第四話 へたくそなステージ
「ヨゥ、ベイビー! めでたい話が飛び込んできたぜ、フゥ! 予選とはいえ、新入生のカミシロが新入生一発目のオーディション合格だぜェ! ベリーナイスだ、カミシロ!」
ツバキオーディションの翌日。
今日も朝からテンション高く登場したマイク先生は、開口一番にそんな情報をぶっ込んでくる。
あまりにも早い合格通達に驚いていると、どうやら先方が当日に結果を決めて送ってきたと、マイク先生が補足していた。
「ありがとうございます、マイク先生」
「まさかモバスタ渡した次の日に合格者が出るたァ、俺も驚きだぜェ! 他のベイビーもカミシロの後に続けよ!」
はい! と生徒達の声が響き、マイク先生は「今日もレッスン開始だぜェ! ベイビー」と教室を出て行った。
綺羅星学園はアイドルしかいない学園のため、カリキュラムのほとんどが自由選択になっていた。
初日だけは案内も兼ねているため、クラス全員が同じ授業を受けていたのだが……かのんだけはそのレベルに達していなかったため、ツバキとの個人レッスンとなっていたのである。
なんにせよ自由選択なため、体力作りのために走り込みにいく者、オーディションに向けてレッスンを受けに行く者など、教室の中は急に騒がしくなった。
それは、かのんも例外ではなく――
「神城さん!」
教室を出て行こうとするツバキの後ろ姿を追いかけ、かのんは教室を飛び出して、ツバキの前に滑り込んだ。
後ろから聞こえてきたはずの声の主が、振り向くよりも先に前に立っている事にツバキは驚き、「キャッ!?」と小さく悲鳴を上げて尻餅をつく。
その姿を見てかのんは“しまった”という表情を見せてから、「ごめんね」とツバキに手を差し出した。
「ちょっと驚いただけだから、大丈夫。それより何か用?」
「うん。もしよかったら今日もレッスンお願いできないかな?」
「……悪いけど他を当たってもらえる? 私も自分のレッスンがあるから」
「ついで、ついでで良いから! 邪魔はしないからぁ~」
「……」
拝む様に目を閉じて手を合わせたかのんを、ツバキは憮然とした顔でジーッと見つめる。
“返事が返ってこないなぁ”とかのんが目を開けば、ツバキの視線とガッチリあってしまい、逸らすに逸らせなくなってしまった。
「あ、あはは……」
「……はぁ。いいわ、あくまでついでに教えてあげる」
「ほ、ホント!? やった!」
「でも、絶対に邪魔はしないで。この間みたいに口を挟んだらすぐレッスンを止めるから」
「う、うん! がんばる!」
“話が通じてない”と眉間に皺を寄せつつ、ツバキは大きく溜息をついた。
“やっぱりやめようかしら”と思って顔をあげると、キラキラしたかのんの瞳に目が合ってしまい、その毒気すら抜かれてしまう。
だから、ツバキはまた大きく溜息を吐いて、予約しておいたレッスン室へと向かうことにした。
☆☆☆
「そこ、ステップが違う! これで何度目!?」
「あ、あれー? ここが左、で右左のターンで……」
「違う、そこは左、右右で左にターン……って何度目よ!」
「ご、ごめんなさいー!」
一曲をマトモに踊りきることすら出来ず、ほとんど同じ場所で間違えるかのんに、ツバキは息を切らすほどに怒り散らしていた。
しかし、初めて一緒にレッスンした時よりも心が近いような気がして、かのんは少し嬉しくなって笑ってしまう。
そんなかのんの笑みをみて、ツバキはまた怒りを表に見せ、かのんに「笑ってないでしっかり覚えて!」と怒鳴っていた。
「ちょ、ちょっと休憩……」
「え、えぇ……いいわよ……」
数十分は経った後、かのんは踊り疲れ、ツバキは怒鳴り疲れ、二人そろって床に倒れ込む。
“教えられた通りに全然できないなぁ”と悔しい気持ちがあるのに、それよりもなによりも“楽しい”って想いがかのんの中に溢れて、もっともっと先に進みたくなっていた。
「ねえ、神城さん。アイドルって楽しいね」
「楽しいなんて、そんな良いものじゃないわ。アイドルの世界は弱肉強食。お互いのファンを取り合う、実力がものをいう世界だもの」
「……そっか。だからこの間のステージ、楽しそうじゃなかったの?」
「――ッ!?」
ガバッと身体を起こして、ツバキは驚いたような顔でかのんの方を見る。
そんなツバキの視線をまっすぐに見つめ返して、かのんもまた身体を起こした。
「この間のステージ、すごかった。神城さんがすごい努力して、全身全霊を掛けてステージに臨んでるっていうのがすごく伝わってきたから」
「……そうするのが当たり前だから」
ツバキは小さく息を吐いて、かのんを前にゆっくりと話し始める。
かのんはそんなツバキの姿から目を逸らすことなく、ツバキの話へと耳を傾けた。
「私の家はずっと芸能界トップクラスの人達ばかりで、私もそうなるように幼い頃からレッスンしてきたわ。俳優をやってる父を先生に、子役の頃からドラマに出たり、バラエティ番組に出たりね。母は歌手だけど、世界中を飛び回ってるから中々帰ってこなくて……たまに帰ってきたと思ったら、常に母は私の歌をチェックしてダメ出しをしてくるわ。だから私は、家でいつも歌ったり踊ったり、演技の練習をしたり……ずっとそんなことを続けてきた」
想像していたよりもすごい家庭環境に、かのんは何も言えずただ頷くことしかできない。
そんなかのんを見て、ツバキは少し笑い、またポツリぽつりと言葉を零した。
「だからこの学校に入る時も、私は負けることを許されなかった。絶対にトップにならなきゃって、必死に練習して、結果はあなたも知っての通り。私には生まれながらに背負ってるものがある。だから、楽しいなんて言ってる暇は無いの」
「……そっか。でも、ならどうして神城さんは“アイドル”になろうって思ったの?」
「なんでかしらね、分からないわ。ただ、父や母とは違うことがしたかったのかも」
レッスン室のライトに照らされて、少し赤く見える髪の奥……
そんなツバキにかのんはいてもたってもいられなくなって、声を掛けようとして、ツバキの手に止められてしまう。
力なく首を振るツバキは、少し寂しげに笑い、「ごめん、今日はもうレッスン終わろうか」と立ち上がった。
「神城さん……」
「ごめんね。今度またちゃんとレッスンするから」
そして、かのんには目を合わさず、ツバキはレッスン室を出て行く。
取り残されたかのんは、追いかけたところで説得することもできない自分の力不足に、拳を握りしめることしか出来なかった。
☆☆☆
「ねえ、あゆみちゃん」
「ん? かのんちゃん、どうしたの?」
「アイドルってなんなのかな……」
「えっと……神城さんと何かあった?」
晩ご飯を食べ終わり、寮の部屋に戻ったかのんは、ベッドに腰掛けたまま対面のベッドに座るあゆみに、そんなことを聞いていた。
考え込んだり悩んだりするくらいなら、身体を動かす! みたいな思考のかのんが、今日はぼんやりと考えてることから、あゆみは“かのんちゃんのことじゃないんだろうな”と当たりをつける。
そしてそれは見事大正解で、かのんは小さく「……うん」と頷いた。
「そっか、そんなことがあったんだ」
かのんから話を聞いたあゆみは、かのんの隣へと場所を移し、そっとかのんの手を握る。
少し驚いて顔をあげたかのんに微笑み返してから、あゆみは「かのんちゃんはどう思うの?」と訊ねた。
「私は……アイドルのことはまだ良く知らないけど、キセキ先輩みたいな人がアイドルだと思う」
「うん。それは私も同じかな」
「そんなキセキ先輩が言ってたんだ。楽しむのが一番って。けど、神城さんはそんなこと言ってる暇はないって……」
「ねえ、かのんちゃん。かのんちゃんはどうしたいの? 神城さんにどうなって欲しいって思ってるの?」
「私は、」
かのんは目を閉じて、この数日のことを思い出す。
初めてツバキに会った日、ツバキに対して“すごい”って思ったこと。
でも、レッスンしている姿が、どこか急き立てられているみたいに辛そうだったこと。
けど、そんなツバキが、楽しそうに笑ってる写真があったことを、かのんは知っていた。
それはツバキとかのんが出会った日。
あゆみにお願いして、見せてもらった映像や雑誌の中にあった、何枚かの写真。
とても素敵に笑う幼い頃のツバキに、かのんは正直に“可愛いな”と思ったのだ。
「神城さんが、楽しくアイドルできるようになってほしい……!」
「うん! そうだね!」
でもどうすればいいんだろう、と二人で頭を悩ませる。
しかしすぐに「そうだ!」とかのんはなにか閃き、すぐさまモバスタで連絡を取ることにしたのだった。
☆☆☆
「ヨゥ、ベイビー! 突然だが今日の夕方、学園の講堂でライブステージをするぜェ! 出演者は、スタンディングフラワーだ!」
突然の告知に、教室内がざわざわと騒がしくなる。
そう、昨日かのんが思い付いた案は、ツバキの前でステージをすることだった。
かのん曰く、“ステージのことは、ステージで!”だ。
なかなか静まらない教室の中で、かのんは急に立ち上がって、ツバキの方へと手を伸ばす。
そんなかのんの奇行に、周囲が静けさを取り戻した直後――
「神城さん! 絶対、ぜーったい見に来てね! 頑張っちゃうから」
なんて、大胆なお誘いを掛けるのだった。
☆☆☆
そんな急展開を見せた朝から数時間が経って、時間はもう昼の四時半過ぎ。
あとも三十分もすれば、かのんのステージが始まる。
しかしツバキはどうにも講堂の方へと足が向かず、レッスン室で一人溜息を吐いていた。
「立花さんがステージ、か……」
正直心配でしかない、とツバキは何度目になるかわからない溜息を吐く。
昨日教えたダンスだって、通しで成功したのは一度もない。
“そんな状態でステージをするなんて、無謀が過ぎる”とツバキは呆れつつ、“自分には関係無い”と気を引き締めようとして、また溜息を吐いた。
時計の針がもうすぐ開始五分前を指し示そうと動いた時、レッスン室の扉が急に開く。
開いた隙間から姿を顕したのは、V字型のギターを持ったマイク先生だった。
「ヨゥ、カミシロ。行かねェのか? アイツはお前をご指名だったぜェ?」
「……私には関係ありませんから。それに、やるべき努力すら中途半端なままでステージに立つような人は、見る見ない以前の、問題外です」
「そうかいそうかい。そいつァ手厳しいな。でもよ、カミシロ。――本気ってのは、努力だけで決まるのか?」
「なんてな」とおどけながら、マイク先生は扉を開け、レッスン室から出て行く。
レッスン室の時計の針は、もうすぐステージの開始時間になろうとしていた。
☆☆☆
舞台の裏で、かのんはたったひとつだけの願いを祈っていた。
それは、ツバキにこの想いが伝わりますように、という小さな願い。
かのん自身、このライブが大成功するなんて夢は見ていない。
けれど、そんなことよりも久々のステージにワクワクが止まらなくなってしまっていた。
「このワクワクが、神城さんに伝わりますように」
手に持ったモバスタを、かのんはぎゅっと握りしめる。
入学試験の時、あゆみが選んでくれた“イエローパッションコーデ”……楽しくて、ワクワクする気持ちがいっぱいに詰まったドレス。
そしてついに時計の針が、五時を指す。
かのんはしっかりと目を開き、モバスタをセット。
「立花かのん、誰よりも輝いてみせる!」
ニッと笑ってから、かのんは開いたゲートへと飛び込んだ。
☆★☆講堂ライブステージ -立花かのん- ☆★☆
かのんが飛び込んだゲートの先は、青空広がる円形のステージ。
歓声はまばらで、見てくれてる人も少ない。
でも、その中にかのんが一番想いを伝えたい相手を見つけ、かのんは満面の笑みで踊り出す。
楽しいって想いを乗せた“up.up.step.jump”を!
――
アップアップ クラップハンズ
ステップステップ ホッピングジャンプ
きっと もっと すごい
私が待っている
飛び出した世界は広くて
ちょっと尻込みしちゃいそうだけど
でも、心はきっとワクワクしてるんだ
時には雨に降られて辛くても
進む先に、輝く世界が待っている
だから
諦めないで進むんだ
心のワクワク チカラにして
きっと もっと すごい
明日が待っている
――
☆☆
ツバキはどうしてこのステージを見に来たのか、自分でもよくわかっていなかった。
けれど、マイク先生に言われた言葉が妙に気になって、気付けばこの場所に来ていたのだ。
(ああもう、またステップが違う。音も少し外してる、だからそこはターンの向きが逆!)
正直、予想していた……どころか予想以上に失敗の嵐で、ツバキはもう頭を抱えたくなっていた。
(それでも不思議と目が離せないのは、どうして?)
こんな酷いステージ、ツバキなら絶対に許せない。
折角見に来てくれた人にも、悪い気が……と、そこまで考えてからツバキは周囲を見まわし、不思議なことに気付いた。
「みんな、笑ってる……?」
それも、失敗を馬鹿にしたような笑いじゃなくて、楽しそうに。
中には“がんばれー”みたいな応援も混じっていたが、概ね好意的な反応ばかり。
気になってもう一度ステージに目を戻せば、ステージ上では相変わらずミスの連発。
でも――
☆★☆☆★☆
「神城さん! 見に来てくれてありがとー! どうだった!」
「酷かったわ。ステップは間違えてるし、ターンも左右逆。音は外すわ、リズムはズレるわ、もう見てる方が心配になるレベルね」
「うぅ、がんばったのに……」
「そうね。それは伝わってきたわ。……だから、良いステージだったんじゃない?」
そっぽを向いてそう言ったツバキを、かのんは嬉しくなってぎゅーっと抱きしめる。
いきなりのハグに驚いて、「キャッ」とツバキは小さく声を上げた。
「私ね、神城さんの誇りとか重みとか、考えてみたけどやっぱりよくわかんなくて。でも、楽しそうに笑う神城さんは今よりもっと可愛いって知ってたから。だから、ステージの上でも楽しいって笑って欲しいなって思って」
「それでこのステージをやったの? 私にそれを伝えたくて?」
「うん! ステージの上でのことなら、ステージの上で見せないとって」
屈託無く笑うかのんに、ツバキは心底呆れたと言わんばかりに、大きく溜息を吐く。
そして、ジト目でかのんを見ながら「もし私が来なかったらどうするつもりだったの」と、訊いた。
「ん? 絶対来てくれるって思ってたから。そんなこと考えてなかった」
「……え?」
「だって、神城さんだから。なんでかはわからないけど、絶対来てくれるって」
かのんのその言葉に、ツバキは完全に力が抜けて、もはや笑うことしかできない。
“なによそれ。心配してたこっちが馬鹿みたいじゃない”と。
「はぁ……もう、ホントに立花さんって滅茶苦茶すぎるわ」
「そうかな?」
「そうなの」
「んー、じゃあ滅茶苦茶ついでに、神城さんのことツバキちゃんって呼んでいい?」
本当に脈絡もなく、笑顔でそんなことを訊いてくるかのんに、ツバキはまた笑って「ちゃんはいらないわ。よろしくね、かのん」と返す。
そんなツバキの笑みに、かのんはまた嬉しくなって「よろしく、ツバキ!」と抱きしめたのだった。
☆★☆次回のスタプリ!☆★☆
ツバキと仲良くなったかのんは、レッスンに自主トレにと、さらに毎日楽しく過ごしていた。
そして、ついにステージガールオーディション、本選の日がやってくる!
第五話 ―― 燃え上がれ、情熱の花 ――
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