第十八話 とどけ、アイドルパワー!

「昨日はご苦労だったね。私も生放送を見ていたが、良い番組になっていたと思うよ」


 かのんの前にある学園長椅子に座った学園長が、そう行って微笑む。

 その言葉にかのんはホッと息を吐き、「ありがとうございます」と言った。


「そうそう、立花君にオファーが来ているよ。歌番組のゲストのようだ」

「私に、ですか?」

「ああ、どうも候補に入っていたところで、昨日の生放送が後押しになったらしい」


 学園長の言葉に、かのんは「ええ!?」と驚き、「そ、それってホントに私一人なんですか!?」と学園長に詰め寄る。

 そんなかのんに驚きつつ、「もちろん。だから君一人を呼んだんだよ」と学園長は苦笑した。


「それで、どうする? 今回は神城君も成瀬君もいない、一人だけの収録になるが……」

「もちろん、受けます!」

「良い返事だね。それではよろしく頼んだよ」


 気持ちの良い返事に、学園長も嬉しそうに笑う。

 そんな学園長に見送られながら、かのんは“頑張るぞ!”と、気合いを入れながら学園長室を出たのだった。


☆☆☆


「ただいまー!」

「あら、かのん、おかえり。学園長の話って何だったの?」

「えっとね、歌番組のオファーだって。受けてきたよ!」


 レッスン室に帰ってきたかのんが、ニコニコ顔でそう言った。

 相変わらずの即断即決に、ツバキはもはや何も言わず呆れることしかできない。

 そんなツバキの気持ちが分かるからか、あゆみは「あはは……」と力なく笑っていた。


「カノン、踊る?」

「うん! 練習しないとだよね!」

「分かった。付き合う」


 言うが早いか、つばめはレッスン室の中心から少しズレた所に立ち、かのんの練習曲の開始ポーズを構える。

 そんなつばめに、ツバキはまた大きく溜息を吐いて、「じゃあ私が見ててあげるから」と、かのんが立つ位置の少し前へと立った。


「ひなちゃんも行こう?」

「はい~」

「……よーし! それじゃあ、ミュージックスタート!」


 全員が位置についたところで、ツバキはかのんの合図に合わせ、モバスタから曲を流す。

 そして曲に合わせるように、かのん達は身体を動かした。


「――かのん、少し遅れてる。あと、ひなは柔らかいところと決めるところが曖昧過ぎる。もっと指先まで意識して」

「はーい!」

「わかりました~」


 曲の合間合間にツバキの指摘が入り、かのん達はその指摘を受けつつ、ダンスを少しずつ良いものへと変えていくべく意識を強める。

 そんなかのん達の熱意にツバキも嬉しくなり、ビシバシと指摘をぶつけていた。

 しかし、あゆみとつばめには指摘部分があまり思い付かず、ツバキは二人の実力に人知れず“負けたくない”と、闘志を燃やす。


「ふへー……」

「かのんさん、お疲れ様です~」

「ひなちゃんも、お疲れ様。結構指摘されちゃったね」


 「はい~」と微笑みつつ、ひなは近くで水分補給をしていたあゆみに視線を送り、「あゆみさんは相変わらずすごいです~」と声をかけた。

 突然褒められたあゆみは驚き、「そんなことないよ」と手をブンブンと振って顔を赤らめる。

 そして、「わたしはまだ、自分の世界が表現出来てないから」と、苦笑した。


「自分の世界かぁ……」

「そうね。歌やダンスを通して自分の想いを伝える、これもアイドルにとって必要に力だと思うわ」

「はい~。元気づけられたり、笑顔になったりするのです~」


 ひなのその言葉に、かのんは“アイドルの歌ってすごいんだなぁ”と、素直に感心する。

 どうやらしっかりと分かっていないらしいかのんを見て、ツバキはまた少し呆れつつ、「ほら、休憩終わり」と手を叩いた。

 そしてそれからも何度も何度も踊り続け、つばめ以外が疲労困憊になったところで、今日のレッスンを終えることにしたのだった。


☆☆☆


 かのん達は毎日レッスンを繰り返し、ついにかのんの歌番組当日の朝がやってきた。

 しかしかのんには、“歌やダンスを通して自分の想いを伝える”ということが、やはりピンと来ない。

 かのん自身、今までのステージを思い出しても“すごい!”とか、“カッコいい”とか“可愛い”とか……そんな感想を抱いた記憶しかなく、“自分の想いを伝える”ということが全然想像出来なかった。


「うーん……やっぱり、アイドルのステージを見るようになってから、まだ全然経ってないからなのかな?」


 寮の部屋で着替えながらそんなことを言い出したかのんに、あゆみは「急にどうしたの?」と、首を傾げる。

 そんなあゆみも登校準備をしている最中で、今はなかなかおさまらない寝癖と戦っていた。


「ほら、ツバキが言ってたアイドルの力。歌やダンスで自分の想いを~って」

「あ~……。それでアイドルのステージを見る経験が足りてないみたいに思ったの?」

「うん。だって、みんなすごい! って思っちゃって、歌とかダンスとかに何か想いがあるって言われても、わからないんだよね」


 悩むように首を傾げるかのんに、あゆみは「かのんちゃんなら、きっと大丈夫だよ」と微笑む。

 そして、「そろそろ出ないと朝食なくなっちゃうから、行こう?」と手を差し出すのだった。


 食堂に移動したかのん達は、混み合う食堂の中で、ツバキやひな、つばめがいるのを見つけ、朝食を載せたトレーを手に、三人のところへと座る。

 来るのが遅かっただけに、三人の前にはもうほとんどご飯が残ってなく、ツバキは「遅かったわね。かのんが寝坊でもしたの?」と冗談を言った。


「違うよー。ちょっと悩んでて遅くなっちゃった」

「悩み? カノン、悩んでる?」

「あら~、ひなも聞きます~」


 ひなとつばめが心配そうな顔をしてかのんに聞いてくるのを見て、かのんは“なんだか前もこんなことがあったなぁ”と、笑う。

 突然笑い出したかのんに三人は顔を見合わせて首を傾げた。

 そんな三人に、あゆみは「ツバキさんが以前言ってた“アイドルの力”っていうので悩んでるみたい」と苦笑した。


「そっか、今日かのんの歌番組収録だっけ?」

「うん。しかも、深雪先輩との生放送が気に入ってくれたみたいで、私のところだけまた生で取るみたいな話らしくて……」

「それって、ライブ中継?」


 つばめの言葉に「そうなるのかな?」と、かのんはよく分かってなさそうに返す。

 そんななか、モバスタで番組を調べていたあゆみが、「かのんちゃんの出演する番組、今日になってるし……ライブ中継っぽいね」とモバスタの画面を机の上に出した。

 かのんがのぞき込んでみると、あゆみの言う通り、今日の放送にかのんが出る予定で記載されていた。


「ほえー……ライブ中継なんて初めてなんだけど」

「普通はツアー中のアイドルなんかにオファーが来たりするんだけどね。でも、なんにしても良かったじゃない。深雪先輩に感謝しないと」

「うん! 今度ちゃんとお礼しておかないと……」


 笑顔で頷いたかのんにみんなほっこりして、あゆみはモバスタを鞄へとしまおうとして……「あれ?」と何かに気付く。

 そして、慌てるようにしてモバスタを操作し、「やっぱり……」と呟いた。


「あゆみちゃん? どうしたの?」

「深雪先輩が出演予定だった番組が、急遽変更になってたから調べてみたんだけど……深雪先輩、体調不良で数日お休みしてるみたい」

「それってもしかして……」


 ツバキの言葉に頷いてあゆみはモバスタへと視線を落とし、「体調不良になったのは、私達の生放送が終わった日みたい」と答えた。

 しかし、ちゃんとフォローするように「それまでの数日間、仕事が立て続けにあったみたいで、疲労が溜まってたんじゃないかって」と、続けるのだった。


「ど、どうしよう!? そうだ、お見舞い! お見舞いにいこう!」

「かのん、ちょっと待ちなさい。あなたは今日、歌番組のライブ中継でしょう?」

「そうだけど……でも午前中くらいなら」


 そう言って、朝ご飯をかっ込もうとしているかのんに、ツバキは呆れるように溜息を吐いてから、「ていっ!」とチョップを落とす。

 「ぐぇ」と、アイドルにあるまじき声を出したかのんに向かって、ツバキは「今日が本番っていうアイドルが、自分にうつつを抜かしてるなんて知ったら、深雪先輩が心配するでしょう!?」と凄い剣幕で顔を近づけた。


「だから、今日はちゃんと自分の仕事に専念すること」

「でも……」

「“でも”でも、“だって”でもないの。しっかりしなさい。かのんもアイドルなんでしょう?」


 顔を引いて苦笑しつつ、「アイドルなら、やることなんて決まってるじゃない」とかのんに言ってのける。

 かのんはツバキの言葉で目が覚めたみたいに、「そう、だよね……!」と立ち上がり、「ツバキ、後片付けお願い!」と走り去っていった。


「全く、相変わらず猪突猛進なんだから」

「でもツバキさん、少し嬉しそう」

「はい~。すこし頬が緩んでます~」

「私、今日はツバキと踊るわ」


 つばめですら、ツバキの微妙な変化に気付いたのか、そう言ってツバキに微笑む。

 そんな三人にツバキはちょっと頬を赤く染めながら「そんなこと言ってないで、学校行くわよ!」とトレーを手に立ち上がった。


☆☆☆


「天之川学園長ー!」


 ノックもせずに、バァンと学園長室の扉を開けたかのんに、仕事をしていた学園長は、何事かと驚いた顔でかのんの方を見ていた。

 固まっている学園長を無視して、かのんはズンズン部屋の中を進み、学園長机にバァンと手を叩きつける。

 そして、「お願いがあります!」と、大きな声で言った。


「おぉ……今耳がキーンってしたよ……」

「あ、ごめんなさい。その、お願いがあって」

「ああ、なんだい? 私に出来ることなら、ある程度は協力できるよ」


 そう言って微笑んだ学園長に、かのんは「ありがとうございます」としっかり頭を下げてから、「お願いというのは、男子部の深雪先輩のことなんです」と話し始めた。


「深雪先輩が体調不良でお仕事をお休みしてるって聞いて、私もなにか力になれないかなって……」

「ふむふむ。それで?」

「そこで、学園長に伝言をお願いしたいんです!」


 言いながらかのんは、鞄から封筒を取り出して、学園長へと差し出す。

 学園長はかのんから受け取りつつ、「これは?」と聞き返した。


「中身はただのお手紙です。それを深雪先輩に渡してもらうのと……今日の私のステージを見てくださいって伝えてもらえれば」

「なるほど。それなら大丈夫だよ」

「ありがとうございます!」


 バッと頭を下げたかのんに学園長は小さく笑い、「今日のステージ、私も楽しみにしているよ」と口にする。

 そんな学園長にかのんはまた頭を下げてから、「がんばります!」と笑顔を見せたのだった。


☆☆☆


 学園長室に飛び込んでから数時間後、かのんはステージの裏で自らの出番を待っていた。

 “学園長は深雪先輩に渡してくれたかな?”なんて、不安もよぎるが、かのんはブンブンと頭を振ってその考えを消し去る。

 そしてグッと拳を握って、「届けないと」と気合いを入れた。


(今日のドレスは、私の好きな“Smiley Spica”の“フレッシュシャインコーデ”。ストライプ模様のオレンジイエローが可愛い、元気でスポーティなドレス)


 モバスタへと視線を落とし、ステージを彩ってくれる相棒にかのんは想いを込める。

 “元気になって欲しい”……そんなシンプルで、かのんらしい想いを。


「立花かのん、誰よりも輝いてみせる!」


 ついに来た自分の出番に、かのんはモバスタをセットし、笑顔でゲートへと飛び込んだ。


★★★


 一方、かのんがゲートへと飛び込む十五分程前、学園長はハルの部屋を訪れていた。

 療養のためにベッドに座っていたハルに、学園長はかのんから渡された手紙を差し出した。


「それは立花君から渡されたものだよ」

「立花……かのんちゃんですか?」

「ああ。今日、すごい勢いで学園長室に飛び込んできてね。猪突どころか、トラックの体当たりでも受けた気分だったよ」


 おどけたように肩をすくめながら言った学園長に、ハルはおかしそうに笑いながら、手紙の封を切り、中身を取り出す。

 そして、中の文章を読んで「かのんちゃんは本当に、猪みたいですね」と笑った。


「なんて書いてあったんだい?」

「えっと、“深雪先輩、大丈夫ですか? 心配ですが、みんなに仕事に専念しろって止められたので、お手紙を書きました! 今日は歌番組の収録があるので、私の出来ることをがんばってきます! 深雪先輩もがんばってください!”と、書いてありますね」

「なんていうか、とても立花君らしい内容だったね……」


 少し残念なものを見たような声で、学園長は眉間を指で押さえつつ苦笑する。

 そんな学園長につられて、ハルも苦笑を浮かべ「でも、可愛いと思いますよ」と、手紙を封筒へとしまった。

 ハルの行動に、やることは済んだと学園長は立ち上がり……思い出したように「そういえば」と口を開いた。


「立花君が、今日のステージを見て欲しいって言っていたよ」

「もしかして手紙にも書いてあった歌番組ですか?」

「ライブ中継のはずだから、そうだね。もうすぐ始まるはずだよ」


 そう言って学園長は今度こそと、ハルに背を向けて、部屋から出て行く。

 学園長の退室を待ってから、ハルは机へ手紙を置いて、モバスタでかのんの出演する歌番組を流し始めた。


☆★☆ライブ中継ステージ -立花かのん- ☆★☆


 かのんが飛び込んだ先は、ビルの屋上にあるヘリポートのようなステージ。

 生放送ステージなだけあって、周囲の観客席には沢山の観客が見に来てくれていた。


(深雪先輩に、元気を届けられるように。全力で楽しもう!)


 満面の笑みを晒して、かのんは空高くへと手を伸ばす。

 直後、どこからともなく、かのんの新曲“憧れの輝石”が流れ始めた。


 ――


   みんなの背中には はねがある

   小さくて 自分じゃ見えないけど

   私にはよく見えるよ

   その綺麗なはね 育てていこう


   キミの夢はなんだったっけ?

   お弁当屋さん? お菓子屋さん?

   それとも カフェの店員さん?

   どれもステキな、夢だから

   選びきれないね。


   だけど時には、立ち止まって

   お休みをしようよ

   焦っちゃったら 迷っちゃうから

   ゆっくり 深呼吸しよう


   (すー、はー……よし!)


   みんなの憧れは すごい原動力チカラ

   大きくて 引っ張ってくれるから

   キミにも出来るはず

   その夢のはねで 飛んでいこう


 ――


☆☆


 かのんのステージをモバスタで見ていたハルは、画面の中で楽しそうに歌い踊るかのんに、思わず笑顔を浮かべてしまう。

 元気いっぱいで、身体全体を使ったパフォーマンスも可愛らしい。


(不思議と身体を揺らしてしまう、そんな魅力が溢れてる)


 仕事の疲れとか、身体のだるさなんてのが吹っ飛んでしまうくらいに、妙にワクワクしてドキドキするステージに、ハルは目が離せなくなっていた。

 曲が終わってからも、ハルは不思議と高揚感に包まれていて、今すぐにでも身体を動かしたいと、そんな活力が体中にみなぎっていた。


(これがアイドルの力、か。僕も負けてられないな)


 机の上に置いた手紙に視線を向けて、ハルは「よし!」と気合いを入れたのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 無事、アイドルの力でハルへと元気を送り届けたかのん。

 生放送を立て続けに大成功させたかのんに、学園長はついにイベントの開催を決定する。

 しかしそれはかのん一人だけのイベントではなく……?


 第十九話 ―― 私の目指す姿は ――

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