第五話 燃え上がれ、情熱の花

「違う。かのん、ほらそっちじゃない」

「あ、あれー?」


 相変わらず通しで踊れないかのんに、ツバキは笑いながら見本のステップを踏む。

 ふむふむ、と頷いて、かのんはまたステップを踏んで……なんとか手本通りの動きをすることが出来た。

 なお、完成度については雲泥の差があることには、目を瞑っておくことにする。


「ほんと、かのんに教えるのって大変。気付いたらドジョウすくいになってるから」

「不思議だよね。教えられた通りにやってるはずなんだけど」

「かのん~? それはひょっとして、私の教えが下手くそって言いたいのかな~?」

「えっ、違う違う! 違うからくすぐるのやめてぇぇ!」


 通しで踊れたこともあって、座って休憩していた二人だったが、”かのんの失言?“にツバキがくすぐり攻撃でお返し。

 つい先日までのピリピリした雰囲気はどこへやら……レッスン室には笑い声がこだましていた。


「でもかのん。最初に比べたら全然踊れるようになってきたし、そろそろオーディションとか受けてみても良いかもね」

「えっ、もうそんなレベルになっちゃった? まぁ、昔から運動神経は良かったし、当然だよね」

「いやいや、記念受験的な感じでね?」

「さすがにそれは酷くない!?」


 予定調和みたいに弾む会話に、二人はずっと楽しそうな雰囲気で、またレッスンを再開する。

 通しで踊れるようになったこともあって、これからはかのんの隣でツバキも踊るみたいだ。

 二人で同じ曲を同時に踊る……たったそれだけのことでも二人には楽しく、結局この日は、夕日が沈むまでレッスンを続けていた。


「あー、もう今日も終わりかぁ……」

「楽しいと時間なんてすぐ経っちゃうからね。この先、仕事とか入るようになれば、もっともっと忙しくなって、あっという間に一日が終わっちゃうよ」


 ツバキの言葉に、かのんは空を見上げながら「仕事……」と、遠い世界みたいに呟く。

 そんな、かのんの他人ひと事感にツバキは「もう、かのんは……」と呆れつつ微笑んだ。


「仕事で思い出したんだけど、ツバキのオーディション本選っていつなの?」

「ん? 明日だけど」

「……明日!? 明日って、明日!? 今日の明日の日!?」

「う、うん。そうだけど……」


 当たり前のことを確認し、直後にあんぐりと口を開けて固まったかのんを見て、ツバキは「え、えーっと……」と対応に困る。

 しかし直後、かのんはツバキの前で正座すると、勢いよく頭を地面へとぶつけた。

 いわゆる土下座である。


「ごめんなさいぃぃ! 明日がオーディションなんてそんな大事なときに、私のレッスンに付き合ってもらって! しかも一日全部!」

「ええと、かのん。気にしないで、私がやりたくてやったんだから」

「で、でもツバキはオーディション、負けられないんだよね!? だったら今日はしっかりレッスンするべきだっただろうし……」


 正座したまま、上半身だけであわあわと慌てだしたかのんに、ツバキはついに我慢ができなくなって笑いだしてしまう。

 そんなツバキを見て、かのんは「え、えぇ……」と困惑するのだった。


「ふふ、あーおかしい……かのん、いきなり土下座って。しかも頭ゴンッて、大丈夫、痛くなかった?」

「え、あ、うん。ちょっと痛い」

「そりゃ、あれだけ勢いよくぶつけたら痛いに決まってるじゃん。あーもう、赤くなってる」


 おかしそうに笑いながらも、かのんのおでこを見て心配してくれるツバキに、かのんは今更ながら恥ずかしさが込み上げてくる。

 だから、かのんはツバキに「私のことはいいから、もう!」とよくわからない八つ当たりをするのだった。


 それからしばらくして、ようやく笑いが収まってきたツバキが、「私、今日はレッスンしなくて正解だったって思ってるの」と呟く。

 その顔は妙に清々しい顔をしていて、かのんは意味がわからず首を傾げた。


「もちろんオーディションを捨てた訳じゃなくて、絶対合格してみせる。でもそれは家柄とか、期待とか……そういったもののためじゃないわ」

「そうなの?」

「そうなの。合格したいのは、私のため。あと、私を信じてくれた友達のため、かな?」


 言いながらツバキはかのんの隣へと移動して、左手でかのんの肩を抱き寄せる。

 その行為にかのんは少し驚きつつも、なにも言わずツバキの言葉を待った。


「もちろん神城家に生まれた者としての矜持や誇りは今でもあるし、不合格になるわけにはいかないって思いもある。でも、かのんが見せてくれたから」

「私が?」

「うん。アイドルの輝きっていうのかな? ミスしても、音を外しても、それでも人を惹き付けてやまない、そんな姿を。――だから私も、負けてられないって思ったの」


 そう言うツバキの顔は、目に闘志を宿しながらもとても楽しげで、かのんはそんなツバキの顔を横目で見ながら、“ツバキはカッコいいな”と素直に尊敬していた。


「明日は絶対良いステージにする。だからかのん、絶対に見に来てね!」

「うん! もちろんだよ!」


 花が咲いたみたいに笑顔を見せて頷いたかのんを、ツバキは強く抱き寄せる。

 オーディションの前日なのに、ツバキの心は、不思議と暖かい気持ちで溢れていた。


☆☆☆


 ツバキのオーディション本選当日、ツバキは特に問題なくステージパフォーマンスの項目まで駒を進めることができた。

 “あとはこのステージを、最高のものにしてみせるだけ”、ツバキはそう気合いを入れ、舞台裏で自らの順番を待っていた。


(ホントに不思議。ステージをすることが、こんなにワクワクするなんて)


 今までは、ステージをすることも、モデルとして撮影されることも、すべてが家のためだった。

 けれど、今日は……今日からは違う、とツバキは笑う。


(これからは、自分のために。そして応援してくれるファンや、友達のために……私は輝きたい。だって、私は神城ツバキ。アイドルの神城ツバキだから!)


 そう、心に決めたツバキの順番がついに回ってきた。

 手に持ったモバスタに、ドレスデータをセット!


「“Crescent Moon”のブルーフラムコーデ……燃え上がれ、情熱の花! 神城ツバキ。私の道は、私が作る!」


 心のワクワクに急き立てられるように、ツバキは笑みのまま、ゲートへと飛び込んだ。

 

☆★☆ステージガールオーディション本選 -神城ツバキ- ☆★☆


 ツバキが飛び込んだ先の場所は、実際にイベントで使われるデータのステージ上。

 今までのステージよりも広く、たくさんの観客が見えた。

 そんななか、ツバキは応援してくれているかのんの姿を見つける。

 かのんの横には、友達らしき女の子と、マイク先生も来てくれていた。

 そんなかのん達の姿を嬉しく思いながら、ツバキはパフォーマンスを開始した。


 ――


   夢を見ていたの ずっと昔から

   気付かないほどに 強く願いながら


   歩き続けてたの ずっと昔から

   最初から敷かれてた レールの上


   嗚呼 やっと気付いた 本当の道

   飛び出そう 今 自分の夢へ


   私はもう 後ろを向かない

   作っていく 道をこの足で

   空高くに夢があるなら

   きっと飛べると信じて

   今できる最高のライブを


   さあ、遊びは終わりだ

   見せてあげる


   本当の私の チカラを


 ――


☆☆


 始まったツバキのステージに、かのんはおろか、あゆみもマイク先生も目を奪われてしまった。

 それは、先日見たツバキのステージとは違う、躍動感溢れるパフォーマンスがあったからだけじゃない。

 歌って踊るツバキが、本当に楽しそうに見えたからだ。


「ツバキ。すごい……!」

「神城さん、すごいキラキラしてるね」


 パフォーマンスに興奮するかのんやあゆみの声を聞きつつ、マイク先生は一人、満足げに頷く。

 それは、ツバキという原石が、ついにアイドルとしての道を歩み始めたことを悟ったからだった。


(カミシロ。そうだ、お前はお前の道を行け。お前はどんなアイドルを目指すのか、それはわからねェが、自分のために努力できるお前なら、必ず夢は掴める。応援してるぜ、ベイビー!)


 マイク先生は、ニッと歯を見せて笑い、パフォーマンスの終わったツバキへ親指を立てる。

 そんなマイク先生の激励に、ツバキもまた、ビシッと親指を立てて返したのだった。


☆★☆☆★☆


 参加者全員のパフォーマンスが終了し、参加者全員がステージ上へと並ぶ。

 そしてついに、結果発表の時が訪れた。


「本日のステージガールオーディションの合格者は……!」


 司会の人に合わせ、ドラムロールが鳴り響き、スポットライトが踊る。

 ステージ上で審判を待つツバキは、緊張した面持ちで立つ他の候補者達と違い、まさに“すべてやりきった”という表情で立っていた。


「綺羅星学園、神城ツバキさんに決定しました! おめでとうございます!」


 スポットライトがツバキを照らし出し、会場中から歓声が上がる。

 そんな歓声に嬉しく思いながら、ツバキは一歩前へと出て、合格のインタビューを受けるのだった。


「ツバキ! すっっっごくカッコよかったよー!」

「神城さん、お疲れさま。カッコよかった」


 結果発表が終わり、会場の外に出たツバキを、かのんとあゆみが出迎える。

 かのんにいたっては、タックルのおまけつきで。


「っとと、ありがとう。かのんと、えーっと……」

「あ、ちゃんと話すのははじめましてだよね。わたしは成瀬あゆみ。かのんちゃんの幼なじみです」

「かのんの幼なじみ……。それは今まで大変だったわね。私は神城ツバキ。あゆみって呼んでもいいかしら」

「うん、よろしくね。ツバキさん!」


 「さん、は要らないんだけど……」と困った顔をしながらも、ツバキはかのんを引き剥がし、あゆみへと右手を差し出す。

 あゆみはそんなツバキの右手を取りながら、「うーん、ツバキさんはツバキさんって感じだから」と笑った。


 それからも、「カッコよかった」とか、「楽しかった」とかはしゃぐかのん達のところへ、マイク先生が車に乗って現れる。

 そして「カミシロ、良いステージだったぜェ!」と笑った。


「マイク先生、ありがとうございます。先生の仰られてた、“本気”の意味。少しだけわかった気がします」

「今はそれでオーケーだぜ、ベイビー。さ、乗りなァ! 法令速度の安全運転でぶっ飛ばすぜェ!」

「はい!」


 マイク先生の言葉にみんなで笑い、ツバキはかのんと手を繋いで車に乗り込む。

 全員乗り込んだことを確認したマイク先生は、学園へ続く道へと車を動かしたのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 オーディションに合格し、アイドルとしての道を歩き始めたツバキ!

 毎日楽しそうにレッスンするかのん達とはうらはらに、あゆみは大きな悩みに直面していた!

 

 第六話 ―― こんにちは、もうひとりのわたし ――

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