第三話 アイドルは遊びじゃない!

 入学式の次の日、かのんは割り当てられた教室の一角で、あくびをしながらそのときを待っていた。

 あのあと、寮に帰ってすぐに眠りについたかのんは、夜更かしがたたって、あゆみに起こされなければ完全に遅刻するくらいに、ぐっすりだった。

 かのん自身、なんとかしなければ……とは思っているものの、あくびは出そうになるわ、気を抜くと夢の世界に旅立っているわと、もう大忙し。


 しかし、そんな眠気も教室に入ってきた講師の自己紹介で、全部ぶっ飛んでしまった。

 なぜならその講師は……エレキギターをかき鳴らし、小型アンプから爆音を響かせながら自己紹介を始めたから。


「HEEEEY! ベイビーたちィ! 今日も、サイッコウに、ROCKしてるかーイ! オイヲイ、反応が薄いぜベイビー。 俺がこのクラスの担任、グレール・マイクだ! ヨロシクゥ!」


 黒に稲妻のごとき、金の刺繍。

 あまりにも特徴的なV字型のギターを持った、轟音のロックシンガー。

 それが、かのんが初めてグレール・マイクを見た時に感じた印象だった。


「んじゃレッスン……と行きたいところだが、ベイビー達に渡しとくモンがある。ひとりずつ取りにきな!」


 そう言って、マイク先生はひとりずつ名前を呼んでいく。

 十数人ほど呼ばれたあと、ついにかのんの順番になり、かのんはマイク先生の元へと向かった。


「ヨゥ、スタンディングフラワー。お前にはコレだ。綺羅星学園の学生証兼スタァシステム用の小型端末……通称“モバスタ”と、お前が入学試験で着た“イエローパッションドレス”のデータコードだ」

「モバスタ? データコード?」

「モバスタってのは、モバイルスタァの略称だ。いわゆる携帯電話ってヤツだな。ただし、ただの携帯電話じゃなく、それにはライブステージなんかに使用するスタァシステム連動プログラムってのが入ってる特別製だ。スタァプログラムの説明は後で全員にしてやるから、待ってろよ! あと、ドレスのデータコードってのもその時説明するぜェ!」

「あっ、はい」


 気にはなるけれど、まだ後ろがいる状態なことを思い出して、かのんはそそくさと席に戻る。

 そして、かのんと同じように、モバスタとデータコードを受け取っては席に戻る子を何人も見た後、ついに説明の時が訪れた。


「HEYベイビー。そんじゃスタァプログラムについて説明するぜェ! スタァプログラムってのは、アイドルがステージを作るために使う、ヤベェアプリだ! 細かいとこは省くが、モバスタを使ってステージを作るのも、アイドルの仕事だぜ! 一緒に渡したドレスのデータコードを、モバスタにかざせば、ステージで着れるようになる。ドレスやステージなんかは、スタァポイントっつー、ライブや仕事なんかで活躍すると貰えるポイントで購入が可能だ! モバスタをうまく使って、自分をもっと輝かせるんだぜ、ベイビー!」


 矢継ぎ早に説明していくマイク先生に、生徒達はほとんど反応することができないまま、説明が終わってしまう。

 それでもなんとか全員、ドレスデータをモバスタに登録することはできた。

 それを確認して、マイク先生は勢いよく教室の扉を開け放つと、「んじゃレッスン室に行くぜ、ベイビー!」と、教室から出て行くのであった。


☆☆☆


「――てなわけで、よろしく頼んだぜベイビー!」


 数回の声出しの後、マイク先生はかのんとレッドブラウンの色をしたショートの少女を呼び、別室へと連れ出した。

 そして、かのんに「基礎の基礎からやり直しだぜベイビー」と哀しそうな顔で言い放ち、隣の少女へと先ほどの言葉を伝えて出て行ったのだった。


「あ、あはは……ごめんね」

「はぁ……別にいいわよ。あなたの発声が酷いのは事実だもの」

「うぐっ」

「それに、私も一人でレッスンしたかったから。教えてはあげるけど、こっちの邪魔はしないでね」


 くるりと、かのんに背を向けて声を出し始める少女。

 取り付く島もないその様子に、かのんは声を掛けようとして、その少女の名前を知らないことに気がついた。


「あ、えーっと……あのぅ、もしもし」

「もしかして私の名前知らない?」

「え、うん。だって初対面、だよね?」


 キョトンとした顔で答えたかのんに、少女は大きくため息を吐きながら「私もまだまだね」と、呟いた。

 そしてかのんへとまっすぐに向き直り、「神城かみしろツバキ」と名乗る。

 その表情は、燃えるように熱い目が印象的な美人だった。

 陽に当たると赤く輝くレッドブラウンの髪も相まって、なんだか炎みたいな人だ、とかのんは思った。


「とりあえず声を出して伸ばしてみて」

「うん。……アー」

「完全にダメね。声はでてるけど、マトモな声は全然でてない」

「そ、そうなんだ……。どうすればいいかな?」

「とりあえず床に仰向けで寝転がって。そうそう、それでおなかに手を当てて声を出してみて」


 かのんは、言われたとおりに床に転がりおなかに手を当てる。

 そして、声を出してみて……違いがよくわからなかった。


「ねえ、神城さん。これどうすればいいの?」

「転がった状態でなら、息をするとお腹が動くのが分かるでしょ? 声は喉じゃなくてお腹から。だから、息を吸って吐いてしてる所をまずは意識して」

「はーい!」


 真面目に息を吸ったり吐いたりして膨らむお腹に、「おおー」なんて声を上げてるかのんに呆れつつ、ツバキは自分のレッスンに戻る。

 軽く身体をほぐし、息を整えて……ツバキはモバスタから曲を流す。

 アイドルが歌うのは少し珍しい、ロック調のバンド曲を。


「――ッ! ……、ふう」


 つかえることもなく一曲全てを踊りきったツバキの後方から、「おおー」という歓声と共に小さな拍手がかかる。

 それを送ったのはもちろんかのんで、かのんは突然始まったダンスに目を奪われ、つい見とれてしまっていたのだ。


「すごい! 神城さんすごい!」

「別にこのくらいは、ここの生徒なら誰でもできることだわ。褒めるようなことじゃない」

「そうなの? でも、だからすごくないってことは違うんじゃないかな? 私には出来ないし、すごいなって思う」


 満開の花のように笑顔で褒めるかのんに、ツバキは少し照れつつも「まだまだだから」と、背を向ける。

 そんなツバキに、かのんは「よーし、私も!」と気合いを入れてレッスンを再開した。


 それから数時間が経過し、気づけばもう外は夕焼け色に染まっていた。

 腹式呼吸で声を出すことに慣れていないかのんは、すでに息も絶え絶えにレッスン室の床でぐったりしていたが、ツバキは未だに、キレのあるステップや、歌声を響かせていた。


(すごいけど、さすがにやり過ぎだよね)


 かのんほどではないにしろ、ツバキも相当に疲労が溜まっているように見える。

 だからかのんは、「神城さん、さすがにそろそろやめた方が」と声をかけたのだが、「大丈夫、気にしないで。立花さんはもう帰っててもいいから」と、ツバキは聞く耳をもたなかった。


「でも、それ以上やっちゃったらオーバーワークだよ。ケガしちゃってからじゃ遅いんだよ?」

「この程度でオーバーワーク? 舐めないで欲しいわ。それに休むべきところは自分で分かってる」

「それは……そうなのかもしれないけど……。でも、」

「うるさい! 私は本気なの! あなた達みたいに気軽で、お遊びな気分でアイドルを目指してるわけじゃない! ほっといて出て行って!」


 止めようと声をかけたかのんに、ツバキは突然怒りだし、かのんをレッスン室から追い出す。

 その顔は怒っているのにどこか辛そうで、かのんはそれ以上止めることが出来ず、「それじゃあ、私は先に帰るね。無理しないでね」とだけ伝えてレッスン室を出ることにした。

 それからすぐに、ツバキの声とダンスの音が廊下に響いてきたのだった。


☆☆☆


「ってことがあったんだー」

「そうなんだ。お疲れ様。オーバーワークは心配だけど、神城さんだったらそのくらいの練習量は慣れてるのかも」

「あゆみちゃん、神城さんのこと知ってるの?」

「えっ? むしろ新入生で知らない子はいないと思うよ? 神城ツバキさんは、今年の入学試験でトップ合格だし、お父さんが人気俳優、お母さんが人気歌手の、まさにアイドル界のサラブレッドだもん。それに、本人も子役としてバラエティ番組や雑誌モデルとして人気があるんだよ」


 ほら、と言いながらあゆみちゃんは、かのんにアイドル雑誌を見せる。

 そこには、綺羅星学園の注目新入生として、ツバキが大きく取り上げられていた。


「約束されたトップアイドル? どういうこと?」

「人気の高さとか、実力とか……そういうのが、今の新入生どころか、二年生や三年生にも匹敵するってことみたい。だから、星空先輩の次にスタァライトプリンセスになるのは、神城さんって言われてるの」

「入学したてなのに!? すごいなぁとは思ったけど、そこまですごいなんて思ってなかったかも」


(それに、そんな凄い人からすれば……今の私は遊んでるって言われても反論出来ないかも)


 それでもかのんは、ツバキのことが気になって仕方がなかった。

 なぜならツバキのあの姿は……かのんが目指すアイドル像とは、大きくかけ離れていたのだから。

 “やっぱり心配だなぁ”なんて、かのんが頭を悩ませていると、モバスタを見ていたあゆみが、急に「あっ」と驚いた声を出した。


「かのんちゃん、かのんちゃん! これみて!」

「どうしたの?」

「ここ、ほら! 神城さん、入学したばっかりなのに、もう明日オーディション受けるみたい!」

「え!? ホントだ! えっと、ライブイベントのステージガールオーディション?」

「音楽バンド出演のイベントで、司会をするアイドルのオーディションみたい。これは予選だけど、本選に進んで合格すれば、特別にステージも一枠貰えるみたいだし、神城さんはそれ狙いなのかも」


 そう言ってあゆみは、かのんに見せていたモバスタを引っ込める。

 “貰ってすぐに応募しても、期限には間に合わないことを考えると、神城さんは入学する前から応募していたんだろうなぁ……”と、かのんはツバキに対して、またしても尊敬の念を覚えていた。

 しかし――


(それでも心配なものは心配だから)


 そう結論付けたかのんは、あゆみへとお願いを口にするのだった。


☆☆☆


 翌日、ツバキは舞台裏で一人、心を深く深く静めていた。


(私の道はここから始まる。だからこそ失敗は許されない。もっと、もっと集中して)


 今回のオーディションではステージのデータは使えない。

 つまり、このオーディションで頼りになるのは、鍛え上げてきた自分自身と、ドレスという味方だけ。


 神城ツバキという芸能界きってのサラブレッド。

 それはツバキにとって、誇りであり……同時にプレッシャーでもあった。

 それでもツバキは、全てを乗り越えてきたのだ。


(自分には、努力で積み重ねてきた技術がある!)


「神城ツバキ! 私の道は、私が作る!」


 ツバキはモバスタをセットし、ゲートへと飛び込んでいく。

 踏み出した一歩が、自らの糧になると信じて。


☆★☆ステージガールオーディション予選 -神城ツバキ- ☆★☆


 スポットライトに照らし出された、燃えるようなレッドブラウンの髪。

 力強く開かれた瞳は、まるで獰猛な獣のごとき熱を帯びながら光り輝いていた。

 身を包むは、ブランド“Crescent Moon”のブルーフラムコーデ……赤よりも温度の高い、青色の炎をモチーフにした、青基調のスタイリッシュドレス。

 大人っぽさやクールな印象を持つブランドで、熱い闘志を持ちながらも、ストイックに努力を重ねるツバキに合うブランドドレスだった。


 今までの参加者とは別格の雰囲気を持ったツバキの登場に、観客はみな呼吸すら忘れてしまう。

 そんな静寂を切り裂いたのは、昨日レッスン室でも練習していた曲……軽快なギターと重みのあるベースが響き合うバンドロック“End game...”だった。


 ――


   夢を見ていたの ずっと昔から

   気付かないほどに 強く願いながら


   歩き続けてたの ずっと昔から

   最初から敷かれてた レールの上


   嗚呼 やっと気付いた 本当の道

   飛び出そう 今 自分の夢へ


   私はもう 後ろを向かない

   作っていく 道をこの足で

   空高くに夢があるなら

   きっと飛べると信じて

   今できる最高のライブを


   さあ、遊びは終わりだ

   見せてあげる


   本当の私の チカラを


 ――


☆☆


「すごい……」


 “神城さんのオーディションの見学です!”と言い放って学校を飛び出してきたかのんは、あゆみも引っ張って、オーディション会場へとやってきていた。

 心配していたはずの相手が、ステージの上で見せる圧倒的なパフォーマンスに、かのんはそう呆けることしかできなかった。

 同い年の新入生……だけど、ステージでの実力は雲泥の差。


 それは分かっている、分かっているのに……なぜかかのんの心は昂ぶらない。


(すごいステージ。だけど、ねえ神城さん……)


「どうしてそんなに、辛そうなの……?」


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 ツバキのステージを見たかのんは、ツバキに感じていた本当の気持ちに気付く。

 しかしその想いが原因で、ツバキと大喧嘩してしまうことに!

 それだったら、とかのんはあることを思い付いて……。


 第四話 ―― へたくそなステージ ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る