第二話 綺羅星のトップスタァ、星空キセキ!

 講堂の中、空色の制服を身に纏った少女達は椅子に座り、その時を待っていた。

 今日はここ、綺羅星学園の入学式。

 つまりこの少女達はみな、入学試験を合格し、この学園へと入学を許可された、まさに綺羅星の乙女達だった。


 そんな少女達の中に、オレンジブラウンの髪の少女と艶やかな黒髪の少女が隣り合って座っていた。

 そう、かのんとあゆみの二人である。


「もう。かのんちゃんってば、合格してたなら教えてくれたら良かったのに」

「なんども言ってるけど、私のだけ合格通知が届くの遅れてたんだってばー。私、落ちたと思ってたもん」

「でもわたし、かのんちゃんが不合格なんて、絶対無いって思ってたから」


 学園長がかのんの家でかのんを直接スカウトした後、学園長はかのんに「このことは誰にも言わないように」と言及していた。

 それはもちろん学園長の保身の為でもあるが、それと同時に“かのんが特別視されないように”という配慮のためでもあった。

 だからかのんはあゆみに、“合格通知が遅れて届いた”と伝えていたのだった。


(ごめんね、あゆみちゃん。いつかちゃんとお話ができるように、がんばるから)


 自分をこんなにも信じてくれている幼なじみに嘘をつくことは、かのんにとってもとても辛いこと。

 でもかのんは、自分が感じたあの楽しい時間を、もう一度……嘘をついたとしても、体験したかったのだった。


 そんな喜びと罪悪感を感じながら、式の始まりを待っていたかのんの前で、ついに入学式が始まる。

 颯爽と壇上に現れた学園長は、ビシッと決めたオールバックをステージ上の光で輝かせながら、中央に設置された演説台の前へと足を進めると、「これより綺羅星学園、入学式を始める」と宣言した。


「新入生諸君、まずは入学おめでとう。君たちは厳しい試験を突破し、アイドルの素質ありと認められた者達だ。しかし、今日この時を以て君たちは生まれ変わる。アイドルの素質を持った人間……ではなく、新人アイドルとして!」


 おめでとー! と歓声に溢れていた講堂が、一瞬にしてピリッと張り詰めた空気に変わる。

 その空気を浴びて、あゆみはもちろん、かのんも不思議と姿勢を正した。


「アイドルとは何か。その答えは君たち自身で見つけ、育てていって欲しい。私は、そんな君たちの輝きを心から楽しみにしている!」


 アイドルとは何か、そんな漠然とした問いにかのんは首を傾げつつ、“でも、見つけなくちゃ”と強く心に刻む。

 あの楽しかった瞬間を、もっともっと輝くものにできる……そんな風に感じたから。


「さて、それでは入学式のお楽しみといこうじゃないか。君たちの目指す“ひとつの目標”を、その目に焼き付けるといい」


 その言葉と共に、講堂内の照明が消え、舞台に変化が訪れる。

 天井は満点の星空に変わり、舞台は孤島の様に切り取られた円形のステージへ。

 かのんが行った電脳上のライブとは違う、現実投影型ライブ会場へと舞台が変化していった!


☆☆☆


 学園長が舞台へと上がった頃、舞台裏にはひとりの少女が自らの出番を待っていた。

 緩やかに流れる金の髪に、優しい笑みを浮かべるその表情。

 まさに天上の女神にも見えるその少女こそ、ここ、綺羅星学園が誇るトップスタァ。


 スタァライトプリンセスの星空キセキ、その人だった。


 「キセキのステージ、見せてあげる!」


 電子端末をセットして、生まれたゲートへと飛び込んでいく。

 きっとこの先に繋がる、更なるキセキを信じて。


☆★☆入学式記念ステージ -星空キセキ- ☆★☆


 月のスポットライトで照らされ、ステージの上に姿を現したキセキを、割れんばかりの歓声が出迎える。

 まさにトップスタァ。

 かのんの入学試験ステージとは比べものにならないほどの歓声だ。


 そんな中、キセキは動じる事もなく、流れるようにパフォーマンスを始める。

 学園にたった一人、トップという孤高のスタァを歌った楽曲“Solo”を。


 ――


   さぁ、ここから キセキを始めよう。


   星の荒野彷徨う小舟は、ただひとつの光を求め

   先へ 先へ と未知を進むんだ


   けれど それは

   生優しいことじゃなくて

   傷ついてでも 諦めない

   自分が必要だ!


   さぁ、ここから 軌跡を始めよう

   描かれていた 星座より

   飛び出した自分がいる


   さあ、ここから キセキを始めよう

   可能性は 続いてく

   それが 奇跡になる


 ――


☆☆


 入学式の最中始まったステージに、かのんは「すごい」と呟くことしか出来ないほど魅了されていた。

 圧倒的過ぎるほどの煌めき。

 それが、自分とたった二つしか歳の変わらない女の子が見せる輝き……かのんは、この時初めて“アイドルの輝き”を実感したのだ。


(すごい……! すごい、すごい、すごい! 可愛くて、綺麗で、カッコよくて……!)


 まさに憧れの存在に出会った、とかのんは目を輝かせる。

 いつか私もあんな風に……! と。


☆★☆☆★☆


「すごかったね、かのんちゃん」

「うん、ほんとに。キラキラ輝いてて、すごいカッコよくて、可愛かった」

「うんうん。あの人がこの学園最高のアイドル、星空キセキ先輩。スタァライトプリンセスだから、入学前から知ってたけど、あんなに間近でステージを見られるなんて」


 全寮制のこの学園で、同じ部屋になったあゆみとかのんは、隣り合うようにベッドに腰掛けて入学式の事を話していた。

 あゆみは可愛らしいピンク基調の水玉パジャマ、かのんは元気いっぱい、白のTシャツにホットパンツに着替えて。

 そんなあゆみに、かのんは「そういえば、スタァライトプリンセスってなに?」と、首を傾げていた。


「ええ!? かのんちゃん、スタァライトプリンセスのこと、知らないの!?」

「え、うん。アイドルとか、あんまり興味が無かったから……」

「それでもほぼ毎日テレビとか雑誌とかに出てる有名人だよ!? もう、かのんちゃんってば……」


 信じられないもの見たみたいに驚いたあゆみに、かのんも少し驚きつつ笑った。


「あはは。それで、あゆみちゃん。スタァライトプリンセスってなんなの?」

「えっとね、スタァライトプリンセスっていうのは、綺羅星学園で毎年三月に行われる“スタァライトプリンセスカップ”で優勝した、学園トップのアイドルに付けられる称号なの。スタァライトプリンセスになった人が、大女優や伝説のアイドルになることが多いんだよ」

「そ、そんなにすごいものだったんだ……」

「そう。それに今のスタァライトプリンセス……星空キセキ先輩は、一年生の時からずっとこの学園でトップの、すごいアイドルなの! だから、かのんちゃんが知らないのはちょっと信じられなくて……」


 あゆみは困ったように笑い、かのんもつられて苦笑を浮かべる。

 かのんがキセキのことを知らなかったのは、今まで興味がなかったのも原因ではあるが、学園長の計らいで入学出来る事になった後、なまった身体を起こすため自主トレに励んでいたのも原因のひとつだったりする。

 朝起きてすぐに早朝ランニング、帰ってきてご飯を食べて学校に行き、帰ってきてからもランニング……まさに走り続けの日々だった。

 結果、近所のおばさんから、かのんは陸上部に入ったのかと思われていたりする。


「でも私達、今日からあの人や他の女の子達と一緒に、レッスンとかするんだよね」

「うん。ドキドキするね」

「あゆみちゃん。私決めたよ」

「ん? なにを?」

「私、スタァライトプリンセスになる! あの人みたいに誰よりもキラキラに輝く一等星になる!」

「わぁ……! かのんちゃんならなれるよ!」

「よーし、そうと決まったら自主トレだー!」


 ガバッとベッドから立ち上がり、今にも駆け出しそうなかのんの腕を、あゆみは咄嗟に掴む。

 そして、時計を指差しながら「今日はしっかり寝て、明日から、ね?」と、笑ったのだった。


☆☆☆


(眠れない……。目を閉じたらあのステージを思い出して、ドキドキが止まらなくなっちゃう)


 向かいの壁際に設置されたベッドでは、あゆみが静かな寝息を立てて眠っていた。

 しかし、かのんはドキドキと高鳴る鼓動が抑えきれず、やがて身体を起こし、ゆっくりと部屋を出て行った。


「わぁ、学園の中にこんな広場があったんだ」


 寮を出て、ふらふらと散歩していたかのんは、学園へと続く道から少し逸れた先に、庭園みたいになっている場所を発見した。

 洋風な東屋が中央にある、静かで心落ち着く空間。

 ここなら、このドキドキした心を落ち着かせられるかも、とかのんは建物の方へと進んだ。


「あら? どなたかしら」

「っ!?」


 建物に触れられるほど近づいたところで、中から誰かの声が響いた。

 かのんからは暗くてよく見えなかったが、どうやら中に人がいたらしい。


「す、すみません。誰かいるなんて思ってなくて」

「いえ、大丈夫。こちらこそ驚かせちゃってごめんなさい」


 かのんの前へ現れたその姿は、月光を浴びてまばゆく光る、金の髪を持った女神――もとい、星空キセキだった。


「き、キセキさん!?」

「はい。初めまして、星空キセキです。入学おめでとう、かのんちゃん」

「えっ!? どうして私の名前を」

「学園長先生から個人的に聞いていたから。学園長先生が特別にスカウトした女の子が、この学園に入ってくるって」


 いろいろと思考が追いつかず、言葉がでてこないかのんを見て、キセキは少し微笑む。

 そして、「どうぞ」とかのんを建物の中へと招き入れたのだった。


「……っはぁ。すみません、驚いちゃって」

「大丈夫、気にしないで。それよりかのんちゃん、私のステージはどうだった?」


 建物の中、向かい合って座ったかのんとキセキ。

 大きく深呼吸したかのんを見て、キセキはまた楽しそうに笑うと、そんなことを聞く。

 それにかのんは、ステージを思い出すように目を閉じて、「とても、とても素敵でした」と、あの時の感動を口にした。


「そう、良かった」

「あの、キセキ先輩。先輩はどうやって、あんなステージができるようになったんですか?」

「んー、そうねぇ……。かのんちゃんは、入学試験の時にステージやってみてどうだった?」

「え? 私ですか? すっごく楽しかったです! あの楽しかった時間をまた体験したくて、この学園に来ることにしたくらい!」


 かのんは一瞬戸惑ったものの、すぐに笑みを浮かべて、そう言い切る。

 そんなかのんの姿を見て、キセキは大きく頷くと「一緒だよ」と、笑った。


「私もステージがすっごく楽しい。歌うことも、踊ることも、ファンのみんなを笑顔にすることも。だから、“もっともっと”って、考えちゃう」

「そうなんですね……!」

「うん。だから、かのんちゃんもいっぱい楽しんで! それが一番、かな」


 そう言ってキセキは立ち上がり、かのんへと背中を向けると、「それじゃ、もう遅いからまたね!」と建物を出て行った。

 その後ろ姿に、かのんはお礼を言って、寮への道を戻り始めたのだった。


☆★☆次回のスタプリ!☆★☆


 綺羅星学園での初めてのレッスンが始まる!

 そんなドキワクな状況にかのんを待っていたのは、新入生トップ実力者とマンツーマンレッスン!?


 第三話 ―― アイドルは遊びじゃない! ――

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