第七話 合格へのターン

☆★☆アイスの沢永、キャンペーンガールオーディション -立花かのん“イエローパッションコーデ”- ☆★☆


 ――


   ~かのんの歌が酷いので略~


   いつも始まりは 大好きって気持ち

   自覚したら心が踊り出す

   跳ねる鼓動に スキップ刻んで

   新しい自分になろう!


   たまには泣きたくなることもある

   だけど、楽しさは100ばっ


   ~かのんが滑ってコケたので略~


 ――


☆☆


(かのん、そこ違う! その体勢でターンしたら戻れないって! ああもう、また間違えてる!)


 オーディションのステージパフォーマンスを見ながら、ツバキは叫びだしたいのを必死にこらえていた。

 今回のパフォーマンスもまた、パフォーマンスしてるのか、失敗を披露しているのか、どちらか分からないほどにダメダメで、もはやツバキは“かのんが怪我さえしなかったら、もう万々歳だわ”と、呆れの境地に達していた。


☆★☆☆★☆


「ああああ! また落ちたぁ!」


 あのオーディションから数日後。

 六月に入り、湿気の増した教室の中で、かのんの叫び声が響いた。

 そしてそんなかのんの叫びに呼応するように、マイク先生はギターをかき鳴らし、「スタンディングフラワー! お前はもっと考えてから応募しやがれェ!」と返す。


「先生ぇ! どうしたら合格できるんですか!?」

「だから、コンセプトを考えろってんだろうがァ! あと、もっとレッスンしやがれェ!」


 ちなみにこの応酬は、先月末から数えて、すでに三回目である。

 そのため、ツバキもあゆみも、もはや全く動揺せず、かのんが静かになるのを待っていた。


「動くのは好きだけど、考えるのは苦手なんですぅ!」

「うるせェ! いいか、次適当に出してきたら俺が落とすからなァ!?」

「ええええ!? そんなぁ!?」


 今日もまた、かのんの言葉にブチ切れしたマイク先生は、ギターも鳴らさず教室を出て行った。

 これも毎回のことだが、それでもなんだかんだ“かのんの相談に乗っているマイク先生は、すごい良い先生だなぁ”、とツバキもあゆみも心の中で頭を下げていた。


「ほら、かのん。しょげてないでレッスン行くよ」

「かのんちゃん、行こう?」

「うう、ごめん……」


 しょんぼりしながらも、二人の後についてかのんも教室を出る。

 しかし、レッスンが始まると全てを忘れたみたいに笑顔になるかのんに、二人は顔を見合わせて苦笑するのだった。


 そうして、午前中いっぱいをレッスンに当てた三人は、消費したカロリーを摂取するように、食堂でご飯を食べていた。

 食事中に上がる話は、もちろんかのんのオーディションについて。

 考えなしに応募するかのんを、ツバキが口酸っぱくダメ出しし、あゆみが間を取りなすのがいつもの流れになっていた。


「うぅ、受かりたかったよぅ……アイス……」

「かのんちゃん、アイス好きだもんね。沢永のクレープアイスとか、季節限定は全部食べてたくらい」

「うん! アイスって、なんですぐなくなっちゃうのかな……」

「かのんが食べるからでしょ」


 本当に残念そうに呟いたかのんを、ツバキはばっさりと切り捨てる。

 「そ、そんなっ!」と悲しそうな声を出したかのんに、「そんなことより!」と、ツバキはかのんの応募した沢永のオーディション概要の紙を突きつけた。


「今回のオーディションは、新作ミント味のキャンペーンガールの募集! ここに書いてある内容読んだ!? クールだけど芯があるアイドルを募集って書いてあるでしょ!?」

「あ、ほんとだ。えへへ、ミント味のアイスが食べたいなーとしか思ってなかった」

「かのん。あなたねぇ……」


 恥ずかしそうに笑うかのんに、ツバキは力なく背もたれへと身体を預ける。

 そんなツバキに、あゆみは「かのんちゃんがごめんなさい。わたしがちゃんと見てれば良かったんだけど……」と、フォローを入れていた。


「……なんにしても、かのん。ちゃんと考えて応募して」

「うん! 気を付けるね!」

「返事は良いんだけど、ホントに分かってるのかしら」


 心底疲れたみたいに呟いたツバキに、あゆみも「あはは……」と苦笑することしか出来なかった。

 しかし、そんな時間ももう終わり。

 モバスタで時間を確認したツバキは、「私は午後にイベントの打ち合わせがあるから」と立ち上がった。

 そんなツバキに続くように、あゆみもまた「わたしもドラマの打ち合わせがあるの」と、食器の載ったトレーを持つ。


「私達がいないからって、変なオーディションに応募したりしないように。ちゃんとレッスンしてるのよ?」

「もう! 大丈夫だもん!」

「あはは……。じゃあかのんちゃん、また夜にね。いってきます」


 トレーを持って離れていく二人を、かのんは「いってらっしゃーい」と見送りつつ、“これからどうしようかなぁ”と頭を捻るのだった。


★★★


 一方、そのころ、教室を出て行ったマイク先生は、とある部屋の扉を開け放っていた。

 その部屋の奥には、豪華な机を挟んで、艶のある黒髪をオールバックにした男性が座っており、金の髪の女生徒となにやら話をしていた。


「おや、マイク先生。どうかされましたか?」

「あら。マイク先生、お久しぶりです」

「よォ、久しぶりだな、ミラクルガール! どうもこうもねェぜ、まったくよォ! 分かってんだろ? 学園長よォ」


 肩に掛けたギターを背中へと預けて、ズカズカと学園長の方へとマイク先生は近づいていく。

 困ってるのか怒ってるのか、なんとも絶妙な顔つきに、学園長は「ああ、立花君のことかい?」と返した。


「そうだね……私も少し心配はしているよ。この学園の中で、最も実力の劣る生徒でもあるしね」

「分かってんなら、どうにかできねェのか!? あのままじゃ、いずれ潰れ--」

「潰れませんよ。かのんちゃんなら、きっと乗り越えてくれると思います」


 “潰れちまう!”と言おうとしたマイク先生の言葉を遮って、キセキがそう言い切る。

 なんの根拠があるのか分からないが、あまりに自信満々と言い切ったキセキに、マイク先生は呆気にとられ、少し落ち着きを取り戻した。

 そんなキセキの言葉を受けて、学園長は笑い、「私もそうあって欲しいと願っている。なんにせよ、もう少し見守ってあげてはくれないか?」と、マイク先生に頭を下げてみせる。

 さすがに上司たる学園長にそこまでされてしまうと、マイク先生は頷くしかできず「まぁ、俺の方もしっかり見ときますわ」と、しょうがなさを受け入れるように頭を掻いた。


☆☆☆


「いつもはじまりはー、だいすきってきーもーちー。じかくしーたらー、こころがーおどーりだすっ」


 自分が話題にでてるとも知らず、沢永アイスオーディションの時に歌った歌を口ずさみながら、かのんは校舎から伸びる道を走っていた。

 というのも、講師の先生は予約がいっぱいで、個人レッスン室を借りようにも予約されていて借りれなかったから。

 “じゃあ、オーディションの候補でも決めようかな”と、かのんはモバスタを見たりもしたが……五分も経たずに、頭が痛くなってきたので終了した。


 その結果が、“外を走ろう! ついでに、歌おう!”だったのだ。


「こころのコンパス、みーちっしるーべにー。……あれ?」


 歌のラストまであと少し、というところで、かのんは自分が見知らぬ場所にいることに気がついた。

 キセキと出会った庭園とはまた少し違う、中央に噴水のある広場。

 四方へと伸びる道は、どこも広く取られており、噴水の近くは、入学試験の時のステージと同じくらいの広さがあった。


「結構広い……それに、人もいなくて静か……そうだ!」


 何かを思いついたかのんは、おもむろにモバスタを取り出し、噴水の縁へと置く。

 そして、先ほどまで歌っていた歌のインストを流し始めた。


「かーけだーそーおー! こころのコンパス、みーちっしるーべにー。かがやく、あしーたへー」


 曲に合わせてステップを踏みながら、かのんは喉を震わせる。

 途中で本来のものと全然違うステップをしていたり、ターンでコケそうになったりしながらも、かのんはなんとか一曲を通しで歌い踊ってみせた。

 しかし、歌い踊っていたかのん自身、上手くできたとは思っておらず、「むう……」と顔をしかめる。

 そんなとき、かのんの背後からパチパチパチと、小さな拍手が聞こえてきた。


「お疲れ様。危ないところがいっぱいあったけど、見ていて楽しいパフォーマンスだったよ」

「えっと、ありがとうございます?」


 振り向いた先にいた黒髪の男子に、かのんはとりあえずお礼を返す。

 しかし直後に、ここが学園の中なことを思い出し、ズシャッと後ずさった。


「あ、あれ?」

「あなた誰ですか!? 学園の中で見かけたこともないし……はっ、まさか不審者!?」

「えっ!? いや、違う違う。僕はここの学園の生徒で、」

「生徒って、どう見ても男の子だし! そんな嘘は、」

「ほんとほんと! 男子部の生徒、二年の深雪ハル! 嘘じゃないって!」


 慌てた様子で自己紹介をしながら、かのんにモバスタを見せるハル。

 そんなハルの証明を目の当たりにしたかのんは、「……男子部ってあったの!?」と、本当に驚いたような声を出した。


「君みたいに、男子部の存在を知らない子が、時折いるみたいだけどね。一応、女子部の校舎と、この噴水広場を挟んだ反対側に立ってるんだよ」

「そうなんだ……。知らなかった」

「それで、君の名前は? お詫びに教えてくれたら嬉しいな」


 そう言ってにっこりと微笑むハルに、かのんは少し照れつつ「一年の立花かのんです。その、不審者って言ってすみませんでした」と頭を下げる。

 かのんの謝罪を「気にしないで」と笑って流したハルは、「立花さんは、ここで何をしてたの?」と話を進めた。


「私、ステージでのパフォーマンスがダメダメで、レッスン室が取れなかったんですけど、少しでも練習したいなって」

「ああ、ここは広いからね。それに人も来なくて静かだし」

「はい! なので、ここで練習しようかなって」


 楽しそうに笑うかのんに、ハルは「いいと思うよ」と頷いてみせると、広場の端に設置されているベンチへと腰掛ける。

 そして、「僕はここでのんびりさせて貰うけど、気にせずにやってね」とかのんに微笑んだ。

 そんなハルの姿を見て、何かを決心したかのんは「深雪先輩! もしよかったら、私を指導してください!」と頭を下げた。


「えっと、立花さん。指導って?」

「その、ダンスとか歌とか、この学園に入ってから本格的に始めたので……どうすれば良いのか自分だけだと分からないんです。だから私が踊ってるところを見てもらって、悪いところを指摘してもらえたらって」

「なるほど……。うん、いいよ。もちろん僕に分かる範囲で、だけど」

「それで大丈夫です! ありがとうございます!」


 ハルに頭を下げてから、「じゃあ始めます!」と、かのんはモバスタを操作して、また最初から踊り始める。

 そんなかのんの姿を眩しく思いながらも、ハルはかのんのダンスへと集中した。


(曲に対して常に踏み出しが遅い。ターンは軸足への体重移動が不完全。あと所々ステップが違う気がする)


 かのんのダンスを見ながら、ハルはかのんへの指摘内容を決めていく。

 そして踊り終わったところで、ひとつずつかのんへと伝えていった。

 同じ流れを繰り返すこと十回ほど、さすがにかのんも疲れがピークに達し、「もう無理ですぅ~」と地面に突っ伏した。


「立花さん、お疲れ様。最初に比べると、随分良くなってきたよ」

「ほんとですか!? ふぇぇ……踊り続けたかいがあって良かったぁ~」

「ああ、本当に。僕も踊りたくなってきたよ」

「深雪先輩のダンス! 見てみたいです!」


 ハルの言葉に、かのんはガバッと身体を起こし、目を輝かせる。

 しかし、そんなかのんの前で、ハルは少し寂しそうな顔をしながら、「今はダメなんだ」と口にする。

 その言葉の意味が分からずかのんは首を傾げ、「どういうことですか?」と訊いた。


「僕は昔から身体が弱くてね。診てくれてるお医者さんが言うには、一日三十分が運動をしてもいい限度らしい」

「三十分!? 少なすぎる……」

「あはは。そうだよね。立花さんから見れば、少ないと思うよ。それでも僕はアイドルで居続けるために、努力すると誓ったから。たとえ三十分しか歌い踊れなくても、誰よりも輝いてみせる。それが僕、アイドルの深雪ハルだから」


 決意のこもった声で言い切るハルに、かのんは“この人は、すごく強い”と心を揺さぶられる。

 “身体が弱いことを受け入れながらも、その悔しさすら力に変えてしまう”……そんなハルの姿は、今まさに“ツバキとあゆみに置いて行かれる悔しさ”を感じてしまっているかのんにとっては、憧れてしまうほどに眩しかった。


「深雪先輩。ありがとうございます」

「ん? いきなりどうしたの?」

「深雪先輩のおかげで、私のするべきことが少し分かった気がします。だから、今やれることは、全部やろうと思います!」

「なんのことか分からないけど、良いと思うよ。僕は応援する」


 「ありがとうございます!」とハルに頭を下げてから、かのんは「でしたら、今からまた指導、お願いします!」とモバスタを操作し、曲をかける。

 そんなかのんに、ハルは一瞬戸惑ったものの、「任せて」と笑い返した。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ハルによる指導の甲斐あって、ダンスのコツを掴んだかのん。

 そんなとき、とあるCMキャラクターのオーディションが発表される!

 はたしてかのんは、オーディションに合格できるのか!?

 

 第八話 ―― 輝く明日へ ――

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