第十五話 過去はコーヒーの香り

 数日前に行われた、あのステージをきっかけに、学園でのつばめの扱いはものすごく変化した。

 東京で有名な編入生という、ある意味珍獣のようなイメージを“知らず知らずのうちに”持たれていたつばめだったが、今となっては学園内でもトップクラスの実力を持つアイドルとして認知されていた。

 それはもちろん、かのん達からも。

 しかし……かのんからすれば、“同い年なのに、どうしてここまで違うのか”という好奇心の方が勝っていたりするが。


「というわけで、聞いてくる!」

「ちょっとかのん。どういうわけよ……ってもういないわね」

「かのんさんなら~、言いながら飛び出して行きました~」

「あはは。かのんちゃんらしいね」


 のんきに笑ってる二人に、ツバキは脱力しつつ「気付いてたなら止めなさいよ……」と、うなだれる。

 そんなツバキの心配をよそに、かのんは席に座って本を読んでいたつばめに「久世さーん!」と、大きな声と笑顔で突撃していた。


「……なに?」

「久世さんの秘密を教えて!」

「え?」


 聞き間違えたかと、つばめは目をぱちくりさせてから、「もう一度言って」と、言葉にする。

 その言葉に、かのんは首を傾げつつ、「久世さんの秘密を教えてほしいんだけど……?」と、口にした。


「秘密なんてない」

「えっ!? そうなの!?」

「そもそも、どうして秘密を知りたいの?」


 至極もっともな意見に、かのんも「どうしてだっけ?」と頭をひねり出す。

 そうしてかのんが数秒ほど考えた結果、「久世さんがすごいから!」という、つばめにとっては更にわからないことを言い出した。


「久世さんがすごいから~、そのすごさはなんでだろーって」

「そういうこと」

「そういうことー! ねね、なんでなんでー?」


 つばめの肩を掴んで揺さぶるかのんに、つばめは首をがくんがくんさせられつつも、手に持っていた本を閉じ、鞄へとしまう。

 そして、「このあと出掛けるけど、来る?」と、かのんを誘ったのだった。


☆☆☆


 外出届けを出した後、寮で私服に着替えた二人は、学園から出て商店街の方へと向かう。

 かのんは、目的地がどこなのかを教えてもらえないまま、つばめをつばめの目的地付近の建物目印まで案内していた。


「空気が違う」

「ん? 東京と?」

「うん。なんだかゆったりしてる」


 目的地までの道中、つばめは初めての景色に顔をキョロキョロさせたり、入ってくる鳥の声や、木々のざわめきに耳をすませたりと、かのんからすれば不思議なことをいっぱいしていた。

 その度に、「空気が違う」とか、「鳥の声が澄んでる」とか、「木々の音は、もう夏みたい」とか……色々なことを口にする。

 そんなつばめの行動が楽しそうで、かのんも普段は気にしない音なんかに耳を傾けてみたりした。


「なんだか不思議。何度もきたことがある街なのに、全然知らない街みたい」

「色んなことを知る、考える、想像する。それが力になる」

「知って、考えて、想像する?」


 おうむ返しのようなかのんの言葉に、つばめはしっかりと頷く。

 そして、「それは歌やダンスも同じ」と締め括り、直後「お店、あった」と立ち止まった。


「お店って喫茶店?」

「そう。ジャズ喫茶スウィング」

「ジャズ喫茶? なにそれ?」


 ピンと来てないかのんに、つばめは「来たらわかる」と、お店の扉を開け、中へと入っていく。

 そんなつばめに置いて行かれないよう、かのんは首を傾げつつも後を追った。


「おや、つばめちゃん。予定より早いね」

「おじさん、お久しぶりです。彼女に案内してもらったから」


 そう言ってつばめは後ろに立つかのんを紹介したのだが、当のかのんは、純喫茶という、まさにオトナのオシャレ空間の雰囲気に当てられ、“ほへー”と、口を開けてほうけていた。

 かのんも新人アイドルを始めて早3ヶ月、カフェやステージといった、キラキラ空間にも慣れてきたとはいえ、元々は助っ人専門スポーツ少女。

 スペシャルにオトナ感を叩きつけてくるようなオシャレ空間には、まだまだ緊張と憧れが強いお年頃だった!


「この子は編入先の同級生、立花さん。私が気になるみたいだったから」

「なるほど、つばめちゃんは口下手だから友達が出来るか心配だったけど、おじさん一安心だよ」

「心配無用。大丈夫」


 言いながら、無表情でピースするつばめに、おじさんは「それならいいんだけど」と苦笑していた。

 そんな二人の会話が落ち着いたころ、ようやくかのんが惚けタイムを終え、大慌てでおじさんに「立花かのんでしゅ! はじ、はじめまして!」と自己紹介をしていた。


「はい、はじめまして。僕はつばめちゃんの知り合いで、マスターの武藤といいます。もしかして君は……スポーツドリンクのCMをやってる子かな?」

「はい! “ラクウェリアス”のCMをやらせていただいてます!」


 元気いっぱいのかのんに、武藤は楽しそうに笑い、「あのCM、元気があって好きなんですよ」と言う。

 その言葉にかのんは感激して、「ありがとうございます!」と満面の笑みを浮かべた。


「CMそのままのキャラのおかげで、店内が明るくなるよ」

「ここ、とっっっても素敵なお店で、その、私が入っちゃっても大丈夫なんですか!?」

「もちろん、誰でもウェルカムですよ。まぁ、まだ営業は始まってないんですが」


 そう言って、おじさんはシックな焦げ茶色のカウンターの裏から、立て看板のようなものを取り出す。

 縁を木で囲った深い緑の板……いわゆる、ミニ黒板のようなものには、“本日、夕方五時より開店! 開店セレモニーは、綺羅星学園の新人アイドルによる、ステージもありますよ!”と書いてあった。


「五時から開店で、セレモニーにアイドルのステージ……?」

「つまり、私」

「久世さんのステージ!? わあ! 楽しみ!」


 もはや、一ファンのような反応を示しながら、かのんは「がんばってね!」とつばめに応援を飛ばす。

 そんなかのんに、「うん」とつばめが応えたのを見て、武藤は感慨深げに頷いた。


「あのつばめちゃんが、同い年の子と親しげに話してるとこらを見れるなんて、東京にいたころでは考えられない成長だねぇ……」

「およ? おじさんは、東京にいたころから知り合いなの?」

「ああそうさ。神田で兄と一緒に、喫茶シングをやってた頃からの知り合いで、つばめちゃんが転校するってことで、僕らも合わせて二号店を作ったってわけ」


 話していた武藤が、「そうそう」と何かを思い出したようにカウンターの裏へと引っ込む。

 直後、ガタゴトと音が響き、何かを持った武藤が、かのん達の方へと戻ってきた。


「ほら、これがつばめちゃんの入学式の日の写真。つばめちゃんの隣にいるのは、つばめちゃんのお父さんで、入学式帰りに一緒に来てくれたんだ」

「へえー!」

「まあ、そんなわけで、つばめちゃんとは家族ぐるみで仲良くさせてもらってるんだ。今回の開店セレモニーのステージも、東京にいたころから依頼してたんだよ」


 そう言って、武藤はカウンターの上に写真を立てると、「それじゃ開店の準備をしようか」と、深緑のエプロンを身に纏う。

 “五時開店だとまだまだ時間はあるし、どうしようか”とかのんが思っていると、つばめは武藤の手伝いを始めた。

 その姿を見て、かのんは何のためにここに居るのかを思い出して、つばめと一緒に手伝いをすることにしたのだった。


☆☆☆


「よーし、もういいだろう。つばめちゃん、そろそろステージの準備をしてくれるかな?」

「わかりました」

「立花さんはこっちで、リハーサルの準備を見てみるかい?」

「はい!」


 ステージ上に上がったつばめは、強度や音の響きを確認するように、軽くステップを踏む。

 そんなつばめにライトを当てたり、つばめが付けたヘッドセットマイクの音量を確かめたりなど、武藤は色々な準備をしていた。

 いつもかのん達が使っている“スタァシステム”ではなく、昔ながらのステージに、かのんはワクワクが止まらない。

 なにかする度に「おおー」とか、「ほえー」とか……感嘆の声を上げるかのんに、武藤は微笑みつつ、リハーサルは順調に進んでいった。


「つばめちゃん、こっちは大丈夫だけど、どうかな?」

「こっちも大丈夫。でも、ひとつだけ提案があります」

「ん? なにかな?」


 リハーサルが終わる直前に提案をしてきたつばめに、武藤は首を傾げる。

 しかし、つばめはそんな武藤の疑問を半ば無視して、かのんを真っ直ぐに見つめたまま、「立花さん、一緒にステージをやらない?」と、かのんをステージに誘った。

 そんな、あまりにもいきなりのお誘いに、かのんの脳が追いつかず、かのんの口から出たのは「……ほえ?」という、間の抜けた声だけだった。


「この間は、一緒に踊れなかったから」

「この間?」

「私がステージをした日」


 淡々と告げられた情報に、かのんは「うーん……」と頭を悩ませ、突如「あっ!」と思い出した。

 そして、「レッスン室の!」と、つばめに笑顔を向けて答えた。


「うわー、あの時のこと覚えててくれたんだー! 私なんて、すごいステージを見ちゃったから、完全に忘れてたよー」

「誘ってくれたから」

「もちろん! つばめちゃんがいいなら、一緒にステージしたい! ……まぁ、ちょっとレベルに差はありそうだけど」


 かのんの言葉に頷いて、つばめは武藤へと視線を向ける。

 その視線に武藤はグッと親指を立てて答え、「曲はどうするんだい?」と訊いてきた。


「つばめちゃんの好きな“Break[c]lock Time”を、二人でやるのは難しいよね? つばめちゃんだって、東京にいた頃から、この曲は一人でずっと踊ってきたわけだし」

「曲は別のにする。立花さん、曲は持ってきてる?」

「えっと、“spring star”だっけ? あの曲ならモバスタに入ってるけど……」


 そう言って、かのんがモバスタから“spring star”を流してみせれば、武藤はまたグッと親指を立てて見せる。

 そして、武藤に「ステージの間だけ、モバスタを借りていいかい?」と訊かれたかのんは、武藤の真似をするように親指を立てて「大丈夫です!」と答えた。


☆★☆ジャズ喫茶スウィング、開店セレモニーステージ -立花かのん・久世つばめ- ☆★☆


 かのんがスタァシステムを使っていないステージに上がるのは、今回が初めてのこと。

 それだけに、お客さんとの距離が凄く近いことに驚き、同時に“見てくれてる人の表情がすごくよく見える”と、なんだか新鮮な気持ちになっていた。


「今日はジャズ喫茶スウィングの開店セレモニーに来てくださり、ありがとうございます」

「私は綺羅星学園一年生の立花かのんです! 一緒にステージに上がってくれてる子は、同級生の久世つばめさん! 久世さんはこの間こっちに引っ越してきたんですよー!」

「はい。元々は東京にいて、このお店のマスターのお兄さんがやられている喫茶店に、いつもお世話になっていました。なので、今日のステージはいつものお礼ができるように頑張りたいと思います」

「歌う曲は“spring star”! ミュージック……スタート!」


 お互いに定位置について、ビシッとポーズを決める。

 その直後、店内のスピーカーから曲が流れ始めた。

 

  ――


   夢の扉は すぐそこ

   駆け出して つかみ取ろう


   太陽は いつも私を見てる

   時には 曇ることもあるけど

   それだって いつか私を育てる

   本当に 大切な日々!


   広い大地は 硬いこともあるけど

   頑張って咲いた花に 負けない輝き

   夢を心に抱いて 今走り出す


   始まれ私の 青春の日々

   悩んだり 泣いたり いっぱい繰り返して

   私の道の先 明るい大空の下

   夢の扉は すぐそこ

   駆け出して つかみ取ろう


  ――


 曲の終わりに、しっかりと決めポーズを取ると、店内から大きな拍手と歓声が上がった。

 ステージの規模としては、かのんが体験してきたステージと比べると、今までで最も小さいステージ。

 けれどその拍手と歓声は、今までのステージと引けを取らないくらいに、大きな物に感じられた。


「ありがとうございまーす!」

「この後も、バンドによる演奏など、催し物は続きますので、お楽しみください」

「ではではー!」


 大成功の喜びを顔と声に表しながら、かのんはステージの外へと降りる。

 その後ろに続くようにつばめも降りてきて、二人は小さくハイタッチをした。

 そんなかのん達を見て、武藤はまた感慨深げに頷き、「良いステージだったよ」と、かのんにモバスタを返してくれた。


☆★☆☆★☆


「すっごく楽しかったなぁ……」


 セレモニーが続く中、寮の門限が近くなってきたこともあり、かのんとつばめはジャズ喫茶スウィングを出て、寮への道を歩いていた。

 夕焼けが、かのん達の姿をオレンジ色に染める中、ステージのことを思い出して、かのんがそう呟く。

 それにつばめは頷いて、「人と踊るのは楽しい」と応えた。


「久世さんはどうしてそんなにダンスが好きなの?」

「格好いいから」

「えっと……格好いいからって、えっと?」


 簡単すぎる返答に、訊いたかのんの方が驚いてしまう。

 そんなかのんを尻目に、つばめは持っていた鞄の中から一冊の本を取り出して、「私は本が好き」と話し始めた。


「両親は二人とも研究者で、家に居ないことも多かった。だから、ずっと本を読んでた」

「ん……? うん」

「物語の主人公は、みんな可愛くて格好いい。だから私もそうなりたいと思った。それでダンスを始めてからも、ずっとそう思ってる」


 そう言って、つばめは鞄に本をしまうと、「それに私は口下手だから」と、さらに謎の発言を零す。

 もはや予想外の発言ばかりで、かのんの頭はこんがらがってしまい……「良いと思う!」と全てを投げた。


「そういった理由でもなんでも、打ち込めることがあるっていうのは、すごく良いことだと思う。だって、私にはそういうのがないから」

「……ないの?」

「うーん。アイドルとして、色んな事を経験するのは楽しいって思うんだけど。久世さんみたいにダンス一筋! とか、ツバキみたいに“Crescent Moon”のミューズになる! とか、あゆみちゃんみたいに女優業をがんばる! とか、ひなちゃんみたいに歌が大好き! とかはないんだよね」


 かのんの言葉に、つばめは“ツバキとかあゆみって誰だろう”と首を傾げつつ、「急がなくてもいいと思う」と、かのんを励ました。

 そしてさらにもう一言、「慌てて出した答えは、間違いなことも多いから」と。


「そういうものなのかなぁ……」

「今は自分の出来る事から、やればいいと思う。どんなことに対しても、基礎は一番大事」

「うーん……。でも、それもそうだね! うん、やれることから頑張ってみる!」


 微妙に納得してないような唸り声をあげつつも、かのんはぶんぶんと頭を振って、気持ちを切り替えた。

 すごく素直なかのんを見て、つばめは“すごい”と少し驚きつつ、“私も初心を忘れないようにしよう”と、心の中で強く思った。

 そうして、もうすぐ寮に着くという所まで帰ってきた時、かのんは唐突につばめの腕を掴み、「久世さん」と名前を呼んだ。


「久世さんのこと、つばめちゃんって呼んでいい?」

「な、いきなりなんで?」

「え? だってさっき、出来る事から、基礎は大事って……」


 かのんの返答に、つばめはまったく意味がわからず、頭の中が“どういうこと?”に支配された。

 そんなつばめを見て、かのんは首を傾げつつ「えっと、久世さんと友達になりたいし、友達は名前で呼ぶものじゃないの?」と、謎の自分ルールを口にしてみせる。

 しかし、そのおかげでつばめにも納得がいき、“友達になるための基礎に、名前で呼びたいということなのかな”、と思考がクリアになった。


「別に良いけど……」

「わわ、ホント!? じゃあ、私のこともかのんとか、かのんちゃんって呼んでくれたらいいからね!」

「それは、えっと」


 ぐいぐいと攻めてくるかのんに、つばめはもはや、なす術もない。

 さらにつばめにとっては、名前で呼び合うような関係になった人は人生で一人もおらず……“かのん”と名前で呼ぼうとすると、とてつもない恥ずかしさがこみ上げてきてしまう。

 しかし、かのんの瞳はキラキラと光る純粋な瞳で、名前で呼んでくれるのを待っているように、ジーッとつばめの方を見つめていた。


「か、カノン……」

「はーい? なんだかイントネーションが変だった気がするけど……」

「気のせい、気のせいだから」


 「そう?」と首を傾げつつも、つばめに名前を呼んでもらえたことが嬉しいのか、かのんの顔はニマニマと緩んでいた。

 そんなニヤけ顔をどうにかこうにか普通の顔に戻してから、かのんは「よろしくね、つばめちゃん」と満面の笑みを見せたのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 かのんという、初めて名前で呼び合う友達ができたつばめ。

 毎日楽しくレッスンしていたつばめは、突然学園長に呼び出される!

 そして告げられたのは、ファンが要望したイベントの開催告知だった!


 第十六話 ―― ペン先のダンス ――

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