第十四話 来る新星、エアマスター

「みんなすごいよね」


 あゆみのドラマ撮影も終わり、ツバキの決意表明も終わった七月の初旬。

 仲良く食堂で昼食を食べていた四人だったが、なぜか今日一日、口数の少なかったかのんが、突然そんなことを言い出した。


「どうしたの、かのん? いきなり」

「かのんちゃん、ずっと何か考えてたみたいだけど、悩みでもあるの?」

「よかったら~、ひな達が聞きます~」


 三人は顔を見合わせてから、ずいっとかのんの方に顔や身体を寄せた。

 そんな三人の行動に、かのんは慌てて手を振ると「ちょっとだけ悩んでて」と、珍しいことを言い出す。

 かのんが本当に悩んでると聞いて、あゆみは驚き、ツバキは額に手を当てて熱を調べ、そしてひなは「あら~」と、微笑んでいた。


「熱は……ないみたいね」

「かのんちゃん、どうしたの? 変な物でも食べちゃった?」

「かのんさんのお悩み~。ひなも初めてです~」


 それぞれにそれぞれが、それなりに酷いことを言ってきたからか、かのんは「もう!」と、頬を膨らませる。

 そんなかのんに、三人は苦笑しつつ、代表してあゆみが「かのんちゃんのお悩み。聞かせて?」とかのんに手を差し出した。


「あのね、みんなそれぞれ夢とか目標とか……得意なこととかあるよね?」

「まあ、そうね。あゆみは女優として頑張ってるし、ひなは歌が得意で、歌番組にもよく出てる。そして、私はミューズを目指してるわ」

「ひなは~、ずっと楽しく歌ってたいです~」


 突然宣言されたひなの夢が、あまりにもほのぼのしていて、ツバキやあゆみだけでなく、かのんも笑顔になった。

 「ひなさんらしい、可愛らしくて良い夢ですね」と、あゆみが褒めると、ひなは「はい~」と微笑みを返す。

 和やかな雰囲気で弛緩した空気を、ツバキはわざとらしい咳と、「それで?」という質問で元に戻した。


「うん。その、目標とか夢とか、それこそ得意なこととかが思い付かなくて、悩んでたんだー。えへへ、あゆみちゃんには“好きなことをしたら”って偉そうなこと言ってたのにね」

「かのんちゃん……」

「かのん。あなた、そんな時にまで無理して笑わなくても、」

「無理はしてないよー。それが決まらないと、すぐにどうにかなっちゃう! ってわけじゃないし……」


 「それこそ、あゆみちゃんの撮影開始とか、ツバキの決意表明とかみたいに」と、かのんはついこの間起きた出来事を言って笑う。

 そんなかのんに、ツバキとあゆみは少し困ったみたいに顔をしかめて、小さな声で、「ツバキさん、どうしよっか?」「とりあえず様子を見ましょう」と相談し合い、頷いた。

 ちなみにひなは、「かのんさんが大丈夫なら~、いいです~」と微笑んでいたりする。


「とりあえず、午後からまたレッスンがあるんだし、ちゃんと集中して受けなさいよ?」

「はーい! がんばります!」


 ビシッと敬礼したかのんに、ツバキは苦笑しつつ、トレーを持って席を立つ。

 そして、それぞれのレッスンに向けて、食堂の外で分かれたのだった。


☆☆☆


「はっ、はっ、はっ……」


 午後のレッスンをみんなよりも早く終えたかのんは、“夕食の時間まで一人で寮にいるのもなー”と、自主トレに励んでいた。

 自主トレといっても、今までと同じランニング。

 でも、まったく同じではなく、今回は学園の周辺を全て回る、長距離ランニングだった。


「あとは、この先の噴水広場に行って……庭園を抜けて帰るだけ……」


 はぁはぁと息を乱しつつも、集中は途切れさせず、かのんは一歩一歩しっかりと走って行く。

 そして目的地の一つ、噴水が見えてきたところで、見慣れた人物がベンチに座っているのを発見した。


「あっ、深雪せんぱーい!」

「ん? 立花さん?」


 名前を呼びながら近づいたかのんを、ベンチに座って本を読んでいたハルが気付き、顔をあげる。

 それから数秒ほどでかのんはベンチの傍までたどり着き、ベンチの背もたれに手を置いて息を整えた。


「お疲れ様。自主トレかな?」

「はい。みんなより早くレッスンが終わっちゃったので」

「うん、良い心がけだと思うよ」


 ハルが横にズレて開けてくれたスペースに、かのんは腰を下ろし汗を拭く。

 そんなかのんを見ながら、ハルは優しく微笑み、「そういえば、見たよ」と口を開いた。


「立花さんのCM。ほら、“ラクウェリアス”の」

「あ、えへへ……。深雪先輩に教えてもらったおかげです!」

「そんなことない。これは、立花さんの実力。僕はほんの少し手を貸しただけだから」


 ハルはしっかりとかのんの目を見て、「おめでとう」と笑いかけてくれる。

 そんなハルの言葉が嬉しくて、かのんは「ありがとうございます!」と満面の笑みを浮かべた。


「それで、立花さんのするべきことは、全部分かったの?」

「ほぇ?」

「ほら、この間ダンスを教えた時に、“私のするべきことが少し分かった気がします!”って言ってたから」


 ポンッとハルから問いかけられた言葉に、かのんは頭を悩ませて……「ああっ!」と大きな声を上げた。

 そして、かのんはハルの前の地面に正座して、「教えてください!」と頭を下げた。


「え、えぇ……? とりあえず、頭上げてくれない……?」

「あ、はい」

「あと、ベンチに座ってくれる? この現場を誰かに見られたら、変な噂が立っちゃいそうだし」


 困ったような顔を見せたハルに、“たしかにそうかも”とかのんは頷いて、ベンチに座り直す。

 しっかりとかのんが座り直したのを見てから、ハルは「それで、なにを教えて欲しいのかな?」と微笑んだ。

 そんなハルから顔を逸らしつつ、かのんは「何を教えてもらえば良いんでしょう……?」と、首を傾げた。


「その、私の目標は“キセキ先輩みたいなアイドルになる”ってことなんですけど……どうすればいいのかなぁって」

「うーん、そうだね。まず、誰かを目標にするのは悪くないんだけど、その人になろうとするのはダメ、かな?」

「目標はよくて、なろうとするのはダメ? どういうことですか?」


 “同じ事を言ってるのでは?”と、首を傾げたかのんに、ハルも苦笑しつつ「そのままの意味だよ」と答える。

 そして続けざまに、「星空先輩は、星空先輩。立花さんは、立花さん。だから、立花さんが星空先輩になろうとするのは無理なんだ」と、ある意味当たり前のことを言い出した。


「それは、そうですけど……」

「ねえ、立花さん。星空先輩みたいなアイドルって、どんなアイドルなのかな?」

「キセキ先輩みたいなアイドル……? えっと、歌が上手くて、ダンスも凄くて、優しくて、おまけにすごい美人で、可愛い人です!」


 「それはもう、完璧超人だなぁ」と、ハルは苦笑しつつ、「それが全て揃ってれば、星空先輩のようなアイドルになるのかな?」と、またかのんに訊いてくる。

 かのんは、もう頭がこんがらがりながらも考えて、結局「ならないんですかー!?」とオーバーヒートしたみたいに背もたれに身体を預けて止まった。


「そうだね。たぶんならないと思う」

「むぅ……なら私はどうすれば……」

「それは、立花さん自身が考えて、導き出す必要があると思うよ」


 ハルは言うだけ言って、「それじゃ、そろそろ寮の門限だから」とベンチから立ち上がってしまう。

 爆弾を落とすだけ落としていったハルを、かのんは恨めしそうに見つめる事しかできず、ハルの姿が見えなくなってから、“今はとりあえず戻ろう”と考えることを放棄した。


「――むう、深雪先輩はひどい人だ」


 タッタッタッと走りながら、元々のルート通り、庭園を抜けようとしたかのんだったが、脇から急に現れた人影とゴンッと頭をぶつけ合った。

 幸い、真正面ではなく斜めの方向だったこともあり、そこまで痛みは酷くないものの少しの間「ぬおぉぉぉぉ」と、二人して地面でのたうち回る。

 そして、先に復活したかのんは、ひとまず相手を起こそうと、「すみません、大丈夫ですかー?」と傍に近寄った。


「……痛いわ。大丈夫じゃない」

「あ、その……すみません」

「こちらこそ。前を見てなかった」


 かのんに手を引かれて立ち上がったのは、かのんと同じ歳くらいに見える、薄青髪の少女。

 緑の太縁眼鏡をかけ、ウェーブした長い髪を下ろしている、まさに文学少女といった風貌の少女だった。


「その、こんな時間にどうしてこんなところに?」

「何でもないわ。あなたは?」

「私は自主トレをしてた帰り道です!」


 「そう。今度は気を付けて」と少女は服の裾を叩きつつ、かのんから離れていく。

 かのんはそんな少女の後ろ姿を見ながら、“あんな子、学園にいたっけ?”と頭を捻っていたが……門限が近いことを思い出して大急ぎで寮へと向かったのだった。


☆☆☆


「HEEEEY! ベイビーたちィ! 今日も最高に熱い青春、送ってるかァ! 今日はベイビーたちに、新たな仲間エーンド、ライバルを紹介するぜ! カモン!」


 朝から元気すぎるマイク先生が、ギターをかき鳴らしつつ教室の外へと声を掛けると「失礼します」と静かな声が響き、ガラッと扉が開く。

 そこから現れたのは、太縁の眼鏡をかけた薄青髪の少女……つまり、かのんが昨日ぶつかった少女だった。


「あー!」

「What's!? おいおい、静かに頼むぜベイビー?」

「あ、はい。……すみません」


 まさに“どの口が言うのか”、と思いつつも、HRなことを思い出して、かのんは静かに椅子に座り直す。

 そんなかのんの方を凝視しつつ、少女は抑揚の薄い声で「久世くぜつばめと申します。以後、よろしくお願いします」と頭を下げた。


「ベイビーは、東京からの転入生だァ! あっちじゃ“エアマスター”って呼ばれる、かなりの有名人だぜェ!」

「なっ! エアマスターですって!?」

「フゥ! やっぱカミシロは知ってたみたいだなァ! 強力なライバルだぜェ! 気合い入れて頑張れよ、ベイビー!」


 そう言ってギュイーンとギターをかき鳴らし、マイク先生は勢いよく教室から出て行った。

 相変わらずの勢いに、かのん達は慣れてきたものの、転入生のつばめは目を丸くして固まってしまう。

 そんなつばめを見つつ、かのんはツバキに「ねぇ、ツバキ。エアマスターってなんなの?」と訊いていた。


「エアマスターっていうのは、東京のダンスマスター“久世つばめ”に付けられた、二つ名のようなものよ。軽やかなステップに加え、まるで重力を感じさせないほどに、緩急も自由自在。まるで空を飛ぶ鳥のように舞う姿と、本人の名前から付けられた称号ね」

「ほぇー、見てみたいね!」

「かのんなら、そう言うと思ったわ。まったく、怖いもの知らずなんだから」


 そう言って笑うツバキにかのんは頬を膨らませつつ、あゆみも誘って、一緒につばめの所へと向かう。

 実力者とマイク先生が言い放ったからか、生徒達はつばめの様子を窺うだけで近づこうとしない。

 そんなわけで、特になんの問題もなく、かのんは、椅子に座って本を読むつばめの所まで行く事ができた。


「くーぜ、さん!」

「……なに?」

「昨日ぶりだねー! 同じクラスになるとは思ってなかったけど、私は立花かのん! かのんって気軽に呼んでね!」


 突撃した勢いのまま自己紹介を終わらせたかのんに、つばめはかのんの方を見たまま、特に反応を返さない。

 数秒待っても動かないつばめに、かのんは「およ?」と首を傾げ、「久世さん? おーい?」と顔の前で手を振ってみるが、やはり反応は無かった。


「……どうしよう、ツバキ。久世さんが固まってしまった」

「かのんは勢いのまま行きすぎなのよ。もっとゆっくり話してあげないと」

「ふふ。でもそこがかのんちゃんの良いところでもあるよね。悩んでても落ち込んでても関係なく引っ張っていってくれるし」


 あゆみの言葉に「まあ、そうなんだけどね?」とツバキは苦笑し、固まったつばめの隣りに腰を下ろす。

 それでも動かないつばめの耳に、ツバキはフッと息を吹きかけた。


「――ひゃぁっ」

「うん、やっぱりここは効くみたいね」

「ツバキさん……それ、初対面の人にすることじゃないと思うよ?」

「私もそう思うよ、ツバキ……」


 さすがにあゆみだけでなく、かのんにもジト目で見られたからか、ツバキは顔を真っ赤にしたつばめに「ごめんね」と頭を下げる。

 先に謝られてしまったつばめは、怒るに怒れなくて、「……何の用なんですか?」と口を尖らせた。

 そんなつばめに苦笑しつつ、かのんは「えっと、久世さんにダンスを見せてもらいたいなーって思ってて」と、笑った。


「ダンス、ですか?」

「ダメかな? すごくすごいって聞いたから、すごい気になってて!」

「かのん……」


 語彙力が残念なことになっているかのんに、ツバキは顔を覆って嘆いていたが、つばめの方はその言葉にやる気を出したのか「良いですよ」と頷く。

 しかし直後に俯き、つばめは小さな声で「レッスン室と更衣室を教えてくれるなら……」と言った。


「レッスン室と更衣室? うん、もちろんだよー!」

「ええ、それ以外の場所も案内しますから」

「だったら、二人は久世さんと一緒に先行っててもらえる? わたし、ひなちゃんを誘っていくから」

「はーい!」


 あゆみの提案に、かのんは大きな声で返事して、つばめの手を取る。

 そんなかのんの行動に驚きつつも、つばめは特に拒まず、かのんに引っ張られるまま教室を飛び出して行った。

 かのんの暴走列車っぷりに苦笑しつつ、あゆみはモバスタを取り出して、別のクラスのひなに連絡を飛ばしたのだった。


☆☆☆


「く、久世さん……だよね?」

「そうだけど」

「眼鏡を外して、髪を括るだけでかなり印象が変わるわね。さっきまでは文学少女って感じだったのに」

「どっちも踊るのに邪魔だから」


 淡々と言ってのけるつばめに、かのんは驚き、ツバキは見定めるようにつばめの全身を見る。

 先ほどまでは太縁眼鏡と薄青色の長い髪で、大人しい落ち着いた雰囲気を纏っていたつばめが、眼鏡をコンタクトに変え、耳の上でひとつ括りのポニーテールにするだけで、一気にスポーティーな少女へと変貌。

 そんな姿に“なかなか、様になってるわね”と、ツバキは楽しそうに笑みを浮かべた。


「それで、レッスン室は? 踊りたい」

「あ、うん! こっちだよー!」

「もうあゆみ達も来てる頃ね。少し急ぎましょう」


 ツバキの言葉に、「わかった!」とかのんは元気に応え、つばめの手をガシッと掴む。

 “え?”っとつばめが驚くのも気にせず、かのんはその場から駆け出した。

 一人取り残されたツバキは、「あの子は……」と頭を抱えつつ、とりあえずかのんとつばめの後を追うのだった。


 ズシャァ!と音を立てながら、レッスン室の前で急停止したかのんは、もはや、なすがままだったつばめをガシッと受け止めて、「到着!」と笑う。

 そんなかのんの滅茶苦茶な行動に、つばめは少し怖がりつつも、目の前で開かれたレッスン室に目を奪われた。

 “滑らないようにキチンと調整された床。空気もちゃんと入れ替えてあって清々しい……ああ、やっと踊れる”と、かのんの手をそっと外して、ふらふらとレッスン室に入っていく。

 雰囲気が変わったつばめに少し困惑しつつも、かのんはレッスン室へと入り、部屋の中にいたあゆみとひなの横に移動した。


「あゆみちゃん……久世さんが、なんか変になっちゃった?」

「うーん……まだあんまり知らないから、これがおかしいのかどうかは分からないかな?」

「ふらふらして~、まるで生まれたての羊さんみたいです~」


 つばめの奇行にかのん達がひそひそと話していたとき、ようやく追いついたツバキが、レッスン室へと滑り込んでくる。

 そんなツバキに、かのんは悪気もなく「ツバキー」と笑顔を見せた。

 いろんな意味で疲れた様子のツバキが、かのん達の方に合流すると、今まで部屋の中をふらふらしていたつばめが、レッスン室の真ん中あたりでモバスタを取り出し、アップテンポな曲を流し始めた。


「始まったわね」

「わくわくするね!」

「東京のエアマスター……」

「わ~」


 緊張した面持ちの二人と、楽しそうに身体を揺らす二人。

 まさに真逆の反応をした四人の目の前で、つばめのダンスが始まった。

 キュッキュッとシューズの音を慣らしながら、上下左右へ自由自在に身体を動かしつつも、ただ激しいだけではなく、スローテンポなパートや、時には完全に静止してしまうなど、織り込まれたダンステクニックに、四人は完全に観客と化してしまい、しまいには「おおー!」と感嘆の声を上げ、拍手までしていた。


「すごくすごかったね! もうなんか、ふわーってなったと思ったらビシッて!」

「かのん……もうちょっと言い方あるでしょ」

「むう……。こう、ヒュバッてバシバシッて」


 言いながら身体を動かすかのんだったが、その動きは、先ほどのつばめのダンスとは似ても似つかない不思議な踊り。

 そんなかのんに、ツバキは残念そうに顔を覆い、あゆみは苦笑し、そしてひなは「かのんさん、可愛いです~」と微笑んだ。


(楽しそう。でも……全然踊り足りない)


 和気あいあいと話す四人を遠目に、少し離れた場所にいたつばめは、ウズウズする身体を水分補給しながら抑えていた。

 “でも、ここで急に踊るのは”と、一応空気を読んで我慢していたつばめの目の前に、手が差し出される。

 それは、いつの間にか近づいていたかのんの手で、驚いて固まったつばめに笑顔を見せながら、「今度は一緒に踊ろう!」と誘ってきた。


「ちょ、ちょっとかのん!? 一緒にって、あなた……」

「さっきの曲は分かんないからムリだけど、私も知ってる曲なら、一緒に踊れるよね?」

「それは、そうだけど……」


 “一緒にって言ってもレベル差がありすぎるんだけど”、と心配しつつも、楽しそうに笑うかのんに「仕方ないわね」とツバキは折れた。

 そして、「だったら、“spring star”なんてどう? それなら色んな学校がレッスン曲として扱ってるし、二人とも踊れるんじゃない?」と、モバスタから曲を流してみせる。

 「それなら」と、かのんの手をつばめが取った直後、バシィとレッスン室の扉が開かれた。


「ヨゥ、ベイビー! 早速仲良くなってて、ベリーグッドだぜェ!」

「マイク先生!?」

「用があるのはエアマスター、一人だぜェ! この後、講堂でお前のステージをやるぜ、ベイビー!」


 ギターをかき鳴らしながら、ビシィッとつばめを指差したマイク先生に、つばめはまたしても固まってしまう。

 そんなつばめを放置したまま、「気張れよ、エアマスター! センキュウッ!」と言い残してマイク先生はレッスン室から出て行った。

 まさに嵐のごとく、雰囲気をぶち壊していったマイク先生に、つばめはおろか、他の四人でさえも一瞬、扉の方を見つめて呆けてしまう。

 しかし、いち早く復活したツバキが、「この後、講堂で久世さんのステージって……久世さん、聞いてた?」と、つばめに声をかけた。


「知らない。初めて聞いた」

「本人に伝えずにセッティングするとか、この学園はなにを考えてるの……」

「でも、それならすぐに講堂に行った方がいいかもね。開始時間も分からないから」


 そう言って、あゆみはかのんの手を掴むと、「だから、一緒に踊るのはまた今度、ね?」と、微笑んだ。

 さすがのかのんも、状況が状況なだけにごねることはせず、「はーい」と返事をしたのだった。


☆☆☆


 眼鏡と髪型はそのままに、制服に着替えたつばめを講堂に案内した四人は、開始時間が本当にすぐだったことに驚きつつ、つばめを舞台裏に残して客席の方に走っていった。

 一人残されたつばめは、あまりの急展開に呆けつつ、今日のドレスを決めるためにモバスタに視線を落とす。

 “この学園で初めてのステージだから”と考えて、つばめが選択したのはスクールドレス。

 学園が用意したドレスデータであり、かのんの“イエローパッションコーデ”などと、色と細部の形は違うものの一緒に着れば統一感を出せるドレスだった。


(これで、学園の一員という感じにはなるはず)


 そう思い、つばめはしっかりと頷くと、目を閉じて集中する。

 

(物語の主役は、いつだって可愛らしくて、格好いい。だからこそ、私はそうありたい)


「さあ、心よ。舞い踊れ!」


 カッと目を開き、モバスタをセット!

 直後開いたゲートへ、つばめは振り返ることなく進み入った。


☆★☆編入生、お披露目ステージ -久世つばめ- ☆★☆


 つばめが進んだ先に待っていたのは、講堂を埋め尽くす多数の観客の歓声。

 ネット上にも配信されているステージなだけあって、電脳空間上に展開された観客席は、遠く彼方まで人で埋め尽くされていた。

 その状況につばめは笑顔を見せると、右手で鉄砲を作り、右腕を真横へと伸ばす。

 直後、秒針の音が響き始め、倍々と次第に速度を上げ……唐突に音が消えた。

 

  ――


   Break[c]lock Time


   ah-a,aah- aaah- a ah-

   ah-a,aah- aaah- a- aah-


   動き始める 時間はここで

   奏で始める 音は 私に


   さあ、腕をあげて

   さあ、誰よりも高く


   掲げた手は 夢に近く

   遥かな空を進む


   鳥はもう 振り向かない

   あの稜線へ


   辿り着くと 誓ったから

   (ah- a,aah-)aaah- a ah-

   ah- a,aah- aaah- a- aah-


  ――


☆☆


 急かされるように鳴り響いていた秒針の音が、突然消え……直後につばめのパフォーマンスが始まった。

 いや、それよりももっと前に始まっていたのだと、ツバキは楽しそうに口を歪ませる。

 “それほどに、久世つばめという少女は、世界を作り上げていたのだ”、と。


「ほ、ほわぁ……」

「久世さん、すごい……」

「は~……」


 ツバキを除いた三人は、完全につばめの世界に魅せられており、開けた口から、魂の抜けたような声を出していた。

 ステージで歌い踊るつばめは、歌声だけでなく、ダンスでもつばめの世界を見せつけてくる。

 その波状攻撃のようなパフォーマンスは、曲の最後、早くなった秒針が元の速度に戻っていく瞬間ときまで続き、パフォーマンスが終わった後、つばめが頭を下げるまでかのん達は余韻に浸っていた。


「すっっっっごくすごかったね!」

「ええ、まさにレベルが違うパフォーマンスだったわ」

「久世さんが同い年って、少し信じられないですね」

「かっこよかったです~」


 完全に打ち抜かれたらしい三人は、ぺたんと講堂の椅子に座ったまま、立ち上がることも出来なくなっていた。

 そんな三人を見て、ツバキは“まあ、仕方ないわね”と、心の中で呟き、もう誰もいなくなったステージへと視線を向ける。


(先輩である星空先輩とは違う。同学年で、あそこまでの完成度を見せられるとは思ってなかっただろうし。……それもスクールドレスで)


 それでもスタァライトプリンセスを目指すなら、戦っていかないといけない。

 そうツバキは闘志を燃やし、拳を強く握る。

 かのん達が復活したのは、それから五分ほど経ってからだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 圧倒的なパフォーマンスを見せたつばめに、かのんは強い興味を持つ。

 “同い年で、どうしてここまで違うのか”。

 それを知るため、かのんはつばめに、あるお願いをするのだった!


 第十五話 ―― 過去はコーヒーの香り ――

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