けている頃、あゆみは“かのんちゃんが合格を教えてくれなかったのって”と、一人かのんの言葉に納得していた。

 しかし、納得できているのはあゆみだけであり、ツバキやつばめ、ひなは相変わらず首を傾げ、「もう少し詳しく説明を」とかのんに迫っていた。


「えっと、落ちてたんだけど、家に学園長がきて、“アイドルの輝きを感じたから”って入学させてくれたの」

「学園長が? なるほどね……それなら納得だわ」

「え。ツバキ、納得できるの!?」

「アイドルの輝きでしょ? それなら、私もかのんには感じてるって前に言ったじゃない」


 ツバキにそう言われて、“そういえばそうだったかも”と、かのんは小さく頷く。

 そんなかのんを見ながら、ツバキは「まあ、そういうことなら、かのんにセンスが無いのも頷ける話ね」と、意地悪げに笑うのだった。


「むう……」

「でもかのん。どんな経緯であれ、あなたもアイドルになったのには変わりがないわ。だから、ここから見える景色は忘れないようにしておいて」

「景色?」

「そう。ここから見える景色の中には、沢山の人が生きている。そんな人達のために、私達はこれからも頑張っていくの。かのん風に言うなら、ここから見える人達に、楽しいを伝えられるように頑張るってことね」


 分かりやすく説明してくれたツバキに、かのんは「なるほど!」と大きく頷いて、展望台から見える景色に目を輝かせる。

 そうして、かのん達五人揃ってのオフは、とても充実した一日になったのだった。


☆☆☆


 オフから数日が経った八月初旬の朝、講堂では全学園生が集まり、集会が行われていた。

 しかし、生徒にはなんのために集められたのかが告知されておらず、かのん達は席に座ったものの「なにかあるのかな?」とひそひそ話に興じていた。


「ヨゥ、ベイビーたちィ! 今日は学園長から、スペシャルな告知があるぜェ! 聞き逃すんじゃねェぞ!」

「おはようございます、学園長の天之川です。この度、綺羅星学園主催で、参加者を新人アイドルである一年生に絞ったイベント、フレッシュアイドルカップを開催いたします」


 学園長の言葉に合わせて、学園長の背後に巨大モニターが現れ、フレッシュアイドルカップのロゴが表示される。

 その瞬間、生徒達から大きな歓声が上げられた。


「入学してから、もうすぐ半年。一年生の中でも頭角を現し始めている生徒もいます。ですから、この時期に競いあい、自らの力を認識して貰えるようなそんなイベントにできればと思っています」

「ヘイ、一年生ベイビー! 参加受付は、この後すぐからだぜェ!」


 学園長の説明が終わった直後に、マイク先生がギターをかき鳴らしつつ、生徒達を煽る。

 そんなマイク先生の行動に笑いつつ、学園長は「では、イベントの開催を盛り上げてもらおうか」と指を鳴らすのだった。


☆☆☆


 学園長がイベントの告知を行っている頃、キセキは舞台裏で自らの出番を待っていた。


(がんばってね、かのんちゃん)


 自分のことを、憧れと言って追いかけてくる少女の姿を思いだし、キセキは楽しそうに笑う。

 イベントに直接関係のないキセキがステージをやる理由……それは、本人の希望があったから。


(見ててね。あなたの目標の、その姿を)


 キセキのモバスタには、パープルやブラックを使い、少し大人っぽくデザインされたスクールコーデが表示されていた。

 それはつまり……かのん達との実力の差を、はっきりと見せつけるためのコーデだった。


「キセキのステージ、見せてあげる!」


 学園長の合図と同時にモバスタをセットして、生まれたゲートへと飛び込んでいく。

 後を追う少女達の輝きを信じて。


☆★☆入学式記念ステージ -星空キセキ- ☆★☆


 円形に形作られたステージの中央に、キセキは姿を現す。

 その瞬間、歓声が響き、キセキはにこやかに手を振って返すと、流れてきた楽曲“Solo”に合わせて、パフォーマンスを始めた。


 ――


   さぁ、ここから キセキを始めよう。


   星の荒野彷徨う小舟は、ただひとつの光を求め

   先へ 先へ と未知を進むんだ


   けれど それは

   生優しいことじゃなくて

   傷ついてでも 諦めない

   自分が必要だ!


   さぁ、ここから 軌跡を始めよう

   描かれていた 星座より

   飛び出した自分がいる


   さあ、ここから キセキを始めよう

   可能性は 続いてく

   それが 奇跡になる


 ――


☆☆


(ああ、すごい! こんなにも、まだ遠い!)


 ステージのすぐそばで、キセキの姿を見上げるかのんは、近いはずなのにものすごく遠くに感じるキセキの姿に、憧れと悔しさを感じていた。

 入学式の時はただ憧れるだけだったその姿に、今は悔しいと、そう思える自分がいる。

 そのことに、かのんは少し驚きつつ、“私、本当にアイドルになったんだ”と、嬉しくも感じていた。

 それはかのんだけでなく、あゆみもツバキも、つばめも同じことを感じており、そのなかでも特にツバキは、自らとの実力の差に闘志を燃やしていた。


「ねえ、かのんちゃん。キセキ先輩って、すごいね」

「うん。だけど、いつか追い付きたいなって思う」

「わたしも同じ気持ち。悔しいって、こんな気持ちなんだね」


 はにかみながらあゆみが言った言葉に、かのんはしっかりと頷いて、あゆみの手を握る。

 あゆみはそんなかのんに少し驚いたものの、すぐに微笑んで、しっかりと握り返すのだった。


(まだまだキセキ先輩みたいには輝けないけど、今の私がどこまでやれるのか……試してみたい!)


 あゆみの手を握りながら、かのんはそう心に決めて、舞い踊るキセキの姿を目に焼き付ける。

 その先にどんな結果が待っているのか……今はまだ誰も知らなかった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 オフを満喫したかのん達を待っていたのは、一年生のみで争われるフレッシュアイドルカップの開催告知だった!

 かのんはもちろん、ツバキ、あゆみ、つばめと参加を決定するものの、ただ一人、ひなだけは参加をする気がなく……。


 第二十一話 ―― 友達だからこそ ――

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