第十二話 三日月のアイドル

 あゆみが自分と向き合うようにドラマ撮影へと臨んでいた六月中旬。

 かのんはなんとか演技のテストを合格することができ、ウキウキ気分で食堂へと向かっていた。


「きょっおのご飯は、なんだろな~」


 まさに拘束を解かれた鳥のごとく、今にも空に飛んでいきそうなテンションで、かのんは食堂のメニューとにらめっこをした。

 そうして選ばれたのは、オムライス!

 “ちょっと子供っぽいかな?”とか、かのんは思ったりもしたが、合格した自分へのご褒美ということもあって、“気にしない!”と開き直っていた。

 オムライスを受け取って、席を探していたかのんの瞳に、モバスタを睨みつけるツバキの姿が見え、かのんは「ツバキー!」と、満面の笑みでツバキの席に近づき、座った。


「あら、かのん。その様子だと無事合格はもらえたみたいね」

「うん! ツバキも色々とありがとう。教えてもらったりとか」

「気にしなくてもいいわ。今までずっと私が教えてたんだし、そのついでみたいなものよ」


 そう言ってツバキはまたモバスタへと視線を落とす。

 そんなツバキの反応に首を傾げつつも、“冷める前に食べよー”と、オムライスにスプーンを突き刺したのだった。


 かのんがオムライスを堪能している間、ツバキはずっと睨むような顔でモバスタを凝視しつづけ、かのんはそんなツバキの様子に“ツバキのおうどん、完全に伸びてそう”とか、そんなことを思っていた。

 そんなかのんの的はずれな心配をよそに、ツバキは「よし」と気合いをいれてからモバスタの画面をタップし、気を抜いたように息を吐く。

 ようやく、ツバキの様子がいつもと同じものに変わったと、かのんは心の中でホッとしてから、「ツバキのおうどん、完全に伸びてない?」と聞いたのだった。


「ああ! ホント……うえぇ……」

「ツバキがそんな顔するの初めて見たかも。伸びたおうどんはすごいね!」

「そこを褒めるのはちょっと違うと思うんだけど」


 かのんの変な感想に苦笑しつつ、うどんを完食していくツバキ。

 そんなツバキにかのんは感心しつつ、“一流アイドルは伸びたおうどんも、しっかりと食べるんだなぁ”とか、また変なことを考えていた。


「ふう。ひどい目にあったわ。ごちそうさま」

「ごちそうさまでしたー! それで、ツバキは何をみてたの?」


 ちゃんとご飯を食べ終えてから、かのんはツバキに疑問をぶつける。

 そんなかのんに頷きつつ、ツバキはモバスタの画面をかのんに見せ、「このオーディションに参加しようって思ってたの」と言った。


「オーディション? えっと、“Crescent Moon”のミューズオーディション?」

「ええ、そうよ。“Crescent Moon”は私が一番好きなブランドだから」

「おおー!」


 拳を握り、気合いを入れてみせるツバキに、かのんはパチパチと手を叩きつつ首を傾げ、「その、ミューズってなに?」と笑った。

 かのんの言葉に、ツバキは握った拳を緩め、ガクッと肩を落とし顔を覆う。

 そして、覇気のない声で「かのん……」と、残念そうに言った。


「え、え?」

「ミューズを知らないって、あなたほんとに……」

「……そんなに?」

「ええ、とても残念だわ……」


 もはやどうしようもないと言わんばかりに笑うツバキに、かのんは慌てて、「ミューズについて教えてよお~!」と立ち上がる。

 そんなかのんの言葉に、ツバキは笑うのをやめて、「仕方ないわね」と言い、とりあえずかのんを座らせた。


「ミューズっていうのは、そのブランドを背負うトップアイドルのことよ。新作発表や、ブランドコレクションなんかの時に、メインモデルをする人のことね」

「ふむふむ……」

「基本的にはブランド毎に一人しかいないから、今回みたいにミューズが交代する時にオーディションをしたりするの。大体は一年に一回とかね」


 そう言いながらツバキはいろんなブランドのデータをかのんに見せる。

 そのなかには、かのんの大好きなブランド“Smiley Spica”もあり、かのんはそのブランドを背負うアイドルの輝きに、一瞬目を奪われた。


「まぁ、中にはミューズのいないブランドもあったりはするわ。あゆみの好きなブランド“Dreaming Girl”もそうね」

「そうなの?」

「ええ。あのブランドは扱うジャンル幅が広いのもあって、背負うアイドルにも幅広い対応力が求められるの。だから、該当者がなかなか見つからないみたいね」


 “まあ、今は注目してるアイドルがいるみたいだけど”と、あゆみのことを思い出しつつ、ツバキは小さく笑う。

 そんなツバキにかのんは首を傾げつつ、「じゃあ、もしかして今度はツバキが“Crescent Moon”のミューズになるの?」と、不思議そうに言った。


「ええ。オーディションに受かればね」

「ツバキなら大丈夫だよ! だって、さっき見せてもらったミューズの人達と同じくらい、キラキラしてるもん!」

「かのん……ええ、そうね! 神城家に負けの二文字は許されない、何よりも私が負けたくないわ」


 笑顔で言い切ったかのんに驚きつつ、照れたように微笑んだツバキは、ぐっと拳を握りしめ、燃える瞳でそう言い返す。

 そんなツバキの想いをしっかりと受け止めて、かのんは「よーし、それじゃ特訓だー!」と立ち上がった。


☆☆☆


 そんなこんなで、食堂からレッスン室へと移動した二人は、モバスタで動画を取りながら、ウォーキングの練習に励んでいた。

 しかし、なかなか上手く歩けないかのんにツバキはすこし呆れつつ、「すこし待ってなさい」と、レッスン室を出ていく。

 それから数分して、数冊の本を手にツバキがレッスン室に戻ってきた。


「ウォーキングの基本は、歩く姿が綺麗であることよ。そのためには、まず姿勢を正す! 腰とか背中を丸めるのは絶対にダメ」

「はいっ!」

「あと、歩幅はすこし大きく、一本の線の上を歩く感覚で」


 「あと、これを頭に乗せて」と、ツバキは持ってきた本を一冊、かのんの頭の上に乗せる。

 急に乗せられた本に、かのんはビシッと固まって、ゆっくりと動き出す。

 しかし、その度に頭の上の本がぐらついて、またビシッと固まった。


「ね、ねえ、ツバキ。これ、どうやって動くの……?」

「どうって……こうよ?」


 直立のまま動けなくなったかのんの前で、ツバキは事も無げにスイスイと歩いていく。

 もちろん、頭の上にのせた本はまったくぐらつかず、そのままレッスン室の壁前でターンしてかのんの隣に戻ってきた。


「ツバキ……。ツバキって、やっぱり完璧超人だ!」

「ええ!? そんなことない、子供の頃から仕込まれてたから出来るだけよ」

「でも、最初から私よりは上手かったんでしょ?」


 ジト目で聞いてくるかのんに、ツバキは顔をそらしつつ「どうだったかしら」と頬を掻く。

 その態度が、かのんの言葉を肯定してるのは言わずもがなで、かのんはそんなツバキの態度に口を尖らせた。

 変な顔でムッとするかのんにツバキは笑いつつ、「ほら、ゆっくりでもいいから動いてみて」とかのんの前で手を広げた。


「むむ、むぅ……」

「ほら、かのん。アイドルなんだから、笑顔を見せて」

「そ、そんなこと言っても、本が落ちてきそうで」

「大丈夫。落ちても、また拾えばいいだけだから」


 「それもそっか」と、かのんはようやく動き出す。

 そんなかのんに苦笑しつつ、ツバキは“週末にはオーディションか”と気合いを入れ直した。

 それから一時間ほど二人でレッスンを繰り返し、かのんが体力切れでふらふらになったところで、一度休憩を挟むことにした。


「ふ、ふぇぇ……」

「慣れるまでは余計に体力を使うからね。しっかり水分補給して休んで」

「うん。ありがと~」


 壁に寄りかかって座り込んだかのんに、“ラクウェリアス”を渡し、ツバキもすぐ隣に座る。

 かのんのいつもの行動に笑いつつ、のんびりと休んでいると、元気になったかのんが「そういえば、聞いたことがないんだけど」と口を開いた。


「どうして、ツバキは“Crescent Moon”が好きなの?」

「ん? 形とか、色使いとかあるけど……そうね、アイドルを目指すきっかけの一つだから、かな?」

「きっかけの一つ?」


 そう言って首を傾げたかのんに、ツバキは「これが私のきっかけのドレス」と、モバスタのデータを見せる。

 画面には、黒を基調としながらも、散りばめられた小さな宝石ビジューや、裾を縁取る金の装飾が合間って、まるで夜空のように輝くドレスが映っていた。


「これが、“Crescent Moon”の“ナイトスカイコーデ”。アイドルというのを初めて見たとき、彼女が着ていたのがこのドレスだったの」

「そのアイドルの人に憧れてってこと?」

「いいえ、違うわ。あくまでもきっかけの一つ。だってその人より、私の方が歌もダンスも上手かったもの」


 当たり前のようにそう言ったツバキに、かのんは「ええぇ……」と、少し引きつつ、「じゃあ、なんで?」と話を促す。

 そんなかのんに苦笑しつつ、「仕方ないわね」と、ツバキは天井を見上げた。


「父と母とは違う道を生きたいと思ったとき、ふとこのドレスのことを思い出したの。それと同時に、アイドルって選択肢もね?」

「うん」

「演じることが主体の父とも、歌うことが主体の母とも違う、私だけの道。そう思って、この道に飛び込んだの。……まぁ、それもついこの間までは反抗心とか対抗心みたいなのが原因だったんだけどね」


 言いつつ、ツバキは照れたように頬を掻いた。

 そんなツバキに笑いつつ、かのんは「今は?」とニヤニヤしながら口にする。

 だからツバキは少し頬を膨らませて、「もう、今は違うから」と答えた。


「ツバキ照れてるー!」

「う、うるさい! ほら、練習再開するわよ!」

「わー、照れ隠しに怒ったー!」


 からかうかのんに、ツバキは「もう!」と少し怒り、かのんの笑顔に「ぷっ」と笑いがこぼれだす。

 二人で笑いあってから練習を再開し、一時間ほど続けたところで、今日はおしまいにしたのだった。


☆☆☆


 ついにオーディションの当日がやってきた。

 あゆみのドラマ撮影も順調らしく、毎日疲れつつも楽しそうに仕事に向かうあゆみの姿に、ツバキは“私もがんばらないと”と強く思っていた。

 今日はそんな想いを実力と共に見せて、ミューズを勝ち取る。

 オーディション会場で、ツバキは一人、闘志を燃えたぎらせていた。


「では、次の方――」


 呼ばれるままに面接とセルフコーディネートの試験を行い、参加者の人数が減っていく。

 最終試験である、写真撮影の試験が始まった時には、百人はいた参加者の数が、ツバキを含め五人まで減っていた。

 しかし、トップデザイナーである女性“アリシア・ディ・ナイト”はどこか冷ややかな目でその五人をみつめると、小さくため息を吐く。

 そんなアリシアには気づくことなく、ツバキは試験へと臨み、なんとか生き残ることができた。


「やった……これで!」

「神城ツバキ、ひとまずここまでの試験通過おめでとう」

「ありがとうございます」


 喜びを顔に見せながら頭を下げたツバキに、アリシアはやはりどこか冷めたような目でツバキを見つめ、「でも、まだ決定ではないわ」と言い放った。


「え?」

「もうひとつ、あなたに見せてもらいたいものがあるわ」


 驚いたツバキをよそに、アリシアはツバキにドレスデータを見せる。

 それは、新作ドレスのデータではあったものの、コーデの名前もない未完成のドレスデータだった。


「このドレスで、あなたの輝きを見せてみなさい」

「え、でも、このドレスって……」

「できないならそれで良いわ。それなら、今年のミューズはいないというだけの話だもの」


 挑発的なアリシアの言葉に、ツバキはカチンと来て、「やります!」と勢いでドレスのデータを受けとる。

 そして、大股で舞台裏へと向かった。


☆★☆“Crescent Moon”オーディション -神城ツバキ- ☆★☆


  ――


   夢を見ていたの ずっと昔から

   気付かないほどに 強く願いながら


   歩き続けてたの ずっと昔から

   最初から敷かれてた レールの上


   嗚呼 やっと気付いた 本当の道

   飛び出そう 今 自分の夢へ


   私はもう 後ろを向かない

   作っていく 道をこの足で

   空高くに夢があるなら

   きっと飛べると信じて

   今できる最高のライブを


   さあ、遊びは終わりだ

   見せてあげる


   本当の私の チカラを


 ――


 絶対に認めさせてみせる!

 ツバキの歌とダンスからは、その闘志が漏れだしていた。


☆☆


 しかし、舞台の外からツバキを観るアリシアの目は冷ややかなままで、ステージの終盤辺りで、アリシアはツバキの書類に大きく×印をつけたのだった。

 

☆★☆☆★☆


 オーディションが終わり、気づけばツバキは学園の寮に戻ってきていた。

 帰り道の間、ツバキの頭の中にはアリシアから告げられた言葉が、ぐるぐると回り続けており、もはやツバキ自身どうやって帰ってきたのかすら、わかっていなかったりする。


 ――あなたのステージ、それに技術も、とても素晴らしいものだったわ。でもそれだけ。私の求めるあなた自身の輝きが、あなたのステージ……いえ、それまでの試験からも感じられなかった。


「だから不合格、か……」


 ベッドに座り、呆然と天井を見つめるツバキには、その言葉に思い当たる節はあった。

 そして、それを持つアイドルのことも。


「本当に……アイドルとしての輝きだけは一人前なんだから」


 ツバキはとある少女のことを思い出して笑う。

 オーディションに落ちたのに、ツバキは不思議と辛いとは思わず、むしろ嬉しさを感じてしまっていた。

 きっと、それは――。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ミューズオーディション不合格となってしまったツバキ。

 しかし、不思議とツバキは落ち込んでおらず、代わりに一つの決意を心に決めていた。

 

 第十三話 ―― 私の道 ――

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