第九話 あの子はとてものんびり屋さん

☆★☆立花かのんソロライブ -立花かのん- ☆★☆


 ――


   駆け出そう

   心のコンパス 道しるべに

   輝く明日へ


   いつも始まりは 大好きって気持ち

   自覚したら心が踊り出す

   跳ねる鼓動に スキップ刻んで

   新しい自分になろう!


   たまには泣きたくなることもある

   だけど、楽しさは100倍

   200倍(300)400(500)とにかくいっぱい!


   だから、飛び出そう

   心のコンパス 道しるべに

   輝く明日が 私を待ってる

   だから、駆け出そう

   向かう先の笑顔信じて


   きっと(きっと?)絶対!

   輝く私になる


 ――


☆★☆☆★☆


「ただいまお送り致しましたのが、現在モカ・モーラ社の“ラクウェリアス”CMで人気沸騰中のアイドル。立花かのんちゃんの、ソロライブ映像でした。いやぁ、牧島さん。かのんちゃん、初々しくていいですねぇ」

「ええ、今年の春に綺羅星学園に入学したばかりの新人アイドルですし、これからの活躍が要チェックです!」

「今のところ、“ラクウェリアス”のCM以外ではまだまだ知名度は低いみたいですが、どうやら“Smiley Spica”のトップデザイナー“春風笑実えみ”さんも、注目しているとか」

「ええ、加納さん! そうなんです! かのんちゃんがCM発表会のステージで披露した“フレッシュシャインコーデ”は、なんと彼女の作だとか! 新人アイドルにトップデザイナーが新作ドレスを作るのは、すごく珍しいことなのはみなさんご存じですよね? つまり、それだけ彼女に注目しているということではないでしょうか」

「それはすごい期待の星ですねぇ! おっとそろそろ時間のようです。当番組では、これからも――」


☆☆☆


「お、おぉぉぉ……すごい。私がなんかすごい褒められてる!」

「はいはい。分かったから少し離れなさいよ」


 朝の教室で、かぶりつくようにモバスタの画面に顔を近づけていたかのんを、ツバキがぐいっと椅子に押し戻す。

 そのやりとりを見て、あゆみは微笑みながらモバスタを手元に戻した。


「すごい反響だね、かのんちゃん」

「うん! さっき映像が出てたソロライブも楽しかったし、今度ラジオのゲスト出演もあるんだー」

「へえ、すごいじゃない。ようやくかのんも軌道にのってきたって感じね」

「これからもがんばるよー! っと、二人ともそろそろ時間だよね」


 かのんの言葉に頷いた二人は荷物を持って、かのんに「いってきます」と背を向ける。

 そしてそんな二人を、かのんは「いってらっしゃーい」と大きく手を振って見送った。


 二人の姿が見えなくなるまで手を振っていたかのんは、二人がしっかりと仕事に行ったことを確認してから更衣室へと向かった。

 今日の予定は特になし!

 もっといえば、その先の予定もラジオ収録以外、特になし、である。


「予定はないけど~、未来のために~、がーんばれー私ー」


 スチャッとジャージに着替えたかのんは、そのまま校舎の外へ。

 そして、思い付いた言葉にメロディーを付けながら、ランニングを始めたのだった。


「そこを~みぎにー」


 走り出しから四十分が経っても、元気に走り続けるかのんは、唐突にルートを横へと逸らす。

 そのまま道なりに走り続けると……広い場所に辿り着いた。


「ほぇ? ここって、お花畑?」


 花畑と言うには少し規模は小さいものの、教室ほどの広場に色とりどりの花が育てられていた。

 プランターが沢山並んでいるので、イメージとしては花壇の方が近いかも知れない。


「へー、学園にこんなところもあったんだー」


 キセキと出会った庭園、ハルと出会った噴水広場、そして今回の広い花壇と、かのんが学園の広さに感動していると、後ろから「あの~」と声を掛けられた。

 その声に驚き、かのんは肩を跳ねさせつつも、くるりと背後へ振り向く。

 そこには、明るいブラウンの髪を緩く三つ編みにした少女が小さいスコップを持って立っていた。


「植物園に、なにかご用ですか~?」

「ううん。ランニングしてたらたどり着いちゃって! 学園にこんなところがあったんですね」

「はい~。イベント事に使う植物を育てています~」


 少女はのんびりとした声でそう言って、近くの花壇の前で腰を下ろす。

 よくよく見てみると、その花壇には白やピンクといった花がたくさん咲いていた。


「可愛い花ですね! なんの花なんですかー?」

「えっと~、これはナデシコの花ですよ~。色とりどりの花が春から秋までたくさん咲きます~」

「へえー! ひとつひとつ個性もあって、まるでアイドルみたい!」


 「おおー!」とか「こっちも可愛い!」とか、全部に感想を言いながら、かのんは広場の中を走り回る。

 そんなかのんの姿に少女は楽しそうに笑い、花壇の隅に置かれていたガーデニング用のシャワーを手に取った。


「もしよろしければ、お水をあげてみますか~?」

「えっ!? 良いんですか?」

「はい~。元気いっぱいな立花さんにお水をもらえば、みんな元気になると思いますので~」


 差し出されるままにシャワーを受け取ったかのんは、そのまま楽しそうに花達へとお水をあげていく。

 そして、花壇の半分ほどの花達にあげたところで、“あれ?”と気がつき、少女の方へと勢いよく振り向いた。

 ……シャワーを持ったまま。


「あっ」「きゃっ」


 その結果、シャワーの水をかぶり、少女が水浸しになってしまう。

 かのんは慌ててシャワーのスイッチを切り、「ごめんなさい! 大丈夫!?」と少女に駆け寄った。


「大丈夫~。でもちょっと着替えてくるね~」

「あ、うん」


 焦っているかのんに対し、少女はまるで気にしていないみたいに微笑んで、トテトテと校舎の方へと走っていく。

 予想していたテンションとの落差に、かのんは置いてけぼりにされてしまい、ひとまず少女が帰ってくるまで、花に水をあげることにした。

 着替え終わった少女が帰ってきた時には、かのんはすでに花壇への水やりを終えて、“待ちぼうけるよりも練習!”と、踊っていた。


「わぁ~。立花さんの動きはやっぱり元気いっぱいで楽しいです~」

「およ? あ、おかえりなさい。大丈夫でした?」

「はい~。濡れるのも汚れるのも、慣れていますので~」


 そう言って笑う少女に、かのんは「そ、そっか……」と苦笑するしか出来なかった。

 少女が帰ってきたところで踊るのをやめたかのんは、もう一度「ごめんなさい」と頭を下げてから、「でも、なんで私の名前を知ってるの?」と気になっていた事を訊いてみる。

 すると少女は、「CMで見て気になっていたの~」とのんびりとした口調で答えた。


「ひなは、あんなに運動できないから~、すごいなぁ~って」

「ひな? それがあなたの名前なの?」

「はい~、皐月ひなです~。そういえば、自己紹介忘れてたの~」


 のんびり笑いながら、ひなは「立花さんと同じ一年生です~」と付け加える。

 かのんはそんなひなを見ながら、“この子もアイドルなんだ”と少し驚いていた。

 なぜならひなは、かのんが今まで出会ってきたアイドル達とは全然違っていたから。

 正直、マイペース過ぎて、かのんは“アイドルとして大丈夫なんだろうか”と……ついこの間オーディションに初合格したかのんが言えた義理ではないことを思っていたりした。


「その、皐月さんは、レッスンとか自主トレとかしないの?」

「ひなは~、いつもここで、お花さんのお世話をしてます~。おじいちゃんのお家みたいで、楽しいので~」

「そ、そうなんだ。その、おじいさんのお家にはお花がいっぱいあるの?」


 楽しそうに話すひなに、かのんは不思議とひなのことが気になって、話を拾っていく。

 そんなかのんに対し、ひなは「はい~。おじいちゃんのお家は牧場なので~」とまた気になることを言い出した。


「牧場? 牧場ってあの、動物とかがいる?」

「はい~。牛さんと、羊さん、あとわんちゃんがいます~」

「へえー! 楽しそうで気になるね!」


 目をキラキラさせてそう言ったかのんに、ひなは「でしたら~、今度おじいちゃんの牧場に行きませんか~?」とかのんを誘う。

 牧場の動物たちに興味津々だったかのんは、「もちろん!」と、ひなのお誘いに強く頷いた。


「わぁ~! 嬉しいです~。その時はぜひ、神城さんと成瀬さんも呼んでくださいね~」

「え? そうだね、予定が空いてれば二人とも一緒に行きたいかも。あゆみちゃんも動物とか好きだし」

「はい~。ぜひ~」


 ひながそう言って笑い「では~、またその時にお呼び致しますので~」と、かのんが使った後、しまい方が分からず放置されていたシャワーを手に取る。

 かのんはそんなひなを見ながらモバスタを取り出すと、思ったよりも時間が経っていることに気付き、「ランニングの続きに行くね!」と走り出した。

 そんなかのんの後ろから、「頑張ってください~」とひなの声が響き、かのんは「ありがとー!」とその場を後にするのだった。


☆☆☆


「えっ!? かのんちゃん、ひなちゃんに会ったの?」

「え、うん。ランニングしてたら花畑について、そこで」


 ほとんど同じ時間に仕事から帰ってきたツバキとあゆみは、かのんと合流して、寮の食堂で晩ご飯を食べていた。

 そこで話題にあがるのは、仕事の話……ではなく、かのんが出会ったひなの話。

 なぜなら、仕事の話は守秘義務があってあまり話せないからだ。


「皐月さんって、あまりレッスンしないから、なかなか会えないって聞いてたんだけど、そんなところにいたのね」

「いつも花畑で、お花に水とかあげてるって言ってたよ。でも、あの子ってそんなに有名だったの?」

「かのんちゃん……。もう、少しは自分で情報収集しなきゃダメだよ?」


 かのんの言葉にあゆみは苦笑しつつ、かのんの前に座るツバキへと視線を送る。

 ツバキはその視線を受けて、“分かった”と言わんばかりに頷き、口を開いた。


「皐月さん、いえ、皐月ひなは歌番組やバラエティなんかで活躍してるアイドルね。あの子の歌声は“天使の歌声”って言われてて、華やかさはないものの、心に染み渡る優しい声が特徴的なの。その凄さは、彼女の入学試験ステージからも分かるわ」

「トップはツバキさんだったんだけど、皐月さんは、ツバキさんよりも評価の高い項目があったの。それが歌唱力の項目で、ツバキさんが唯一他の受験生に負けた部分だって……」

「ええ、その通りね。私もそのステージは観客席から見てたから分かるけど……凄かったわ」


 ツバキはそのステージを思い出したのか、ブルりと身体を震わせる。

 そんなツバキを見て、かのんはひなにどんどん興味が湧いてきた。

 そして、“今度会った時には歌ってもらおう”と心に誓うのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 マイペース少女ひなと出会ったかのんは、彼女の歌声を聞いてみたくなる。

 そんなとき、ひなからかのんへと驚きのお誘いが来る。

 かのんは念願のひなのステージを、見ることができるのだろうか!?

 

 第十話 ―― おとぎ話の少女 ――

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