第十七話 雪解けを待つツボミたち

「うう、良かったよぉ~……」

「ほら、かのん。しっかりしなさいよ。この後メイクしてリハーサルなんだから」

「かのんちゃん。ほら、涙拭いて……はい、綺麗になった」


 ハンカチで拭いてくれたあゆみに、かのんは「ありがとお~!」と、抱きつく。

 そんなかのんに笑いつつ、あゆみはしっかりと受け止め、ツバキと顔を見合わせて苦笑した。


「ま、かのん一人じゃ、私も気になって仕事に集中できないからね。スケジュールが空いてて良かったわ」

「あはは。わたしも同じ理由かな? でも、どっちかって言うとかのんちゃんとお仕事したかったから、かも」

「二人とも~! ありがと~、ほんとに大好き~!」


 そう言って腕を伸ばしてきたかのんに、ツバキは慌ててその身を翻す。

 あゆみの身体を中心に、ぐるぐると追いかけっこを始めた二人に苦笑しつつ、あゆみは“ツバキさんってば、素直にかのんちゃんが心配だったからスケジュールを空けたって言えば良いのに”とか思っていた。

 五周ほどぐるぐるしたところで、あゆみは「そろそろ向かおうよ」と、二人に声をかける。

 その声にツバキは頷き、足を止め……たところで、かのんが激突してきた。


「わふっ!?」

「ほら、かのん。そろそろ行くわよ」

「はーい!」


 かのんの真ん中に置き、左右の手をツバキとあゆみが繋ぐ。

 そして三人は仲良く楽屋へと向かったのだった。


☆☆☆


「リハーサルいきまーす!」

「さん、にー……」


 カウントダウンの後、一拍置いて、リハーサルが始まる。

 ○○の部屋のような、よく見るセットのソファーへかのんを中心に三人は座り、その三人ににっこりと微笑むハルがいた。


「こんにちは、深雪ハルのアイドルステーションへようこそ。今日はこちらの三人をお招きしております。一人ずつ自己紹介して貰えるかな?」

「は、はい! 綺羅星学園一年生の立花かのんです!」

「同じく、綺羅星学園一年の神城ツバキですわ」

「成瀬あゆみです。あっ、二人と同じ綺羅星学園の一年生です」


 どう見ても緊張しているかのんと、それを気にもしないツバキ。

 そして、かのんを心配していたら自分のセリフを忘れていたあゆみに、ハルは面白そうに笑った。

 「緊張しなくていいよ」、と優しく笑いかけてくれたハルに、かのんはどうにか緊張を解こうと頑張るものの……そうすればするほどに緊張が増してしまう。

 そんなかのんに少し不安を覚えつつも、ハルはリハーサルを進めていった。


「聞いたところ、三人はすごい仲良しだとか?」

「ええ、そうですね。かのんとあゆみは元々幼なじみですし、私も入学二日目から一緒にいることが多いですから」

「へー、それはどうしてまた?」


 台本通りに話し始めたハルが、突然話を深掘りしてくる。

 その部分について質問するとは、台本には書かれておらず……ツバキは一瞬戸惑ったものの「それは……話しちゃっていいのかしら?」と、意地悪げにかのんの方へ目線を送った。

 緊張であまり話が頭に入っていなかったかのんは、「ほえ?」と間の抜けた声を上げたものの、隣りに座るあゆみに「かのんちゃんとツバキさんの出会いの話だよ」と教えられ、顔を真っ赤にしながら「だ、ダメ!」と手を振った。


「おや? そこまで大げさにダメと言われると……気になってしまいますねぇ?」

「そこは、ほら深雪先輩、ちょっとお耳を」

「もう! ツバキも話そうとしないで! この話は終わり、終わりだから!」


 ハルを手招きして口元を隠したツバキを、かのんは覆い被さるようにして止める。

 もはやリハーサルということを完全に忘れて、かのんは「もう! もう!」と照れながら怒っていた。


「うん、かのんちゃんも緊張が取れたみたいだね。本番もその調子でお願いするよ」

「そうね。もしまた緊張してるようだったら、本番でこの話をしちゃおうかしら」

「あはは。じゃあその時は、私もツバキさんをサポートするね」


 会話に参加してなかったはずのあゆみでさえ、ツバキ達の方に付くとあって、かのんは「えぇ!?」と驚きの声をあげる。

 そんなかのんを見て、ハルが笑い、とても和やかな雰囲気でリハーサルを終えたのだった。


 セットから離れ、スタジオの後ろの方でかのん達三人は本番が始まるのをのんびりと待っていた。

 そんな三人の方へ、ハルが「リハーサルお疲れさま」と、片手をあげて近づいてくる。


「深雪先輩、お疲れさまです」

「まさか僕の番組に、かのんちゃん達が来てくれるなんて、驚いたよ」

「私も、まさか深雪先輩の番組なんて驚きです! でも、深雪先輩が呼んでくれたわけじゃないんですね」


 かのんの言葉に、ハルは「僕は企画段階では口を出してないからね」と、微笑むと、「それじゃ、僕は薬を飲んでくるよ」と、スタジオを出ていった。

 そんなハルの後ろ姿を見ながら、かのんは“深雪先輩、やっぱり身体が”と、心配になってしまう。

 しかし、すぐさま頭を振って“深雪先輩なら大丈夫! むしろ私の方が心配!”と、気合いを入れ直した。


☆☆☆


「へー、じゃあこれからはツバキちゃんはモデル業、あゆみちゃんは女優業に力を入れていくってことだね?」

「はい。もちろんそれ以外のお仕事もしっかりと受けさせて頂きますわ」

「わたしもツバキさんと同じです。色んな経験を積むことが大事だと思いますので」


 質問はあらかじめ準備されていただけに、スムーズに話が進み、ハルは「うんうん。そうだね」と笑顔で頷いた。

 そして、話はそのままに「かのんちゃんはどうなのかな?」と、ハルはにこやかに訊いてみるが、当のかのんは少し困ったような顔で「どうしましょうか?」と笑う。

 本来予定していた返答と違うかのんの言葉に、ツバキとあゆみは少し驚き、ハルはチラリと横目でディレクターの方を見た。

 ハルの視線に気付いたディレクターは、しっかりと頷いて、収録続行を指示したのだった。


「そうだね……。明確な目標を決めるっていうのは難しいことだと思う。むしろ、入学して半年で決まってる二人が早いくらいだよ」

「そうなんですか? でも、つばめちゃんも……」

「そのつばめちゃんっていうのは、この間転校してきた、久世つばめさんのことかな?」


 ハルにそう言われて、「あっ」とかのんは口を覆う。

 けれど、ハルはそんなかのんに微笑み、「それでも、焦ることは全然ないと思うよ」と、言ってくれた。


「今はかのんちゃんが出来る事を頑張って、そして目の前にある壁を全力で乗り越えて、そうして一歩一歩しっかりと進んで行く。その間に、かのんちゃんが本当にしたいこと。譲りたくない想いや、大事にしたい想いなんかが見つかるはず」

「深雪先輩……」

「だから今は出来る事を全力で頑張ろう。さっき話してくれた、“ラクウェリアス”のオーディション前には出来なかったっていうターン。今日は決められるよね?」


 そう言ってハルはかのんに笑いかけ、かのんは「はい! もちろんです!」と満面の笑みを見せる。

 そんなかのんにしっかりと頷いて、「それじゃ、ステージ。よろしく!」と三人を送り出した。


☆☆☆


「ホントにもう……いきなりあんなこと言うからびっくりしちゃったじゃない」

「でも、深雪先輩がちゃんとフォローしてくれて良かったね」

「うん。ごめんね、二人とも」


 申し訳なさそうにそう言ったかのんに、ツバキとあゆみは小さく息を吐いて笑い「気にしてない」と、言ってくれる。

 そして、かのんの両手を左右から片方ずつ取って、ツバキが「最高のステージにするわよ?」と、闘志を燃やした。


「もちろん。かのんちゃんとツバキさん、それとわたしの三人でステージできるなんて、楽しみだから」

「よーし! やるぞー!」

「「「おー!」」」


 両手を上に挙げて、三人はそれぞれモバスタをセット。

 そして、同時にゲートの中へと飛びこんだ。


☆★☆“深雪ハルのアイドルステーション”、ステージタイム -立花かのん・神城ツバキ・成瀬あゆみ- ☆★☆


 三人が登場したステージは、円形に切り取られた大きなステージ。

 ネット配信もされている生放送番組なこともあって、沢山の観客がかのん達の登場に歓声を上げてくれた。

 三人は手を振って歓声に応えつつ、定位置に立つとポーズを決める。

 そして、流れ始めたのは以前かのんがつばめと一緒に歌い踊った一年生のレッスン曲“spring star”だった。

 

  ――


   夢の扉は すぐそこ

   駆け出して つかみ取ろう


   太陽は いつも私を見てる

   時には 曇ることもあるけど

   それだって いつか私を育てる

   本当に 大切な日々!


   広い大地は 硬いこともあるけど

   頑張って咲いた花に 負けない輝き

   夢を心に抱いて 今走り出す


   始まれ私の 青春の日々

   悩んだり 泣いたり いっぱい繰り返して

   私の道の先 明るい大空の下

   夢の扉は すぐそこ

   駆け出して つかみ取ろう


  ――


 失敗なく歌い終わった三人は、歓声と拍手に手を振って、「ありがとうございました!」と笑顔を見せる。

 そんななか、かのんは“今までの毎日が、私を一歩一歩進めてくれてるんだ”と、強く実感するのだった。


☆★☆☆★☆


 収録が終わり、台本にない返答をしてしまったかのんがスタッフさんに謝り倒すのも終わった後、三人が楽屋でぐったりとしているところに、「お疲れ様」とハルが訪ねてきた。

 先輩の来訪にかのん達は大急ぎで椅子から立ち上がると、「お疲れ様でした!」と頭を下げる。

 そんな三人に苦笑しつつ、「そんな気にしなくていいよ」とハルは手を振った。


「ステージ、すごい良かったよ。かのんちゃんもしっかりとターン出来るようになってたね」

「ありがとうございます。深雪先輩に教えて貰ったことを忘れないように、しっかりレッスンしましたから」

「うん、そうだね。今はとにかく、一歩一歩進むしかないんだ。君たちも、もちろん僕も、ね」


 そう言って、ハルは「それじゃ、僕はこれで。今日はありがとう」と手を挙げて部屋から出て行く。

 かのんはそんなハルの後ろ姿に、しっかりと頭を下げるのだった。


★★★


 スタジオから寮の自室へと戻ったハルは、一人になった途端フラついた足に体勢を崩すと、ガクッと床へ手を付ける。

 脂汗を出し、息を乱しながらもゆっくり、ゆっくりとベッドへと進み、その身体をベッドの上に横たわらせた。


「今日は少し、頑張りすぎたかな……」


 生放送というプレッシャーに加え、自分が関わったことのある後輩アイドルがゲストに来るという気の抜けない状況。

 “そんな収録が終わり、一人になったという安心感で、緊張の糸が切れたのだろう”と、ハルはそう結論づけ、静かに瞼を閉じていった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ハルの番組への出演も、なんとかこなすことが出来たかのん達!

 しかし、色々な疲れが出たのかハルが体調を崩してしまった。

 ハルから沢山のことを教え、助けて貰ったかのんは、どうにかハルに恩返しがしたくて……。


 第十八話 ―― とどけ! アイドルパワー ――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る