スタプリ!―アイドル学園の入学試験に落ちたけど、学園長に拾われたので、トップアイドル目指して頑張ります!
一色 遥
第一話 私がアイドル!?
夏のとある街の一角で、中学生くらいの少女が二人ではしゃいでいた。
「見てみて、かのんちゃん!」
「えっと、スポーツドリンクのCMの子だっけ?」
「うん! 私、大好きなの!」
片方の少女が指差す先には、ミュージックビデオを流すモニターがあり、その画面には、オレンジ色の髪をした少女が一人映っていた。
歌も踊りも、決して上手いとは言えないものではあったが、不思議と元気がでるような……そんな気持ちになるステージ。
「かのんちゃんって、なんだか不思議と目が離せなくなっちゃうよね」
「なんとなく分かるかも。上手いわけじゃないのにね」
不思議そうに少女達は首を傾げつつも、モニターの向こうのステージに目は奪われたままで……。
彼女達がその場を去ったのは、それから十数分が経ってからのことだった。
☆☆☆
時は遡り、少女達がモニターを見ていた時間から、半年前の十二月の中頃。
とある家のリビングで、女性の声が響いた。
「かのん、今日はどこにも行かないの?」
「今日どころか、明日以降も予定ないよー」
かのんと呼ばれた少女がこたつ布団に身を隠しながら応えた。
下ろせば背中に届く程度のオレンジブラウンの髪は、まるで海に浮かぶ海草のように床の上でうねり、眠そうに擦る目は、普段の快活さからは考えられないほどにへにょへにょだった。
お母さんは、来年には中学生になる娘のそんな姿に溜息を吐くと、手に持っていた掃除機を地面に置く。
そして、スイッチをいれようとした時、ぴんぽーんとチャイムが鳴り響いた。
「おはようございます。成瀬ですけど、かのんちゃんいますか?」
チャイムにお母さんが反応すると、リビングの壁に取り付けられていた小型液晶画面には、可愛らしく微笑む女の子が写し出されていた。
柔らかな黒色の髪を輝かせた少女を見たお母さんは、「あらあら、あゆみちゃん。かのんならそこでごろごろしてるわよ」と、笑い返した。
「もう、お母さん! あゆみちゃん、どうしたの?」
「おはよう、かのんちゃん。遊びに来ちゃった。今日は試合の助っ人とかなかったよね?」
「うん。今日どころかこの先もないよー」
「あはは。みんなお休みだったり、中学生に混じってやってるもんね」
「ひとまず中にいらっしゃい」とお母さんがあゆみを招き入れると、かのんはこたつから出て、玄関へと出迎えに行く。
それから少しして、とんとんとんと階段を上がる音が、お母さんの耳にも聞こえてきたのだった。
「あゆみちゃん、急にどうしたの?」
「かのんちゃんに伝えたいことがあって……」
かのんの部屋で、並んでベッドへと座った二人。
約束があったわけでもないのに家に訪ねてきたあゆみは、持っていたバッグからA4サイズの書類を取り出した。
そして、それをかのんへと見せながら「わたし、ここに行こうと思ってるの」と、笑った。
「きらぼし、がくえん? ここでなにかイベントがあるの?」
「ううん、違うよかのんちゃん。綺羅星学園っていうのは、全生徒がアイドルの学園でね、中等部もあるの。だから、わたし……受けてみようかなって」
「え、それってもしかして、あゆみちゃんがアイドルになるってこと!? すっごーい! あゆみちゃんがアイドル……うん、すごく良いと思う!」
あゆみの話に驚き、すぐに破顔したかのんは、あゆみの手を取ってテンション高く上下に振り回す。
そんなかのんの反応にあゆみも楽しそうに笑い、かのんが落ち着いたところで「それでね」と口を開いた。
「――かのんちゃんも一緒にいかない?」
「えっ!? 私がアイドル? うーん……」
「かのんちゃんなら、きっとキラキラ輝くアイドルになれると思うの!」
手を繋いだまま戸惑った顔を見せるかのんに、あゆみはにっこりと微笑んだ。
そんなあゆみの言葉に「うーん」と悩んだかのんだったが、あゆみが楽しそうに笑っているのをみて、“それも面白そうかな”と頷いたのだった。
☆☆☆
それから数週間が過ぎ、ついに綺羅星学園の入学試験の日が訪れた。
入学試験の最後の関門、ライブパフォーマンスの項目まで辿り着いたかのんは、初めて見た舞台裏にテンションが上がったり、緊張で慌てたり……とにかくあわあわしていた。
「落ちつけ、私! 大丈夫、私はひとりじゃない。あゆみちゃんが選んでくれた、このスクールコーデがあるから!」
手に持った電子端末には、イエローを基調にした可愛らしい服が映っていた。
星を散りばめたような模様が、かのんの特徴である何でも楽しむ活発さを表しているようで、セットとなっているショートパンツもまた、それを強く押し出してくれる。
(誰よりも私を一番知ってくれてる。だから、あゆみちゃんがキラキラ輝くアイドルになれるって言ってくれるなら――)
部屋に設置された台座に電子端末をセットすると、目の前に光のゲートが現れた。
このゲートを潜れば、衣装をまとい、電子上に投影されたステージに立てる。
だから――
「立花かのん、誰よりも輝いてみせる!」
かのんは大きく息を吸い、気合いを入れてゲートへと飛び込んだ。
☆★☆入学試験ステージ -立花かのん- ☆★☆
かのんがステージの上へと現れると、多数の歓声が出迎えてくれる。
ネット上で見ている観客の他にも、かのんよりも前にパフォーマンスを行った受験生や、採点をする講師陣が暖かく迎えてくれているのだ。
そんなたくさんの想いを受けて、かのんはパフォーマンスを始める。
ワクワク弾けるような楽曲“up.up.step.jump”で!
――
アップアップ クラップハンズ
ステップステップ ホッピングジャンプ
きっと もっと すごい
私が待っている
飛び出した世界は広くて
ちょっと尻込みしちゃいそうだけど
でも、心はきっとワクワクしてるんだ
時には雨に降られて辛くても
進む先に、輝く世界が待っている
だから
諦めないで進むんだ
心のワクワク チカラにして
きっと もっと すごい
明日が待っている
――
☆☆
かのんのパフォーマンスを見る講師陣は、顔に笑顔を貼り付けながらも、しっかりとその姿を見定めていた。
――やる気はあるようだが……しかし、パフォーマンスとしては未熟の一言に尽きる。
――立ち姿ひとつとっても、まだまだと言うしかない。もちろん、どの生徒もこれからが本番ではあるのだが。
などなど、綺羅星学園が誇る四人の講師達からの評価はやはり厳しい。
――しかし、それでも。
綺羅星学園の長“天之川光彦”は、ステージで歌い踊るかのんを見て、なにかを決めたように大きく頷いた。
☆★☆☆★☆
「楽しかったなぁ……」
あの入学試験から数日が経った頃、ランニングから帰ってきたかのんは、身体をほぐすようにストレッチをしながら、そんなことを呟いていた。
目を閉じる度に思い出すのは、あの日のステージ。
決して良いものだったとは言えないステージだったけれど、かのんにとっては忘れられないほど楽しい経験だった。
「あゆみちゃんは合格通知が来たって言ってたけど、私にはやっぱり来なかったなぁ……」
付け焼き刃で挑んだステージだったから仕方ないとはいえ、かのんはもっとあのステージの上にいたかった。
できることなら、もう一度。
かのんがそんなことを考えていた時、ぴんぽーんとチャイムが鳴り響いた。
「はいはーい」とお母さんが壁に取り付けられた機器を操作すると、小型液晶画面には艶のある黒髪をオールバックにした壮年の男性が写し出される。
しかし、お母さんもかのんも、その男性に見覚えはなく、お互いに顔を見合わせて首を傾げた。
「急な来訪、申し訳ありません。
「綺羅星学園の学園長!? な、なんで!?」
「ああ、立花君。君にひとつの提案をさせてもらおうと思ってね」
「と、とにかく入ってください! いいよね、お母さん?」
「え、ええ。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」と学園長は立花家の扉を開き、リビングへとやってきた。
そして、学園長に席をすすめてから、かのんはお母さんと並んで椅子に座る。
綺羅星学園の学園長が自分の家に居るという、あまりにも不思議な状況に、かのんはもう何が起きてるのかよくわからなくなっていた。
「まずは立花君、先日の入学試験を受けてくれてありがとう。とても楽しそうなステージだったよ」
「あ、ありがとうございます」
「しかし、申し訳ないことだが、立花君は選考落ちとなってしまってね……」
「あ、やっぱり落ちちゃってたんですね、私」
学園長に“選考落ち”と直接言われて、知らないうちに涙を流していたかのんは、自分が“もしかして”と期待していたことに気がついた。
そんなかのんの姿を見て、学園長は床においていた鞄から一通の封筒を取り出す。
表にはなにも書いていない、ただの茶封筒を。
「これは我が綺羅星学園の入学案内書類です。彼女は入学試験にて選考落ち、これは事実です。ですが……私は彼女のパフォーマンスに、アイドルの輝きを感じました」
学園長はそう言って姿勢を正し、お母さんへまっすぐに瞳を向ける。
「辛く、厳しい道のりになるかもしれません。しかし、立花君は……あの日、あの場所で試験を行った誰よりも、輝きを放っていた様に見えたのです。ですからどうか彼女を、我が綺羅星学園に預けて頂けないでしょうか!」
立ち上がり、ビシッと頭を下げた学園長にお母さんは驚いて、かのんの方を見る。
かのんはその視線をまっすぐに受け止め、強く頷くのだった。
☆★☆次回のスタプリ!☆★☆
無事、綺羅星学園へと入学した、かのんとあゆみ。
そんな新入生を、綺羅星学園のトップスタァが最高のパフォーマンスで迎え入れる!
その輝きは、かのんの心に、憧れという火を灯すのだった。
第二話 ―― 綺羅星のトップスタァ、星空キセキ! ――
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