『拾ったバイクと元ヤン彼女⑭』


「お早うございます店長」


 早朝、コンビニ出社してみると既に松見店長が鍵を開けていた。


「うん、お早う田辺君」

「何だか久しぶりに出会った気がしますね」

「そうだね、最近私は夜の方が多かったからね」

「やっぱり人足りないですか」

「いや、そんなことは無いけど、でもシフトが動くと空きが出来るね」

「そうですか……」


「あら、お早うございます店長、田辺君」丁度、その時ドアを開けて生島さんも出勤してきた。

「お早う」「お早うございます」


 僕達三人は手分けして開店の準備を始めた。


 時刻は八時を過ぎて、頼音らいおん君を幼稚園に送り出した辻井真衣子つじいまいこさんが出社してきた。

 店長は昨日の伝票の整理へ、僕と生島さんはレジへと立った。


「あ、そうだ田辺君」生島さんが語り掛けて来る。

「はい、何ですか」

「多分、美香がなかなか言えないだろうから言っておくけど、貴方バイクの修理やってみない」

「はい? どう言う事ですか」

「ほら、美香が久留世モータスの再開すると、今働いてるバイク屋の店員が居なくなるでしょ。だから多分そのお店で店員を探す事になるのよ」

「成る程。でも何故それを生島さんが言うのです」

「美香はああ見えて人に頼み事するのすごく苦手なのよ」

本気マジですか」いや、そんなふうな人にはとても見えない……。

「本当よ。あの娘、本来の性格は無口な行動派だもの」

「え、そうなんですか」


 とてもそうは見えない。いや、でも無口で行動的と言えば職人気質を連想する。美香さんの本来の性格はそちらの方が似合っている気がする……。


「私が東京からこっちへ引っ越してきたのは中学二年の春だったの、その頃の美香ちゃんはそうだったのよ」

「そうなんですか」

「ええ、だって口を開けばバイクの事ばかり話してたからね、女子は誰も話したがらなかったのよ。まあ、私は父の所為で子供の頃からバイクの話、聞かされていたからわかったんだけどね」

「成る程、それで今の様に………」

「いえ、それは別の話よ」

「え? でも昔はアンタッチャブルと呼ばれてたんですよね」

「それ、誰から聞いたの」笑顔の生島さんが聞いて来る。

「えーと、福山さんです」言ってはまずかっただろうか。まあ、別に口止めされていたわけでもないし大丈夫か。

「ふーん、成る程、成る程。良く判ったわ……」


 何が判ったと言うのだろう? ちょっと生島さんの笑顔が怖い……。


「誤解が無い様に話しておくけど、彼女がそう呼ばれていた理由はね、高校の時の話しなの……」そう前置きをして生島さんは語り始めた。


 高校に入ってからも無口であった美香さんは、それを勘違いした先輩達から絡まれてしまったそうだ。

 そんなある日、その馬鹿な先輩が言い放った『店のバイクを盗んで来い』と……。そして、次の日になって事件が起きた……。


 その日の夕方、高校のグランドに次々と爆音を立ててバイクが侵入して来た。総勢五十台の大きなバイクがグラウンドへずらりと並んだ。それから、バイクに乗っていた厳つい男たちと派手な女性たちが校舎を周り、その馬鹿な先輩達をグランドに引きずり出した。

 そして、全員を一列に並べ正座させ説教が始まった。


「……と、まあ、そんな事があったのよ」ホウッと息を吐き生島さんは語り終えた。


「それ、よく問題になりませんでしたね……」僕は思わず口にした。

「あら、大丈夫よ。その中には警察関係者も一杯いたから」

「もみ消しちゃったんですね……」

「それからだったかなー、美香ちゃんもお店の人達と良く遊ぶようになって、今みたいになって行ったのは……」遠い目をした生島さんがそう言った。


「でも、その学校へ侵入してきた人たちって、お店のお客さんだったんですよね」

「そうよ、私が全部お客さんに話したの」

「……」


 〝ミカチナコンビに手を出すな〟そう言われる訳だ……。怖すぎる。


「だから美香ちゃんが何かしたわけではないのよ。彼女は真面目にお店を手伝っていただけよ」

「そうですね……」


 確かにその話では美香さんは何もしていない。そして、首謀者は今、目の前にいる……。ごめんなさい福山さん。ご冥福をお祈りします。僕はそっと心の中で手を合わせ福山さんに謝罪した。



 夕方になり頼音君が幼稚園から戻ってきた。駐車場で他の女の子の園児たちと次々ハグをして別れていく。末恐ろしい……。そして、お店へと入ってきて元気な声を上げた。


「ママ―!」


 今日は店長もいたので一人でレジに立つ必要はなかった。

 それから暫くすると美香さんが緑のポータキャブに昨日のマルショーのバイクを乗せてやって来た。


「いらっしゃいませー」僕は美香さんへ挨拶した。

「おう、光一」

「いらっしゃい、美香ちゃん」カウンターの奥から店長も挨拶した。

「おう、店長。久しぶり」

「あれ、松見店長。美香さんとお知り合いなんですか」

「ははは、ここのお店は昔、酒屋だったんだよ。だから、配達のバイクは久留世モータースにお願いしてたんだよ」

「何言ってやがんだ。カワサキのW1なんて配達に使かってなかったじゃねえか」

「乗ってたね、当時は……。ははは」


 どうやらこの店長は同じ穴のムジナだったらしい……。


「おう、そうだ光一。シールと証書持って来たぞ。他のパーツはまだ来てねえからまた後日な」

「ありがとうございます」

「そんで、どうするよカブ。今日乗って帰るか」

「うーん、そうですね……松見店長。店の裏に自転車止めさせてもらっていいですか」

「うん、大丈夫」

「だったら、ナンバーも持って来てますから後で取りに行きます。美香さん」

「おう、わかった。んじゃ、ラッキー三つくれ」

「はい」


 僕は後ろの棚からラッキーストライクを三つ取り出した。


 それから夜のシフトの人達が出勤して来るのを待ち美香さんの家へと向かった。

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