第十三話 私の道

「つ、ツバキ。えっとここ、いいかな?」


 そっと触れるように、かのんはトレーを持ったままそーっとでツバキの前に座ろうとする。

 そんなかのんの仕草に笑いつつ、ツバキは「ええ、いいわよ」と答えた。


「よ、良かった~」

「かのんさん、ず~っと“大丈夫かな、大丈夫かな?”ってオドオドしてましたから~」

「も、もうひなちゃん! それは内緒にしててよ!」


 かのんに続いて席についたひなが、柔らかく微笑みながらかのんの真似をしてみせる。

 お世辞にも似てるとは言い難いその行動に、ツバキはまた笑い、「もう、気にしなくて良いのに」と立ち上がり、かのんの頭を撫でた。


「だって、ツバキ。その、」

「まあ、確かにオーディションに落ちちゃったのは悔しいけど、そこまで落ち込んだりはしてないわ」

「そうなの?」


 ツバキの言葉に、かのんは首を傾げ、隣に座ったひなと顔を見合わせて、また首を傾げる。

 そんなかのんを見つつ、ツバキは「まあ、まだこの先をどうするかは決まってないんだけど」と、曖昧に笑った。


「この先とは~、どういうことですか~?」

「次受けるオーディションのことじゃないのかな? ツバキのことだから、神城家に連敗はない! とか言いそうだし」

「ツバキさんらしいです~」

「いやいや、言わないから。そうじゃなくて、この先のアイドル活動をね」


 ツバキのその言葉に、かのんとひなはギョッとして、机から身を乗り出す。

 そして、「つ、ツバキ、アイドルやめちゃうの!?」とほとんど同じタイミングで、同じようなことを訊いていた。


「ええ? やめないわよ。なに言ってるの、もう」


 二人の行動にツバキはつい笑ってしまい、一緒に目から溢れてきた涙を拭きながらそう言う。

 そんなツバキにホッと胸を撫で下ろしつつ、かのんとひなは椅子に座り直し、冷え始めたご飯や、伸び始めた麺を食べる。

 すこしの間、三人は黙々とご飯を食べ続け、全員が終わったのを見届けてから、ツバキは「どんなアイドルになりたいかってことよ」と、二人に話し始めた。


「この間のオーディションを不合格にされたときにね、“私自身の輝きが感じられなかった”って言われちゃったの」

「ツバキ自身の輝き?」

「そう、私の輝き。まあ、思い当たる節はあるんだけどね」

「ほえ~。ツバキさん、さすがです~」


 よく分からないという顔をしていた二人の前で、ツバキは事も無げにそう言いきる。

 その言葉に、かのんとひなは揃って、“ツバキはさすがだなぁ”と心の中で思っていた。


「それで、その思い当たるっていうのは、なんなの?」

「ひなも気になります~」

「そうね……覚悟、みたいなものかしら?」

「覚悟?」


 「覚悟って、あの覚悟?」とかのんはおうむ返しのように口にする。

 そんなかのんに、「その覚悟」とツバキは頷いて笑った。


「覚悟ですか~」

「ひなちゃんは覚悟ってあるの?」

「覚悟といわれても~です~」

「だよねぇ……」


 頭を捻りながら、「うーん、うーん」と悩む二人に、“二人が悩んでも”と苦笑しつつ、トレーを手に立ち上がった。

 そんなツバキの動きに気づいて、二人も慌ててトレーを手に後を追った。


☆☆☆


「そういえば、前にあゆみちゃんと似たような話したかも」

「あゆみと?」

「うん!」


 三人でダンスのレッスンをしていたとき、かのんが突然そんなことを言い出した。

 その言葉にひとまず曲を止めたツバキは、汗を拭きつつ水分を二人に渡し、「それで?」と話を促した。


「たしか、あゆみちゃんが初めてオーディションを受けたときだったと思う。ほら、ツバキも“あゆみちゃんの様子が気になる”って言ってた時の」

「あのとき、そんな話をしてたの?」

「うん! ひなちゃんとは友達になる前だったから、知らないとおもうけど……」


 そう言ったかのんに、「はい~」とひなはのんびりと返事する。

 ひなの言葉に雰囲気が弛緩したものの、ツバキは眉間に皺を寄せて「そういえば、あのときのことは詳しく聞いてないわね」と呟いた。


「あのときのあゆみちゃんも、“自分がアイドルとしてどうなりたいのかが分からない”って言ってたの。覚悟とか、そんなことは言ってなかったけど」

「まあ、それに関しては私の想いだからね。でも、かのんはその相談に乗って、あゆみの悩みを解消したんでしょう?」

「うーん? 解消、したのかなぁ?」


 ツバキの問いに、そう言って首を傾げるかのん。

 曖昧な言葉にツバキだけでなく、ひなも困惑したような表情を浮かべ、「かのんさんは、なんて言ってあげたのです~?」と取り合えず詳しく聞いてみることにした。


「えっと、そのときは確か“目標は大事だから、好きなことをしたらいいんじゃない?”って言った、のかなぁ?」

「なんでそこが曖昧なのよ。でも、結構良いこと言ってるじゃない」

「はい~。さすがかのんさんです~」

「そうかな、えへへ……」


 褒められて嬉しそうに顔を紅くするかのんに、ひなは微笑み、ツバキはそっと頭を撫でる。

 そしてかのんの頭を撫でながら、“目標、ね”と、空中を見つめた。


「それで、どうしていきなり、あゆみのことを思い出したの?」

「えへへ……今日、あゆみちゃんの新ドラマの放送直前会見だったなぁって」

「そうなのですね~。いつからですか~?」

「えっと、そろそろ……だったような……?」


 「ちょっと待ってね」とモバスタを確認したかのんは、「あっ!」と大きな声を出して、二人にモバスタを見せてくる。

 画面にはあゆみからのメッセージが映し出されており、会見の時間は……今から十分もない時間からだった。


「――ッ、かのん、ひな! 急ぐわよ!」

「うん!」

「はい~」


 レッスン室で見るわけにもいかず、ツバキは着替えるために大急ぎでレッスン室を飛び出す。

 そんなツバキの後を、かのんとひなも大慌てで追いかけた。


☆☆☆


「あゆみちゃん、可愛いね」

「ええ、本当に。悠久ロマンチカこの間と同じ曲だけど、印象が全然違うわ」

「わ~、あゆみさん。素敵です~」


 ステージで歌い踊るあゆみを、三人は教室の中、モバスタを通して見ていた。

 “やっぱり、意識の違いがステージに現れてるのね”と、ツバキはひとり頷いて、優しく微笑んだ。


「ツバキ、なんだか嬉しそう?」

「そう?」

「たぶん、だけど」


 曖昧な言葉に、「たぶん、そうかも」とツバキは頷き、歌い終わって手を振るあゆみに視線を戻す。

 “少し前までは自分の少し後ろを歩いていたのに”、とツバキは心の中で少しだけ焦りを感じて、首を振った。

 

(きっと、あゆみの中で目指すべき自分が定まったのね)


 だからこそ、あゆみはツバキの予想以上に素晴らしいステージを作ってみせた。

 そんなあゆみのステージに、感動したままボーッとしているかのんと、ひなを他所よそに、ツバキはグッと拳を握る。

 そのときのツバキの顔は、なにかを決めたような、闘志に燃えた目をしていた。


☆☆☆


「ヨゥ、ベイビー! 今日の夕方、学園の講堂でライブステージをするぜェ! 出演者は、カミシロだァ!」


 以前、かのんが行った突発ステージのように、朝のHRでマイク先生がギターを片手に宣伝する。

 今回はツバキが出演でると聞いて、教室の中が一気に騒がしくなった。


「ツバキ、ステージってどうしたの?」

「ちょっとね」

「……?」


 軽く微笑んで話を切るツバキに、かのんは困惑したまま首を傾げる。

 そんなHRを終えて、レッスン……昼食……そして放課後と、ツバキは特にかのんになにも言わず、黙々とレッスンをこなしていた。

 いつもと違うツバキの様子に、かのんはもちろん、ひなやドラマ撮影を終えたあゆみでさえも首を傾げ、変なテンションのまま、講堂へと集まっていた。


「なんだか、ツバキの様子おかしかったよね?」

「うん……集中はしてたけど、ずっとなにか考えてるみたいに見えたかも」

「はい~。ひな、ちょっと怖かったです~」


 講堂の椅子に並んで座った三人が話すのは、今日のツバキについて。

 あゆみもかのんも、ツバキとは入学してからほぼずっと一緒にいる友達。

 だからこそ、ツバキの様子がおかしいことを、誰よりも心配しているのもこの二人だった。


「それに突然ステージをするなんて……ツバキ、オーディションに落ちて頭おかしくなっちゃったのかな……」

「かのんちゃん……たぶん、それは違うかな」

「ひなもそう思います~」


 かのんの考えに苦笑しつつ、あゆみは未だ始まらないステージへと視線を戻す。

 かのんもまた、ひなに「きっとなにか考えがあるのですよ~」と諭され、少ししょんぼりしながらステージへと集中した。


☆☆☆


 観客が集まってきた講堂の舞台裏で、ツバキは目を閉じて心の昂りを押さえつけていた。

 今日のステージは、特になにかのオーディションがあるわけでもなく、戦う相手がいるわけでもない。

 それでも、このステージはツバキにとって、とても大事なもの。

 だからこそ、ツバキは今日一日中、ずっと口を閉ざしていた。


(これは、私が、本当の私になるための区切り。だからこそ、全力……いえ、私の全てを出すべきステージ)


 手に持ったモバスタには、かのんに見せたあのドレスが映し出されており、ツバキはそのドレスを見て、フッと笑う。


(思えば、いつも私の中には父と母の教えがいきていて、そこから抜け出したいと躍起になっていた気がする。けれど、それを含めて全てが私の力のはず)


 “アイドルとしてどうなりたいのか”と言われても、ツバキにはまだハッキリとは言い切れない。

 けれど、絶対に譲れない想いは、ひとつだけあったのだ。


「神城ツバキ。私の道は、私が作る!」


 モバスタをセットし、ツバキはキッと顔を引き締める。

 そして、光輝くゲートへと飛び込んだ。


☆★☆決意表明のステージ -神城ツバキ- ☆★☆


 ツバキが飛び込んだ先の場所は、本来の講堂よりも少し広くなった場所。

 木で作られたステージの上で、ツバキは見に来てくれた観客へと手を振った。

 もちろん、かのんやあゆみ、そしてひなを見つけ、三人に向けてにっこりと笑いかける。

 そんなツバキにスポットライトが当たり、ついに曲が始まった。


 ――


   夢を見ていたの ずっと昔から

   気付かないほどに 強く願いながら


   歩き続けてたの ずっと昔から

   最初から敷かれてた レールの上


   嗚呼 やっと気付いた 本当の道

   飛び出そう 今 自分の夢へ


   私はもう 後ろを向かない

   作っていく 道をこの足で

   空高くに夢があるなら

   きっと飛べると信じて

   今できる最高のライブを


   さあ、遊びは終わりだ

   見せてあげる


   本当の私の チカラを


 ――


☆☆


「ツバキ……?」


 ステージに現れたツバキを見て、かのんは呆然としてしまう。

 理由は分からないけれど、ツバキが着ていたドレスが……あのとき見せてもらった“ナイトスカイコーデ”だったからかもしれない。


「なんだか、いままでとは違う……?」

「ツバキさん、とても輝いてます~」


 足の運びも、伸ばす腕も、指先一つとっても、三人は不思議と目が逸らせない。

 いつものツバキと何かが変わったようにも見えないのに、見れば見るほど、いままでのツバキとは何かが違う。

 そんなツバキのパフォーマンスに見惚れている間に、ステージは終わってしまったのだった。



 ステージでのパフォーマンスが終わり、ツバキは応援してくれていた観客に手を振って応える。

 そして、マイクを手に「今日のステージは、私の決意を伝えるためのステージです」と、話し始めた。


「恥ずかしいことに、私にはアイドルとしてどうなりたいか、という目標がありませんでした。それでも、小さいときからずっと仕込まれてきた技術が、私をここまで連れてきてくれました」


 まるで自慢のようにも聞こえるその言葉に、かのん達は少しだけ“そんなことを言っちゃって大丈夫かな……”と心配になる。

 けれど、ツバキはそれすらも折り込んだ上で、このステージをやったのだと分かっているから、三人はそんな想いをぎゅっと我慢して、ツバキの言葉に耳を傾けた。


「そんな私は、この間あった“Crescent Moon”のミューズオーディションに不合格になりました。今から思えば当たり前のことです。だって、私には輝きが……夢や目標に向かって全力を向けるアイドル達の輝きが無かったのですから」


 ツバキは俯いてしまいそうになる自分をなんとか堪えて、ずっと真っ直ぐに顔を上げ続ける。

 その姿に、かのんはぐっと拳を握りしめて、“がんばれ、がんばれツバキ”と心の中で応援し続けていた。


「正直、まだ生涯をかけたいという目標や夢は見つかっていません。でも、絶対に譲りたくない想いが私にはありました」


 そこでツバキは、大きく息を吸って、吐いて……気合いを入れ直す。

 “もうここまで来たら逃げられない”と、震えそうになる手と足に力をいれて、渇き始めた口を開いた。


「それは、誰にも“Crescent Moon”のミューズを譲りたくないという想いです。私をアイドルの道へと連れてきてくれた大好きなブランドのミューズに。……何をすればなれるのかは、わかりません。だから私はまず、私になろうと思います」


 ツバキの言葉に、観客のほぼ全員が首を傾げる。

 しかし、かのんはなにか分かったような顔で、力強く頷いた。


「芸能一家の神城家、その長女ツバキではなく……アイドル、神城ツバキとして、ここから再スタートします。まずはそれが、必要なことだと思いますから」


 そう言って、ツバキは満面の笑みを見せる。

 その姿に、かのんはもちろん、他の観客も多少困惑しつつも、「がんばれー!」と応援していた。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ツバキの決意表明や、あゆみの女優としての道、そして、ひなの歌への想いなど……かのんは目標や夢を定めた友達を前に、自分のことを考え出してしまう。

 しかし、かのんのなりたい自分は“キセキみたいなアイドル”。

 けど、“キセキみたいなアイドル”ってなんなんだろう……?

 

 第十四話 ―― 来る新星、エアマスター ――

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