第八話 輝く明日へ

(ここは左足に重心を乗せて、スネアの音と一緒に右足を跳ねる)


 なんてことはもう考えないでも出来るくらいに、かのんはしっかりとダンスを身体で覚えることが出来ていた。

 ハルに指導してもらった次の日、急変したかのんのダンスに、ツバキはおろか、あゆみでさえも、思わず「嘘……」と呟いてしまう。

 しかし、ツバキにはあまりにも信じられない出来事だったのか、「もう一回見せて」を、かれこれ五回は繰り返していた。


「かのん、すごいじゃない!」

「かのんちゃん、すごいすごい!」

「へへーん! 私はやれば出来る子だから!」


 「ホントだね! すごいよ、かのんちゃん」と手放しで褒めるあゆみに対し、ツバキは「なら最初からやりなさいよ」と、もっともなことを言っていた。

 だが、そんな言葉はかのんの耳には入っておらず、かのんは「ふふーん!」と勝ち誇ったような笑みを顔に貼り付けていた。


「でも、なんでいきなり踊れるようになったの? あれだけ教えても出来なかったのに」

「わたしも気になるかも」

「あゆみも? てっきりあゆみには話してると思ってたんだけど」

「ううん、聞けてないよ。かのんちゃん、わたしが帰ってきたときには、もうフラフラで、ご飯食べてすぐ寝ちゃったもん」


 その言葉に“あの元気が取り柄のかのんが!?”と、ツバキは驚く。

 そして、床に座り込みながら水分補給をしているかのんを見て、「私も負けてられないわね」と、心に火を灯した。


「ぷはーっ! 身体に染み渡るぅ~! この時のために生きてるって感じだよね!」


 「だから、それなんなのよ」と笑いながら、ツバキはあらためてかのんに「昨日何があったの?」と訊いた。


「昨日、二人がお仕事に行った後、レッスンしようと思って先生に聞いたら、誰も空いてなくて、しかも部屋も空いてなくて。考えるより自主トレしよって外に走りにいったんだ」

「あはは、かのんちゃんらしいね」

「うん。それで、折角だし歌いながら走ろーって走ってたら、知らないところに出ちゃって。そこがなんと、噴水のある広場ですごい広いの!」

「うんうん。かのんはそこで踊ったのね?」


 頷きながらかのんの行動を言い当てたツバキに、かのんは「えっ!? なんでわかったの!?」と目を見開いて驚く。

 「そのくらい分かるわよ」と、ツバキは笑ってから、「ほら、続き教えて」と促した。


「踊ってたら、深雪先輩が来て……。そうそう、二人は男子部って知ってた?」

「ええ、もちろん。校舎が違うから会うことはほとんどないけど」

「あれ? もしかして、かのんちゃんが会ったのって、二年生の深雪ハル先輩?」

「うん! 深雪先輩にダンスを見てもらったんだ!」


 驚いた様子の二人に笑いつつ、かのんは「だからもう踊れるよ!」と、その場でターンしてみせる。

 そんな無邪気なかのんに少し呆れつつ、ツバキは“あの深雪ハルに教えてもらえたなら”と、かのんの上達に納得することができた。


「じゃあ、あとは受けるオーディション次第かな。かのんはなにか受けたいものとかあった?」

「どれも楽しそう! だから、ぜんぶ!」

「あ、あはは……かのんちゃん、それはちょっと難しいんじゃないかな」

「そうね。まずマイク先生に落とされるわね」


 ツバキの言葉に、かのんはマイク先生の怒り顔を思い出して、しょんぼりと肩を落とす。

 だからツバキは慌てて、「ほら、一緒にオーディション探そうっ! ね?」と、かのんにモバスタの画面を見せたのだった。


☆☆☆


「うーん……条件を絞ると良いものがないね」

「もう六月だから、早いところは秋物の新作に移っちゃってるもの。夏物ならかのんに合うものも多かったと思うんだけど」


 言いながら“その結果が全滅だったわね”と、ツバキは口をつぐむ。

 急に黙ったツバキを見て、何を思ったのか察したあゆみは「ま、まだあるから大丈夫だよ!」と笑った。


「でも、かのんの性格とかイメージ的には服とかメイク用品とかよりも、やっぱり食べ物系が良いと思う」

「うん。かのんちゃんって、食べてるときとか本当に幸せそうだよね。見てるこっちがお腹空いてきちゃう」

「えっ!? 私ってそんな顔して食べてるの!?」

「してるわね。ご飯の時に対面に座るのやめようかなって思うくらい」


 くすくす笑いながら、ツバキはかのんの口に塩飴を放り込む。

 「しょっぱーい。でもおいしー」と口の中で飴を転がすかのんを見てあゆみは微笑むと、またモバスタへと視線を落とす。

 そして、応募期限が今日までのオーディションのなかに、とあるオーディションが増えていることに気付いた。


「あれ? このオーディションって、さっきまでなかったような……」

「ん、どれ? ああ、これは応募人数の上限が決まってるものね。たぶん誰かが応募をキャンセルしたんじゃない?」

「あゆみちゃん、なにか見つけたの?」

「うん、これ。モカ・モーラのドリンクCMオーディションなんだけど」


 あゆみが見せてくれた画面を見て、ツバキは「これだわ!」と、大きな声を上げる。

 その声に驚きつつも、かのんは「ど、どうしたの」とツバキに訊いた。


「これよ、これ! かのんにピッタリのオーディション!」

「そうなの?」

「そうなの! だってこれ、かのんがいつも飲んでるスポーツドリンクのCM! それに、募集内容もかのんに合ってる!」

「じゃ、じゃあこれ応募してもいい?」


 ツバキの勢いに押されながら、躊躇いつつ訊いたかのんに、ツバキは強く頷いてくれる。

 それが嬉しくなって、かのんは「よーし!」と、オーディションへ参加を申し込んだ。


☆☆☆


 かのんがオーディションに申し込んでから一週間が経ち、ついにモカ・モーラ社のドリンクCMオーディションの日がやってきていた。

 オーディションはすでに面接が終わっており、演技の項目へ。

 演技、といってもあゆみの時のように台本は用意されておらず、スポーツドリンク“ラクウェリアス”を飲んで、おいしさを表現するというアドリブを求められていた。


 「美味しい!」とか、「スッキリしていて爽快!」とか……かのんの前に受けた人達は、いろんなことを言って表現していく。

 しかしそのどれを見ても、審査をする人達は“これじゃないんだよなぁ”という顔をしていた。


(ラクウェリアスって普通に飲んでも美味しいけど、やっぱり運動した後の方が美味しいんだよね。でも、オーディション中に走ってくるわけにはいかないし……)


 と、考えるのが苦手なかのんにしては頑張って考えてはいたものの、まったく妙案が思い付かない。

 最後とはいえ、刻一刻と迫ってくる自分の番にかのんは焦りはじめ……ツバキの“かのんに合ってる”という言葉を思い出した。


(私に合ってる……? 合ってるって言われてもわかんないよー!)


 もはや脳内がてんやわんやになってきたかのんは、みんなはどうなんだろう、と他の参加者の顔を見てみた。

 しかし、みんな難しそうな顔をしていて……かのんは、余計に焦りが増してくる。


(こんなとき、あゆみちゃんや、ツバキ、深雪先輩……それにキセキ先輩はどうやって乗り切ってるんだろう……)


 そばに誰もいないことに、少し寂しくなってかのんはみんなの顔を思い出す。

 送り出してくれた二人に、教えてくれた深雪先輩。

 そして、私の目標の……。


――かのんちゃんも、いっぱい楽しんで!


 “ぴきーん!”と閃いた直後、遂にラストである、かのんの順番が回ってきた。

 審査の人に名前を呼ばれたかのんは、「はい!」と元気よく返事をして……モバスタから曲を流し始めた。


「いつもはじまりはー、だいすきってきーもーちー。じかくしーたらー、こころがーおどーりだすっ」


 唐突に歌い踊り始めたかのんに、審査員はおろか、参加者全員が唖然と口を開き固まる。

 しかしかのんにとって、そんなことはもうまった関係なく、とにかく全力で歌い踊り続け、最後の決めポーズまでしっかりとやりきると、おもむろに“ラクウェリアス”を手に取った。


「ぷはーっ! 身体に染み渡るぅ~! この時のために生きてるって感じだよね!」


 ゴクッゴクッゴクと一気に飲みきった姿は、もはや演技でもなんでもなく、完全にいつものかのん。

 しかしその姿を見て何かを感じ取ったのか、審査員の真ん中に座っていた男性は勢いよく立ち上がり「それだー!」と、かのんを指差した。


「そう、それだよ! 汗をかき、渇きを潤すために勢いよく飲むためのもの! そうだ、それこそがスポーツドリンク!」

「はい! 私もそう思います! 特にステージやレッスンのあとに飲む“ラクウェリアス”が、すっごく美味しくて、つい笑顔になっちゃいます! スポーツドリンク界のアイドルって感じです!」

「うんうんわかる、わかるぞ! “ラクウェリアス”を飲んだ人が、また頑張ろうと立ち上がってくれる。そんな願いを、私達は“ラクウェリアス”に込めているんだ!」


 興奮した様子の男性は、かのんの傍まで歩いてくると「僕は君みたいな子を待っていたんだ」と、親指を立てる。

 いきなり告げられた言葉に、かのんは一瞬頭が追いつかず……少しだけ固まったあと、「それって合格!? やったー!」と飛び上がった。


「さぁ、これから忙しくなるぞ! 自分にできる全てをもってぶつかってくるんだ!」

「はい!」


 そう言って頷くかのんに、「ようし、CMの内容を考えてくるぞ!」と男性は部屋を飛び出して行き、そのままなし崩しのようにオーディションは終わったのだった。


☆☆☆


 なし崩し的に終わったオーディションから二週間後、かのんは新CMお披露目ステージの舞台裏で、自分の出番を心待ちにしていた。

 実はあのあと、審査員側で一悶着あったのだが、強烈に個性を発揮してくれたかのんに対しては、全員好印象だったらしい。

 そんなこともあってか、CM撮影の時はとにかくかのんの勢いが重要視されており、今までにないCMになったと関係者全員から大好評だったりする。


「CM撮影、楽しかったなー。監督さんもみんな笑ってたし」


 モバスタを手に、かのんが思い出すのはCM撮影のこと。

 かのんがいろんなスポーツクラブの助っ人をやっていたと知った監督は、「じゃあいっそ色んなスポーツで撮るか!」と、毎日のようにスタッフさん達と一緒にスポーツするかのんを撮ると、それを合体させたバージョンを作ったり、ひとつの競技のバージョンを作ってみたりと、とにかくいろんなことをしていた。

 そのどれもが、その時にしか撮れないかのんをバッチリ撮っていて、勝って笑ったり、負けて悔しがっていたり、味方を全力で応援していたりと、見応えのあるものに仕上がっていた。


(どれも楽しかったけど、でも今はアイドルが一番楽しいかも)


 なんて、モバスタに表示されているドレスへと口づける。

 そこにはブランド“Smiley Spica”のドレス……太陽の下で輝くスポーツ少女をイメージした、オレンジイエローベースのストライプ模様が素敵な“フレッシュシャインコーデ”が表示されていた。

 ブランド“Smiley Spica”は、笑顔いっぱいで、元気いっぱいに輝く少女のためのブランドで、かのんのお気に入りブランドだ。

 しかもこれは、かのんのお気に入りブランドということで、CMスタッフさんがブランドの方にお願いし、作って貰った特製ドレス!


「立花かのん、誰よりも輝いてみせる!」


 ついにかのんの出番!

 モバスタをセットし、かのんは現れたゲートへと飛び込んだ。


☆★☆モカ・モーラ社“ラクウェリアス”新CMお披露目ステージ -立花かのん- ☆★☆


 かのんが飛び込んだ先は、野球場のようなステージ。

 大会社の新CMとあって、たくさんの人がかのんのステージを見に来てくれていた。


(失敗して落ちてばっかりだった私が、こんな大きなステージで歌えるなんて。これもみんなのおかげ! 精一杯楽しまなきゃ!)


 応援してくれたみんなの顔を思い出して、かのんは満面の笑みを咲かす。

 そして、何度も練習していた歌“輝く明日へ”を歌い始めた。


 ――


   駆け出そう

   心のコンパス 道しるべに

   輝く明日へ


   いつも始まりは 大好きって気持ち

   自覚したら心が踊り出す

   跳ねる鼓動に スキップ刻んで

   新しい自分になろう!


   たまには泣きたくなることもある

   だけど、楽しさは100倍

   200倍(300)400(500)とにかくいっぱい!


   だから、飛び出そう

   心のコンパス 道しるべに

   輝く明日が 私を待ってる

   だから、駆け出そう

   向かう先の笑顔信じて


   きっと(きっと?)絶対!

   輝く私になる


 ――


☆☆


 オーディションを除けば、かのんにとって久しぶりのステージなこともあり、あゆみとツバキはしっかりと観客席でかのんを見守っていた。


「かのんちゃん、すっごく楽しそう」

「そうね。少しは緊張してるかと思ってたけど、全然平気そうじゃない」

「フゥ! やるじゃねェか! あとはパフォーマンスさえしっかり出来りゃ充分だぜェ!」


 引率として付いてきてくれたマイク先生に、ツバキは「それは大丈夫だと思いますよ」と、軽く返す。

 “大した自信だな”と思っていたマイク先生の横で、あゆみは「だって、かのんちゃんの顔。すっごくいい笑顔だと思いませんか?」と微笑む。

 そんな二人に肩をすくめながら、マイク先生はステージへと視線を戻し、「まったく、いい顔して歌いやがる。最高だぜェ、ベイビー」と呟いた。



(深雪先輩、ありがとうございます。おかげで無事踊りきれました!)


 ステージパフォーマンスが終わり、最後の決めポーズを取ったところで、かのんは心の中でお礼を言う。

 そして、横に来た黒子さんが差し出す“ラクウェリアス”を受け取って、腰に手を当てた。


「ぷはーっ! 身体に染み渡るぅ~! この時のために生きてるって感じだよね! みんなも、運動後は“ラクウェリアス”!」


 観客が見守る中、ステージ上で一気に飲み干したかのんは、そう言って笑ったのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 大会社モカ・モーラ社のCMに抜擢されたかのんは、CMを通じて知名度を上げていた。

 そんなとき、学園の庭で一人の少女と出会う。

 

 第九話 ―― あの子はとてものんびり屋さん ――



★★★


「かのんちゃん。とても楽しそう」


 ネット上で配信されていたかのんのお披露目ステージを、キセキは移動の車の中で見ていた。

 優しく微笑んだキセキの隣には、学園長が座っており、学園長もまた楽しげな声で「彼女のこれからが楽しみだね」と微笑む。

 片方は“期待の新人アイドル”として、そしてもう片方は“将来のライバルとなるかもしれないアイドル”として、かのんの存在をしっかりと認識し始めていた。

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